両親との宗教的葛藤、彼氏との暴力的相克、友人との病気的遊離
あなたの深い感謝
あなたへの深い感謝
突破していく宇宙空間、崩壊していく日常常識、再構築していく人生設計
依存症者たちが吐き出す煙の中で、あなたはさも正しいように言った。
「悩むことに満足している。色々問題があっても悩んでさえいれば許される」
という右手は貧乏揺すりのような、神経症のような素早さでテーブルクロスを叩いていた。
癌に侵されて、自己の存在意義や、全人生を振り返って深い自省をしたことのないタンポポの種のようなフワフワとした明るさが観えた。
健気さの裏に隠された、西洋タンポポの浮遊する明るさ。横隔膜を落としたことのないような白く可憐な明るさ。
やっと世知が、立ち回りが分かってきて、権力者にどう阿(おもね)るか、なんて言葉にウンウンと正直に頷(うなず)き、あなた自身からも吐かれていく言葉たち
タンポポのように一生そこで骨を埋める、と決めたからこそ出てきた、フワフワとした春の日差しのような
日差しのような
注記:西洋タンポポは春の季語です。
拗ねず媚びず、問題の責任を他人に転嫁せず、奢らず、突っ走らず素直に、そして何より誠実に
そうして得られる笑顔や喜び出なければ満足できなくなってしまう。
やれやれなんと贅沢な悩みだろう。
射幸心や毒物や自律や他律や、知識や学歴や金銭や異性や結婚、子供では満足できないというのだから恐れ入る。
尊敬を払ってくれる人、だから電車から降りられる時、同じ駅で大量に降りる人が空けた座席に座らなかった。ホームの去り際に振り向き会釈すると、そのように何事もなくお互いに少しおでこを下げた。何も決めていなくても互いに鏡になれたかのような瞬間だった。
私があの時期病んでいた。
産まれて初めて、止まっていた両手と両足が突然、ガタガタと痙攣しだして自律神経から勝利して疾走したのだった。震えだして肉体の他者性に襲われて慄いたのに、自律神経に取り込もうとしたのに、どうにもならなかった。痙攣した私の肉体を喜んでも、悲しんでも、すかしてみても、どうにもならず、最後に全く投げ出して、自然とこみ上げる笑みに身を任せて大笑いした瞬間、やっと、肉体が自者に帰ってきた。
生物を生きながらえさせるロボット
肉体が完璧に原子に解体されては失われる全体性、と同様、近代自我、ギリシャ的合理やヨーロッパ的悟性、本能に基づく感情の総体、四大欲望にも決して還元しえない全体性を併せ持つ、物資的なソフトとしてのロボット。
私があの時期病んでいた
相手の虚無に鏡の如く反応したから、相手の共鳴したのだろう。鏡となる私のロボット性。徹底してロボットのになりきれないから、私は、そう君や其れや彼らとの重ね合わせに嘔吐し続けるだろう。
今までの最高記録に最高に疲れて痺れてしまい、ゴドッと音がするように芝生に倒れこんだ。
汗のカーテンが包み込み、その上に湿気のもやがデコレイトされている。瞳はチカチカと火花を飛ばして小五月蝿いので閉じる。タイムの声が遠くでなっているようだけれど、さらに遠くから、ポツポツという音が忍び寄ってきた。
ものの10秒で、ボタボタボタ、ダダダダと太鼓の連打に変わった。
デコレイトしてくれた湿気は一気に喰らい尽くされ、その内に汗のカーテンも溶かされていってしまうだろう、ほんの数秒の水分子の競演。全てが熱運動によって、全体のシステムも個々の分子も制御されている。
ただただ、人の五感では汗、湿気、大雨とクルクルと変わるように感じられるというのに
ただただ、人の五感では苦、自慢、不幸とクルクルと変わるように感じられるというのに
ヨーグルト状の吐瀉物は、あなたのそして私の五感で感じられるものを積み重ねて、ネルネルと混ぜ合わさって腐臭を放っているのです。
あなたの、そう君や其れや彼らの掃き出したネチャネチャとしたいやらしさが私の全身に浴びせられて、そうして左右非対称の鼻空から、日に1回しか歯を磨かない口腔から、耳孔から、毛の薄い全身の肌から入り込んだものなのです。
そう君や其れや彼らは、この大雨のように私の上に浴びせかける、無神経に無意識に。
タバコの数百種類のダイオキシンやタールやニコチンは、物質的にそう君や其れや彼らを蝕むのだけれど、透明の吐瀉物はあなたよりも私を穢していく。
何故なら、 ヨーグルトがすっかり黒いゴムになって塞いでしまっているのだから、そう君や其れや彼らの体感できるものは、殆どないのだ。
格好で満足して、商品経済で販売されているものから選んで、肉親や友人の話をして、異界に飛び込まないで、そんなもので人生が過ぎていく。
透明の吐瀉物の入り込んだ臍の下から心臓の真上までの真空を、大笑いで埋めた。そして呼吸を胸の上まで取り戻した。
この海辺の夕日を真空に仕舞い込んだような充足感が、先ほどの全身の痙攣の傷を修復していく。筋力切断という筋肉痛でさらに筋力が強化するように、もっともっと透明の吐瀉物の腐臭に耐えられるようになっているだろう。
暗くなった芝生を横目に意識しながら、後10分でもいれば、今度は肉体的な痙攣が襲ってくるだろう。
熱い風呂に入って、ああ、と嬉しいため息をついて終わってしまう、ただそれだけの痙攣も、嫌いではない。
けれども、吐瀉してロボットに戻るのは、さらに、悪くはない。
梅雨の晴れ間に、1500�辰�5分一桁へと向けて疾走する肉体の躍動感
慣れた肉体の灼熱、呼吸を心臓の真上から臍の下へと意図的に移動
その真空ができたことで、身体が末端の四肢が一気に真空を埋めようと収縮しようとする
痙攣
四肢の痙攣、同時にゾワゾワとした肉体的危機信号が痺れさせる
それでもペースは落とさない
それでも汗の激しく降り注ぐ目蓋を閉じていく
狭まる視界、半眼の闇が、死体の闇夜が、肉体の危機信号をさらに増大させる
創めてやっとあふれ出す胆汁の滓物(おりもの)
日常生活で内側に溜めた吐瀉物(としゃぶつ)の重なりで腐り続けてきたものたち
無知であり、そして雄弁な口、自己正当化、自己顕示、私は人と違うようになりたい、というのにどうして格好で我慢するのか、どうして商品経済で販売されているものから選ぼうとするのか、どうして肉親や友人の話をするのか、どうして異界に飛び込まないのか、どうして
膀胱の下から強烈な吐気が真空へと流れ込んでくる
2時間前の炭水化物がなくなっている胃を吹き上がり、そのまま食べ物と空気しか通さない食道を遡(さかのぼ)り、下呂よりも穢れた滓物が飛び出していった
左右の非対称な鼻腔にねっとりとヨーグルト状に塗りつけられて、だらだらと鼻下に涎ていく
若いということか、いや同年代とは違う
幼いということか、いや同時代とは異なる
拙いということか、いや同世代とは差異など
敏いということか、いやそれならばいいのだ
嘔吐が繰り返される
げぇぇ ゲェエ ぐぇええ
口腔からも鼻腔からも涎ていくさまは、まるで下呂人形のような
両脇を閉めて肘を90度に意識して、大きく前後に振り出す
まるでロボットになったかのように正確に前後に大きく
4分40秒台を目指すスピードへと加速していく
肉体の煉動で透明の吐瀉物を蒸発させるように
三日月の闇夜には逃走しかないようなそんな気分に
あらゆる日常世界の吐瀉物を吐き出して、私はまた機械に戻れるのだ
法悦の歓喜にも
悦楽の稀少にも
四肢の動転にも
絶望の自我にも
残っているその無我がある
感性も動転も動揺も童貞もないその
引き摺り下ろして引き裂いて、強姦してダイナマイトでぶっとばせないものか
全くもって偉ぶっている
最後には宇宙へと一体化させるか、私へとの一体化させるか、耳を目を体を塞いで閉じ込めてしまうしかなのだろうか
ここに真理への道がある
どうしてあなたは答えてくれない
どうしてあなたは私をみてくれない
どうしてあなたは電話さえくれない
どうしてあなたは
どうしてあなたは突き放すだけの言葉さえ発してくれない
どうしてあなたは美しい眉間をしているのか
どうしてあなたは小ぶりな柔らかい臀部に鍛え上げたのか
どうしてあなたは決して忘れられない愛おしい体臭を放つのか
どうしてあなたは
どうしてあなたは突き刺すだけの四肢だけでも私の前に放擲してくれなのか
何百回と自問して消えていった、どうしてたち
「決して、一生、なんでこんなに」とツツジの刺々しさと可憐な花弁の囲まれたあなたが、勇気付ける
そう、もっと、もっともっと、待っていてね
見上げると、石垣の上に白い桜が散りだしていた
あなたが勇気付ける、もっともっと待っていてね、どうしてなんていらないの、って
たった20分、30分のために前日から栄養まで考えて、目を閉じて眠りにつく
たった20分、30分のために長年に磨いてきた技巧や精神コントロールや呼吸法
7月の清々しい満月の夜を飛翔していくようなエレクトロの重低音が遥かに及ばない充実感
7月の女々しいジメジメとしたナメクジが這うような湿度に、衣服の虚栄心もカフェ読書の虚栄心も電話の張りのある声の虚栄心も奪い去っていく
たった20分、30分のために前日から、いや長々と積み重ねてきた1回1回、砕け散るかあるいは救われるかが鮮明に突きつけられる
いつの間にか爛れ落ちていく水滴が
どうして、と目を閉じても
なぜなの、と心を閉じても
そこへの、と肉を閉じても
喜怒哀楽、と脳を閉じても
1回の後は必ず、いや決して必ず頭を両手で握りつぶすような鈍痛、この四肢に爛れ落ちていく水滴
そしていつかは、閉じても、それも閉じていく
涼やかな気化熱は未だやってこない、いや決して必ず涼やかな気化熱は未だやって
ガサガサと耳の中で蠢いているような
眼前の雌の嘶きを邪魔するように、邪魔されてハッと肉体に甦る
虚脱した感覚、法悦した四肢、媚態など飛び越えたような
肉体までも共鳴して深く浸透した貴女が甦る
山茶花の花弁を摘み取ると、枯れてしまう
花と心は異なるのだから、心を摘み取ると、生き生きとする
山茶花のぼってりとした茎をつけなければ
心を破壊していく、心が創られていく
花弁の蜜が甘いのは、化学物質の結果なのだから
甘いと感じる心だけに狭めなければいいのに
金星の大気にいようとも想像すればひとっとび
たとえ形がなくなろうとも、永遠に会話は出来るんだよ
注記:「山茶花(さざんか)」、「 明らめの音 」(2007年3月)、「明らめの時 」(2007年3月)から続いてきています。