きのうは29日で父の月命日だった。 私の足が普通なら一心寺にお参りに行ってた。 主人も今日まで仕事だし連れて行ってもらうこともできなかった。 今年は8月29日の祥月命日も秋のお彼岸にもお参りできなくて、それでも暮れの29日にお参りできたら私の気持ちは治まるのに今年はそれも叶わなくて、何とも親不孝なことだ。
人間とは勝手なもので、両親の生前中は正直、疎ましくて自分の気持ちを持て余したこともあったけれど、60も半ばを過ぎて身体のアチコチにガタが来てみたら、あの頃の両親もきっと生きていくことの葛藤を抱えていたのだと思うようになった。 主人の両親のこともいろいろ思いはせるようになった。 ただ血は汚いのか、私の親のことは強く強く思うのだ。
今年も今日と明日に押し迫って、来年は元気で過ごせますようにとそればかりを願っている。 体調不良の愚痴ばっかりの日記を読んでくださって有難うございます、そしてポチってくださったかた、本当に感謝しています。 来年も細々と続けていくつもりですので宜しくお願い致します。 皆さま、どうか良いお年をお迎えください。
きのう118日ぶりに上の弟が退院した。
それでも 2週間毎に抗がん剤治療のために2泊三日くらいの日定で入院することになってるし、週━で訪問看護も受ける。 ずっと口から食事できなかったけれど、少し前から3分粥を日に2回は食べれるようになったとか。 むせない様に少しずつ。
「姉ちゃん、もう ある意味開き直ってるから大丈夫やで」と弟は言うが、 何より退院できたことは、弟にとっても精神的にすごく安定すると思うのでとにかく焦らず治療して欲しい。
私は・・・まだ駅までの約1キロが怖くて歩けない。 歩いて歩けないことはないと思うのだが、年末年始にまたぞろ入院ってことになったらイヤだから、もう少し大人しくしていようと思う。 歩いた後には 強い強張りがまだ出てくる状態だから、本当に油断ならないのだ。
主人は今日も明日も仕事で、大みそかまで休みがないからお正月用品もネットスーパーで買うことになる。 でも 年末だからこそ自分の目で見て買い物したいのだけれど、仕方ない。
真田丸が終わって私は来年の大河ドラマに思いを馳せてる。 女ながらに井伊直虎という男名で井伊家を支えた女性が主人公の物語。
読書が大好きで、特に女の人が一生懸命に生きた物語だと読み終えた後、放心状態というか私もその物語の中で例えば下女(はしため)のような立場でも主人公の側に存在していたかのような錯覚をすることがある。 もうじき始まる大河ドラマの原作はどなたなのか把握していないのだが、脚本は「世界の中心で、愛をさけぶ」「白夜行」「仁− JIN −」「とんび」「天皇の料理番」「経世済民の男 小林一三」「わたしを離さないで」など。NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」で第32回 向田邦子賞/第22回 橋田賞を受賞された森下佳子さんとか、すごく楽しみにしている。
私が読んだのは 「梓澤 要 」 著 『女にこそあれ次郎法師』
領主の一人娘として生まれた祐は父の死後、仕える今川から家臣の息子と一緒になるようにいわれたのを拒否して出家したが、それにもかかわらず否応なく家名の存続、領地支配と支配される側の苦衷を味わわされていく。後に徳川四天王の一人に数えられた井伊直政の養母でもあり、先代の井伊家当主でもあったその女性の名を、井伊次郎法師直虎という。
ところが最近の研究で直虎は男だったとする、文献が発見されたとか。 この時期に何故・・・と思わぬでもないが、とにかく楽しみしている。
今日から年賀状の受付が始まるってニュースで言ってたから、年末の掃除はパスするんだしこれくらいそろそろ手を付けなきゃ。
手術から丸2か月を過ぎていい加減落ち着いてほしいけれど、何の前触れもなく急に強い強張りが起きるので油断ならないというか、また膝血腫にならないかと怖くてならない。
世の中、いろんな難病というか厄介な持病を抱えてる人も多いから、これが私のクセだと観念するしかない。
きのうは朝一番から一人でカットに行って、欲が出たのか葉ボタンとかビオラとかお正月花のつもりでちょっと買い物した。 鉢を二つばかり寄せ植えしたから疲れたのか案の定、午後から強張りが出てちょっとヒヤッとした。 でも こういうことを乗り越えていかないといけないのかなぁと思ったりもする。
人間の身体って上手く出来ていて、過酷な状況でもそれに慣れていくらしい。
例えば一日に必要とされるカロリーとか栄養が足りなくても、身体のほうがそれに順応して足りないなら足りないなりに生命を維持していくらしい。 すぐに死ぬというわけではないのだ。 だから命に別状ない痛みが起きても一日か半日やり過ごしたらそれさえも慣れるとか。長くても一日半くらいだって・・・ いやはや・・・今の私には恐ろしいような言葉だ。
入院してたときに知り合った人から電話をもらった。 「元気にしてる? その後 大丈夫?」といった内容なのだが、その人は結構強がりだった。 ご主人を亡くして12年間は一人暮らしをそこそこ楽しんでいて、東京に住んいる息子さんと娘さんが1か月の入院の間それぞれ2回も来てくれてたし、娘さんなぞは毎日ラインで様子を気遣って貰ってた人なのだが、退院してからうつ状態なのだとか。 ひとり暮らしの寂しさがひしひしと感じられて、娘さんにネットで心療内科を探してもらったものの今は予約が一杯で見てもらえるのは来年になるとか。 それで私のことを思い出して近況を訊ねがてら、自分の寂しさをぶちまけた次第。 耳が悪い私でも1対1の電話なら普通に会話できるので(時に聞き違えもあるが)、かれこれ1時間くらいふんふんと聞かせてもらった。 この人、結構強がりで毎日ラインで心配してくれる娘さんのあることを私はとても羨ましく感じていたのだ。
巷では年を取ったら、娘のいる人は何かと甘えられて頼りになるといわれてるし、また実際入院中の大抵の娘さんのいる人は何かとお世話されてはったなぁ。 私も主人と私の両親にはパートの合間をぬっていろいろ気配りしてきたつもりだし、私の母の私への依存度などはかなりしんどいものがあったから、私は娘にそんな思いはさせないでおこうと固く自分に言い聞かせて、電話してきた人の私から言わせてもらえば少々贅沢な悩みを羨ましく思った。
でもそれもこれも今はまだ主人が元気でそろり歩きと、壁伝いで家事が出来てるから言えることなのだろうか。。。 でも入院が何回も重なったら、家事に疎い主人はどうするのかなぁ。。。 次に入院するとなったら、整形外科ではなくて血管外科と言われてる。 「うちの病院では対処できませんので、もう病院は見つけてあります」と主治医は言ったが、今の病院よりは遠くになるわけだし。。。
痛みにびくびくする・・・そんなささくれた毎日がしんどい。 二十四節気も七十二候も忘れがちで、家に籠っていたら天気予報の例えば 「明日はこの冬一番の冷え込みです」と言われたところで、それじゃあ鍋物でもという買い物には行けない。 適当に献立を考えてネットスーパーで注文している。 痛みがきたら来たときの事として出かければいいのだろうが、私にはそんな度胸もないのだ。
それでも孫にはささやかながらクリスマスプレゼントを用意した。 今はネットでポチれば揃えられるから有難いことだ。 妖怪ウオッチのカレンダーと100人のサンタクロースという本と、ハーゲンダッツのギフト券。 じじばばはサンタクロースではなくて、プレゼントをあげる人だから。
パート仲間だった人から喪中はがきが届いた。 毎年、面倒で仕方ない年賀状だけれど そろそろデザインくらいは考えなくてはならない。 無料のテンプレートにお世話になるけれどそれとて選ばないといけないから。
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