関西ローカルで昨年末、突然の引退を表明したタイガースの赤星選手の解説者デビューの様子を放送していた。 昨年の12月に入ったばかりだったと思うのだが、突然の引退を告げる記者会見に特にファンでもなかった私だが
” 途半ば 潰える人の師走かな ”
なんてことを思ったりしていた。
2月からプロ野球のキャンプが始まって、いつもと違うスーツ姿で各チームのキャンプ地を視察していた。 タイガースでは馴染んだチームメイトの顔ばかりで、自分の抜けた後を誰が守るのだろうと気になるだろうし、オリックスのキャンプ地に行けば懐かしい岡田監督に「ユニフォーム着るか」と言われ、本人の気持ちはいかばかりだろう・・と。
私はこういうのにからきし弱い!!
オリンピックでも活躍した選手はもちろん素晴らしいけれど、影で支えてくれた家族や友人たちの話を聞けばもう涙腺がゆるみっぱなしだ。 母親が昼も夜も働いて支えてくれた、なんて話をきけばただただ。。。
そう 人生はいろいろなのだ・・・とつくづく思う・・・今日この頃。
東大阪市にある 『司馬遼太郎記念館』に行く。 先日 BSフジでも 『坂の上の雲 司馬遼太郎の歴史観』というのを 特集を組んで放送していた。 そういった最近の流れを見ていたら 矢も盾もたまらず記念館に行こうということになった。
最寄の駅から徒歩十二分の距離だが、商店街を抜けて住宅街に入ったら公園も普通のおウチもたくさんの場所で菜の花が植えられている。 先の2月12日は司馬遼太郎の命日とかで、近隣こぞって菜の花の植え付けをしたようだ。 その2月12日は『菜の花忌』ということになっている。 記念館も菜の花が満開で 私なんぞはそれだけで満足してしまう。 館内は丁度 『坂の上の雲』の特集をしていて、それが書かれた頃の時代背景や直筆の原稿などが展示されていた。 そしてそして・・驚かされたのは床から天上までの書架に収められた蔵書の数々と執筆された出版物の多さだ。 書かれたものを読みきることさえ我々凡人にはできることではない!
平日にも関わらずちらりほらりと来館者が訪れる。 たくさんの本やグッズの販売・カフェもあってゆっくりしようと思えば半日は潰せるだろう。
そして同じ市内にある『田辺聖子文学館』にも行く。 女子大の中に設けられたこの記念館にも、作者の執筆作品がすべて収められていてこれも圧巻だ。
どちらもニュースなどで存在は知っていて、隣県だからいつでも行けると 一日伸ばしになっていたものだ。 帰りにはぱらぱらと雨に降られたけれどなかなかに楽しい一日だった。
菜の花や 街道を行く心地する
菜の花や 子規を想いて 句をひねる
きょうは疲れてます。
きのう息子夫婦と孫がやってきて楽しい時をすごした。 9ヶ月になる孫はますます可愛くて、立っちとかはいはいとかが今にもできそうな感じ。 主人が買ったトーマスの乗り物に興味しんしんで面白かった。 追加で買った貨車のようなものに縫いぐるみのキティちゃんを乗せたら、それが気になるのか何度も後ろを振り向いて、それでもしっかり運転席にある握り棒を持って足を振りながら乗っていた。
数日前からバッテリーを補充しつつ試運転もして、主人は孫がどんな反応を示すだろうかとかなり期待していた。 それが泣きもしないで怖がりもしないで乗ってくれたことにホッとしたようで、主人が孫に遊んでもらったようなものだ。
孫が帰ってからは撮った画像をパソコンに落として夫婦で楽しませてもらった。 下の歯が二本生えてきた孫は離乳食も順調で良く食べる。 私が子育てしていたときのことは、ほとんど覚えていないのが正直なところで、それでもあぁだったと時折思い出すことがあるくらいのもので、孫の一挙手一投足が新鮮でならない。 こんなにも満ち足りた思いをさせてくれる孫の存在に感謝しているけれど、きょうは疲れています。
どうでもいいんだけど・・ どうせ世間というかマスコミが面白可笑しく取り上げるだけだけど。
「兄は子分にお金を配らないといけないから、母にお金をせびっていた」 と、弟の鳩山邦夫が兄のことを「私はうそがつけない人間だから」と 暴露したそうな。
またかよ!
若貴騒動ではなく鳩ぽっぽ騒動の始まり。。。
男兄弟が大人になってから反目し合ったら修復不可能だよ!! 男兄弟はできたら同じ仕事はしないほうがいいと私は思う。
それにしても弟はいらんことしゃべるなぁ。。。 どうせ 世間に笑われるだけなのになぁ。。。
私はここで 60を前にした孫もいるおばちゃんのグチのような日々の想いを、下手な文章で書き込みしているだけだ。 最近は日記というよりも週記のようで それでも毎日サイトは覗いている。 でも 今年に入ってからは娘のことではないある気がかりが起きて、毎日韓国ドラマを見てへらへらしているようでも、人様には簡単に話せることではないから絶えず気をもんでいた。
私の近しい人が離婚した。 たしか去年の秋に銀婚式を迎えている。 両方とも50を過ぎた夫婦が出した結論に私は何も言えなかったが、きのう私の近しいその人がやってきて、私の顔を見るなり肩を震わせて泣いた。 ことの次第を話す間にも何度も肩を震わせた。 私はあまりのことにもらい泣きもできなかった・・・。 掛ける言葉も見つけられなかった。
何故とか・・どうしてとか・・そんなありきたりな言葉ではない・・ものが私の胸にも押し寄せて、人生とは何と無常なのか・・。
折から 明日は私たち夫婦の36回目の結婚記念日。 こんな日が迎えられるのも主人のお陰だとしみじみ思う。 ここまでの日にちの積み重ねの間には 我が夫婦にも離婚話が出たこともあるが、イマでは夫婦して年金のもらえる日を指折り数えている。 なぜ ○○はそんな夫婦になってくれなかったのか?! 立春を迎えても なお厳しい寒さも手伝って心の底まで冷える。。。 それにしても短慮な。。。
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