2004年12月30日(木) |
年末年忘れ短編(?) |
次第に、流れゆく風景が灰色モノクロームから淡い色彩に染まってきていた。 武(たける)と二人、列んで座り、ぼんやりと電車の窓から外を眺めていた史也(ふみや)は切り取られた車窓風景の右端から、その淡い色彩が次第に白く染まっていく様子に思わず息をのんだ。 まばらにちりばめられた白が、だんだんとその範囲を広げ、瞬く間に視界を白一色に埋めていく。 「トンネル抜けなくても、雪国だな」 隣で武がぽつりつぶやく声に、無言で頷いた。 電車は次第に速度を落とし、やがて駅に到着することを二人に告げる。 網棚からコートとマフラーを取り出して、二人は降りる準備を始めた。 「おばあさんの家まで、どのくらい?」 「歩いて、1時間くらいって聞いた」 その答えに、史也が物言いたげに武を見上げる。 「仕方ないだろ。前回行ったのって、小2の時なんだから。覚えてねーって」 「雪、降ってるけど、迷ったりしない?」 「行ってみないとわからない」 雪の上を、電車はゆっくりと音もなくホームに滑り込んだ。 がらんとした駅は雪に包まれて、深い眠りについているように見える。 スニーカーをわずかに雪に埋めながらホームに降り立ち、二人は乗ってきた電車の車掌らしき人に切符を渡した。 マフラーに顔を埋めて、走り去る電車を見送ってから、ホームを後にする。 錆びた車止めと、いつからあるとも知れないような、ひび割れたプラスチック製の青いベンチだけが駅の中にたたずんでいた。 「俺、無人駅って初めてみた」 軽く見渡して、史也が白い息と共につぶやく。 「券売機がない」 「切符は電車の中で買うんだよ」 「ああ、そうか」 納得したように頷いてから、 「恥ずかしがり屋さんは切符買うの大変そうだね」 しみじみとしたその言葉に、武は苦笑した。 「そもそも、こんな田舎じゃ、恥ずかしがり屋さんは生きていること自体が大変だろうと思うよ」 「へぇ?」 よくわからない顔をしている史也に、特に説明をするでもなく、武はコートのポケットから手書きの地図を取り出して、簡単に場所を確認してから、地図と一緒に両手をコートのポケットに突っ込んだ。 駅を出ると、道路も屋根もすべて、白一色に塗りあげられていた。 町の音を雪が吸い込むのか、それとももともと音が少ないのか、雪の降る音と、自分たちの足音以外には、耳に音が届いてこない。 しばらく無言で歩きながら、時折立ち止まって周りを見渡す。 右手には、遠くまで広がる白い白い平原。興味深げに眺めている史也に、武が「田んぼだよ」と短く告げた。 左手には、瓦屋根の民家がぽつぽつと列んでいる。どの家も平屋でありながら、広い庭と、いくつかの棟を持っている。 日々、暮らしている世界には見慣れない風景だった。 色あせて、錆びたバス停の時刻表をのぞいて見れば、1時間に1本あるかないかのスケジュールだ。なるほど。ここで1時間バスを待つくらいなら、歩いて1時間で目的地に着いた方が良い。 雪が深さを増していく。周囲の景色も、より一層白くなっていく。 白にも濃度があるのだと、史也は感心しながら思った。 「景色はこんなにも簡単に変わるのにね」 人間自身って、全然変われないよね。 思わずそんな言葉が口をついて出た。 「そんなに簡単に変われるほど、人生経験積んでないだろ」 「そうだけど……。でも、近所のお兄さんとかさ、小学生の頃なんかすっごく大人に見えたよね?」 なんでこんな話題になってるんだろうと、半ば思いつつも、特に取って代わる話題も見あたらなくてそのまま会話を続ける。 「体はでかくなってるからじゃねーの?」 「それだけかな」 「それだけだろ」 「そっか」 また、雪が降る音と、足音だけの世界になった。 冬休み前、武と史也は二人、教室から窓の外を眺めていた。 代わり映えのしない景色。 小学生だった去年までの自分と、中学生になった今の自分。 小学校と中学校では、システムも環境も全然違うわよ。と、母親に言われていた。 だから、小学校の時の成績なんてあてにならなくなるんだから、今のうちに塾に行って勉強しておきなさい。という台詞に繋がって、うんざりしたのを覚えている。 不安と期待がそこにはあった。 やることといったら、ゲームとおしゃべりと宿題くらいで、特別何か楽しいことがあるわけでもなかった時間から、もしかしたら何か新しい刺激を得られるかも知れない時間へと変わっていくことへの期待と、その変化が快いものではなかったらどうしようかという不安。 いずれにしても、変化は必ず訪れるものであって、それに対する思いはあっても、まさか何の変化もないという可能性までは想像していなかった。 「何も、かわんなかったよね」 またぽつりと史也がつぶやく。 その言葉に、武は小さく息を吐いて足を止め、史也を振り返った。 「だから、悪あがきっぽくこうしてここに来てるんじゃないか」 そっけないその物言いに、しかし史也は目を見開く。 雪が、視界を覆うように空から落ちてくる。 「そうだったんだ」 「じゃなかったら、なんでわざわざこんな田舎まで来るかよ。このくそ寒いのに」 怒ったように頭を振って雪を払い落としながら、武が再び歩き始める。 しばらく先ゆく武の後ろを慌てて追いかけながら、 「また、何の気まぐれだろうって思ってたよ」 史也は笑って言葉を投げかけた。 「気まぐれなのは認めるけど」 振り返って武も笑う。 「まあ、でも、要は気の持ちようだって、親父もよく言ってるからさ」 ちょっとずつ、今までと違ったことを体験していけば、そのうち何かしら変わるんじゃねーの? 次第に勢いを増し、髪の毛に降り積もり始めた雪を、しぶしぶポケットから出した手で払い落としながら。 そう話す武の横顔を、訳もなく暖かい気持ちで見上げながら、史也もコートに積もり始めた雪を手で叩いた。 どこまでも続く白い風景。 灰色のモノクロームから、次第に色を変えていた風景を思い出しながら、二人、白く広い世界の中をまっすぐに歩く。 出迎えてくれる人は、どんな人だろう。 珍しく、そんなどきどきを胸に秘めながら。 なかなかたどり着かない目的地を前に、迷ったかもと、さらにどきどきしながら。 こんなこともあるよな。つーか、あるべきだ。 そんなことを言い合いながら。 そして、二人はたどり着くのだ。笑顔と昔話の待つ、暖かい世界に。
......END
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