箱の日記
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きみに寄り添う
稲の花ですっかり鼻水ずるずるの わたしが 工場の横を歩いていく ふしぶしの 音をたしかめ 油を踏まないよう 北門から 新しく建った南棟まで 仰向けのくしゃみを連発しながら プレス機の 一定のリズムのそば いつかのきみが汗だくでいる棟の横を 通り過ぎ つぎにまた甲高い アームの打ちおろす音が近づくと 空に風をさがす はくしょんん
こうしてわたしは 君に寄り添う はるかでもない彼方で 油のにじみをよけながら 南方へと
このあたりでは すっかり雨はやんだのです
ゼロの暗闇
その夜はコーヒーのような尿が出たんだ 闇にはペイズリーが貼りついて それを浮き上がらせたのは たまねぎの皮ほどの月 午前三時 街じゅう誰もが消えたみたいに しんとして わかっているのに 僕は怖くなってしまった
胸にカナブンがぶつかって ぼとりと落ちた なにかの部品みたいに それを合図に夜が動き始めた 街に被せられた半球が 低音でうなりながらずれていく 夜の最終点 僕は 胸のあたりをさぐった
じっさい 夢の中にいたわけでもないし 酔っぱらってふらついていたのでもない 目を見開いて 細い闇を渡っていったんだ ひっそりと 誰も起こさないように 踏み外さないように 腐敗した花びらのみちを 春の最後に 歩いたんだ その下にぐるぐる巻きに折りたたまれて 横たわるもののことを ひと足ごとにさぐりながら ぐったり疲れた体で
ごうごうと動き始めた ゼロの暗闇のなか
雑草
雨上がりのつちを掬い 匂いをかぐ こんなところにも また
雑草ははやく摘む 摘まれながらそれは 絶えないきぼうのかたちをして しばらくは空を向いている 並べて 処刑するわたしのそんざい
草たちよ つちさえがあればめざす もたらす風も鳥も たいしたちがいはないのだと 気付かなくとも 絶えずにまた生まれてくる わたしたちの怠けぐせのようでもあり すこし放っておけば 覆い尽くす 摘みとってはまた生える はしたないを 摘みとる こんどこそ と数えきれないくらい 並べて はしたないわたしたち 生きているわたしたち
小さな虫が背をまるくして 掬ったつちが置かれるのを待っている それから くちばしを空いた鳥が通っていった
言葉を交わす。 いつか、どこかで会ったこころ? たくさんのものはいらない。わたしたちはただ少し歩いて、 木々の小さなあつまりのもとで聴いている。 街の音 風の音 過去の音 これからの音 自分のこえをいつの間にか聴いている。 ここにわたしがいる。 そしてあなたがいる。
「こんなもんかな」と思っていたよりまだまだ世の中にはいろいろ。初めてのはずの映画を見ていて、ああまたこの話かとこころでつぶやくその怠惰は、底へ、底へ。心配はいらない。苦しみと名付けられた日常の本質をわかりきってしまったとがっかりしたあとでも。まだたっぷりなぜだか時間はあるし、実際ぼくは相当なうっかりものだ、さいわいなことに。
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