どうして俺の付き合う娘はヤンデレばかりなんだ!
どうしてではなくヤンデレの面を引き出すんだ!
どうしてって女の本質がヤンデレだからだよ!
どうしてってそんなのヤンデレの勝手だよ!
全てが春の日差しのように温かく包み込む
答えを1つにするのも、答えをそのままにしておくのも、
任せられている、そんな春の日差しのような
TVゲームのように誰でも理解しやすい形に生きている世界の法則は出来ていない
けれど、
ヒーローのように誰でも理解可能な能力に生きている肉体の構造は出来ていない
けれど、
擦り合わせなければならない、ただそれだけに一生を奉げて
擦り合わせて利用ようとした、ただそれだけに個体を滅して
ここに真理への道がある
物質というこの肉体の枠組み
100mを2秒で走れないし、真空中で蒸発に耐えられないし、たったワンオーダーしか視えない
受け入れろ、そこは盲目しろ、前提を受け入れるのが現実的だ、与えられた本能は認めるんだ、とざわめきが
窒素と酸素と他の僅かな成分たちは、風でも吹かないと、熱でも持たないと感じられないざわめきが
物質というこの肉体の枠組み
枠組み
飛び出せぬ、その枠組み
さらに、時代という文化という国家という地域という家族という
さらにさらに、過去という未来という、合理という感情というという
どこまで飛び出せるだろうか
枠組み
取り外せない、飛び出せない
だってだって、飛び出したいその正体がこの肉体の、この物質の総体の
明らめろ、観るな、想うな、諦めろ、見るな、思うな、考えるな
幾種類もの風が、ゆったりと足早に通り過ぎていく
真摯に生きるからこそ生まれてくるギャグの積み重ね
しっかりものだから心身症に
いい加減な頭だからいいじゃんやってみればと言える
苦しめられて追い詰められたから空の美しさと変化が解る
しっかりものだから犯罪者に
いい加減な頭じゃないから憎しみを行動に移してしまう
何でも良いよ良いよと甘やかされたから人を食べるようになる
真摯に生きるからこそ生まれてくるギャグの積み重ね
そして現在の心理状態が、絶望の心身白濁さえギャグに、親からの否定的な発言さえギャグに、決めた生殖行為日さえギャグに、全ての喜怒哀楽をギャグに
客体化した生き様
注記:映画「ぐるりのこと」とテーマソング、akiboshi「Peruna」に影響を受けました。
カタカタカタ・・・カタカタ・カタカタカタタタ
無機質に叩く音がする
ホワイトチョコレート色の机の上で、無音で幸せの絶頂が映し出されている。
散乱したバタークッキーの開いた袋たち、不揃いに積まれているカラフルなCDケースたち、小型の栄養ドリンク大きなペットボトルの紅茶空色のカクテルグラス真っ黒なうどん出汁が半分入ったガラスビン、有名な出版社の文庫本が所々で小山になっている。それらの間を這うように置かれた爪楊枝、シャープペン数本、クリップ大小、塗り橋何セット、肩こり用の塗り薬2,3個の机の上。
うるやかな大きな瞳がパチリ、パチリと嬉しそうに瞬いたり
リップを塗っただけの唇はツヤツヤしていて、時々丸くキュッと縮まったり
細く長く白い首を左右に傾げたり、肩下までの毛先が追いかけたり、追いかけなかったり
二の腕をツン、と突っつくと、目隠しでスイカを割った時のように嬉しそうに恥ずかしそうにはしゃいだり
ふあぁあ、とアクビをしながら、サッと首だけ後ろを向いて
けれど、もうキーボードの無機質な音しか聞こえない
数ヶ月前には心の中に残っていた、アクビのおとも聞こえなくなった
デジタルの中に永遠に閉じ込められてしまった最愛の時
電気信号に分割され何時でも無限に再生されてしまう代物になってしまった
誰にでも何回でも使える哲学の真理のような代物になってしまって、だからもう無音で、結構良く、時々、ポツポツ、殆どなく、と減っていく
ふう、と大きく息を吐いて椅子にもたれかかって両目を閉じれば、浮かび上がってくるのは、肩甲骨の下にあるニキビ痕だけだった
カタカタカタ・・・カタカタ・カタカタカタタタ
無機質に叩く音が始まった
注記:「アクビのおとも」=「アクビの音も」と「アクビのお供」と両方の意味。
:「代物(しろもの)」=「売買する物」と「金銭に目が無い遊女」と「年頃の一般的に美しい女性」と「金銭で取引できる程度のもの=愛がなくなったの意味」の意味の何れか。
題は「 交差点の君 」(2006年08月01日(火))を意識して。
何かが、そう何かが
すらりと伸びた脚、彩色の絹のツーピース、チラチラと交差する照れ、不揃いな八重歯、加速してどこまでも飛んでいけそうな夏空、間隔が開いて止まっている白砂の上の車たち、ゴツゴツとした緑を吹き抜ける生暖かな微風
両手で頭を、そう両手で頭を包み込んで
どうしてこの子はあの子じゃないんだろう
どうしてこの子こんなにも可愛い秋海棠のような唇をしているんだろう
ちょっと猫背で、おっちょこちょいな感じがするのに、遠くからスカッとしたグレープフルーツのような声をかけてくる
一流のバニーのようの細く柔らかい太股を肌け出すように、強い日差しに透けるような白いスカートを踊らせて手を振ってくる
フラッシュバックするエネルギーを奪われてニコリとも出来ず
深紅のタイトなボンテージの上で揺れる鎖骨の艶やかさ、漆黒のシンプルなアミタイツの中でひっそりと隠れた静脈の愛らしさ
何かが、そう何かが
揺れながら近づいてくる笑顔の奥、粗野な八重歯の揺れに胸を鷲づかみにされて
そのままあの子の思い出もちんけな道徳もつまらない意地も握りつぶして引き抜いていって
ほっかりと空いた胸の穴だけは、炎天下でも夕闇の艶やかさに包まれていって
注記:秋海棠(しゅうかいどう) 晩夏から秋にかけて咲く。別名 「瓔珞草(ようらくそう)」
「秋海棠 西瓜(すいか)の色に 咲きにけり」 松尾芭蕉
:「艶やか」は「つややか」と「あでやか」と両方の読み方があり、前者は「つややか」、後者は「あでやか」と考えている。最後の一文は、両方を併せ持たせたい。前者と後者が最後に一体となるのが、文意に沿う。
時折の驟雨が猛暑を目指していたのに、ころりと逃げさるようになって
時々の異性と結びを目指していたのに、ころりと逃げさるようになって
摂理、真理、法理と確信を込めていたものは機器の発達で、細分化され曖昧さがより鮮明になって
摂理、真理、法理との対比だけでは語れないものが出てきてしまった
心身二元論ではもはや説明しきれない現象が
なのに何故、未だに時折の驟雨や時折の異性のように万古不変だと、古典の礼賛、他地域の賞賛に明け暮れるのだろうか
あなたの、わたしの、われわれの日常生活がこんなにもこんなにも
数千年前の信仰から離れ、数千という機器によって生み出され、数千という電波や化学物質を肉体に直接取り込んでいるのに
いや、盲目的な生き方こそ合っているのかも知れないな、その人間たちには
そう、盲目的な生き方しか合っていないのかも知れないな、この人間たちには
100兆を超える菌類と共生しなければ、その個体もこの個体も生存できないというのも機器のもたらした知の形体
機器による確実さを数千年掛けても乗り越えられなかった、摂理、真理、法理という智の形態
その、この人間たちにはただただ驟雨の雨音に何かの摂理、真理、法理を探しているのだろう
それは単に知と智のハーモニーにも耳を塞いでいるのだけれども
だから彼らは幸せになれるのだ、確信の世界では、不確実の世界では形骸化と権威、権力しか待っていないのだから
俗世の集まりと変わらぬ、目的は幸せという日常感覚に支えられた、クズでしかないのだ
また、食品添加物、石油系洗剤、界面活性剤、消毒用塩素、通信用電磁波、衛星電波、蛍光灯、建築用化学物質、数え切れない数千数万が1日に肉体を通り過ぎていく
心身二元論、存在論上の2つの立場、もうそうした万古不変に当てはまらないものが肉体を通り過ぎていく
日常生活の幸せに、確信に、権威に、権力に、無位に、つまり感覚に根ざしている世界がパロディになりつつある
あなたの肉体からいつの間にか居なくなったノミシラミ、寄生虫、いつの間にか手で捌くなった動物植物、いつの間にか食べなくなった昆虫や犬猫、いつの間にか贅沢でなくなった電灯や風呂や電話など
一雨ごとに月は欠けて、また満ちてくるだろう
あなたの、わたしの、われわれの肉体と中秋の名月との間に、なんという、なんという
万古不変なのはただただ麗しい天空の満月
北極星の周りを真似して走っても、そこに神々が居るとはもう信じられない
追記(UP済み)
空には感謝も仏法も家族も全てが一切ない
それはエネルギーを心のライフエネルギーを過去、未来へと向かう欲望、合理を全部切断して現在に、今に、眼前の世界に爆発させるからだ
対して唯一神教はエネルギーの方向性が未来の天国地獄に、あるいは過去の神話に離散させていく
空には感謝も仏法も家族も全てが一切がない
そして純化の自由、純化による瞬間へ、あるいは永遠への広がりに対立するもう1つの思考パターンが
いま、今、この眼前に、未来の天国にも、過去の原罪にも関わっている
そうやって産まれた、この遺物、いや異物
ここに真理への道がある
どろり、脳みそが水あめのように左眼から溶け出して
猛暑のまとわりつくナメクジのような湿気よりもさらに、どろり
ぎもん、脳みそでいくら自分のことだと言い聞かしても
猛烈にまとわりつくどうしてわたしどうしてなのという、ぎもん
どろりとぎもんの鬩ぎ合い
クロスポイント
宇宙空間で形成された原子のクロスポイント、生殖本能のクロスポイントで産まれて、常に変化しつつ恒常性を保つそして終了するクロスポイント、無自覚無智欲望の渇愛狂気策謀と智慧賢人自律の無我無位とのクロスポイントで産まれて
どうして、嘆きと歓喜の鬩ぎ合い
左に傾いて下になった瞳からのドロドロがゆっくりと頬まで達しそう
万人万物への慈愛などなく、個人個物への愚痴などなく、あの人その物への関心などなくあふれ出した透明な水あめは、干渉現象で中央がポッカリと大きく光り輝いていたのだ
まるで、私の瞳が何倍にも拡大され神々の瞳に置き換わったかのように
ナメクジのような猛暑の湿気のような涙のような神の瞳のようなドロドロした爛れた水滴が頬まで達しようとしている
注記:� 岾薜�(かつあい)」、「鬩(せめ)ぎ合い」
�◆ゞ�気の(絶対)屈折率は真空の屈折率にほぼ等しい(真空1に対して空気1.0003)ので、中央は干渉現象によって暗くなる。シャボン玉の中央が暗い、あるいはニュートンリングの中央が暗いのは、屈折率の小さい媒質から大きい媒質で反射する時に反転するからである。中央が明るいのは空気よりも屈折率が小さいことになるが、ドロドロとした粘性の物質が空気の屈折率より小さいことはありえない。ただし、特殊な条件下、例えば特定の波長に関してはこの限りではない。
幸せを探すことが幸せである
そんなチンケな置き換えで、次元を上げただけの置き換えで、
誤魔化せるほど単純に作られている
それが己らの実体なのかい
ぬるり、とした桎梏(しっこく)を全速力で振り切ろうとペダルをグルグルと
どろん、とした漆黒(しっこく)に横溢な田んぼの臭気でペダルをモヤモヤと
深夜に通り過ぎれば、真昼よりも濃密な夏の臭気がモヤモヤと
思わず、いや、呼吸をするかのように、嘔吐が押し寄せてきた
吐瀉物のない嘔吐が突然やってきた
嘔吐するという能力が爽快感すらもたらしてくれる
生体を保護するために与えられた能力
個人の精神によって、あるいは崇高に言えば喜怒哀楽を基にした人格によって嘔吐する人々もいる
けれども、それは決して、あなた、ではないのだ
あなた、が全て決定したのではないのだ
生体を保護するために与えられた能力に過ぎない
あなたの、個人の精神によって、あるいは崇高に言えば喜怒哀楽を基にした人格によって、と思い込むのは、鼻せんをしているだけなのだ
人間社会が能力によって評価し動いていることを早く気がついて欲しい
個人の精神や喜怒哀楽は、コミュニケーション能力、交渉能力、対人能力に置き換えられるのだから
吐瀉物など必要ないのだ
嘔吐の能力、そしてその爽快感すら与えられていて、だから、桎梏を吐き出せばいい
この漆黒に、溶け込むようにペダルを思いっきりこいでいけばいい
彩夏の湿気の揺らめきを飛び越えていく無位の真人
呼吸法からも姿勢からも認識でき
けれども、そこからあふれ出す無限の慈愛が
無分別智か分別智に因ってか、神の愛によってか能力によってか
また、ワラワラとあふれ出した魑魅魍魎たちが
彼らとまた付き合いながらか
ここに真理への道がある