4254.0516の日記

2004年03月29日(月) 学生最後の1日。


 ■バイト。(家庭教師。)


 あっという間に1日が過ぎた…。


 いきいきとした。
 生きることは素晴らしいなぁ。
 みんな必死で生きているなぁと改めて感じたから。
 枯れかけていた心に喝と、活力になり得る水を与えてくれた。

 ありがとう、幼き彼よ。


 意味を考える。
 日々の営みの中に明確な意味のあるものはごくわずかだけれど。
 それが明らかなものに対しては、私はわき目も振らずに走っていける。

 わき目も振らない間に、目に入れるべきものをどれほど取り落としているのだろう…。
 悲しいかな私は未熟だし偏ってるし、それが何かすらわからない。
 わかってあげられない。

 信じたいことの結論がこれなのだけれど、それを相手に求めるのは酷なのだろうか。
 彼が信じていることの結論はこれなのだろうか。

 わからないふりはいつまで続けられるのだろうか。
 こうしている間にも、どんどん私のレールは繋がっていくのに。


 明日から通常勤務が始まる。
 だから今日は(ひとまず)学生最後の1日。
 あっという間で、慌ただしく、だらしなく、いつものように過ぎ去った1日。

 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月28日(日) ひまな日はつらつらと色んなことを考える。


 ■資格講習会。

 NYから帰ってきてからというもの、時計の時間をそのままにしてある。
 金色の時計は、まだまだNYの時間を刻んでいて、それを見る度に私の心をあの場所へ
 戻してくれる。


 昨日から講習会。
 今回初めて1人で受けているのだけれど、思ったほどの苦痛もなく、ひとりでもそれなりに
 やり過ごせてしまうのだなぁと改めて思う。

 ただしひとりの苦痛はないけれど、講習を受ける苦痛は今回も健在。
 そして先週からの尻拭いも終了。
 あまりの後味の悪さに辟易する。


 ここ数日、自分が“バカになったなぁ”と思えて仕方がない。
 ほとんど強迫的なまでにそう思う。

 理由はわかってる。
 尊敬する先生のひとり、I先生だ。

 その領域のみならず、広域な範囲に渡って、半ば第一人者ともいえる立場のI先生。
 まだまだ若いし、本人はchallenger的なspiritを持っているので、えらぶったところ
 などないのだけれど、私は意識するあまり質問すらできない。
 質問のlevelの低さで、私の研究に対する姿勢が問われるような錯覚に囚われてしまう。


 結局自分に負けているだけなのだけれど。


 そんな凄腕の先生は、細かな研究成果をも積極的に発表する。
 それを自分の研究に還元させて、さらにその精度を高めていくのだと思う。

 たくさんの学生や、自分の研究に厳しさを持たない人たちがたくさんいる中で、
 I先生の研究は本当に別格だった。
 研究の質も研究者の姿勢も、何もかも他の人たちが戦える要素がない。
 むしろ場違いにさえ感じた。

 でもきっと先生は、その場ですらnaturalに自分の血と肉にしてしまうのだろう。
 きちんと敬意をも表しながら。

 私が同じ土壌で戦えるのは、若さと度胸と好奇心だけ。
 しかもその全てが強みになり得るかはわからない。

 ここ最近の、あまりの自分のだらしなさに、明らかな敗北感を観じたのだろうなぁ…。
 今まで何をしてきたのだろう、と絶望に近い思いすら抱く。
 だからと言って逃げ出すことも、放り出すことも、手を緩めることもできない。
 自分が選んだ道とはそういうことだ。

 

 とにかく調子が悪いのだと思う。

 

 一日講習会で、机に拘束されていたので、飲み物を定期的に補給する。
 最近のお気に入りは“伊右衛門”というお茶。
 渋みはないのに香ばしくってすっきり。
 “サプリ”にしろ“午後tea”にしろ、私は断然SUNTORY派だ。


 いつでも完全を求めようとしないことが必要なのだと思う。
 完全を信じることより、その過程を信じることの方がよっぽど前向きだ。


 生きているだけで素晴らしいと思えるような人が時々いる。
 同じ時代を生き、そこに存在し、その営みを目撃することができる幸福。
 大袈裟じゃなくて、ささやかな事柄にそういう想いを強くすることが多い。
 その人が自分と闘って、自分らしさを理解し、それを無理なく十分発揮している人
 …そういう人を見ているだけで、しあわせで涙が出そうになる。


 今日は久々に妹が遊びに来た。
 たった1時間の再会だったけれど、“家を出たんだなぁ。もうここの人間じゃないのだ
 なぁ”と改めて強く思った。
 帰ろうという意志のないところに、家というのはないのだなぁ、と。


 興味がないのか、rethymなのか…。
 必要性のないところに成立しないもの。
 それが薄ぼんやりと見え隠れしている。
 危機!?

 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月26日(金) 今日という日を後悔しないためのいちにち。



 強烈に強烈に姿・形が迫ってくる。
 あの日以来、その姿をなぞる日々が続く。

 夢なんかに出て来られたら起きられようはずがない。
 目が覚めれば、いつどことも知らないところへ帰ってしまう。
 あまりにも甘いその時間の中から、目覚めないよう必死で留まる。

 夢だということは充分わかってる。
 でもそこにある確かな眼差しに、どうしても会いたくて仕方がない。


 きっとこれは恋に違いない。
 わかってる。


 そんな目覚めは最悪で、何とか今日という日を後悔しないために準備を整える。
 今日は一年間勤めた仕事納め&送別会。


 その仕事に入って、あまりに自分の力なさに落ち込んで、揺れて、闘ったことが
 思い出される。
 最後の最後までどたばたで、結局何も出来なかった。
 staffとの意思疎通も充分ではなくて、これまで自分を閉じ込めたまま仕事をすることに
 なってしまった。

 今日はみんなrelaxして、おいしい料理を食べて…。
 「あぁ、なんだ。もっとcommitできていたらなぁ。」
 そう思って、引っ込み思案だった自分を後悔した。
 それも含めた反省。


 結局明日からまた尻拭い…。
 どうしてこう安定的に生活できないんだろうか。

 こういう日々が、自分の首を締めているのに他ならない。


 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月25日(木) 祝★卒業(本当に。)

 ◇卒業式。

 布団の中で30分格闘…。
 もぉ間に合わない!という時間がきて、ようやく体を起こす。


 行くかどうか迷っていた卒業式。
 入学式同様、区切りのために出かけることにする。

 妹のリクルートにスカーフを巻いた格好で、間に合うかどうかという時間に出発。
 後輩がお祝いに訪れてくれるという…。

 何の感慨もないまま式へと向かったのだけれど、長い長い学生生活に一応ピリオドが
 打たれるという実感が訪れ、なかなか感慨深い気持ちになる。
 20年…人生の3/4は学生だった…。
 いろいろな場面が浮かんでは消えて、“卒業”という実感がやってきた。
 
 会場に着くと、華やかな袴の学生さんたち。
 ダークスーツの私などは、埋もれてしまうほどの人・人・人。
 
 それとは引き換えに、院生は寂しい集まりぶりで、笑ってしまうほど。
 記念に写真でも撮ろうかと思ったくらい。
 時間ちょうどになって、一緒に授業を受けていた馴染みのメンバーが3人やってくる。
 同期も欠席で、我がコースはひとりでの列席だ。


 やっぱり赦すことはできない。
 あの時感じた苦しみ。
 猛烈な痛み。
 悲しいまでの不信感。
 それを生み出し、行動したことの意味を自分なりに考えて欲しい。
 でも、ありえない方法を使ってまで伝えようとしてくれた誠意のみは理解しようと思う。


 不安だけれど。
 先行きは不透明だけれど。
 あの日あの時感じた想いを胸に、明日から歩き出そうと思う。


 卒業式終了後、後輩がお祝いに来てくれる。
 …と思いきや、ついでだったらしい。

 は、はずかしい。
 けれど、ついででも嬉しい。

 最後のお別れに、(一応)同期3人とlunchをした。

 ほとんど心を砕いて話すことはなかった、私にしては珍しいうわっつら全開の付き合い
 だったけれど、そんな距離感を保てるようになったことで、自分の成長を感じられたり
 もした。

 2年間の四方山話とは名目だけで、一風適応の悪い他のメンバーに対する、たまりに
 たまった不平を吐き出す。

 “人格障害”に“不倫”…院生なんてろくなもんじゃない。
 今日、日を同じくして、同じ学歴を授けられるなんて、本当に納得が行かない。
 だから私は学歴なんて信じない。
 大切なのは、その人が何をどのように生きようとしているかを、実際に目にすることだ。


 久々に話した彼女。
 元気そうで、活きが良くて、でも少し疲労感が滲んでいて。
 あなたへの信頼は薄れることはない…。
 大切な人だ。

 ♪BGM/J-WAVE



2004年03月24日(水) 止まらないどきどき。


 ■研修。(児相。)


 今日の目覚めはドラマチックだった…。

 9:30〜の勤務なのに、布団で手にした時計は9:00を示している。


 あぁ〜〜〜!!!!!


 あっという間に顔を洗い、着替えをすませ、取るものとりあえず10分弱で出発。
 ぎりぎり遅刻ではあったものの、目立たない程度ですんだ。

 職場が近いって素晴らしい!


 引き継ぎ時期で、次から次へと仕事がある今日この頃は、時間があっという間に過ぎる。
 今日もPC入力を教わっているうちに、気がつけば就業時間。
 大幅に残業して仕事を教えてくれた前任者の人には、申し訳なかったなぁ。


 今日もどきどきは止まらない。

 私が恋愛に求めているのは『信頼』なのだということがよくわかった。
 裏切られることをも厭わない、信頼。
 私の中に絶対的に揺らがない、彼への想いはそれだ。


 明日は卒業式。
 周囲は感慨深げにしているけれど、自分ではそれほどの実感はない。
 でも、思い返してみれば長い長い学生生活の締めくくり。
 晴れやかな気持ちで出席しようと思う。


 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月23日(火) perfect★


 今日は学会最終日。


 彼はいつも圧倒的。
 抗うことすら忘れて、その力に翻弄される。
 まるで光が当たっているかのように、強烈な力で私に飛び込んでくる。

 彼の好きなところは、豊かな感情。

 問題意識を持って、それにそぐわないことへの怒りをぶつける。
 自分に厳しく、他者を軽々と受け入れる。
 楽しいことへの欲求に正直。
 まさに“生きている”彼の姿勢そのものを、心から尊敬し、愛しているのだと思う。


 
 日々色んなことを受け入れて呑み込んでいるから、当然のことすら忘れがちになる。
 忘れていることすら、忘れてしまう…。


 “子どもと関わるって、本当に楽しい”。
 こんなにsimpleで、大切なことってあるだろうか…。
 最初の最初の出発点に芽生えた気持ちすら、もともとなかったかのように忘れて
 しまっていた。

 社会に出る緊張と。
 自分への不信感と。
 過剰な期待に答えようとする力みと。


 “彼”がその場に存在するというだけで、こうもやすやすと今の私にぴったりの
 言葉を送ってくれる。
 そのことの素晴らしさと幸福に涙が出そうになった…。

 いつでもどんな時も、彼は魔法のランプから出てくる魔人のように、私ですら気づかない
 微妙な揺らぎをわかってくれる存在だ。
 今の私にこれほど適切な言葉があるだろうか。
 

 やはり彼はperfectだ★


 そんな中で、彼に会ったものだから不安がずっしりとそこにいる。

 けれど、彼らしい逞しさで私の中に存在を示してくれた。
 やさしさと絶妙のタイミングを兼ね備えた、まさしく彼ならではのやり方。

 あぁ、ジンジャー!!!
 会いたかったよぉ。

 天秤にかけるつもりはないけれど、彼のような圧倒的さは感じない。
 だけど、だからこそ、のんびりとゆっくりと進んでいく生活の着実さを感じて、
 私はその道を進むことを後悔しない。


 あくまでも、現時点では…。

 
 まだまだ勉強が足りない。
 そして、勉強はいつも楽しい。
 改めて感じられることが、ほんとにしあわせ。


 久々にmailをしてみようか…。
 そんな気持ちになった。




2004年03月20日(土) しあわせについて。


 ■バイト。(resouce room非常勤講師。)


 心身共にボロボロで、あまりの闇の深さに仕事を休もうかという思いがよぎる…。

 でも、今まで決して真面目に、とは言い難かった私の仕事ぶり。
 最後の最後くらいは気持ちよく終わろうと、節々の痛む身体を運ぶ。
 今年は、決して器用にとはいかなかったけれど、それなりに何とか終わりきることが
 できた。

 きっと来年に繋がるだろう。

 しかし、いつもの時間に到着すると、あまりにも子ども達の調子が悪すぎる。
 3人のstaffで担当している仕事も、今日は急遽2人な上に、雨の中を外出。
 多すぎる不安要素。

 あの子たちの特性をまざまざと見せつけられつつ、最後の日を迎えることが出来たのは、
 この仕事ならではだったのかもしれない。
 ひとりの調子が他の子どもの調子を大幅に悪くする。

 その中で光っている成長とpositiveな要素。

 殴られそうになりながら(なぜそう毎日毎日こんな目に…。)身体を張って止めた
 想いを忘れないと思う。
 全然うまく行かなかった現場だったけれど、この悔しさを忘れないで頑張ろうと思う。


 くたくたになりながら、今日は友人宅にお泊まり会。

 その友人は、院生仲間の紹介でいつも色々な会に参加させてもらっている他校の人。
 時に神戸に旅をしたり、大阪で食い倒れたり…。
 つらく苦しい思いも一緒にさせてもらった。
 院生生活を語るに欠かすことのできない人たちだ。

 わざわざ他校の私をもお誘い頂いて、近況を兼ねた報告会&卒業できたお互いの慰労会。

 ちょうどひと回りも上の、なんと高校生のお子さんがいる人だけれど、私が知っている
 誰よりチャーミングな人。
 positiveな波が終始流れている、とてもhappyな人だ★

 ご家族に会って、その人の生活母体を見て、本当に“しあわせ”ということについて
 考えた。
 きっと私には成立し得ない質のものだけど、それを求めていくことはできるような
 気がした。


 T家の皆さんに幸あれ。
 そして寝つきの素晴らしさに改めて感動させられたHさんにも幸あれ。
 その素晴らしいおふたりに出会わせてくれた大好きな友人Sにも大いなる感謝を贈ります★


 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月19日(金) 最大限の痛み。



 もうだめだ…。


 大切な人を置き去りにして。
 全てを放置して。
 憎しみだけを増大させて。

 不信だけで人を見る悲しさ。


 誰がなんと言おうと忘れない。


 ♪BGM/J-WAVE



2004年03月17日(水) 初・健康診断。


 私の不安と予感は当たり、午前中ぎりぎりに目を覚ます。


 今日は、新しい職場に提出する健康診断の日。
 時差ぼけ頭と疲労も相まって、12:00までの受付のはずが、目覚めたら11:35!!!
 慌ててトレーナーを着こんで、ぼさぼさ頭のまま病院へ。
 目の前が病院で助かった。

 とにかく幼い頃から病院が大嫌いで、注射はとりわけ苦手。
 小学生の頃は、予防注射の日に大泣きして学校を抜け出したことすらある。
 血液検査の含まれている今日の検査は、ずっと憂鬱の種だった。

 前日までの無理が祟ったのか、看護婦さんに片っ端から不健康を指摘される。
 めっきり落ち込んだ視力。
 食欲不振で落ちた体重。
 寝起きの活動水準の低さによる顔色の悪さ。
 今にも倒れそうな私の姿に、採血担当の看護婦さんも不安げ。

 とても上手に血管を探し当ててくれ、全然痛くなく採血終了!
 抜き取られた私の血は思ったより濃く、生きている実感を伴うに充分だった。


 やっぱり健康って大切。
 あの病院の雰囲気だけでやられてしまう。
 ますます健康になるべく励む一年になりそうだ。


 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月14日(日) NY時間。(その3。)



 NY時間3/15。
 NY3日目。

 明日の朝は、空港に向けてam6:50出発にしなければならないので、実質今日は遊べる
 最終日。
 念願だった美術館巡りやcentral park周辺を回ることにする。


 地下鉄も段々乗り慣れて、ようやく目的地へ迎えるようになったというのに、最終日
 とは本当に残念…。
 ようやく刺激という刺激に慣れてきたところなのになぁ。

 NYには本当にたくさんの美術館やギャラリーがあって、そういうところにぼーっと
 入っているのが好きな私にはたまらない。
 友人も同様の趣味を持っているため、躊躇なく観光にいそしめる。

 迷って迷った挙げ句、グッゲンハイム美術館に行くことにする。
 最後までメトロポリタンと揺れに揺れた。
 でも、その後“グラウンド・ゼロ”や、“自由の女神”、夜景観光を控えて、より
 時間のかかりそうなメトロポリタンは次に持ち越そうと思ったから。
 そして、大好きなJ−WAVEでもNew Yorkerに一番人気の美術館として紹介されて
 いたから…。

 Museum周辺の街並みは、これまたどことも違う独特の街並み。
 Cetral Parkや五番街に近いこの街は、きっと高級住宅地なのだろう。 
 
 開放感のある外観・内装。
 広くて真っ白な明るい館内。
 日本の美術館にありがちな静まり返る雰囲気はなくて、みんな思い思いのおしゃべりを
 しながら見て回る。

 まずは腹ごしらえとばかりに、憧れのcafeへ。

 とても可愛い内装で、もうそれだけでうきうきする。
 食事もデリ風で、好きなものを取り分けられるのが嬉しい。
 久し振りにアメリカ食に対して食欲がわいた。

 レジのお姐さんは、研修で決して手際がいいとは言えず、緊張感のまるでない接
 迎えてくれる。
 私がお米のクリスピー(激ウマ。アメリカで食べたものの中で最も美味しい物だった★)
 を注文したからか、最後に“アリガト”と言ってくれる。

 外国で聞く日本語はいとおしく、懐かしい。


 ここ数日耳にする言語が違うためか、日本にいるときとは全然違う処理方法で刺激を
 処理しているので、知らず知らずのうちに自分を酷使している。
 でもartは万国共通。
 目にしたものを素直に受け入れることができる。
 グッゲンハイムの開放的な雰囲気と、集められた作品のtypeのせいもあって、本当に
 心地良い時間を過ごせた。

 集まってくる人たちもおしゃれな人たちが多くて、若いカップルや幼い子ども達の
 微笑ましいふたり連れなどが楽しそうに見ている。
 近所に散歩に来る感覚でみんなやってきている感じがとても好ましい。
 家にもこんなspot欲しいなぁ。


 お洒落なお土産屋さんを出て、近くにあるメトロポリタン美術館のホールのみを
 見学してくる。
 あんな素晴らしい建物の中の写真をがんがん撮れるなんて、太っ腹だなぁ。


 昨日苦労したcabを美術館前で拾い、Johnが住んでいた“ダコタハウス”を見に行く。
 TVでいつも見ていたあのアパートだった。
 ここに住んでいるとは感慨深い。



 最近よく思い出すオノ・ヨーコの言葉。

 何かをimagineする時に、negativeなものを排除した世界をimageするのではなくて、
 positiveな世界そのものをimageしなければいけないということ。

 戦争がなくなって欲しいというのではなくて、平和な世界そのものをimageする。
 素晴らしくて、弱く負けそうな気持ちに水を注ぎたい時に、心の底から思い出す
 ようにしている。


 そんなJohnとヨーコを思い出し感謝して、その場を去る。


 再び地下鉄に乗ってSOHOに帰り、買い残したお土産屋さん巡り。
 お土産はもういいと言う友人と別れて、NYの街をひとりで動き回る。



 NYでは困っていると、いつも親切に手を貸してくれる人がいる。
 自動改札を読み取ってくれない時には、“こうやるんだよ”とばかりに教えてくれる人。
 地図を片手に茫然としていると、“May I help you?”と声をかけてくれる
 初老の紳士。
 その他にもたくさんの人が色んな場面で温かさを示してくれる。

 その代わりお店の接客とかは、おそろしいほどの態度の悪さ(日本と比べて)だけど…。

 日本では、高校生のバイトさんですら、素晴らしい接客。
 でも、街中で困っている人に対しては、見て見ぬ振りが多いように思う。

 どちらがどうとはいえないけれど、自分の国のこと、Asianであることを思う存分
 考えた日々だった。


 外国人に慣れているNYの人たち。
 が、子どもは違う。
 私と友人が話す日本語や、その独特の出で立ちが珍しいのだろう。
 不躾なまでに上から下まで視線を送られる。
 レッグウォーマーを履いていた時など、指までさされた。
 話し掛けるの待ってたんだけどなぁ…。


 買い物を終え、ひと休みした後は夜の町を巡るべく、まずは“グラウンド・ゼロ”へ。

 地下鉄の出口を降りた時からやってくる緊張感。
 高い高い柵で囲まれたところに、その場所はあった…。

 見て回っていると、急激な重苦しさで、首を締められているような感触。
 また、気分が悪くなってきた。
 どんな気持ちになるのだろう…そう思ったけれど、あまりの感情が押し寄せてきて、
 結局真っ白になっただけだった。

 realな生々しさだけは感じられる。
 TVで見ていたあの映像は、確かにこの場所であったことがよくわかる。

 確かに腹立たしい気持ちは理解できなくもない。
 けれどあんな理不尽な出来事を、己の私利私欲のために戦争へと向かわせたブッシュに
 対しては、明らかな怒りの感情が生まれた。
 そんなことと一緒にして扱うべきことじゃない。
 もっと尊い出来事であったはずだ。

 居たたまれなくなって、一刻も早くその場を立ち去りたい気持ちになる。


 NY最後に回ったのは、Ferryから見る“自由の女神”と“マンハッタンの夜景”だ。

 向かう途中乗ったcab…私と友人の意思疎通の悪さで行き先をうまく伝えられなかった。
 そんな時、私は“sorry”と謝る。
 いかにも日本人的。

 こんな時向こうの人たちなら決して謝らないだろう。
 お金を払っているし、cabは客を客が望むところに連れて行くのが仕事なはず。
 こんなところでも、自分がJapaneseであることを強く感じさせられる。


 Ferryからは思ったように自由の女神は見えず、雨もちらつく曇り空で百万ドルの
 夜景の全貌は見ることができなかった。
 でもFerryで引き返す時に近づいてきたマンハッタン島の神秘的な様子は、わくわく
 するNYの体験そのものだった。


 結局その日も夕食を口にせず、真っ直ぐにbedへ。
 疲労とそれぞれが自分に集中していて、友人との会話も少なくなる。
 夜はろくに口もきかず、最後の日を過ごした。


 あぁ、帰りたくないなぁ。
 またきっと戻って来たい。


 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月12日(金) NY時間。(その2。)



 NY2日目。
 NYの日付は3/13。


 2人とも時差ぼけのせいか、何度も寝起きを繰り返し、目覚めたのはam8:00頃。
 私は何度も夢を見て、何度も目を覚まし、ろくろく寝れていない。
 昨日のひどい食事のせいで、すっかりからになった胃の中へ、日本から持ち込んだ
 ぬれせんを流し込む。

 目覚めて初めてやったことはMTVをつけること。
 何気に楽しみにしていたAmericaのTV。


 今日は精力的に観光に乗り出す。
 Midtownを中心にミュージカル観劇までこなす予定。


 安全だと教えられたSubwayに乗って、Uptownを目指す。
 Metrocardは無事買えたものの、乗り場がどこかわからない。
 NYの地下鉄はアルファベットで“M”などと示されているのみで、どこからどこへ
 向かうのかがとてもとてもわかりにくい。
 地図をよく確認して、気合一発地下鉄へと乗り込む。

 一体どこが駅名なのか。
 どこを見れば線がわかるのか。
 環境が一歩変わっただけで、大いに混乱してしまう。
 (英語力のなさはもちろんのこと。)
 結局方向が違っていることがわかって、改めて乗り場を目指す。


 何とかかんとか迷いつつ、とりあえずTimes squareに到着。
 一歩地上に降り立つと、溢れんばかりの電飾とビルの海。
 そしてNYらしい厳しい寒さだった。


 向こうの人の接客は、本当に怖いほどの愛想の悪さで、腹ごしらえを兼ねて入った店の
 レジのお姐さんも多聞に漏れず威圧感たっぷりだった。
 お手軽早いはずのFast foodでもあたふた…。
 ひとまず食べれるものがあって良かった。

 こんなに寒いのに、こんなに風が強いのにみんなあまりにも薄着。
 コートの上にショールまで羽織っている私は、どこからどうみても冷え性のアジア人。


 Timessquareの街並みを“ほぉー”っとしながら通り抜け、まず向かったのは
 『ロックフェラープラザ』。
 ツリーはないけれど、昔からTVで見ていたスケートリンクで子どもから素敵な大人の
 couplesまで、それぞれの休日を楽しんでいる。

 買い物をしつつ、昨日とはうって変わった都会の刺激に振り回される。
 次に向かった『エンパイヤステートビル』では、待ち時間の間お酒を飲んだかのような
 気分の悪さで、吐き気すら催す。
 ようやく展望台に着く頃にはぐったりして我慢できなくなってしまい、友人を尻目に
 売店の隅に座り込んだ。

 親切な目線を送ってくれた黒人さん…ごめんなさい。
 あなたの香水がきつすぎて、通り過ぎてしまいました。

 改めて刺激の処理をコントロールできない自分を思い知る。
 昨日から目にするもの、聞こえてくる言語、習慣を含めた振る舞い方、口にする
 食べ物…あらゆる五感で感じられる刺激が大幅に変わってしまった。
 適応しようとするあまり、制御がきかない私の特性上、大幅に自分の中に取り込んで
 いたのだと思う。

 つくづく無理がきかない…。

 でも、直前に飲んだミニッツメイド(あまりにも日本とは別物の味)にやられた
 という感じもしなくもないのだけれど。


 日本では行儀が悪いと冷たい目線を送られかねないけれど、この国では目線向ける
 ことがない。
 だって、売店の売り物の棚に座って休んでいる人だってたくさんいるくらいだもの。
 床に座って休むくらいどうってことないのだろう。


 調子を整えつつ、日本では既に消えてしまった『ダンキンドーナツ』でひと休み。
 村上本フリークの私たちには目からうろこ。
 感激のあまり写真すら撮ってしまった。
 相変わらず食べ物を断固拒否する姿勢を示す私の胃。
 お腹すいてるのにぃ…。


 私の調子の悪さを鑑みて、時間ぎりぎりまで休む。
 そして今日最後の予定、『オペラ座の怪人』を見るためTimes square周辺に戻る。

 話の筋が追えるように、日本語の翻訳の機械をレンタルする。
 全文を訳してくれるわけではないけれど、何もないよりはずっと良かった。
 でも、おじさん…これ多分Spanish…。


 所々笑いのつぼなどわからないところはあったけれど、唄も舞台装置も踊りも本当に
 素晴らしい★
 演劇が好きな人たちがたくさん集まって、Topを目指してるんだなぁと思った。
 “飯を食っていくぜぃ”という心意気を感じたし、華やかな世界を目指す人たち
 を堪能した。

 ろくに食べ物を受け付けてくれない胃と相談して、劇場近くの“吉牛”でTake
 outする。
 思ったよりも安くて、迷った挙げ句クラムチャウダーをorderした。


 NYの町は安全とはいえ、深夜遅くまでいるのは少し不安。
 地下鉄ではもう帰れない時間。
 初めての体験と、Yellow cabを止めようと2人で必死になる。

 土曜日の深夜、Times squareにいる人たちみんなが“Yellow cab”目指して、
 がつがつしている。
 途中までは恥ずかしさもあって、遠慮がちに手を上げていた私たち。
 30分ほど経ったところで、そんなことでは一晩中泊まってくれないと気づき、目を
 ぎらぎらさせながら訴える。

 だから、ウマでは帰れないんですってば…。

 最後の手段として、近くのHotelの前に陣取り、帰ってきたお客さんを下ろした後

 cabを狙う。


 止まったーーーーー!!!!!


 最後は、会計をしている人を引き摺り下ろさんばかりの勢いで、cabの前に立ちはだかり、
 慌てて乗り込む。
 感動の瞬間だった★
 結局1時間…ようやく帰宅の途につく。


 吉野家バンザイ★
 日本では口にしたことのなかった牛丼の味を、異国の地でこんなにありがたいと
 思うなんて…。
 日本で牛丼が復活した暁には、絶対食べるぞ!

 Virginで買ってきたCDを早速かけて、持ち込んできた本をのんびりと読む。


 あぁ、文字通り刺激的な一日だった。


 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月11日(木) NY時間。(その1。)


 日本時間は3/12。


 いよいよNYへ出発だ。

 朝4時半起きで、借りたばかりのスーツケースを抱えて、まだ真っ暗な地元の駅へ向かう。
 電車に乗り込んだ…と思いきや、早朝だというのに事故。
 慌てて他の線に乗り換える。
 朝特有の人のいらいら加減が身に染みて、つらい気持ちになる。
 スーツケースはあまりに重いし。

 ツメも割れるし、2年越しで買った手袋もなくすし、友人との待ち合わせ場所に到着
 する頃には、怒り心頭で眠気も吹っ飛んでいた。
 その日の不運を慰めてもらい、何とか気持ちを立て直す。

 成田EXに乗り、搭乗の手続きをするのも初めて。
 わくわくしながら飛び立つのを待った。

 飛行機の中では寝ることもできず、かといって上手に時間を潰すこともできず、
 beginer丸出しでやり過ごした。
 機内放送のスキマスイッチ・古内東子・小田和正を気が狂うほど聴いた。


 こうして。
 国外初脱出!
 NYの地を踏む。


 税関の人があまりの怖さで、びっくりする。
 怒っているのか何なのか。
 私はどんなに本気でいらいらしても、あれほどまで不機嫌な態度を表明することは
 できないと思う。
 初めて接したAmerican。

 正直英語にはそんなに不安はなかったのだけれど、空港内で流れている放送が早
すぎて
 全く聞き取れない。
 先行き不安…。

 現地の添乗員さんがお迎えに来てくれ、マンハッタン島のホテルまで送ってくれる。
 その車中で、生活習慣や主な遊び場、遊び方、交通手段からチップの渡し方まで
 決め細やかで実践的な知識を授けてくれる。
 1時間ほどそんな話を聞いた後、摩天楼のマンハッタン島に足を踏み入れた。

 私たちのHotelはSOHOやChina Townから徒歩圏内のところ。
 これも添乗員さんからの予備知識で、時差ぼけは初日が勝負!とのお言葉を頂いた
 ので、初日からウォーミングアップを兼ねて街を散策する。
 まず手始めにSOHO。


 ウインドーのあまりの可愛さ。
 街を歩いている人がすべて外人。
 日本とは違う、低くて古い街並み。
 同じように見える碁盤の目の道。
 その全てが新鮮で、胸いっぱいに外国の空気を吸い込む。
 わくわくしている想いが、友人の顔付きからも見て取れる。

 細かい買い物をするのにはSOHOはとても素敵な街★
 古着屋さんや思い入れを持った店があちこちにある。
 そこには系統や統一感などまるでなく、自由気まま。

 歩き回って軽い食事を取ろうと思った店が悪かった…のかどうなのか。
 ハンバーガーがありえないほど不味い。
 しかもカプチーノなんて、『カプチーノって名前にするなーーー!!!』というくらい
 別ものの味。
 強いて言うなら、カプチーノのお湯割…。


 あまりのショックに早々に店を出る。


 ホテルに着くと、横たわったまま倒れこむように寝てしまった。


 再び目を覚ますと、時計の針は11:00を指している。
 うわーーー!!!半日潰したーーー!!!と自己嫌悪になりかけていると、窓の
 外は真っ暗。
 街の喧騒も聞こえない。
 どうやらまだ夜中らしい。
 私が眠りについてから3時間ほど経過しただけだった。


 さすが時空の歪み。


 ともかく無事到着。
 明日は早速観光だぁ♪

 ♪BGM/Jamiroquai 『Traveling without Moving』



2004年03月09日(火) オカルティ志向。


 ■研修。(児相。)


 朝のあまりのつらさに、いいわけを考えまくる朝…。
 後ろめたさに仕方なく出かける。

 今日は夕方近くまで見学と同席が入っていたので、時間が割に早く過ぎた。

 やったことのない私を。
 初心者の私を。
 あまりに脅かしすぎてやいないだろうか…。
 誰にだって『はじめて』はある。
 その『はじめて』すら体感していない私に何がわかろう。

 真摯に成長して行こうと思いつつも、自分に出来ることをしっかり把握しようと
 改めて思う。
 2年くらい経たないと無理だろう…。
 単なるひよっこだし、私。


 私は開かれている人間だ。
 どこへでも行けるし、どこにでも向かう。
 常に求め、枯れることがない。
 強迫的に、というよりも、ただそこにある、という感じで。

 誰を持ってもそんな私を止めることはできない。
 どこへでも流れる。
 何にだってなれる。
 やりたいことをやる。
 心を縛ることなんてできない。


 腹を括っている人間は強い。
 さすが“この人、基本的に強いから…。”と言われただけのことはある。
 ひとつひとつ積み上げてきたものは、予想以上に強固な壁を作っていた。
 強くなりたいわけでもなく。
 何かから逃げたいわけでもなく。
 ただ生まれた世界を楽しんで受け入れたいだけ。

 その点においては、充実している気がする。


 人間たまには真剣になる時がなくっちゃいけない気がする。


 大好きな大好きなばななさんの影響か、これまで生きてきた人生の近くに存在したからか、
 オカルティ志向が止まらない。
 あんなにだめだった“アムリタ”も、今までのどれよりfitする言葉として染み込む。
 言葉や行動に表すことができないような『直感』といわれる言葉で、世界が動いている
 実感がある。

 そういう風に生きていると、流れそのものを引き寄せてしまうのだろうなぁ…。

 当たり過ぎて気持ち悪い。
 その思考に没頭しないように努めることが、今の私の態度。


 “難しくなってきたぞー”…さりげないそのかわし方が、たまらなく好ましかった。
 やっぱりこの人だった!!って確かに思った瞬間だった。

 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月06日(土) 百万ドルの夜景。


 飲みすぎつつ、今日も飲み…。


 今日は、約1ヶ月前に行なわれた友人の結婚式の打ち上げ(まだ打ち上げるか…)のため、
 新宿在住の超都会派新婦のマンションでhome party。
 西新宿のビル街の目の前で、山手線からも見えるものすごい住まい。


 毎日毎日掃除。
 ヒマさえあれば掃除。
 今日はなんと大嫌いな掃除機をかけた。
 いつ振りだろう…。
 模様替えを全て終えた自分の部屋の快適さを思い描き、夢の世界に浸る。


 友人の希望により、party開始時間より早めに家を出る。
 食事担当の友人と2人きりなのが気まずいからだそう…。

 部屋に一歩入って唖然…。


 トレンディドラマの世界だよぉ〜〜〜!!!


 こんな都会派生活を送っている人がいるとは。
 県民の私には理解不能。
 同じく県民の友人Nと部屋をうろうろ。
 落ち着かないまま夜景をおっかなびっくり見る。

 料理をつく(っている人を横目に見)りながら、早くも持参のお酒をちびちび。
 あぁ幸せ★
 仲間達と飲むお酒は最高においしい♪

 たくさん写真を撮って、すっかりおなかの大きくなった新婦の赤んぼちゃん披露会を
 約束して、会はお開きとなる。


 あの頃ただ何も考えず、お酒を飲んでいるだけだった私たちが、仕事を持って
 (家庭を持った人もいて)、少しずつ変化しながらそこに集う。
 素晴らしいなぁ…。
 そして、ひたすら感慨深い。


 あまりに“彼”だったあの人と再会して(動画)、また心拍数を上げる。
 私のきゅんはいつでもそこにあることを確認して、熱くなりがっかりもする。

 友人Oの友情と偉大なる配慮に感謝☆

 ♪BGM/J−WAVE



2004年03月04日(木) 病弱虚弱体質。


 身体が弱いってことは悪いことなのかなぁ…。

 自慢じゃないが、身体が弱い。

 ただでさえstressfulな仕事も相まって。
 年々研ぎ澄まされていく感受性が足を引っ張って。
 自堕落だと思われがちな、長い長い学生生活の蓄積も。
 みんなみんな私の身体を蝕む。

 自分でもつらい。
 周りが思う以上に自分を酷使しているし。
 自分を責める気持ちも出てくるし。
 だけどどうしようもない。

 足が速い人がいるように。
 体重の軽い人がいるように。
 血圧の高い人がいるように。
 身体が弱いことも、その人の特性だと思うのだけれど。
 得意分野と苦手分野。
 そう捉えている私以上に、周りの目は厳しい。

 確かに、身体が弱いゆえのweakさはたくさんあるけれど。
 出来ることやstrenghsもたくさんある。
 そういうところは認めてもらい辛い世界だよなぁと思う。

 暗雲立ち込めたのは、全て体調のせいだと笑い飛ばしておこう!!!

 ♪BGM/『Ashanti』 Ashanti


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