箱の日記
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落ちたばかりの林檎がひとつ。 落下するところを見ていたわけではないが、 それを囓るのはわたしだ。園主はどこかへ行ってしまったのだから。 つややかな赤を肩で磨き どうして落ちてしまったんだろう、いまごろに と、 林檎を点検する。 まだ虫にさえ見つかっていないその果実は、本来 地を這うものの取り分だ。 わたしは磨いた部分を囓り、 そのすっぱい匂いが、この園にいきわたる ほのかな湿気であることに気付く。 歯型を見ていたら、 地を這うように生きたいと思った。 そうして、誰にも文句を言わせないのだ。
- そのマウンドのあたりで仰向けに寝ころんだ。そして、どこか遠くで起こっている できるだけ悲惨なことを考えた。戦争だけじゃない。言葉も知らない国の失業、 交通事故、堕胎、ドラッグ、情け容赦ない電話のベル。 背中が冷たかった。グラウンドから湧いた冷たい血のせいだと思った。 おわりははじまり、おわりははじまり。呪文みたいに僕は唱えた。
どれだけ時間が経ったかわからないけれど、目覚めたら朝だった。 僕はふらついた足取りで、なんとか別荘まで戻っていった。路の脇に側溝なんてなかったんだ。 連中はひどいいびきが響きわたる淀んだ空気の中、誰も起きてはいなかった。 大学を受験しなかったTは、別のTの尻に向かって口を空けていた。 いびきがなかったら、皆死んでいるんじゃないかと思うような光景。淡い光のなか、だれも動きやしない。 きゅうに彼らが孤独にみえた。全部で7人、僕をいれて。 僕は僕だけ起きていることが馬鹿馬鹿しくなって、部屋の入り口のところに座布団を敷いて 眠ることにした。誰かがドアを開けたら真っ先に僕がこぼれ落ちてしまうのに。 でも、きっと誰も来ないさ。
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