明日、講演
一昨日、運動の筋肉痛
今日、風邪気味
どれかが原因なのか、午前2時に起きてから寝れなくなって、1時間半
起床は5時45分、あと、2時間ちょっと
天使と悪魔が入れ替わる、と言うけれど、
私の心も、鬼と阿弥陀が入れ替わる
恐怖におびえる餓鬼と感謝を口にする小僧が入れ替わる
私の人生は、常に金がなかった それが鬼にもなり餓鬼にもなる
私の人生は、常に我を通した それが阿弥陀にもなり小僧にもなる
くるくる、くるくる、入れ替わる私の心
声には出さないのだけれど、よくしゃべる私の心
この心、どうしてくれようか
いつものように、寝てくれると助かるんだけど、というおしゃべりな私も参加した
もう、ぐちゃぐちゃだ
桜の散りゆく様に、己の命や権力を観て、もののあわれを感じ入る
そしていま、ここ、われから感謝をのべる
感謝とはことばである
声に出されない心の中のことばでも感謝できうる
桜がお堀に散り、集まり文様のように美しい
その「美しい」ということばを、心の中で出さないようにする鎮静がある
その鎮静と感謝の行き来が、感謝に深みを与える
人は生来、一つの状態で満足出来はしない
そして出発は、自己の保存欲求である
であるからして、赤子から乳児にかけては、保存欲求と他者排除を行き来する
他者排除が多様化していくのが環境と文化などによるのである
多様化の本質は、欲から憎悪(愛着)、憎悪から感謝、感謝から鎮静と移りゆく
欲や憎悪は環境や文化への依存性が高く、憎悪から感謝へはことばへの依存性が高くなる
そして鎮静は何ものにも依存しなくなる
依存しなくなるからこそ、お題目になりやすい感謝に深みを与える
鎮静は環境や文化への依存性がなく、社会で形になって残りにくい
けれども、感謝と鎮静の行き来は社会の根底にあり、私を感謝で満たしてくれる
少し、お日様を浴びるだけで、この上ない感謝につつまれる
今日1日、目覚めたこと、ご飯を食べられたこと、手足が自由に動かせること
当たり前が当たり前でないと気がついて、感謝につつまれる
少し、布団に横たわるだけで、この上ない不安につつまれる
息が一瞬止まるほどの不安、いっそのこと楽になりたいほどの苦悶(くもん)
年齢が上の人間は死に近いと突き放して考えてしまうほどに退嬰(たいえい)してしまう恐怖
当たり前が当たり前でないと気がついて、不安につつまれる
老いた、ということだ
未熟な時には、感謝も不安も未熟だった
美しいものを見て知識で判別するようになった
未熟な若さや他人のきらきらとした感動そのものを美しいと感じるようになった
他人が小説を書きたい、といえば文章を見せてもらい、内心「この文では・・・」と知識で判別する
他人が小説を書きたい、という動機を執着に過ぎない、と切って捨てなくなった
老いた、ということだ
老いていくのに、心も老いていく
感動と不安を深めながら、心も老いていく
どこまで老いるのだろうか、
だから、それを何とか目的にして、生きよう
校門を出て、こがない自転車が、しゅるしゅる、がたがた、と下っていく
春雷前の曇り空に、お日様が陰っている
こんなにも道ゆく人々をありがたい、と思うことがあるとは
子供を小学校に送ることが、こんなにも心地よいことであるとは
三十路を過ぎて命長らえることが、こんなにも
心の根底は深海のように変わらなくとも
水面のきらめきは、こんなにも換わる
今日も生きよう