酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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2002年09月25日(水) 砦なき者

 『破線のマリス』で舞台となった首都テレビ報道局放送センター、道を誤り殺人犯となった遠藤瑶子の部下だった赤松直起が奮闘します。映像を切り貼りし編集することで人を冤罪に追い込み、さらには罪から逃れようとした遠藤瑶子。赤松たちはその遠藤瑶子がやってしまった編集の捏造を放送することによって、殺人犯人を捕まえます。それを見ていたある男が、数年後映像を利用し、大衆を操るカリスマとして登場します。
 この物語、読み返していたのですが、今読むと宮部みゆきさんの『模倣犯』に通じるところがあります。たまに登場するカリスマ性のある人間に大衆は熱狂し、操られてしまう。これはものすごく怖いことですね。‘個’では決してやらないことも‘群’となるとやってしまう。まさに熱に浮かされた結果なのでしょうけど。
 『破線のマリス』で、最後に遠藤瑶子が自分自身で自分の犯罪告発編集を行い、テレビを信じるなと警鐘しました。今回も同じ。ただ流されている映像を闇雲に信用してはいけない。自分の感性を研ぎ澄まし、見分ける目を持たねばならない。
 でも・・・それはとってもむずかしいこと。流されやすいものだからなぁ。

『砦なき者』 2002.1.18. 野沢尚 講談社



2002年09月24日(火) 破線のマリス

 第43回江戸川乱歩賞受賞作品。野沢尚さんは、どこぞでこてんぱんに叩かれてネット決別をしたとか噂を聞きましたが、本当でしょうか? さきほどその噂を捜して『ネットバイオレンス』という作品を書かれていることを発見。読んでみようと思います。えっと、私は野沢作品好きなんですね。あとネットはちょっと怖いなぁと思うときがあります。読んでくれる人を怖いと思わせるような文章を書かないようにいたいなぁと心がけていこうとあらためて思います。
 
 さて、前置きが長くなりましたが、この『破線のマリス』もそのような自戒を警鐘する作品だと思います。映画化されたものも観ましたが、黒木瞳と陣内孝則がうまく演じていましたねv
 ナイン・トゥ・テンという報道番組の特集コーナー‘事件検証’の編集をする遠藤瑶子。彼女の編集は切り口がよく、視聴者の心をとらえ、そのことが彼女の驕りを煽り、彼女自身をも破滅へ追いやってしまいます。
 マリスという言葉が、《悪意》という意味だとこの作品で知りました。放たれた言葉や映像は凶器になりかねない。それを感じさせてくれます。瑶子の映像によって破滅する男、麻生の言葉が耳にこだまします。
 「誰だ、誰が自分の都合のいいようにまわりの風景を切り取って、
  別の私をでっちあげたんだ!」
 
 『破線のマリス』 1997.9.11. 野沢尚 講談社



2002年09月23日(月) 顔に降りかかる雨

『四十歳になったら死のうと思っている。
現在三十八歳と二ヶ月だから、あと二年足らずだ』

 桐野夏生さんとの出逢いとなった、 『顔に降りかかる雨』(初のミロシリーズにしてデビュー作品) から10年、ついにミロシリーズの最新刊『ダーク』 が刊行されるそうです。冒頭はその最新刊『ダーク』より引用。孤独な女ミロは生きる戦いからリタイヤして、旦那ー博夫のような死を選ぶのでしょうか・・・。それはないな、きっと。

 村野ミロ。このけったいな名前は、ジェイムズ・クラムリーの‘酔いどれ探偵’ミロドラコヴィッチからつけたそうです。画家にもミロっていらっしゃいますね。あと強い子良い子の飲みものの・・・ハッ、以下自粛(笑)。 桐野夏生さんが生み出したこのミロとの出逢いはもうずいぶん前のこと。どこかで書きましたが、本に呼ばれました。

 柴田よしきさんのリコ、乃南アサさんの音道貴子、そして桐野夏生さんのミロが私にとって好きな三大女探偵(刑事)です。読むたびに力がふつふつとわいてくるかのような、したたかでタフで美しい女たちv(八木薔子は探偵ではないので除外〜)

 『顔に降りかかる雨』で、村野ミロは友人の失踪事件に巻き込まれていきます。旦那に自殺されてしまった重い過去を抱えた孤独な女ミロが、友人の愛人によろめいたり
(古いか)、反発したりしながら真相にたどりつくのですが・・・。 ミロが見た真相はミロをより孤独へ追いやった気がします。この物語を最初に読んだ時に感じた感覚が、まさに《ダーク》な感じ。新刊が、『ダーク』 であると知った時、思わず納得。
 村野善三の義理の娘であり、母親が亡き後、父親の愛人であったらしい(このあたりはとても曖昧)ミロ。高校生二年生の時に博夫と出会ったときには、既に義父との関係をゲーム感覚にしていたらしいインモラルな女性。エロス、ボンデージ、同性愛、死体写真愛好者、ミロが垣間見るのは暗黒な闇の世界。妖しく魅惑的。ミロにぴったり。

 ミロシリーズの魅力は、ミロ自身が醸し出す淫靡であやういムードにあると思います。まっすぐで正しいものより、ちょっと歪んだものの方が危険で魅力的。新刊『ダーク』 でどんな妖しい世界が繰り広げられることでしょうか。とても楽しみですv

 余談ですが、今年の2月に西澤保彦さんとお目にかかった時、桐野夏生さんについてお話させていただく機会がありました。『柔らかな頬』 の終わり方にずっと疑問に感じていたのですが、西澤先生とお話させていただいて解消することができました。
ちなみに桐野夏生さんは、女優さん以上に美しい方であるそうです。

『顔に降りかかる雨』 1993年9月 桐野夏生 講談社



2002年09月22日(日) 腕貫探偵

 先日、チャットをしていたら遊びに来てくれていたよっちゃんが、Jnovelを手に出来なかったことを知る。あのJnovel7月号を獲得するまでに私も苦労したもの。そこでよっちゃんに送ってあげることにした。苦労して手に入れた本で楽しむ人が増えるってのは、理に適っていると思う。ほほほ。その前に読み直してみると、なんと鉛筆でチェックを入れている。むー。消すべきか悩んだが、消さないでこのまま送ろう(笑)。
 鉛筆チェックを入れながらそれをすっかり忘れていた自分に驚いたわよ。とほほ。

 さて、この『腕貫探偵』、知る人なら知っている(当たり前だ)西澤保彦さんのファンクラブ掲示板から誕生したキャラクターなのである。西澤先生の腕貫姿があまりにも似合うと言う話から、あれよあれよと腕貫探偵なるものまで発生してしまった。そしてそれを公約(?)どおり、実現してくださった。あっぱれv 西澤先生。
 この『腕貫探偵』を読まれた↑腕貫探偵誕生を知る人たちはどんな感想を持ったのであろうか? 私は、本当にいい意味で裏切られました。西澤先生が腕貫探偵のキャラをこう設定したことも、場所をこう設定したこともほんとーに想像を超えていました。やはり西澤保彦さんって作家さんの才能は非凡なんですよねー。続きが楽しみです。

 謎の市民サーヴィス課出張所! ある日、蘇甲純也(そかわ・・・読めないって)の通う櫃洗市の国立大学にそのようなものが現れた。そして純也くんのささいな疑問をさらりと解決してしまう、無愛想な‘腕貫男’・・・。お金はどこからもらってるのだ。
 そんな市民サーヴィス課、岡山市にも登場して欲しいぞー。そして愛想のかけらもない‘腕貫男’にこれからの人生相談をするのよ。こてんぱんにやられそう(笑)
 次に‘腕貫男’ はどこへ出張するものやら。楽しみなのであるv

朝倉めぐみさんの挿絵の腕貫男がとっても素敵なのv 大好き好きっvv

『腕貫探偵』 J-novel 第4号 2002.JULY  西澤保彦



2002年09月21日(土) 海辺のカフカ

 どうしてこんなに心が痛いのだろう。‘手におえない’とよく言うけれど、この『海辺のカフカ』 は今の私の心におえない物語だったのかもしれない。動揺している。
 今から書くことは、ネタバレになりかねません。ですから、まだ読んでいない方でこれから読もうと思われている方は、このページ読まないでください。私は今、混乱した心を整理するために書いているようなものなので、これから読む方を惑わしたくない。

 この物語は、『ねじまき鳥クロニクル』の延長線上にある作品だと思う。延長戦どころか、クルクルのたくさんの要素 ー優しさやせつなさや透明さや残酷さなどー をシェイカーに入れ、さらに増してブレンドした別の物語だと思った。でもクルクルは心に痛くなく、何度も何度も読み返せるけれど、この『海辺のカフカ』 はしばらく封印する。 ただ誤解をしないで欲しいのは、決してこの物語が駄作ではないということ。むしろこれだけ動揺させてしまうほど心を揺さぶるパワーを持った物語に違いない。

 物語は、カフカと言う少年とナカタさんと言うおじいさん、傷を持ったこのふたりの人間の物語が別々に進行していく。あいかわらず村上春樹さんは音楽がお好きで、読んでいて海辺でプッチーニを聞いているかのような錯覚に陥る。美しい調べであるのに、あまりにも美しすぎて透明すぎるから、心の琴線に触れかき鳴らし涙が止まらない。
 カフカとナカタさんの物語が交錯した時、すべてはひとつにまとまる。それは一幅の美しい絵画を見ている気分。崇高すぎるものは心に痛すぎる。ひりひりする。

 カフカとナカタさんを取り巻く人物も今回も素晴らしい。特にホシノ青年は、実在するなら惚れてしまう。もしもあの物語の人物になれるなら、迷うことなくホシノ青年になりたい。カフカの物語より、ナカタさんとホシノ青年の物語のほうが私には重要。

 村上春樹さんらしい言葉がたくさん出てくる。必ず出てくる 《しるし》。この 《しるし》 に関わってしまうと、人の運命の流れはどうしようもないのだろうか。
 いつも思うことだが、村上春樹さんの頭の中を開けて見てみたい。どうしたらこういう物語を想像し、紡ぎだせるのだろう。不思議だ。今回は言葉に尽くせないものを与えられた。ひょっとすると 『ねじまき鳥クロニクル』 の剥き出しの残酷さの方が私には耐えやすかったのかと、ふと思う。でも村上春樹さんがカフカとナカタさんに与えた試練は別の角度でむごすぎた。カフカとはチェコの言葉で ‘カラス’ だそう。これはカラスと呼ばれた少年の心の物語。 「孤独にもいろんな種類の孤独がある」 それは正しい。しかし、15歳の少年に与えるには厳しすぎる孤独だったと私は思う。

 やはり、うまく言えない。素晴らしい物語には違いないけれど、私はきっと何年か先まで再読しない。心が今よりしなやかにしたたかに強靭になったら必ず再読したい。

「ことばで説明してもそこにあるものを正しく伝えることはできないから。
 本当の答えというのはことばにはできないものだから」

田村カフカ、その君の強さがねたましいほどに羨ましい。

『海辺のカフカ』 2002.9.10. 村上春樹 講談社



2002年09月20日(金) 鬼籍通覧 隻手の声

 椹野道流(ふしのみちる)さんのことは、以前とある個人サイトに出入りしている時に、同じく出入りされている方から教えていただきました。その個人サイトはこの夏に閉じられたと最近聞きました。また教えてくださった方も今はあまりネットをされておられないご様子。ネットの良さは流れていくことにあると、そこでは教えていただいたのですが、流れてしまって縁が切れてしまうことは寂しいものです。 お元気ですか?

 椹野道流さんは、今ふたつの主流シリーズを書かれています。ひとつが、‘奇談シリーズ’、もうひとつが‘鬼籍通覧シリーズ’ です。どちらもとても面白いのですが、今回は出たばかりの、‘鬼籍通覧シリーズ’より『隻手の声』を取り上げてみます。

 鬼籍通覧シリーズは、大阪府高槻市O医科大学法医学教室を舞台に伏野ミチルと伊月崇がかかわる事件簿です。死体が語るとか、死体の声に耳を傾けるとか、昨今テレビドラマ等でもおなじみになってきた法医学。現実は人手不足で大変であることがよくわかります。今回は、たまたまネットゲームにはまった伊月が、ネットで知り合った小学生の家庭内暴力を受けていることを知り、現実でも物語がリンクしていきます。今回少々身につまされてしまったのは、《病的酩酊》。 お酒に酔って自分の暴力行為を認識できないというもの。勿論、私は一応女性ですので拳は使わないにしても、言葉の暴力という奴がありますから・・・。お酒に酔った勢いでなにかしでかすのはやめましょう。

‘鬼籍通覧シリーズ’ は、いつもタイトルが深い意味を持ちます。今回のタイトルは隻手(せきしゅ)と読みますが、打ち込むと一発変換されました。が、私は意味を知りませんでした。恥。この物語の内容とタイトルはいいですよ。そうだよなぁって思われること請け合います。読みやすいので、このシリーズ通して是非読んでみてください。
『暁天の星』、 『無明の闇』、 『壷中の天』、そして今回の『隻手の声』です。

 また、‘奇談シリーズ’ ですが、私は椹野道流さんはもともとこちらから入りました。こちらは、妖怪やファンタジーやボーイズラブが入り混じっているので、ちょっと駄目と言う方もおられるかもしれません。でもこちらのシリーズのキャラクターもとてもいいので、試しに読んでみられてはいかがでしょうか。こちらは講談社X文庫より『犬神奇談』 まで16冊(上下は1冊で考えました)出ています。孤高の追儺師(霊障を祓う‘ついなし’)天本森が、精霊と人間のハーフ(と言うよりダブル)の琴平敏生と出会って変わっていく様は時系列に楽しんでいただきたいものです。森さんの友人の兵庫県監察医の龍村泰彦は、両シリーズを股にかけて登場するツワモノです。妖魔の小一郎もご主人様の森さんとともにゆるゆると変化していって可愛いです。一番のお気に入りキャラが小一郎。そしてなんといってもがっしり健康元気な龍村あんちゃんです。

 さらりと読める物語ですが、心になにかふっと落として言ってくれる作家さんですv

『鬼籍通覧 隻手の声』 2002.9.5. 椹野道流 講談社NOVELS



2002年09月19日(木) 八月のマルクス

 この作品は、3年前の第45回江戸川乱歩賞受賞作品です。新野さんは、失踪して放浪しながら、この応募作品を書き上げたという変り種。作家って変わってる・・・(笑)。
 3年前に読んだ時には、登場するお笑いコンビがダウンタウンを彷彿させたのですが、今回読み直した時にはどのお笑い芸人さんも浮かびませんでした。その方がいいな。

 ‘猫は目だけを動かし、視線をよこした’
 このフレーズ物語の冒頭シーンです。このシーン、とても深い意味を持ち、最後になるほどvと唸りました。一世を風靡したお笑い芸人が、スキャンダルに巻き込まれ、芸能界から去ります。数年後、かつての相方が主人公が行きつけのBarに現れたことから、封印されていた主人公の人生と言う物語が、Pause解除され一気に流れていきます。

 芸能界と言う競争の激しい世界の中での勝者、落伍者、彼らに群がるファン。一度接点を持ってしまうと、この物語のような事件が起こっていても不思議はありません。
 自分の驕りや周りに翻弄された主人公が、息を吹き返し、戦い、大切なものを見つける構図は読んでいて気持ちいいです。絡み合う人間関係が解きほぐされていくさまも読み応えあり。オススメのハードボイルド・ミステリーでございます。マルクスの言葉の意味は物語の中で納得してください。

 新野さんは、このあと『もう君を探さない』、『クラムジー・カンパニー』、『罰』と出されています。 『もう君を探さない』も好きな作品ですが、まだ『八月のマルクス』 を超える作品を私的には読めていません。今後が楽しみな作家さんのおひとり。

『八月のマルクス』 1999.9.9. 新野剛志 講談社



2002年09月18日(水) 桜さがし

 柴田よしきさんと言えば、RIKOシリーズに都シリーズ。どちらもヒロインたちが強く美しく読んでいてわくわくどきどき。次回作が楽しみでたまりません。待ち遠しい〜v
 ちなみに柴田さまのペンネームのよしきは弟さんのお名前をいただいているとか。 

 多作な柴田さま(ワタクシは物心ついてからこうお呼びしている)の作品の中で、ワタクシ的ナンバーワンは、『桜さがし』が不動です。 『ふたたびの虹』も負けず劣らずほのぼのと心が暖かくなるので好きですが、浅間寺竜之介(せんげんじ)のある限り、ナンバーワンの座は揺るがないでしょう。浅間寺せんせーの嫁になりたい〜。

『桜さがし』は、柴田さまがお住まいの京都を舞台にした物語。もと教師で作家となった浅間寺と、彼のかつての教え子、成瀬歌義(歌やん)・田津波綾(あや助)・安枝陽介・大河内まり恵の4人が、さまざまな京都ならではの事件や人間模様に遭遇します。
 恋愛や人生に悩む4人と、それを見守り、時に叱咤激励する浅間寺せんせい、ラブ。

 「一夜だけ」では、柴田さまのご趣味のきのこ狩りを彷彿とさせてくれる美味しそうなきのこ料理が出てきます。食べてみたいぞ。山奥のログハウス(もどき)でわいわい言いながら食べたらさぞかし美味しいことだろうなぁ。この物語では、歌やんとまり恵の終わりかけた恋愛の行方が気になります。浅間寺せんせいの言葉や、ふたりへの対応は、もう大人のオトコって感じで惚れ惚れします。あぁっ浅間寺せんせい嫁にしてっ。

 「何を言われても、決めるのはおまえや。後になって誰それのせいでこんなになった、てぼやくのは筋が違う。おまえが決めたんや、最後はな。それを忘れたらあかん」
 私は、まり恵への浅間寺せんせいのこの言葉にびりびりとしびれました。

 ちょいと話が、ずれますが、(いやまぁ、いつものことですが、はい)、この浅間寺せんせいの言葉は、人としての基本姿勢だと思うのです。私は、早々と未亡人になりながらケタケタ笑って生きているせいか、よく相談をもちかけられます。気になるのは、なにかと悩みを自分以外のなにかのせいにしたがる人が多いことです。私は、必ず言います。今現在自分が立っている立ち位置は自分で選んだ結果でしょう、と。その責任を取るのはやはり自分だと思うのです。決して自分以外のなにかのだれかのせいでない。
そう言って去っていた人の多いこと(大笑)。だから 『桜さがし』 を読んでいて、この浅間寺せんせいの言葉を聞いて(聞いた気になってしまった)、うんうんうんと深く深くうなづいたのでした。私は、そういうオトコが好きなのぅー。あぁっ。悶える。

 「夏の鬼」と「片想いの猫」では、中学時代に付き合っていた陽介とあや助の過去と現在の対比となっています。中学時代の恋にいつまでもこだわっていたあや助がやっと新しい恋と出会う。あや助を想い出に変えていた陽介は、道ならぬ苦しい恋に終止符をうつ。「夏の鬼」では、姫だるまが、「片想いの猫」では、赤いタキシードの陶器の猫がKeyとなります。そういう小物使いがまた柴田さまらしくて、京都らしくて素敵v

 「梅香の記憶」は、桜さがしの中で一番好きな物語。歌やんとまり恵の恋愛の方向が見えてきます。この物語のラストで言う歌やんの言葉。ほんの一行。もう何度読んでも涙ぼろぼろになってしまいます。このひとことのうまさが柴田さまの魅力。うん、そうよっ! と叫びたくなる言葉を〆に持ってこられる。その瞬間心がぎゅっとなる。

 この物語で、浅間寺せんせいのかつての教え子の4人は、それぞれの人生を模索し旅立ちます。浅間寺せんせいのほのかな恋も見え隠れします。それはちょっといやんv
 浅間寺せんせいのその後は、『風精の棲む場所』 で知ることができます。柴田さまが、また浅間寺せんせいの物語を書いてくださらないかしら。いつまでも待ってます。

『桜さがし』 2000.5.30. 柴田よしき 集英社



2002年09月17日(火) よもつひらさか

 鮎川哲也さんが、9月24日にお亡くなりになりました。私は鮎川さんのご本より、鮎川さんが見出された作家さんのご本をたくさん読ませていただいています。本関係のネット世界にこのニュースが駆け巡り、鮎川哲也さんを悼む気持ち一色になりました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

 酩酊本処に書きたい本(作家さん)は、まだまだ尽きません。
今回は鮎川さんに敬意を表して、鮎川さんに見出されたおひとりの今邑彩さんを。

 今邑彩さんは、1989年に「鮎川哲也と十三の謎」の十三番目の椅子を射止めました。
今邑彩さんの作品は、ホラー・ミステリィ・ファンタジーなど作風も多彩(多才)。
今回、私がオススメしたいご本は、私が一番好きな 『よもつひらさか』 です。
今月集英社から文庫化されましたので、興味を持たれたら読んでみてくださいね。
これは、短編集なのですが、一番最初の作品は1993年に書かれたそうです。
時代が流れ、内容に手を加えようかと考えたそうですが、あえて発表当時のままで手直しを入れなかったと言うことです。ほんの10年前と今の違いも楽しんでください。
『よもつひらさか』の中からいくつかを簡単にご紹介。

「見知らぬあなた」
不思議な文通相手の正体に気づいた時、彼女はいったいどうするのでしょう。

「時を重ねて」
友人の妻の浮気旅行を調べた男の見たものは・・・。あるといいな。こんなこと。

「ハーフ・アンド・ハーフ」
分かれる時には、もめないためにきっちり‘ふたつ’に分けましょう。ふっ。

「穴二つ」
今ほど電脳世界が身近になる前だからこその物語。

「生まれ変わり」
いわゆるとてつもなく気の長ぁ〜いストーカーの狂気の世界。

「よもつひらさか」
 私が、今邑彩さんの物語で一番好きな作品。
黄泉比良坂、あの世とこの世の分かれ道と言われる坂です。
そこで亡くなった誰かに出会っても、すすめられたものを口にしてはいけません。
そのままこの世に帰ってこられなくなるからです。

 この『よもつひらさか』の装丁は、みなさまお馴染みの《北見隆》さん。
 実はこの本は、図書館で発見し、タイトルに惹かれ、手にして、装丁に惹かれ、はじめて読んだのでした。それが今邑彩さんとの出会い。他の作品では、『かなわぬ想い』、『盗まれて』、『鋏の記憶』、『七人の中にいる』なども面白いと思います。

『よもつひらさか』 1999.5.30. 今邑彩 集英社



2002年09月16日(月) MOMENT

 2000年このミステリーがすごい! にランクインをした 『MISSING』 、昨年の 『ALONE TOGETHER』、そして今年出た 『MOMENT』 と読み続けています。この人の文章は静かな音楽を聞いているような心持になります。なんとなく凛とした静謐な感性がとても好ましい作家さんです。淡々とした中のやさしさもとても好ましい。

 さて、このたびの 『MOMENT』、少々おびえながら読み始めました。舞台が病院で末期患者さんがたくさん登場するからです。どうしても腎臓癌で若くして死んじゃった旦那のことを思い起こさずにいられないかしら、と思ってしまって。だいじょうぶでした。泣いたり、過去に引き戻されたりしませんでした。むしろあの日々の中でも旦那と静かに生きたことが小さな優しいさざなみが押し寄せてくるように思い起こされ、嬉しくなりました。
あんなせつない限られた時間の中でさえ、笑顔も確かにそこにあったから。

 ある病院で、末期患者の間に語り継がれている噂、死ぬ前に願いを叶えてくれる人間が現れるv 笑ってしまうでしょう。それじゃまるで現代病院版必殺じゃないか(笑)。でも本当に叶えてあげようとする青年がいる。この青年が、できる範囲で願いを叶えようとしますが、依頼人も一筋縄ではいかない病人ばかり。
 死に際の人間っていったいなにを思うのでしょう。私は死ぬ間際になにを願うのだろうなぁ。

 「FACE」 「WISH」 「FIREFLY」 「MOMENT」 の4つの物語がリンクしながら、静かに流れていきます。 
 私が一番好きなのは、「WISH」 です。 悲しいのですが、少女の弱さや強さや憧れが綺麗。
 物語の最後には、 ‘噂の真相’ と言うものにたどり着きますが、ものすごく問題提起だと思いました。
 ネタバレなので、これ以上書けませんが、秋にふさわしい物語です。是非読んでみてくださいね。

 「まあ、どうでもいいけどな。でも、あんまり余計なものは背負い込むな。お前、最近険しい顔してるぞ。
  気づいてないかもしれないけれど、お前の頭は偏差値ほどには良くはない」

 とても素敵な言葉だったのでおまけですv

『MOMENT』 2002.8.30. 本多孝好 集英社 



2002年09月15日(日) 触身仏 蓮杖那智フィールドワーク��

 酔わされて2002に北森鴻さんが2冊入ってしまいました(9月20日現在)。酔わされて2002は最終的には10冊に絞り込めたらよいなぁと思っています。でもベスト10にはできないでしょう。たぶん順位なんてつけられっこない。2002年私の酔ったこの10冊! と言った感じです。きっと。抜け落とした作品も面白かったものばかりだし。しかしベストを意識するなら、年の後半に出したほうが強みありますよ。印象に残りやすいから。

 酩酊本処で、北森鴻さんの 『親不孝通りディテクティブ』 を書かせていただいていますが、北森鴻さんの作品はほぼハズレないのです。酔わされて2002の北森鴻さん一冊目の 『狐闇』 も最高に面白かった。2002年の私的に非常にマイブームな作家さんのおひとりであると言えるのでしょう。(なぁーんて偉そうだわぁ)

 『触身仏 蓮杖那智フィールドファイル�供戞,蓮∨楹別餌�学ミステリの第二弾! だそうです(笑) 『凶笑面』 に続く、異端の民俗学者、蓮杖那智シリーズ。蓮杖那智の突き抜けたキャラクターには今回もうっとりv 『狐闇』 で活躍する三美女はみんな大好き。自立していて戦う女だから好きなのです。自分で地に足をつけてしっかりと立っている。理想だわぁ〜。ぷーだから余計に・・・あぁぁぁぁっ。自爆どーん。

 この物語の中で、ある人が、「民俗学って、まるで推理小説みたいですね」と言います。そうそうそうなんですよー。私がもう一度若い時をやり直せるとしたら、やってみたい学問は民俗学か心理学。高橋克彦さんを好きになってからその想いを抱いておりましたが、この度ますます強まりました。日本の暗い闇にぶちあたるのだろうなぁ。蓮杖那智と内藤三國のように。那智は強いからいいけど、気の弱い内藤くんは可哀想かも。まぁ、謎解きで ‘とっても役得’ なことがあったからいいかv
 今回、またもや那智は「裏のフィールドワーク」を5つも増やしてしまいます。フィールドワーク最中に ‘必ず’ 事件が起きて、発表できなくなってしまうから。事件が起こるから、名探偵が登場する図式でなく、名探偵がいるから事件が動き出す。
那智の場合はその上進んで自分から突進していくし(大笑)。

「秘供養」
 このフィールドワークで勉強になったのは、「多情仏心」。むーです。

「大黒闇」
 大黒様も不思議な神様。神様って破壊と死をもたらす存在でもあると再認識。
 しかし、宗教は怖い。私は純真にのめりこみ、信じること絶対できない。

「死満瓊」
 美貌の考古学者、奥津城要もなかなかに良いです。この人のおかげで内藤君はっv

「触身仏」
 民俗学をやってみたいーと一番思わせてくれる物語。
 ダイレクトに語れない過去を形を変え、語り継いでいく。東北に行きたい〜。

「御蔭講」
 ここで出てくるアイドル論には妙に納得します。あとどうしてこの物語をラストに持ってきたのかが、最後にものすごぉーく納得できます。がんばれ、内藤三國っ!

 今回とても気になった人は狐目の教務部担当者さん! 彼が今後那智のフィールドワークにどうかかわっていくのか非常に楽しみです。彼のミステリアスな過去もまだ明かされていないしv きっとなにかあったのだろうなぁ。
 前回の 『凶笑面』 を読んでいなくても、じゅうぶん楽しめる作品です。
 北森鴻さんはオススメ作家さんです。

『触身仏 蓮杖那智フィールドワーク�供戞�2002.8.30. 北森鴻 新潮社



2002年09月14日(土) 夏の庭 -The Friends-

 このページをはじめて、酔客Barにケロロ(高校時代からの友人)がやってきて、 『夏の庭』 をすすめてくれました。それに呼応して美月が、 『夏の庭』 いいよねぇ〜と。ふむ、これはもう読むしかあるまいと手にとりました。手に取ったら面白くて眠れなくなって、こんなことまでやってます(苦笑)。只今9月18日午前1時過ぎ。感動が薄れないうちにパソコンを立ち上げてしまう私。もう完璧病気かも〜。

 つくづく童話や児童文学はあなどれないと思います。かつて本仲間で一気に盛り上がった梨木さんの 『りかさん』 、あれなんかもこれに匹敵する力を持っていました。この作品は1992年3月に刊行されています。その時のあとがきに、湯本さんは相米慎二さんに謝辞を述べられていますので、映画化は相米さんが監督をされたのかもしれませんね。(知らないので予想で書いてます) 世界各国で話題を呼び、児童文学協会新人賞などお取りになっているので、この物語を知らない、もしかすると私だけなのかもしれません(大汗っ) 去年、再出版されたご本を読みました(多少手を入れられたらしい)。

 12歳の少年、木山・山下・河辺の3人が出逢ったひとりのおじいさん。出会ったきっかけは死んだ人間を見てみたいからという子供らしい残酷な好奇心からでした。そのターゲットにされたおじいさんが死にかけて見えていたと言うのにのに、みるみるうちに再生していくさまは微笑ましくも可笑しいです。ひと夏で少年たちが体験して得たものは、きっと彼らの一生涯で他のなにものにも替えられないものだったろうなぁと思います。おじいさんが少年たちから生きる力(意欲)を取り戻してもらったように、少年たちはおじいさんからさまざまなことを身を持って経験させてもらいます。生きる屍のようだったおじいさんが元気になり、荒れ放題だった家や庭にも生命力が蘇る。生きるということを謳歌したいと感じさせる物語ですね。この物語の映画、ビデオかなにか探してきて観なきゃいけない。絶対観たい。

たぶん、この世界には隠れているもの、見えないものがいっぱいあるんだろう。虹のように、ほんのちょっとしたことで姿を現してくれるものもあれば、長くてつらい道のりの果てに、やっと出会えるものもあるに違いない。ぼくが見つけるのを待っている何かが、今もどこかにひっそりと隠れているのだろうか。 

 おじいさんの庭に種蒔きをした時、ホースの水が作った小さな虹を見て、木山少年はそう感じます。
こういう感性を持った少年たちが大人になれば、きっと世界に戦争なんて起こらないだろうに・・・。

 映画化までされていたご本ですので、読まれた方も多いかと思います。もしもまだ読んでいないならそれはとてもしあわせです。この本を最初に読めるあの感動を味わうことができるのですから。必読v

『夏の庭 −The Friends- 』 2001.5.31. 湯本香樹実 徳間書店



2002年09月13日(金) 水曜日の朝、午前三時

 「今まで生きてきてものすごく好きになった人って何人います?」
 私は、酔うとよくこの質問を投げます。いろんな年代の人に尋ねてみるけれど、戻ってくる答えの人数はみんなとても少ないです。そう、ほんのひとりかふたりなんです。そういうものかもしれません。
私が今まで生きてきてたまらなく好きになった人は、死んじゃった旦那ともうひとりだけ。
またいつか私がそうを尋ねたら教えてくださいね。

 この物語は、ホラーでもミステリーでもサスペンスでもありません。人が死にますが、それは事故であったり、病気のためだったりです。私にしては珍しく分類は、 ‘ある愛の詩’ という感じでしょうか。
 物語のヒロインは、四条直美。病気で死ぬ前に娘にあてて自分の人生を録音します。その彼女の激しく愚かな70年代の青春と後悔の物語です。高度成長期にあたり、差別や戦争の影も落ちていた、そんな時代の物語。舞台は大阪万博。日本中が世界中が熱に浮かされるようにそこへ行った特定の時間と空間。万博でホステスとして働く直美は、激しい恋に落ち、現実とぶつかり、自己嫌悪に陥る・・・。

 「私はこれまでに何千冊もの本を読んできたけれど、それ以上に日々の暮らしから学ぶことの方がずっと多かった。二十代の私は嫌味な自信家だったし、多くの人のことを軽蔑していたけれど、それでもけして自分の知的確信の奴隷にはなれなかった。内心では花見客を馬鹿にしていながら、偶然に桜の花を目にして、その美しさに圧倒されたりしていたのです。ピアニストが毎日休みなく鍵盤を叩くように、私は人生の練習を続けてきたのです」 これが典型的な四条直美。こういう女性の物語です。

 直美が、録音の最後に娘へ語り聞かせる、彼女の得た人生の宝物のくだりはとりはだが立ちます。迷った時に焦らないで立ち止まれ、という直美の言葉は私の人生においても自戒となりました。彼女は差別という壁にぶちあたります。これには私は答えられません。奇麗事も言えそうにありません。実際、自分がその立場になったら直美と同じ行動を取ってしまう気がします。そして必ず後悔をする。

 この本は、Pabloへ行く前に、別嬪ゆうちゃんと待ち合わせをしている時にふと手にして読んでしまった本です。きっと本に呼ばれたのでしょう。この本を読んだ頃、私は熱に浮かされたようにこの本のことを人に喋っていた気がします。でも残念ながら世の中ではクリーンヒットにはならなかったのかな。
 あまったるい恋愛小説は読まない、見ない、そんな私が惚れた恋愛モノです。
 悲しいけれど清清しい想いをする本です。そして人間について考えさせられる本です。
 なにかの時に、この本を見つけたら読んでみてください。

 奇しくも今日、2002年9月17日、小泉さんが北朝鮮で会談に臨みました。行方不明になり北朝鮮の拉致疑惑があった方々の生存確認表明もありました。6名死亡。なんということでしょう。国交正常化ですか。人と人の心に差別という垣根がある限り、正常になるとは思えない。ニュースを聞きながらそんなふうに感じてしまった、火曜日の夜、午後七時でした。亡くなった方々のご冥福をお祈りしいたします。

 『水曜の朝、午前三時』 2001.11.20. 蓮見圭一 新潮社



2002年09月12日(木) 眠らない少女

 はじめて高橋克彦さんの作品を読んだのは、美月からのオススメがあったからと ‘記憶’ しています。はじめて読ませていただいたのも、おそらくは 《記憶シリーズ》 のどれかだったろうと思います。当然の帰結、高橋克彦さんにどっぷりとはまりこんだ次第です。 《ドールズシリーズ》 や、 《浮世絵シリーズ》 など、どれを酩酊本としてご紹介させていいのかわかりません。そこで単純に私が一番好きで一番怖いと感じた 『眠らない少女』 ほか、さまざまなシリーズも短篇として楽しむことのできる高橋克彦さん自薦短編集をご紹介することにいたします。気に入られたら是非長編へ進んでくださいね。

「眠らない少女」
 この話は、ものすごく短いモノもあったと記憶しています。東北での民話を題材にした世にもおそろしい物語。現代に甦るところがゾーッとします。それでいて最後の父親の愛には思わず、ほろりとする。高橋先生ご自身も、 「ひょっとして私の小説の中では一番怖い作品ではないだろうか?」 とコメントされておいでです。この作品が私の高橋克彦さん好きのルーツです。
あぁ〜東北行ってみたいなぁ〜。

「卒業写真」
 《記憶シリーズ》 の出発点となった作品だそうです。タイトルからして、なにか起こりそうですよね。記憶シリーズでの私のお気に入りはまた別の作品なのですが、この作品もセピア色でよい感じです。

「歌麿の首」
 高橋克彦さんが、分身のようとおっしゃる搭馬双太郎が初登場した作品です。
この作品では、竹久夢二の取材のため、岡山が出てくることが個人的には嬉しかったりするのです。怖い話が駄目な人でも、このシリーズはおもしろく読めるはずです。
  
「ゆきどまり」
 照れ屋さんでいらっしゃる高橋克彦さんの珍しい愛欲(笑)シーンが読めます。ポイント!

「ねじれた記憶」
 実は、この作品が私の 《記憶シリーズ》 での一番好きなお話なのです。
うろ覚えなのですが、世にも奇妙な物語あたりで映像化されたことがあるのではないかしら。

「紙の蜻蛉」
 私の愛してやまない 《ドールズシリーズ》 の短篇。さまざまな本を読み、たくさんのキャラクターのことを好きな私ですが、このドールズシリーズの ‘泉目吉’ は最高に好きですね。男気があって、洒落っ気がある。とっても粋な男なんです。高橋克彦さんもご自分の作品の中でも大好きキャラにあげられています。目吉っつぁんが、ある事情で悲しい状況に置かれているのですが、彼の慟哭は涙を誘います。その彼を認め、守り、愛してくれる仲間たちの友情も泣かせます。ただのホラーじゃありません。怖い話が苦手と言って、このドールズシリーズを読み逃したら、あなた人生損します。断言(笑)

 この自薦短編集は、高橋克彦さんがデビューから10年目に実現したそうです。もしもまだ高橋克彦さんを読んだことのない方がおいででしたら(あまりいそうには思えないのですが)、まずはこの短編集から入ってみられてはいかがでしょうか? 上にあげたもの以外にも短篇がのっています。その中の作品で気に入ったものがあれば、どうぞシリーズを長編を読んでみてください。 

『眠らない少女』高橋克彦自薦短編集 1992.12.25. 角川書店



2002年09月11日(水) 滅びのモノクローム

 ここ数年、電脳社会に泳ぎ出るようになって預かった恩恵のひとつにあげられることに、じょうずに本の情報を得ることができるようになったことがあります。仲良しの本仲間からの情報は勿論、出版社サイト、作家さんサイト、本読みさんサイトなどなど。そうやって情報収集をしていくうちにその昔は <漠然と手にして読んでいた> から <意識をして本を探す> に変わってきたように思います。今までは、たいして気にも留めてこなかった ‘なんたら賞’ もの。あまり流行に流される人間じゃないんで、面白ければどうでもよかったと言うか (ずぼら〜)。まるで気にしていなかったのですね。でもやはり賞を取る作品には、本の方から呼ばれたことも多々あったことだし、気にかけるようになりました、とさ(笑)

 その ‘なんたら賞’ ものでも、私が意識外でも意識し始めてからも、読んでいい手ごたえを感じる作品が多い賞が江戸川乱歩賞。この歩賞は、ものすごく歴史があって、なんと昭和30年にはじまっている。すごいなぁ〜。読んだ作品は時系に沿ってはいないのですが、賞の時系列であげていきます。
『高層の死角』 森村誠一、 『アルキメデスは手を汚さない』 小峰元、 『蝶たちは今・・・』 日下圭介、 『ぼくらの時代』 栗本薫、 『写楽殺人事件』 高橋克彦、 『放課後』 東野圭吾、 『花園の迷宮』 山崎洋子、 『風のターンロード』 石井敏弘、 『顔に降りかかる雨』 桐野夏生、 『テロリストのパラソル』 藤原伊織、 『左手に告げるなかれ』 渡辺容子、 『破線のマリス』 野沢尚、 『八月のマルクス』 新野剛志、 『脳男』 首藤瓜於、 『13階段』 高野和明、そして今回の 『滅びのモノクローム』 三浦明博です(以上敬称略です)。48回のうち読んでいるのは、たったの16作品!? あぁ、ワタクシもまだまだよねぇ。ハァ〜。本気で深いため息が出てしまいました。おーしv またがんばろーっと。

 私が、本を読んで最後のページで胸が熱くなって泣ける。それは私がその本に対して「ブラボー!」と叫んでいるのです。今日、のんびり本を読んで先ほど読了。そしてそのブラボー! だったの。感動。
 またもやダ・ヴィンチからあらすじ拝借; 《仙台の広告マン日下哲は骨董市でレアな釣り用リールを手に入れ、オマケ品のスチール缶から見つけた古い16ミリフィルムを広告に使おうとする。同じ頃リールを売った日光の老舗旅館の娘・月森花はそれを祖父・進之助に伝えていた。だが、話に何故かショックを受けた進之助は倒れて入院。花はリールを取り戻そうとするが・・・》 どうしてみんなあらすじをネタバレにならずにこういうふうにうまく書けるのかなぁ。私にその才は皆無。あ、余談ですけどね。

 この物語、面白いと言うだけではなく、人間として読んでおいて欲しいなぁと思いました。テーマは、戦争や戦後の闇、そして父と子供の絆かな。私も戦争を知らない子供たちのひとりだけど、あの一年前のテロ事件の時には、戦争がおこるのではという恐怖を体中で感じました。戦争が巻き起こしてしまう戦時下の群集心理、禍々しい空気に飲み込まれ、本来ならしないような残酷な過去を背負ってしまう。そんなことは私たちの未来には断じてあってはならないことです。物語は、サスペンスなので、どきどきはらはらと展開を追いかけることができるので、決して全編を通じて重苦しいものではありません。むしろ出てくるキャラクターたちがいい味だしているので、笑えるほどです。まぁ、ちょっとマリモのこと見たくなくなったけど(苦笑)。←理由は作品でどうぞ。 お気に入りキャラはカルトなあんちゃんです。 

『滅びのモノクローム』 2002.8.5. 三浦明博 講談社 
第48回江戸川乱歩賞受賞作品



2002年09月10日(火) 左手に告げるなかれ

 私の好みの女性のタイプは、女優さんで言うと松雪泰子さん(「きらきらひかる」 の時のえらそーな女刑事役)、鈴木保奈美さん(「ニュースな女」 の時のえらそーなキャスター役)、常盤貴子さん(「タブロイド」 の時の負けず嫌いな女性記者役)などなど。そして今一番好きな女優さんは、天海祐希さんv 天海の宝塚時代はまったく知りません。彼女が宝塚退団後、テレビやスクリーンに登場して以来、めろめろのくらくらvvv そんな天海主演だから見たテレビドラマが、この 『左手に告げるなかれ』 でした。ドラマ終了後、原作を知りさっそく読みに走った訳です。 (いわゆる根がミーハーなんですね、ははっ)

 本を読んだ後、私は天海がこの作品のヒロイン八木薔子役を演じてくれたことに感謝しました。それくらいこの本のヒロインはいいです。そしてヒロイン役に天海を選んだプロデューサーもすごいです。
 八木薔子は、かつてエリートキャリアまっしぐらだった女性ですが、とある恋愛が原因でそのキャリアを失う。愛した人に家庭があったから。傷ついた薔子は、その後スルガ警備保障保安課の保安士としてストイックに仕事に生きていく。同僚に蔭で ‘氷の薔薇’ とあだ名をつけられて。なぜそんなあだ名をつけられてしまったのかは本を読んでみてください。納得のネーミングですから。
 そんな薔子のもとへ、刑事が現れます。かつて愛した人の妻が殺害された事件の容疑者とうたがわれて! ・・・愛し合いながら生木を裂かれるように別れた男との再会、汚名を晴らすべく事件を調べはじめる八木薔子。いいですよー。どんどんと引き込まれてあっと言う間に読んでしまうこと間違いないv

 この物語で、すごくいい味を出している人物が薔子の上司にあたる、指令長の坂東女史。薔子のよき理解者であり、応援者であり、時にかっかした薔子の頭を冷やしてくれます。私はいつか坂東さんのような人になれたらいいなぁ。薔子が、神経的に参った時に坂東さんはこう言います。
 「なあ八木、さっさと家に帰って、風呂を沸かせ。そしてゆっくりあったまれや。
まちがっても辞表を書いたりするなよ。同じカクなら鼾をかけ。これは坂東からの命令だ」

これが胸にじーんとくるですよ。そのすぐ後の台詞がより泣かせるのですが、そこはほれ、本を読んでくださいな。こういう懐の深い人間って言うのは、いいですなぁ。
存在感が圧倒的です。引き締まる。

 薔子が、たどりつく真相にはどんでん返しがあります。たどりついた真相は、書けない。
 たどりつくまでに薔子が、かつて愛した人の妻の実像に迫りますが、いろんな意味でこれまた痛々しいです。人間という生き物はやっかいで、複雑で、いい人ばかりじゃない。はぁ。

「左手に告げるなかれ」は聖書から引用されています。マタイ伝第六章、山上の垂訓;

 人にみせびらかそうとして、他人の前で善業を行わないように気をつけよ。そんなことをすれば、天においでになるあなたの父からの、すべてのむくいが受けられない。だから施しをする時には、偽善者が、人の尊敬をうけようとして、会堂や町でするように、自分の前でらっぱをならしてはいけない。まことに、私はいう。そういう人々はすでにむくいを受けてしまったのである。あなたが、施しをするときには、右の手でしていることを、左の手にさえも知らせないようにせよ。それは、あなたのする施しをかくすためである。そうすれば、かくれたことをごらんになるあなたの父が、むくいをくださるー。

 八木薔子が、この垂訓からなにを得ることができるのか、是非読んでみてくださいねv
 ちなみに、 『無制限』 もかなり面白いです。こちらには八木薔子がちょこっとだけ登場。

『左手に告げるなかれ』 1996.9.10. 渡辺容子 講談社



2002年09月09日(月) ふたりのシンデレラ

 西澤先生の掲示板で、よく話題になる作家さんのおひとりが鯨さん。その流れで鯨さん作品はかかさず読むようになりました。ちょうど去年の秋くらいだったと思いますが(おぼろげ〜)、『鬼のすべて』 を読んで、“うわっすっごーいっ!” と感服してしまいました。そのあとも涙研究所とか酒に絡む話とかなかなかに良い感じでした。そこでまたガツンときた作品が 『タイムスリップ森鴎外』 でした。本当はここにそのモリリンのこと書くつもりだったのですが、只今読みたてほやほやの違った角度からのスマッシュヒット! 『ふたりのシンデレラ』 をあげたいと思います。ネタバレになるからあまり書けないけど。むー。

 ダ・ヴィンチ10月号に鯨さんのエッセイがあります。そこや本の表紙の裏に乗っている惹句を拝借v
《わたしはこの事件の証人で犯人で犠牲者で探偵役でワトソン役で記録者で容疑者で共犯者》
このひとり8役を見事に料理されておられますです。ははーっ。平伏。ちなみにエッセイによると、鯨さんはジャブリゾの 『シンデレラの罠』 に挑戦しているのだそうです。フランスの名作ミステリで、探偵であり、証人であり、被害者であり、犯人でもあると言うひとり4役の 『シンデレラの罠』 は残念ながら私は未読ですので、いつかは読んでみたいと思います。そのうえで鯨さんの 『ふたりのシンデレラ』 が 『シンデレラの罠』 を超えているのか、どうか。とても気になるところです。どうもミステリー作家さんって挑戦したがりさんが多い(笑)ような気がするのですけど。 
なんだかとってもチャレンジャー。

 物語はいきなり、犯人のモノローグからはじまり、突如いやぁーんどきどきシーンに展開します。舞台は文字通り劇団なのでまさに舞台。劇のヒロインをめぐって起こる孤島での殺人劇。古典的でもあるのですよねv 物語の劇団の脚本が重要な鍵となっていくこともうまい。脚本も面白いし。

 読んでいて、物語の半ばで犯人とトリック (と言うよりからくりだな) はわかってしまいました。それでも最後まで面白く悲しく読ませてくれるし、ぴたぴたぴたとオチが綺麗にはまっていくのは読んでいて快感です。装丁のイラストは、最近よく見かける亀井洋子さんのイラスト。素敵です。しかし亀井洋子さん今売れっ子だなぁ。本は装丁 (イラスト) も命。

これ以上はもうネタばれなので書けません〜。間違いなく面白いので読んで〜。
『鬼のすべて』 と 『タイムスリップ森鴎外』 もあわせてオススメいたします。

『ふたりのシンデレラ』 2002.9.2. 鯨統一郎 原書房



2002年09月08日(日) 龍は眠る

 現代の語り部、そんな代名詞を持ってしまう宮部みゆきの作品で一番好きなものはなにですか? と私からお聞きしたいです。是非お教えくださいませ。ありとあらゆる世界を描き、そしてまったくはずさない女、宮部みゆき。もう信じられなぁーいv なんてギャルふうに逃げてしまいたいくらいです。

 うーん、『火車』、 『レベル7』、 『パーフェクトブルー』、 最近では『模倣犯』。 好きな作品をあげろと言われれば、いくらでも出てしまう。あ、蒲生邸もあったわ・・・。たまにこういう万人に受けてしまう類稀な天才が出現しますよね。私は、物語を紡ぎだすことのできる人って神様に愛された人だなぁって思うのです。まぁ、宮部みゆきの場合は、愛されたどころかご自身が‘神’なのかもしれません。

抜粋:
我々は身体のうちに、それぞれ一頭の龍を飼っている。
底知れない力を秘めた、不可思議な形の、眠れる龍を。
そしてひとたびその龍が起きだしたなら、できることはもう祈ることだけしかできない。
どうか、どうか、正しく生き延びることができますように。
この身に恐ろしい災いのふりかかることがありませんように。
私の内なる龍が、どうか私をお守りくださいますようにー
ただ、それだけを。

 今まで私が酩酊本をご紹介してきて、お気づきの方が多いかと思いますが、私は超能力モノも大好きです。映画でヒットしてテレビドラマ化された 「サトラレ」 も超能力の逆パターンですよね。偶然センシティブになった 「僕が世界を救う」 も超能力ものです。どちらもしっかり録画して見ています。その昔 「ナイトヘッド」 を見たり、読んだりしていた頃から、人間の不思議な力ってあながち想像の世界のものではないのかもしれないなぁ、とそんなふうにおもって生きてきている訳なのです。
 
 そういうことで(どういうことよ)、この抜粋からおわかりのように、この宮部みゆきの 『龍は眠る』 は人間の内なる龍を開放した青年と、龍に振り回されて制御できない少年とその周囲の人たちの物語。事件が起こり、悲劇が起こります。悲しい別れもしなければなりません。この物語を読むたびにもしも特別な力を持った人がいたら、この物語の青年のようにひっそりと隠れて暮らしているのだろうと思います。そこにあるのはどれほどの孤独と苦しみでしょうか。

 おそらく読まれた方も多いと思いますので、読まれて感じたことなど教えていただけると嬉しいです。もしもまだ未読であったなら、どうぞ読んでみてください。ちょっと頑張って生きてみようと思えるはずですわ。私はこの本何度読み返してパワーをいただいたかわからない。
大事な人生の一冊。

『龍は眠る』 1991年2月 宮部みゆき 出版芸術社  



2002年09月07日(土) 天狼星

 栗本薫と言う人の本をはじめて読んだのは、遠い昔に 『ぼくらの時代』 を。この青春ミステリーがとてもよくてせつなくて、それから栗本君の本は‘大概’読むようになりました。 (魔界水滸伝は挫折) ミステリー、ホラー、ファンタジー、伝奇小説、どんなジャンルの物語も栗本薫流に料理してしまう。天才ですねv書くもの全てを好きとは言えないけれど、作品によってははずせないシリーズがいくつかあります。そのひとつが名探偵伊集院大介シリーズ。あっちゃんとよく話題にする 『仮面舞踏会』 はネットの世界を鋭く切り刻んだ名作です。ネット世界での偽り、言葉だけの陰険さ、危うさを見事に書ききられています。未読の方は是非。とくに今ほどネットが普及するかなり前に栗本君があの作品をかきあげている点にご注目くださいませ。はしりじゃないかな。

 伊集院大介シリーズで一番好きなのは、宿敵シリウスと闘う 『天狼星』シリーズ。中でも一番最初のふたりの出会いになる作品が好きなのです。栗本君は、江戸川乱歩さんをこよなく愛している方なので、このシリーズは 明智vs怪人二十面相 を下敷きにされています (と私は思います)。 物語全体から漂う気だるい妖しい淫靡なゴシックホラー的な雰囲気もそのまま乱歩の世界。あの独特の雰囲気を作り上げただけでものすごいと思う。

 オリエンタルクィーンの異名を持つ、モデル田宮怜の所属するモデルクラブのモデルたちが、連続猟奇殺人事件に巻き込まれます。美しいモデル、天使のような双子、美貌のデザイナー、美丈夫な作曲家、と登場人物たちは才能あふれる人ばかり。きらびやかな世界で起こる異常な事件・・・ここが、まさに目くらましなんでしょうね。恋愛も異性愛、同性愛、異常愛、いろんな形の愛し方が出てきます。朴念仁の伊集院大介が、田宮怜に恋をしてしまうのも一興。この純情万年青年伊集院大介の一世一代の恋愛の行方も気になるところ(笑)。

 対するシリウスは、いろんな顔や歪みや性を見せます。シリーズを読み続けるとシリウスの過去も浮き彫りになっていきます。 また闇と光を織り成す、シリウスと伊集院大介のこのふたりが命をかけて愛してしまう人が同じというのもシリーズでは興味深い。
(あ、田宮怜は別でした。あ、もう恋の行方をばらしちゃった)
 シリウスが取る逃亡方法なんて、もうそのまんま江戸川乱歩なんですよね。特に一番最初の空に浮かぶ・・・以下ネタばれなので自粛しておきます。私はシリウスのコンプレックスみたいなものに同調してしまうので、悪党なのだけれど嫌いになれない。普通に生きてさえいけば、美しく才能に恵まれた奴なのになぁ。可哀想。

 あられさんが、江戸川乱歩を読まれているとかかれていたので、思わず出してしまいました。江戸川乱歩の世界をお好きな方は、是非一度この怪しい世界へ迷い込んでみてください。

『天狼星』 1986.6 『天狼星�供� 1987.1月 『天狼星�掘…海諒茵戞�1993. 3 講談社



2002年09月06日(金) 天使の囀り

 沈黙の人、貴志祐介、彼は今作品を書いているのだろうか? 新刊が出る出ると噂で聞くけれど、一向に世に出てくる気配がない。3作品も映画化されると、書かなくたってへっちゃらだいっ! って思ってるのかな。

 貴志祐介さんとの出会いは、 『黒い家』、 ただしブレーク前v 私は、「本に呼ばれた」のです。
 図書館とか本屋さんとかを歩いている時に、読んだことのない作家さんの 「本に呼ばれた」 経験ありませんか? 私が今まで本の方から呼ばれて手にして大ブレーク!したのは、桐野夏生さん 『顔に降りかかる雨』、 石田衣良さん 『池袋ウェストゲートパーク』でした。映画化にテレビ化しちゃった時には驚いたもんだなぁ。呼ばれた本は、きっとその本自体に人を惹きつける(呼ぶ)パワーが備わっているものだなぁと思います。

 『黒い家』 に呼ばれて読んで、私は美月を筆頭にかなりの人に言いまくりました。そののちブレークした時はブレークして当然だと思ったものです。あれは映画は今ひとつどうかしら (大竹しのぶの怪演は認めますが、Hシーンはいただけないねぇ)、 と思うけれどあの本はとにかくものすごかった! 私が、好きな作品は、『天使の囀り』 と 『青の炎』 です。 『青の炎』 は既に映画化ということなので、今回は 『天使の囀り』 をチョイスします。

 この物語は、とある伝染病にかかる (意図的に移される) と、自分のコンプレックスを突き詰められるか、自分が日頃から一番恐れていることを顕在化、実現して死に至るというおそろしいものです。心の病気は伝染しないけれど、この伝染病に羅漢するともう決して救いがない。メサイアコンプレックス(救世主願望)、 タナフォトビア(死恐怖症)、 アラクノフォビア(蜘蛛恐怖症)などなど。たくさんのコンプレックスと恐怖症のオンパレード。
 ここに新興宗教を絡め、人間の底知れない欲望、欺瞞などをあふれさせた上でラスト、カタストロフィィへまっしぐら。このラストがね、怖いのですよ。とてもね。ふ、ふふ、ふふふふふふ。
怖いというか私なら発狂する。

 ホスピスを仕事とするヒロインが登場するのですが、彼女と先輩女性の会話で心温まるところがあります。彼女が死に向かう患者さんのことで煮詰まっている時に、先輩女性が人間がネットワークを作るのはなぜかと聞きます。彼女は、情報収集と答えるのですが、先輩は毒されているわねぇと笑います。 人間がネットワークを作るのは、何かがあった時にまわりの人たちに少しずつショックを分担してもらってネット全体でぼわんと吸収するためのものなのよ と言うのです。文字通り 「網」 に過ぎないんですよね。ネットってものは。この物語が残酷であればあるほどこの先輩女性の言葉が心に残ります。救いが少ない物語の唯一の希望の光ですから。

 この物語が怖いところは、徹底的に人間の生理的嫌悪感に訴えてしまうところ。でも読ませる。どうなってしまうのだろうと最後までぐいぐい引っ張っていき、ラストとんでもないことに(笑)。
あのラストは・・・なぁ。ねぇ。
 作品としては読んで絶対に面白いです。是非お読みくださいませませ。
 そしてあなたにもしも天使の囀りが聞こえてきたら、ご用心。ご用心。もう遅いけどー。

 『天使の囀り』 1998.6.30. 貴志祐介 角川書店



2002年09月05日(木) 盤上の敵

  本に酔う、でも時として悪酔いをする本もある。私にとってトラウマをまざまざと思い出させたこの北村薫さんの 『盤上の敵』 は、そういうとんでもなく悪酔いをした本にあたります。それなのにきっと生涯忘れられない本の一冊。心に深く強く刻み込まれてしまったから。
あまりいいこと書けないです。

 自分のトラウマを思い出させたからと言って、この 『盤上の敵』 がつまらない本ではなく、心が痛いけれど北村薫さんらしい素晴らしい作品のひとつです。特にチェスを持ってきて、戦いの場面で物語をすすめるあたり、おじょうずだなぁと思います。 チェスってやりたいゲームなのですよー。ずーっとv

 物語で絶対的な悪の存在である Queenの黒の兵頭三季、彼女が怖い。私はブラックもホラーもピカレスクも大好きだけれど、この兵頭三季だけは怖くてたまらない。対する 白のQueenの末永友貴子を中学時代から、ただ 《壊してやりたい》 と思い続けるのですから。理由を持たないターミネーター女版ですね。たちが悪いことこの上なし。

 逃亡犯である 黒のKingの石割、友貴子の夫である 白のKingの末永純一。この4人の駒が物語をすすめていきます。 白のKingの純一は、テレビ用プロダクションにいて彼自身のやさしさを表すような作品を作る男。この 白のKingが頑張るのだ。頭脳戦ですからね。チェスは。
この戦いの結末は本でどうぞv

友貴子が、回想してこんなふうに語るところがあります。
「人にとっても憎まれたことがあるんです。そういう憎しみのエネルギーって目に見えるようでしょう」
ここらあたりがね、もう友貴子に対する同属嫌悪と言うか、思い出したくない過去を思い出してしまうと言うか。なんともやりきれない思いをしてひーひー言いながら読みました。読み終わって私は思わず美月に電話したくらい。情緒不安定になりそうで。美月すまなかった。3年前だわ。

この本で思い出した私のトラウマ。いい話ではありません。一応前もって。
高校時代、私は一年生の時から旦那と付き合っていました。旦那はものすごくモテル男だったので、付き合っている私は天狗にもなっていたし、いやな目にもあいました。プラマイゼロだったのです。そんな高校時代のある日を境に私は危うく引きこもりになるところでした。
うちの旦那を好きだったグループに呼び出されたのです。相手は10人以上。私はひとり。彼女たちが言うことは、意味をなしていなくて旦那と別れろとか、謝れとか、そういう感じのことばかりでした。私はまったく訳がわからなかったです。個人的に気分を害してしまったた人に対してはちゃんとお話をして自分が悪いと思えば謝ったでしょう。でもどうして大人数の人に旦那と付き合っているから謝らなければならないのか。私は、心のこもっていない言葉だけの 「ごめんなさい」 ならいくらでも言えるけど、と答えてしまいました。そうしたら一斉に生意気だーなんだーかんだーと収集がつかなくなっちゃった。

そこへ颯爽と現れたのが、旦那ではなくて(大笑)、美月でした。大勢で寄ってたかってひとりをいじめるなんてフェアじゃないと言ってくれた美月・・・。修羅場ながらあの美月は惚れ惚れするほど美しかったなぁ。忘れられないワンシーンです。美月はその場からも、精神的崩壊からも救ってくれたのです。

数年後、結婚をして旦那が亡くなった後、その時の人たちもとても悲しんでくれました。その時の頭だった女性にその時の感じたことを話したことがあります。あの時は大人数で怖かったし、平気な振りするのに精一杯でものすごく傷ついたんだよーと。それに対する彼女の答えは、 「あぁ、あれは若気の至り」 の一言でした。この時いじめの構造を見た気がします。加害者は忘れる。被害者は忘れない。忘れたくても忘れられない心の傷です。

 私のトラウマ話で終始してすみません。私のトラウマを思い出させる 『盤上の敵』 です。
これでは読んでいただけなくなっちゃうかなぁ。

『盤上の敵』 1999.9.10. 北村薫



2002年09月04日(水) 親不孝通りディテクティブ

 北森鴻さんをはっきり認識した作品が、この 『親不孝通りディテクティブ』 です。この作品にはまって北森鴻制覇をしていたら、何作品かは読んでいました。今は新刊、蓮杖那智シリーズ 『触身仏』 が楽しみv 早く読みたい〜。きっとまた冬狐堂シリーズと微妙にリンクするだろうなぁ。楽しみ倍増vvv

 親不孝通り、博多で恋旦那としあわせな生活を送った私には想い出のストリート。このタイトルに惹かれて手にした本でした。本格的な北森さん読みになったのは、この本の出た去年の2月からあと。

 親不孝通りと言うのは、博多にある大手予備校が密集した地域のことを指します。本当の名前は別にあります。作品の中でも書かれていたかな。福岡駅と呼ばせず、博多駅と呼ばせ続ける山笠の街。私はいつでも郷愁を感じてしまう。いつかあの街に帰りたい。風が空気が自然に馴染む街なのです。そしてなにより酒呑みの街。街じゅう総酔っぱりゃーみたいな感じ(笑)。

 物語は、主人公テッキの経営する博多名物の屋台からはじまります。カモネギコンビのテッキ(鴨志田鉄樹) とキュータ(根岸球太)。 キュータはテッキの高校からの友人で相棒、ふたりの高校時代の教師であるオフクロの結婚相談所の捜査員。閑古鳥が鳴く日のテッキの屋台にはさまざまな問題を抱えた人間が立ち寄って事件を落としていく。好むと好まざるに関わらず事件に関わらざるをえないテッキとキュータ。

 テッキが屋台で作るカクテルは、酒呑みなら涎をたらして呑みたいと思うはず。私が一番呑んでみたいと思うのは、 「地下街のロビンソン」 で、 《歌姫》 が呑む ‘ノックアウト’! これは大の男が飲んで三杯で確実にノックアウトというシロモノを、 《歌姫》 が立て続けに五杯呑むシーンがかっこいいからかもしれません。 《歌姫》 みたいなシンガーがあの街には埋もれていそうだもんなぁ。そんな街。いっしょに呑んでみたいなぁ。

 6つの短篇で6つの事件が起こり、いろんな真相にテッキとキュータはたどり着きます。私が一番好きなのは、最後の 「センチメンタル・ドライバー」。 何度読んでもこの最後のところで私は必ず泣きます。 アガサ・クリスティのポワロシリーズで言えば、 「カーテン」 にあたる内容。

 テッキが、オフクロのためにした行為は許されることではない。でも、私はテッキを許してしまう。キュータたちが、テッキの屋台を守りながらテッキの帰りを待ち続けますが・・・。テッキは、自分で博多を帰れない街にしてしまう。心臓を鷲づかみされるような望郷の念を抱きながら。

 北森鴻さんの作品は、どれを読んでもおもしろいと思います。一番最初に書いた冬狐シリーズや蓮杖那智シリーズは、あっと言う間に物語に引き込まれてしまいます。それでも私があえてこの作品を選んだのは、テッキの望郷の念に通じるものを心に抱いているからかしら。 
博多、人情と酒の街。

『親不孝通りディテクティブ』 2001.2.25. 北森鴻 実業之日本社



2002年09月03日(火) ねじまき鳥クロニクル

 神戸の美月は、古〜い友人のひとりで、高校一年生に出会い、今までずーっと仲良く (かどうかは疑問だが) やってきています。本や映画の嗜好がものすごく合うので話していて楽しいのv 違うのは男の趣味だけ(爆)。この村上春樹さんは美月がとても好きな作家さん。私は村上春樹さんは一度断念した過去を持っています。 『羊をめぐる冒険』 の世界に入れなかった。社会現象と言われた 『ノルウェイの森』 は一応読めたものの、あまりにも暗くて心がぎしぎしきしんで好きになれなかった。でもそれは私がまだとってもとぉ〜っても!若かった頃のお話(笑)

 年を重ねたある日私は気づいたのです。美月の好きな村上春樹。それならやっぱり私は好きなのではないだろうか? と。そこで 『羊をめぐる冒険』 に何年かぶりに再チャレンジ! はまりました。見事に。若い頃の私がついていけなかったのは、きっと登場人物の不可解さだったのだろうと思います。だって鼠なんだもん(笑)
 そこで村上春樹に開眼した私はどんどこどんどんそれいけやれいけとばかりに彼の作品制覇していったのです。個人的には今でも 『ノルウェイの森』 は苦手。あの自殺のシーンが心に痛すぎて。森が怖いよー。

 さてさて “クルクル”! 美月と私の合言葉。 『ねじまき鳥クロニクル』 をふたりで “クルクル” と簡単に読んでいたのです。私が持っているのは文庫版で平成9年刊行、と言うことは単行本で読んだのはもっと前になろうから・・・なんとクルクルから5年以上前って計算になります。(美月、お互い年取っちゃったねぇ、とほほ)

 クルクルは、第一部 「泥棒かささぎ編」・ 第二部 「予言する鳥編」・ 第三部 「鳥刺し男編」の3冊で構成されています。たぶん単行本を誰もが見たことあると思いますが、でかい! 太い!! 単行本で読んだ時に重くて手が痛かったことを思い出します。なのに文庫化するとこんなに小さく纏められるものなのね。不思議。

 クルクルも不思議なお話です。たくさーん変な人が出てきます。このたくさんの変な人たちが妙に人間くさくて好きなのです。主人公オカダトオルをねじまき鳥さんと呼び慕う笠原メイ。 このふたりが鬘メーカーのアルバイトで、道いく人の頭の薄さを松・竹・梅の三段階でランク分けするシーンは笑えるし、世の男性諸氏の哀愁を感じさせます。 突拍子もないファッションで登場する美貌の加納マルタ・クレタ姉妹。あ、かのう姉妹だ。アハハ。 (クレタの産んだ子供がコルシカ! 笑) むっちゃ謎の姉妹です。失踪してしまうねじまき鳥の奥さんのクミコさん。 (メイと同じくらい好きな女性ですv) 耳の遠い預言者本田さん。不思議なナツメグと素敵なシナモンv そしてなにより敵のラスボスたる不気味で残酷なワタヤノボル。他にかなり残酷な人なんかも出てきます。戦争での回想シーンとかは身の毛もよだつところがありましたね。生きながら皮を剥ぐとか。

失踪したクミコさんを探すためにねじまき鳥さんはさまざまな目に遭遇し、頑張りぬきますが。
あとは本を読んでいない方のために書きません。どうぞ読んでみてくださいね。
 
 クミコさんが、ねじまき鳥さんに長い長い告白をする時に 「それでは本当の私とはいったいどの私なのでしょう」 と言います。この言葉深いなぁーと今でも心に残っています。
みなさんは本当の自分ってわかりますか?

最後にキュートな笠原メイが、ねじまき鳥さんに言った言葉をみなさまにプレゼントv
「ねじまき鳥さん、何かがあったら大きな声で私を呼びなさいね。
私と、それからアヒルのヒトたちをね」
 
私も大好きな仲間たちに向かって、
「何かがあったら大きな声で私を呼びなさいね。私と、それから酔っ払いの仲間たちをね」

 『ねじまき鳥クロニクル』 1994年10月 村上春樹 新潮社文庫



2002年09月02日(月) GOTH リストカット事件

 乙一、彼のことはあえて敬称略で乙一と書きたい。ファンの方ごめんなさい。彼のことを決して軽んじている訳ではないのです。むしろ逆。この若さでどこまで伸びていくのかしらと期待でいっぱいv
 乙一と呼び捨てにしたいのは、彼のデビューした時の年齢(17歳で 『夏と花火と私と死体』 でデビュー)や、名前の語呂から私の感性にぴったりなの。勝手に親しみをこめてvおついちvv

 乙一は本読みさんサイトのあちらこちらで話題になっていたので(どうやらホラーらしいし)、 興味を持ち読み始めました。読み続けているところでこの夏に刊行された作品が 『GOTH リストカット事件』 でした。これはなかなかすごかった! です。乙一と言う作家さんの才能が開花したと言う感じ。ホラー要素もミステリー要素もありますが、ホラーでなく、ミステリーでない(笑)と私は思うけど。主人公とヒロインの人物像がとても魅力的。
 
 このページは、 『GOTH』 の装丁に敬意を表して黒にしてみましたが、このノワール感に惑わされることなく、ひとつの優れた作品として読んでもらえたらいいなと願っています。怖いとか気持ち悪いのではなくて、せつなかったり、かなしかったり、むなしかったりします。もしも今の乙一の世代、乙一が 『GOTH』 で描いた世代の若者たちが、あの物語に漂うアンニュイな気持ちで生きているとしたら、ちょっと可哀想なのだけど。ワタクシは涙と汗のはじけまくった青春でしたから(苦笑)。泥臭いのもいいもんよv 涙は心の汗さっ♪

 話を戻して、 『GOTH』 は、�困弔諒�語で構成されています。それぞれに微妙に (普通の感覚ならとってもかもしれない) 危ない人間の罪と罰があって、巻き込まれ体質(気の毒な)のヒロインは巻き込まれていく。それに絡む主人公の行動が・・・。これがねぇ。うまく 「おとす」 のですよ。ひとつひとつの物語の中できっちりと。ヒロインを助ける真っ当なヒーローではございません。

 私が一番気に入った物語は、�犬痢 峙�憶」 です。森野夜と森野夕という双子の少女が出てきます。このふたりの遊びが映像として頭に浮かんでくる。なんだか浮かんでくる映像が危険で耽美的なのですよ。映像として浮かんでくるのは、この章に限らず、読んでいると映像が頭に浮かびます。乙一くんが映画好きだからかもしれません。 (これは 『ダ・ヴィンチ』 8月号の乙一インタビューからの情報です)

 乙一の作品でもうひとつ好きなのは、 『暗いところで待ち合わせ』 です。顔も知らない男と心を通わせていく女性の心模様が妙にいい。情けないムードが漂いつつ、なにかいいのよねー。ホラーではありません。

 乙一のファンサイトの掲示板に時々、彼自身も書き込みをされています。書き込みは若い人ばかりなので読むだけで入っていけない(涙)。あそこに書くとさすがにワタクシ浮きまくることでせう。
はぁ。せつない。

『GOTH リストカット事件』 2002.7.1.乙一 角川書店



2002年09月01日(日) アナン

 数年前、深夜番組の 『NIGHT HEAD』 と言うドラマが、カルト的人気をはくしたことをご存知でしょうか? このドラマを見たきっかけは、私のミーハー心から。豊川悦司と武田真治が超能力兄弟役という設定に惹かれたのでした(笑)。岡山では特集で数日間に分けて深夜放送されたのを録画して観たのでした。しかしこのドラマどこかで見たことがある。なぜかしら? 
 その疑問を解消したのはずいぶん後に映画化までされたナイトヘッドの雑誌の特集記事からでした。 『世にも奇妙な物語』 の中でのトラブルカフェと言う作品がそもそも飯田監督作品で、ナイトヘッドの素地となるものでした。
 後に、キムサマ主演のテレビドラマ 『ギフト』、 映画とテレビドラマが連動した 『アナザ・ヘブン』 など飯田監督作品が世に出ました。そして不思議で奇妙な飯田監督作品にすっかり虜になっていました。

 そんな飯田譲治さんが、梓河人さんといっしょに書いた作品が 『アナン』 です。
 私は、2年前この作品を読んだ時の読書NOTEの感想にこう書いています。 “アナンという少年と流という男の生の再生の物語” と。読んでいると自分の心が息を吹き返すような物語なのです。
私は傷ついた全ての人にこの本を読ませてあげたい。
今はもういない本仲間の彼女にも読ませてあげたかった。
私にとってそういう位置にある本です。

 ホームレスに落ちぶれて‘流’と呼ばれていた男が、自殺しようとしていた夜に赤ん坊を拾う。その赤ん坊に惹きつけられ、大事に育てる流やホームレスたち。ホームレスをやめ、働きはじめ、アナンを育てる流。少年アナンはモザイクを作り始める。見る人の心をうち、素直な自分を取り戻すかのようなモザイク。アナンに出逢った人たちはアナンに自分の罪や苦しみを吐き出す。熱を出し、苦しみながら受けとめるアナン。昔の聖人は説教をするより話を聞くことがうまかったのだそうです。相談者はただ聞いて欲しいものだから。なにかが変わるためには、なにかを終えたり、生まれたりしなくてはならないものだから。
アナンは飯田譲治さんの好きなキャラ(おそらくキリスト)なのですねv

 この作品は上下巻だけあって、たくさんの登場人物が出てきます。いい人も悪い人もとても魅力的です。逃げながら、あがきながら、何気ない振りしながら、それでも一生懸命「生きて」いる人たち。 不思議な出来事がたくさん起こります。悲しい現実やせつない事実がアナンの目の前にたくさん出てきてしまう。苦しんでも苦しんでも、自分の苦しみと引き換えに誰かの苦しみを解き放つアナン。アナンは空から落ちてきた竜の子。

こういうふうにあらためて書いてみると、ファンタジーに近い物語みたいですね。

 私は、ナイトヘッドの直人と直也が姿を変えて進化した物語りだなぁと思いました。人を癒す力を持つ人間は繊細で優しく悲しく、そしてしなやかにしたたかに強い。ナイトヘッドの直也がそうであったように、アナンは直也のまた別の生の物語に思えたのでした。それもかなり昇華され進化して。

私は言いたい。なにかに疲れたら 『アナン』 を読んでみて、と。大人の童話なのかな。 

『アナン』上・下 2000年2月 角川書店



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