箱の日記
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ゴキブリが現れた
ドアの前で待ち構えるように
しっかり黒光りして
見間違いはない
さあ どうする
わたしは驚くだろうか
気持ち悪い と 呟くだろうか
それとも
踏みつぶさねば と意気込むだろうか
ほんの数秒が
何分もに感じられた
ゴキブリの側は「見つかってしまった」という
言葉にはならない反射を用意していた
その黒光りは
磨きたての靴、いやむしろ買ったばかりの高級革靴の光沢
なのに
きたないやつ と嫌われる
私にもこれまで幾度となく罵られたはずだ
無数の
数百万の 数千万の 人びとの 大嫌い
が向けられる
入り口前のゴキブリ
どうか
どうか どうか
玄関の方へは逃げないでほしい
遊園地のひとたちは なかなか見つけられないでいる
並ぶことも 泣く子供のわめきも 用意した寛大な”こころ”
のおかげで 深く被ったデニムの帽子におさまっている
見つからないのは いつものことなのに とりたてて本日は
途方にくれる
夕方がやってくると 誰をも問わない賑やかさが沸き起こった
カーニバルはいくつもの青と橙のすじを発散し
それが 透明で楕円形をした途方にくれかけの 静かなかたまりを
幾度もすり抜けた
右を 左を 通り
”賑やかの残像”たちは すこしひやりとしたかぼそい慈愛を
含んでいるようで 夏の終わりのような切なさを
楕円形のふちに置いていった
一度だけ雷が鳴って そのあと地鳴りのような低い振動がしばらく続いた
遠くで救急車のサイレンが鳴っている
以外は何も聞こえない
雨の音もしない
この部屋は
研ぎ澄まされていない
表面に膜が張ったような伝達の悪さ の中にある
本来あるべき場所からとり残された瓶の底にいる
外にある空気の
雰囲気を感じ取ろうとする
部屋の中で
どうやら息を止めて 待ち構えている
地鳴りがまた
響いた
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