酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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2004年11月30日(火) 『号泣する準備はできていた』 江國香織

「どこでもない場所」
 長い旅から戻った友人と、ひさしぶりにいつものバーで会う。バーの常連の男たちも一緒に呑み、さまざまな恋の話をする。

 江國香織さんと言えば私にとっては『きらきらひかる』がとても好きなのですが、この短編集は直木賞受賞作なのですねぇ。あら、吃驚(笑)。もう若いとは言えない男と女の恋心たち。綺麗事じゃないからカッコいいと感じる事ができるのかもしれません。本当は一番心に残った物語は、不倫モノで別にありましたが、心に痛すぎるため「どこでもない場所」をチョイス。バーで大人の男女たちが、それぞれの物語をちょこちょこ見せ合う感じが好き。バーって場所がいいのよねv

 幾つもの物語とそこからこぼれおちたものたちを思いつつ、私はグラスをかぱりと干した。

『号泣する準備はできていた』 2003.11.20. 江國香織 新潮社



2004年11月29日(月) 『複製症候群』 西澤保彦

 下石(おろし)貴樹は、出来のいい兄に対してコンプレックスの塊。その貴樹と友達の前に空から七色に輝く《ストロー》が降りてきた。それに触れると触れた生き物の複製(コピー)が‘ぺっ’と吐き出されてくる。《ストロー》に閉鎖された貴樹たちとコピーたちの生存は・・・

 この『複製症候群』は親本が刊行されてから5年後に文庫化。その時に西澤先生は読み返されて「全然、西澤保彦らしくないなあ」と戸惑われたとか。そう言われてみれば確かにキャラクターたちがあまり葛藤しないですね(笑)。
 でも、やっぱりこれは西澤節だし、こんなヘンテコな設定でしかもミステリーなんて西澤先生にしか書けません! 久しぶりに読み返して面白かった〜v 特に《ストロー》に触れて‘ぺっ’とばかりに吐き出され、自分のコピーができちゃうなんて想像するだけでわくわく。コピーロボットが欲しいよう、と言う願望が一転、残酷極まりない閉鎖空間になっちゃんなんてひーどーいーであります。
 個人的にはかなり好き。やっぱり変な作家だ。西澤保彦って。

「忠告しているんです。人間、相手が悪いことが明白だと、図に乗って追い詰める。それは結構だが、手加減てものを心得とかないと駄目ですよ、と言ってるんだ。そんな場合にでもね。人間、精神的に追い詰められると、何をしでかすか判ったもんじゃないんだから。さてー」

『複製症候群』 2002.6.15. 西澤保彦 講談社文庫 



2004年11月28日(日) 『ワーキングガール・ウォーズ』 柴田よしき

 墨田翔子37歳独身。某有名企業企画課初女性係長。仕事が出来る女だが、なぜだか女性社員には嫌われ、男性社員には煙たがられている。心を分厚くして嫌な事から目を逸らし、頑張っていた翔子だが、バカンスでペリカンを見に行ってから微妙な変化が起きる。周りに起こった小さな悪意(事件)の意味を考え、解きほぐし、そして・・・

 やー、面白かったですv さすがは柴田さん。いい加減に働いているOLをばっさばっさと斬りまくっています。思い上がった待遇の要求とか、生理休暇の使い方とか、ちょっとねぇ・・・と人が思っているであろう事をそのものズバリと。男であれ、女であれ、正社員であれ、パートであれ、『働く』ことの意味や意義をきちんと教えてくださいます。なんだか頷きながら読んでました。特に‘使えない人間’に対しては勉強になりました。ええ。働くなら本気で働かんかーい、と言いたくなる人間が多いと感じている貴方にオススメです。頷きながら読んでください。

 本物の女らしさってのは、女としてのプライドを簡単に譲らないことなのよ。

『ワーキングガール・ウォーズ』 2004.10.20. 柴田よしき 新潮社



2004年11月27日(土) 『永遠の朝の暗闇』 岩井志麻子

 母子家庭で育った香奈子は、いい子で生きてきた。しかし、はじめて好きになった男が実は妻子持ちだったと知ったときから、なにかと戦うことになる。ただ‘普通’の幸せが欲しかっただけだったのに・・・

 これはもう岩井志麻子さんの人生をベースにした私小説でしょう。すごいなと思うのは、自分の人生をここまで題材に提供できる神経の強靭さ。この神経の強靭さが岩井志摩子の強みなのかもしれない。好き嫌いは別として。
 香奈子が出会って好きになってしまう男‘今井’が、岩井志麻子さんの別れた旦那さんのモデルだとしたら、ちょっと気の毒。岩井志麻子さんを選んだことが自分の判断だとしても、別れた後でここまで書かれるとは晴天の霹靂でしょうに。もっと可哀想なのは娘の美織。母に捨てられ、自分の居場所を見失ってしまう女の子。確かに産みの母であるシイナの主張するように人生は誰のせいでもなく、自分で背負っていくべきものだとは思います。が、しかし、母の与える無償の愛を得られなかった娘の寂しさに目を瞑りすぎているのではないかしら。それに気づかない無神経さは罪。
 ‘今井’に怒っている感想をいくつか目にしたけれど、私はやはりシイナに問題があると感じました。シイナのような自分のために生きる人に振り回された人たちは‘普通’なんて手に出来ないと諦めるしかないですね。

「人生に『もしもあの時、ああしていれば』なんてのは、ないよ。想像はいくらでもできる。いくらでもできるけど、結局は無駄よ。やってしまった行動、事実として残るのは、一つだけだもの」

『永遠の朝の暗闇』 2004.8.25. 岩井志麻子 中央公論社



2004年11月26日(金) 『殺人症候群』 貫井徳郎

 「倉持さんはどうしますか。この仕事、受けてもらえますか」
 環敬吾は特殊工作チームに‘職業殺人者の存在’を調べるミッションに3人を呼び出していた。少年法や病気で守られた加害者を殺している存在がいるらしいと言うのだ。いつも陽気で磊落な倉持は、そのミッションから抜けた。驚く原田と武藤とは裏腹に環には何か予期していたように見える。そして環と2人が追い詰めた‘職業殺人者’とは・・・

 今回は、倉持真栄の哀しい物語でした。倉持だけでなく、哀しい苦しいやり場の無い怒り憤りを胸に抱えた人たちの。これをはじめて読んだ時には腰が抜けそうな驚愕感がありました。ものすごい物語なのです。よく例えられるのがハングマンVS必殺仕事人という構図。ハングマンはあんまり記憶にないのですが、必殺は頷けます。正義とはいったいなんだろう、と子供心に考えさせられたのが必殺でしたから。ごく単純な気持ちだけから言えば悪い奴らを「殺せ、殺せ」と言いながら見ていましたね。決してそれがいいことではないと感じながらも。
 ラストがまた曖昧に終らされていて、いったいどちらが生き残ったのか悩まされるところ。『失踪症候群』の初っ端に登場した日野義昭くんがさらりと締め括るあたりも心憎いです。そしてどうしても環と倉持のその後を知りたいと願ってやみません。

 結局、大事な人を奪われた悲しみを癒すのは、時の力しかないのだ。

『殺人症候群』 2002.2.5. 貫井徳郎 双葉社



2004年11月25日(木) 『誘拐症候群』 貫井徳郎

 環敬吾率いる特殊工作チーム。訳ありのメンバー3人のひとり托鉢僧の武藤隆が知り合いの誘拐事件に巻き込まれた。環からの呼び出しに答えられない武藤だが、特殊チームのミッションが武藤の関わっている誘拐事件にかかわっていき・・・

 前回の『失踪症候群』では私立探偵・原田柾一郎の‘家庭’と事件がかかわっていました。今回は、武藤が個人としてかかわった事件とミッションがかかわります。不器用でまっすぐな武藤の慟哭が胸に痛くて、とても好きなエンディングです。まさに貫井さんの大好きな‘必殺!’を彷彿させます。私も‘必殺’大好きなので、理不尽さや悔しさに歯軋りぎりりって感じがたまらなぁーい。
 今回、ミッションの方で追いかけるのはWEBで自分の子供を公開している親を相手にした‘小口’誘拐。要求する金銭の額が小口で子供は無事に戻されるという現代的な恐ろしいもの。確かにWEB上で自分も自分の情報を垂れ流しているものなぁと自戒します・・・。
 武藤が関わる誘拐は、極悪非道。この世のものとは思われぬ〜。武藤が可哀想で。このエンディングは涙しましたね、今回も。

 貧乏は罪に問われませんが、思慮に欠けるのははっきりと罪です。

『誘拐症候群』 2001.5.20. 貫井徳郎 双葉文庫



2004年11月24日(水) 『失踪症候群』 貫井徳郎

 警務部人事二課の環敬吾は不思議なポジション。閑職(窓際族)に近い。しかし、実際は秘密の任務を持っていた。環が率いるチームは特殊な働きをする。チームのメンバーは3人。工事現場で肉体労働をしている倉持真栄。托鉢僧の武藤隆。私立探偵の原田柾一郎。今回のミッションでは、失踪した人間達を追いかける!

 あぁ〜、たまらんですーv 何度読んでも貫井さんの‘症候群シリーズ’は面白いです! 端正で機械の様に正確無比な環敬吾が率いるチームのメンバーの3人は変わり者揃いで有能。今回のミッションでは、原田柾一郎の娘が事件にかかわり、娘と確執のあった原田に変化が起こります。そういうことをうまぁーく絡めているんだよなぁ。
 この‘失踪’のからくりは、今では目新しくもないかもしれませんが、この作品が世に出た時には斬新だったと思う。こういう方法ってのは、貫井さんが不動産業を経験されていたからこそ浮かんだ事なんだろうと思います。

「彼らが新しく手に入れた生活を一生続けていくなら、それはそれでかまわないし、元に戻りたいならばそれもまたいい。いずれにしろ、親からは逃げられても、自分の人生から逃げることはできませんからね」

『失踪症候群』 1995.11.25. 貫井徳郎 双葉社



2004年11月23日(火) 『古井戸』 明野照葉 (『暗闇を追いかけろ』より)

 美樹は離婚し、実家へ戻ってきた。家の裏庭に離れを建て、塾にしようと心積もりをしていたが、兄夫婦や父親の様子がどうもおかしい。古井戸を埋め立てる事に難色を示しているようで・・・

 うわー、出ましたよ。私が惚れた明野照葉節がっ! こういう狭くてじっとりした世界を描かせたら、背筋が冷たくなる怖さを提供してくださいます。短篇でここまでホラーを感じさせてもらえるなんて。ふるふるふる(ぶるぶるぶるに近い)v
 さて、この『暗闇を追いかけろ』にはビッグ・ネームがずらぁーり。お馴染みの作家さんから、名前は当然知っていて未読の作家さんまで綺羅星がきらきら。しばらくは通勤のお供になりそうです。

『暗闇を追いかけろ』 2004.11.25. カッパ・ノベルス



2004年11月21日(日) 『輝夜姫』25巻 清水玲子

 晶は、「月の石」を月へ戻すミッションの同行者に3人を選ぶ。晶が選んだ3人とは・・・

 なんと輝夜姫は、10年を越えているのですねー(驚愕)。1巻から25巻までガーッと読み返す時に、1巻の発行年月日を見ると1994年4月25日になっていました。これっていつまで続くのだろう。
 今までの流れに違和感を抱いていましたが、改めて読み返すとちゃんと物語はつながって流れていたので感心。柏木と藤原を混同していたことに気づいてみたり(苦笑)。
 しかし、いつも思うことだけど主人公はミラーさん? 晶は時々ものすごくゴージャス美女に見えるけど、普段は男みたいなもんだし。由は綺麗、綺麗と晶が言う割にはそうでもないと思うし・・・(由ファンの方にはごめんなさい)。やっぱりミラーさんが眩しいほど美しいのよね。たまーに粗暴なところもトテモ素敵。うっとり。あとサットンとまゆのお馬鹿ちゃんなところがすんごくキュート。ミラーさんは別格として、好みなのはサットンと守。そして高力士(←ますますジャン・レノに似てきた)v
 そう言えば、清水玲子さんは「ボーイズ・ラブ全盛なので女の子同士で描いてみたかった」みたいなこと書かれていたけど、今やすっかりボブボブまっしぐら。晶ちゃんは体型はグラマーな女だけど中味は男みたいなもんだし(笑)、由→碧。サットン&ノブオ→ミラーさん。まゆの想い(執着)は昔ほどではなくなったし。できればサットンとミラーさんに幸あれ。うふふ。



2004年11月20日(土) 『リピート』 乾くるみ

 毛利圭介のもとへいきなりかかってきた電話は、これから発生する地震を予言して切れた。そして予言どおり正確に地震が起こり、圭介は風間と名乗る預言者に現在の記憶を持ったまま時間を遡る「リピート」に勧誘される。圭介とともに勧誘されたメンバーたちは過去に戻る。その過去でリピートした仲間が次々と殺され始めた・・・?

 これは文句なく面白かったです。《時間もの》をこういう思惑で設定するなんて只者じゃない。特に唖然とするラストがうまいっ。唸りましたもん。
 時間だけは生きとし生ける全てのものに平等。だからこそ、それを特権として獲得することは、やはりそれまでのいろんなものが捩れてしまうってことなんでしょう。どんなに美味しい餌をぶら下げられようとも今を生きること、生き抜くことを選ぶべきなんだろう、なんてことを神妙に思わされた〜。かなりオススメv

 苦難を背負うのは僕ひとりで充分だった。すべての原因は僕にあるのだから。

『リピート』 2004.10.25. 乾くるみ 文藝春秋

 



2004年11月19日(金) 『魔女の住む館』 篠田真由美

 「あたし」のおかあさまは美しい女。たくさんの「すうはい者」にいつもちやほやされていた。でもある日おかあさまはピストルで撃たれて死んでしまった。そのことをあたしは夢に見る。「魔女だからね。魔女は昔から火炙りに決まっているからね」という男の人の声が聞こえ・・・

 ううー、少年少女に向けてコレ(笑)ですが。さすがの篠田真由美女史はコドモに媚を売らないのだなぁ(大笑)。謎めいた洋館に住む美しい女性と娘。耽美的な妖しさいっぱいで、コレを読んで目覚める子供たちも多いことかと。
 ただ、あるからくりは最初に解けました。たぶんそうだろうな、と思いつつ読んでいたと言う感じ。それでもきっちり楽しめました。イラストが波津さんって物語にどんぴしゃだし。

「人間は、覚えていると怖くて、苦しくて、死んでしまいそうになることを、忘れてしまうことがある。そうしないと生きていけないから。」

『魔女の住む館』 2003.10.29. 篠田真由美 講談社 



2004年11月18日(木) 『禁断』 明野照葉

 依田邦彦は親友の死(他殺)について調べる。調べていくうちに逃亡者のようにひっそり生きている女の存在にぶち当たる。名前をいくつも使い分けている翳のある女。友人の前園芳香は、ストーカー被害者ではないかと推理する。彼女の本当の名前を知り、彼女に接するうちに彼女に惹かれてしまう邦彦なのだが・・・

 うーん、こういうテーマを持ってこられましたかー。やられた。絆について文中で何度も触れられていますが、血は水より濃いのか、薄いのか。考え込んでしまいました。ただ、やはり人間性がどこまでも顔を出すものなのではないかと。自分中心にしか考えられない人間というものの醜さを痛感しました。
 特に美郷。いい年をしたオバハンがなにやっとんやー、と本気で憐れんでしまうほどの克明な描写(苦笑)。義明に関しては認めるとか認めないではなく、ありえることだと。このパターンは古来より表に出にくいだけでたっくさんあるのでは、と暗澹たる思い。
 私的にストーリーを追いつつ、エンディングを想像するのですが、ヒロインの自作自演でオチるのでは?と。大きく外してしまいました。

 いくら心で打ち消してみても、自分の皮膚感覚が納得しない。

『禁断』 2004.12.10. 明野照葉 小学館



2004年11月17日(水) 『虹果て村の秘密』 有栖川有栖

 推理作家にどうしてもなりたい上月秀介12歳は、刑事になりたくてしょうがない同級生の二宮優希の母親の別荘(笑)へ夏休みに招待される。優希の母親は秀介が大好きな作家さんだった。ちなみに秀介の父親は刑事だった(笑)。ふたりの行き先は虹果て村。虹にまつわる七つの伝説を持つ村は、高速道路誘致に対する意見がまっぷたつに割れていた。そして発生する密室殺人にふたりは・・・

 自分が子供だった時、なりたかったものは古い外国の映画で観たタイピストでした。あの紙が横に移動したら手動で戻す古い奴。勿論、英字の! 映画の中の外人の秘書のような女性がカッコよく見えたんですよー。なつかしいなぁ。中学生になって映画のほかに本も読むようになり、次の夢がやっぱり作家さんだった。あぁ、なんて純粋な夢だった事か。
 そんな昔を思い出させてくれるミステリー・ランドの有栖川さんの作品も、子供の頃に読めていたら幸せだろうに、と思いました。このシリーズは子供に読ませてあげたいことは当然だし、おとなが読んでも十分に楽しめる優れものであります。有栖川さんのこの物語はとっても評判が良いみたい。主人公のふたりが生き生きしていて可愛らしいしなー。
 
 人が読んでいる途中の推理小説の結果をばらすのは最大のマナー違反だ

『虹果て村の秘密』 2003.10.29. 有栖川有栖 講談社



2004年11月16日(火) 漫画『築地魚河岸三代目12 サワラぬ神に・・・』 鍋島雅治(作)&はしもとみつお(画)

 鰆のお刺身、岡山ではものすごく愛されているシロモノです。魚屋の娘で元魚屋の嫁だった私は鰆のお刺身をこさえてました。あの美しい身を刺身で食べるのが岡山だけだと知り、本気で驚いてしまいます。星野仙一さんはサワラ大使ですし、ミスターサワラなる人(漫画にも登場)も実在しておられます。さすがに似ていて大笑いでした。この漫画でどうして岡山だけで鰆が食されていたのか、今更わかりました。なるほどなぁ。
 漫画にも描いてありますが、鰆は刺身か酢で〆て寿司に合います。あぁ、この文章を書いていて鰆を思い、涎がわいてきてしまうほど。岡山に友人が来た時に鰆を食べてもらうのですが、好評です。出来れば春おいでください。魚に春で鰆。春になにより美味しい鰆なのでありますv じゅるるるる。

 「サワラぬ神にたたりなし」ゆうてな・・・
 まるで魚の形をした神様じゃあ思うて・・・
 できるだけ触れんように揺らさんようにせにゃあいけん。
 サワラの事をよう知らん奴はつい魚だと思って
 扱ってしまうんじゃな。

漫画『築地魚河岸三代目12 サワラぬ神に・・・』 2004.12.1. 鍋島雅治(作)&はしもとみつお(画) ビッグ・コミックス



2004年11月15日(月) 『ファントムの夜明け』 浦賀和宏

 真美は、一年ぶりに別れた恋人・健吾の部屋を訪ねる。一年前のあの哀しい出来事ゆえに別れたふたり。健吾は部屋にはいなかった。どうやら行方不明になっているらしい。健吾のことを一日たりとも忘れた事の無かった真美は健吾を捜そうとする。しかし、健吾には新しい恋人が? 苦しみ悲しみ真美は眠っていた力を目覚めさせ、驚愕の真実に突き当たる・・・

 すごーい。こんなにも超好みの作品を読み逃していたなんて私の馬鹿馬鹿馬鹿っ! 真美が目覚める力はサイコメトラー。死者の慟哭にシンクロし、死に追いやった者を倒そうと頑張る姿が痛々しい。はたから見たら真美って危ない奴に近いだろうけど。残酷で哀しいホラーです。ミステリじゃないよね(疑問)。やはり超能力者モノって悲哀あふれるんだなぁ。せつなかった。健吾のバカヤロウ〜。

 誰にも、他人の心の中だけは覗けない。だから、遠慮や自制をする必要なんか、どこにもないのだ。

『ファントムの夜明け』 2002.12.10. 浦賀和宏 幻冬舎



2004年11月14日(日) 『四日間の奇蹟』 浅倉卓弥

 如月敬輔は留学先のオーストリアで左手薬指の第一関節から先を失った。偶然、日本人の親子連れが巻き込まれた事件で犯人に立ち向かった挙句のこと。有望視されていた敬輔のピアニストとしての道は閉ざされてしまった・・・。その時に両親は殺され、残された15歳の少女・千織は知的障害者。皮肉な事に一度聞いた旋律を忠実に記憶できるサヴァン症候群。如月は千織にピアノを教え、さまざまな場所で演奏し、慰問する。そして山奥の診療所で起こった奇蹟とは・・・

 第1回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞金賞受賞作で東野圭吾さんの名作に似ていると聞いていたため、なんとなく読みそびれていました。いや、でも、しかし読んで良かった。泣けました。
 ただこれは決してミステリーではありません。心に優しいファンタジーと言う感じだかと。誰かの何かに似た設定ということもタイシテ気にならない文章の良さがありました。奇蹟はきっとほんのわずかの時間だからこそ奇蹟なんだろうなぁ。しみじみ。

 思い残すことは、ないってこと?
 そうではないわ。たぶんそんな人、どこにもいないと思う。未練なんていっぱいあるわよ。

『四日間の奇蹟』 2003.1.22. 浅倉卓弥 宝島社



2004年11月13日(土) 『さよなら、スナフキン』 山崎マキコ

 大瀬亜紀は三浪の女。大学の農学部に通っているが、どこにも自分の居場所をみつけられないで生きている。亜紀の部屋に転がり込んでいたクラスメイトの川本マユミが出て行って、引きこもりがちになる。これではイケナイと己を叱咤激励し、アルバイトの面接に行く。そこの編集プロダクションのシャチョーに気に入られ、めでたく採用。はじめて自分の居場所を見つけた気分で、亜紀はシャチョーの求める事を必死でこなそうとするのだが・・・

 スナフキンに会えなかったら、わたしがスナフキンになればいい・・・「ムーミン」に登場するスナフキンはカッコよさの象徴ですよね。一人で凛と立ち、人を救う大きさ温かさを持つ。そんなスナフキンを求め続けた亜紀が出会ったシャチョーは決してスナフキンじゃない。
 この物語を読んでいて、自分の中に亜紀もいるし、シャチョーもいるよなぁと感じてしまい、のめりこんで読みました。不器用ながら必死に愛を求めて尽くす亜紀の姿は好き。とってもカッコ悪いけれど・・・。うん、でもとても好き。

 世間の労働というものに対する感覚と、わたしの労働に対する感覚には、なんとなく温度差があるなというのは、まえから薄々感じていたのだった。世間の人は、なんでかしらん、仕事に冷めていて、しかもとても愚痴っぽく、やたらと自分の報酬が労働に対して多いとか少ないとか、取り沙汰するようだ。

『さよなら、スナフキン』 2003.7.25. 山崎マキコ 新潮社



2004年11月12日(金) 『4人の食卓』 大石圭

 結婚を控えたジョンウォンは、地下鉄で母親に毒殺されたふたりの少女を見過ごしてしまう。婚約者のヒウンが買ってきた4人がけのテーブル。ジョンウォンはそこにあのふたりの少女が腰掛けているのを見てしまう。そして出逢うべくしてめぐり合ってしまった運命の女ヨン。ジョンウォンは彼女の特別な力によって封印してきた自分の過去を見てしまうのだが・・・。
 
 グチャッ。この擬態音がこのノベライズを表していると言っても過言ではないと思う。あと似たような高層アパート群かな。「知らずにすむならば、そのまま知らずにやりすごせていれば・・・」そんな繰り言が聞こえてきそうな哀しい宿命の物語。韓国ホラーって日本のホラーと感性が近い気がする。日本で映像化した方がよりグロイ気がするけど。

 だから、忘れてしまったということは・・・・・それはその人にとって、思い出したくない辛い思い出に違いないのだ。辛いから、人はそれを忘れてしまうことで、心が壊れるのを防いでいるのだ。

『4人の食卓』 2004.5.15. 大石圭 日本テレビ



2004年11月11日(木) 舞台『夜叉ヶ池』

 いつの時代かの日本。夜叉ヶ池から流れる清水のふもとの越前鹿見村琴弾谷は雨が降らず日照りに苦しんでいた。村人達から離れたところで鐘楼を守る夫婦、晃と百合。ある日、ひとりの男がふらりとやってきた。その男は晃の親友・学円だった。数年前に行方不明になっていた晃は学円に鐘楼の伝説と鐘楼の守りをすることになった経緯を話す。晃は前の鐘楼守りの言い残した言葉を信じていた。日に三度、決まった時刻に鐘を鳴らさなければ夜叉ヶ池の竜神に村を滅ぼされると言う。しかし、村人達はそんな伝説をないがしろにして・・・

 松雪泰子の初舞台を観たい! それだけの思いを胸に観にいった舞台です。やはり生の舞台はいい〜。舞台の上の役者さんたちは超豪華メンバー。お名前を知らなくても顔は知っている人ばかり。主演の武田真治くんもよかったけど、松田龍平がカッコよくて驚いてしまった。さすが松田勇作の息子だけのことはあります。遠藤憲一さんはすごーくいい役者さんだったんだなぁ。テレビドラマでの寡黙なワルのイメージがいい方向に崩れて好きになってしまいました。しかし!本当のこの舞台の怪物は・・・丹波哲郎さんです(大笑)。台詞を読んでいました。いいのか? あそこまで大物ならば許されるのか? 笑えて困ってしまいました。
 舞台の醍醐味はアドリブにあるんだろうと思います。武田くんが笑いを殺せなくなったシーンは可愛くて、遠藤さんの「いつまでもわらってるなよ!」とアドリブらしき捨て台詞をもらってしまってました。もう大爆笑。遠藤さんが萩原くんのホッペにチュウするシーンはアドリブ?
 松雪が演じたのは夜叉ヶ池の主の姫様。美しき妖怪です。美しく残酷で気品があって野蛮で、涎が出るほど美しかった。あぁぁぁっ、松雪っ、大好きだっ!!
 アンコールがすごくて明るくなっても3回目に武田くんがコロリンと前転して出てきてくれました。和気藹々と美しく可笑しい素敵な舞台でした。あ、忘れてた。きたろうサイコーv 出ているだけで笑えるってすごい。



2004年11月10日(水) 『元カレ』 小松江里子

 柏葉東次は社会人一年生。デパートの食料品売り場‘デパ地下’で働いている。研修の時にいっしょになった早川菜央(エレガ=エレベーターガール)と付き合い始めたばかり。恋も仕事もいい感じvと思っていたところへ、2年前にフラレタ佐伯真琴が現れる。広告代理店でバリバリやっている真琴が東次の働くデパ地下の広告担当になったのだ。大好きだった真琴にいきなりフラレタ過去にきっちり決別できていなかった東次は、今の彼女と元の彼女の間でおおいに揺れ動くことになるのだが・・・

 これはTBSのドラマをノベライズしたものです。ドラマは見ていなかったのですが、ノベライズはなかなか良かったv タイトルが『元カレ』と言うくらいなので、実は主人公は佐伯真琴だと思うのですね。ノベライズでも東次をメインに描かれていますが、これは真琴の物語だなぁ。そこを読み取れよ、というふうに受け取りました(勝手に)。
 真琴は今時珍しく、キチンと仕事に頑張る女の子です。自分の力さえつけば待遇も評価される事を知っている賢い子。これにはとても感心しました。残業も休日出勤も厭わない。自分が自分で社会人として働くということを身を持って示してくれる女の子。その真琴の『元カレ』の東次は、真琴にフラレタ原因がかつてはわからなかったけれど、働くうちに責任感とやり甲斐を身に付け、ずいぶんと成長していきます。
 生きていくうちで、仕事ばかりをしなさいと言うつもりも、自分がそんなふうにやるつもりもありませんが、キッチリ働くことの大切さは地道に汗水たらして働いて身を持って知るべきだと思います。実力も努力もないうちから待遇ばかり求めるって間違ってる。

「だから、責任ない顔もできたんだけどね・・・・・・でも、なんとしてもちゃんと仕事できること見せておきたかったの。それでなくても、若いからとか、経験がないからって、信用してもらってないのに」

『元カレ』 2003.9.5. 小松江里子 講談社



2004年11月09日(火) 『イノセント』 中村うさぎ

 ホストに貢ぐ金を稼ぐためにソープ嬢になった女、彼女は牧師の娘だった。冬の公園でガソリンをかぶり焼身自殺。香奈と名乗った彼女の名前は洋子。
 父である牧師が娘と関わった人たちに会い、娘の自殺の真相をつかもうとする。しかし、父が知った本当のこととは・・・

 最初は、ホストに溺れた女がソープ嬢になってまで貢ぎ、現実に疲れる女の物語だと思いながら読んでいました。ところが、主人公は別にいたのです。最後の展開はまったく予想しなかった方向に行ってしまい、やられちゃったなぁって感じでした。なかなか残酷な愛憎の物語にございます。

 人間なんてね、川上さん、本当に言いたくないことは日記にも書きませんよ。衝動的に人に喋ってしまうことはあっても、日記には書きません。「書く」という作業はかなり意識的なものであり、しかも証拠の残る行為ですからね。そうでしょう?

『イノセント』 2004.2.25. 中村うさぎ 新潮社



2004年11月08日(月) 『ゆめつげ』 畠中恵

 貧乏な清鏡神社(せいきょう)の神官兄弟は対照的。のんびりした兄の川辺弓月(ゆづき)としっかりものの弟の信行。しかし弓月は『夢告』(むこく)ができる。弓月たちは《ゆめつげ》と呼んでいる。夢で神が語りかけたことを他者に伝えるのだ。その弓月に夢告依頼に白加巳神社(金持ち)の権宮司・佐伯彰彦がやってきた。蔵前の札差の青戸屋の息子が安政の大地震で行方不明になった。息子ではないかと思われる3人の子供のうち誰が本物かを占って欲しいと。屋根の修繕費のために渋々承諾した弓月だったが・・・

 NHKの大河ドラマで只今‘幕末の動乱’ものをやっています。この物語の舞台はまさにその幕末の頃のこと。タイムリーです(狙ったのかもしれない)v
 兄と弟の互いを思いやりあう愛情がストレートに伝わってきます。特に夢告をする兄を案じる弟の思いは口の悪さとは裏腹にものすごく温かい。いい兄弟なのです。
 この夢告は、超能力の部類だよなぁと思いつつ読みました。夢でいろんなことがわかってしまうってキツイ。やはり超能力者の悲哀がひしひしと心に痛かった。やさ男の弓月を必死で応援いたしました・・・。

 深刻な話を占い、都合の悪い結果が出ると、大抵の人が受け入れようとはしない。

『ゆめつげ』 2004.9.30. 畠中恵 角川書店



2004年11月07日(日) 『太陽と戦慄』 鳥飼否宇

 越智啓示(おちけいじ)は新興宗教でボロ儲けする両親がいやで家出した。ストリート・キッズとなった啓示は導師と名乗る男に拾われる。他にも導師に拾われた訳ありの少年・少女達とロックバンドを結成。導師の危険思想に洗脳されつつ、ロックにのめりこむ。デビュー・イベントのその日、導師が密室で殺された? そして10年後、導師の作詞した歌詞にそった事件が勃発し・・・

 浦沢直樹さんの『20世紀少年』にインスパイアされて生まれたのではないかと邪推させられる物語でした。あの漫画の世界の根底にあるミュージック・シーンとまるで同じだから。とても面白かったのですが、読むうちにかなりパワーが必要だと感じたことも事実。若い人(10代とか)ならば熱狂する人たちも出現しそうです。破壊願望を持った人には読んで欲しくないですけど。うーん、問題作であることは事実です。ダークな青春物語と読み流せるならよいのですが。

「人々はいつの時代も救いを求めているんだよ。生きていくってことは楽しいこと、幸せなことばかりではない。誰だって苦悩や恐怖を抱えながら生きている。強い人間は自分の力で幸福の扉を開くことができる。でも、世の中には弱い人間だっているんだ。そんな人間にとっては、少しばかりの不安が絶望を生み、人生そのものが困難となる。自分ひとりでは耐えきれないから、なにかにすがる。自分の力を信じきれないから、なにかに祈る。人々の心をコントロールするなんてことは、たやすいことだよ」

『太陽と戦慄』 2004.10.15. 鳥飼否宇 東京創元社



2004年11月06日(土) 『水の迷宮』 石持浅海

 羽田国際環境水族館、深夜、片山は夢をかなえるためにひとり孤軍奮闘していた。突如発生したトラブルを回避しようとして突然死(?)。
 三年後、また同じようなトラブル発生? あの三年前の片山の死は殺人だったのか? 水族館の存続をかけ、姿を見せない脅迫者と戦う職員達。彼らが到達する場所とは・・・

 一時期、水族館を巡り歩いていた時期がありました。それは愛した旦那が亡くなった後だったので、水族館は癒しの空間と言うイメージがあります。旅先でも水族館があれば必ず立ち寄ります。時間を忘れて水槽にへばりついています。一番好きな水族館は福岡の海の中道にある水族館。想い出いっぱい。
 そんな訳で、今回の石持さんの新刊が水族館を舞台にしていると知り、いそいで買いに走りました。水族館を舞台にして事件発生。こういう人質(?)の取り方もありか〜と頷きながら読んでいました。でも推理より何より目に浮かぶような水族館の様子にわくわくしてしまいました。ラストもお気に入りv そんな水族館ならば毎日通いたい・・・

「ここの人たちは、片山のことを憶えていてくれてるのかしら」

『水の迷宮』 2004.10.25. 石持浅海 光文社カッパノベルス

 



2004年11月05日(金) 『あきらめのよい相談者』 剣持鷹士

 剣持鷹士は福岡の弁護士事務所にイソ弁(=居候弁護士)として勤めている。剣持が遭遇するさまざまな相談者たちの謎を親友の女王光輝(めのうみつてる)、通称コーキが推理する。

 これは、1994年の第一回創元推理短編賞を受賞作品を表題とする連作ミステリーです。剣持鷹士のデータから友人のコーキが推理する、所謂‘安楽椅子探偵’で、挑むは‘日常の謎’です。コーキの推理の先にある答えは結構シビアで、さすが書き手が弁護士さんだけあると感心しました。
 この物語の魅力は何よりも博多弁で進行されること! 博多に行ったことのある人なら(もしくは御住まいの方ならば)あの独特のイントネーションの愛すべき方言にグッときちゃうはずですv 博多大好きっ子としては最高の物語。
 書き手の剣持さんは久留米の現役弁護士さんだとか。この続きを発表されていないようなので、とっても残念です。是非、鷹士とコーキを復活させていただきたいものです。

 そげなことはもう酔っ払っとるけんわからん

『あきらめのよい相談者 剣持弁護士の多忙な日常』 1995.10.25. 剣持鷹士 東京創元社



2004年11月04日(木) 『ぼくと未来屋の夏』 はやみねかおる

 山村風太は髪櫛小学校六年生。お父さんの大地はジュブナイル小説家。その影響か、風太の夢は作家になること。夏休み前なので鬼の様に荷物を抱えて帰宅する風太に「未来を知りたくないかい?」と声をかけてきた。その男は猫柳健之助。未来をあつかう『未来屋』だそうだ。しかも金を取る(100円)! この妙な猫柳さんは、やはり妙な父・大地と意気投合し、風太の家に居候する事になってしまった。神隠しの森・首なし幽霊・人喰い学校・人魚の宝物伝説・・・風太の小学校最後の夏が未来屋・猫柳さんとともにはじまった・・・

 このミステリーランド・シリーズを子供の時に読めていたら、どんなにしあわせだったことだろう。刊行された作品を全ては読めていませんが、今まで読んだ限りでは素晴らしいものばかり。これを読める子供たちがうらやましい。
 はやみねかおるさんの『ぼくと未来屋の夏』も泣きたくなるほど温かい微笑ましいひと夏の物語です。小学校六年生の少年の夏ほどかけがえのないものがあるかしら。こんな妙な青年とドキドキわくわくして過ごす夏。風太は素敵なオトナになるだろうと思います。読んでよかった・・・ほっこり心に灯がともる、そんな心に優しい物語でした。

「がんばろうね、猫柳さん!」
「がんばってね、風太くん!」
・・・・・・使われてる文字は似てるけど、内容は、かなり違う。

『ぼくと未来屋の夏』 2003.10.29. はやみねかおる 講談社



2004年11月03日(水) 『ノーカット版 密閉教室』 法月綸太郎

 梶川笙子は早朝の校舎が好きで、教室に一番乗りをし、窓を開いて朝の冴えた空気の第一号を招じ入れるのが好き。その朝もそうできるはずだった。密閉された教室の中で中町圭介が血まみれで絶命していなければ。そして教室にはあるべきはずの机も椅子も消えていた・・・?

 てっきり読んでいると思っていた法月さんの『密閉教室』ですが、ノーカット版を読み出して「あ、読んでないや」と気づきました。それだけ有名で切り取られたエピソードばかり知りすぎていたゆえの悲劇とでも申しましょうか(苦笑)。
 さて、これは言わずと知られた法月綸太郎さんのデビュー作のノーカット版です。本当に有名な編集者の宇山氏が、「長すぎる。もっと簡潔に」と指摘し、推敲されたものが世に出ていたわけですね。今回、私が初めて(!)読むことになったノーカット版は、要らないもの(?)を削ぎ落とす前の「『密閉教室』の700枚の草稿を、ほぼ無修正で(!)活字にしたもの」になります。結果的にこれしか読んでいない私には、それなりに楽しめました。若さが感じられていいと思います。長かったけど。
 消えていた机や椅子。コピーの遺書。密閉された教室。主人公の工藤順也のあぶなっかしい探偵振りや心の動き(動揺)などが痛々しくて好きです。一人の少年の死の陰にある陰謀には賛否両論も仕方ないかと思うけれど、フィクションなのだからOKでしょう。物語は楽しんだモン勝ちってつくづく思わされた作品です。

 18歳/19歳、いかなる形であれ、その差は計り知れないほど深く広い。目に見えない日付変更線のように。

『ノーカット版 密閉教室』 2002.11.7. 法月綸太郎 講談社



2004年11月01日(月) 『あまんじゃく』 藤村いずみ

 折壁嵩男の趣味は鼻の毛穴パック。優秀な外科医だったが、‘ある事件’に巻き込まれ、殺し屋に転身してしまった変わり者。依頼は弁護士の横倉からのみ受けるフリーの身。クライアントの希望に沿った、元外科医ならではの殺し方をこなしていく。しかし、治験・術中死・医療訴訟・慈悲殺・臓器移植など現代医療の暗部に関わっていくうちに、ますます大きなうねりに巻き込まれてしまうのだが・・・

 これは、ものすごく気に入りました。私の好きな《必殺仕事人》系の現代版しかも元外科医であります。殺し方もユニークと言うか、とんでもなく残酷。よくぞやってくれた!と喝采を浴びせつつ読んでいました。そして嵩男が本当に巻き込まれていたうねりの大きさには度肝を抜かれました。すごいなぁ。中でも料理評論家の殺し方が最高に美味。うふv
 
「あたしが死ねば、しばらく、お前は胸がわさわさして落ち着かないだろうね。その悲しみは“野分”だと思えば乗り越えられる。わあっと吹いて野っ原の草をなぎ倒すけど、必ず行ってしまうんだもの。嵐が汚いものを全部連れていってくれた後の澄んだ空気を胸いっぱいに吸って、お前は歩き出しておくれ」

『あまんじゃく』 2004.9.30. 藤村いずみ 早川書房



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