箱の日記
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春の嵐
街は春の嵐でたいへんだった 自転車が倒れたり衣類が飛んできたり なにが彼をそうさせるのか 突然声を荒げるように勢いよく吹く みえない遠くの西から ちょうどここらを狙って
釣りに出掛けると いつも風が強かった 灯台へ続く送電線が切るような音をたてて 風の唸りを僕に伝えた 仕掛けを思うように放れず 恨むように西のほう 明るい雲の切れ目のあたりをぐっと睨んだ まったく迫力不足だよなあ
風に立ち向かうほど僕は雄大じゃない 恨んでも仕方がないというより 逃げ腰 相手は半径6400キロメートル 地球だ いやそれ以上かもしれない もっともっと 神様よりもっとのものを睨んだのかもしれない
コンビニの袋がビルの上まで飛んでいきそうで 怖いと思った いろんなものが飛んでいる ざわざわと みんな風に困っても何も言わない あたりまえだ 風のふいてくる西の空さえ見ない 乱れた髪型 を大切なふうに押さえながら 信号を渡っていくのがせいいっぱい 僕だってそう
ドン と大きい音がして 急にこの風がやんだら 飛んでいるなにもかもが落っこちて だれのせいだか やっとのことでわかるのかもしれない
じゃあ、じゃあわたしたちはなにをしていればいいのか。なんにもしなくていいのか。なんにもしないということがなにかをするということにはなりえないのか。息をする、目を閉じる、飯を食う。空想する。なにかをしている自分を空想しては消して描きなおしては消してまた描く。消す。無になろうとする。
わたしたちはちりを吹き飛ばしてそれが山にならないよう、じゅうぶん注意をはらっている。
口内炎のできたところを何度も噛んでしまう。痛さをこえて、こんなんなって良いのだろうか、とか思う。そのうち頬に穴があいて・・・ビタミンとか言ってる場合じゃない。
目が覚めると、卒業した自分が奇跡のようで嬉しい、といってもそれはずっとずっと昔のこと。 ああ、いったい、どこからやりなおせばいいんだろう。
むかし別れた女たちが 捨てられたといって つぎつぎ現れた 捨てた憶えはないし 人数も違っている気がしたが そう言われると自信がなくなって 弁解を考えた 金がほしい という女がきた 財布をみたら二万円残っていた 給料日はずっと先だが 仕方ない これでぜんぶ と言って財布の一万円札二枚を渡した 今度はよりを戻したい という女がやってきた 名前は出てこないが たしかにむかし同棲した女だ 別れた原因は憶えてないが 手作りのぬいぐるみをたくさんくれた クマやライオンを車に乗せて よくドライブに出掛けた どこへ行ったか それも思い出せないが 菓子ばかり食べていた たまには美味いものを喰いたいね といってディナーに出掛けたら もうすっかり腹一杯でなにも食べられなかった よりを戻すには遠すぎるんじゃないか と言ったら 何回か頷いて女は帰っていった 子供を抱えている女もいた 一瞬冷や汗が出たが わたしの子であるわけがない きのう、生まれたの そう言って 夫はひとまわり年上なのだと説明した おめでとう くらい言ってもよかったが すこし嫉妬のような気持ちが起こった 女の母親がわたしを心配しているのだという 心配されるほど困ってもいないが 大丈夫と言っておいた その母親はたしか 癌を患っていたはずで むしろそのことが心配だったが 尋ねるきっかけもないまま つぎの女の番になった 知らない女だった 顔が見えないぎりぎりの角度で 俯いていた なんとか見えないものかと屈んだが だめだった 女はなにも言わなかったが 電話の女だとわかった 無言電話だ 夜中の二時頃かかってくる 静まりかえった部屋に 電話のベルが鳴り響き またか と思う 起きているのを知っているのか 眠っているときには 掛かってこなかった なにか恨みでもあるのか とも訊けず黙っていると 女は泣き出した 鼻をすすりながら わたしに受話器を渡した その重みが なんだか丁度良い気がした 女のことをすこし思い出した気がした が それ以上なにも出てこなかった 幾人かの女たち そのなかにだれかをわたしは探していた 探しても探してもみつからないだれか なまえを呼んでみた 返事はなかったが 明け方の布団の中でそれがだれであるのか わかったような気持ちがして 目を閉じた
2004年04月02日(金) |
終わるはずのないような三月が終わった |
いきなり風邪をひいている。鼻、のどが荒れて。
虹
虹をたどっていたら 首輪のない犬がぽつりとしていた どうしたんだい 犬は黙ってついてきた 首がだらりと垂れ 思いつめているように見えた 架け橋の途中から 泣き出して、こういった 「なくしたんです、なくしたんです」 犬の涙があふれ出して こちらに流れてきた つるつると滑りやすい足場が 危うかったので慌てて ここを通るものはだ誰もがそうなのだとなぐさめた みつかるかどうかわからないものを 探しに行くための橋なのだ と教えてやった 犬の大泣きはしばらくやまなかったが そのあいだわたしは立ち止まって 犬を撫でながら 虹の足元がどんなふうだったか ふりかえっていた どうしても思い出せないまま やがて別の足元へ降りるのだと 先の方をみた 犬が泣きやんだら 滑り落ちないように また歩き始める
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