なにを言っているんだ、じじい
偉ぶって仲裁ぶりたいだけじゃないのかい?
じじいはその世界が観えていっているのかい?
人間同士の衝突が悪いって思っているんじゃなんかい?
たとえ、衝動の根っこが一緒だったとして、現れた形が違えば違うものだろう
たとえ、遺伝子が一緒だったとして、現れたじじいと私が一緒だというのかい
たとえ、じじいがその世界が観えていたとして仲裁するだけなんて何もならないじゃないか
なにを言っているんだ、じじい
精子と卵子の結合で細胞分裂するのは等しく全ての人間に当てはまる
性欲も名誉欲も社会的価値も生殖行為も介在しなくても物質的に結合すれば良いだけのことだ
この説明だって歴史的に長い衝突の果てにやっと観えてきた事実じゃないか、衝突の果てになんだよ
どうしてその衝突を宥(なだ)めようとする、どうして停滞しようとする
気張らない奴が頑張らない奴が何かを産み出せると思うのかい?
赤子を他人を生産を技術を社会を思想を生み出してきたのは皆気張った奴じゃないか
もともとの衝動が一緒なら同じというのなら、なぜラファエッロの絵画は宮殿に飾られ、幼稚園生のお絵かきは数年でゴミ箱行きなんだい?
じじいのその調停するしかない意見が、ゴミ箱いきなんかい?
注記:対話形式にしていみました。「 1つへの衝動�后 廚鮗�けています。
ほぉっほぉっほぉ
おまえさんもこちらさんも一緒じゃの
お互いの衝動を鋭くしていっただけじゃ
もともとの衝動が違うからな
現れる表現や内容がかわるんじゃ
ほんらいは一緒なんじゃよ
そうお気張りなさるなや
その内に解ってくるもんじゃて
ほぉっほぉっほぉ
注記:「 1つへの衝動�掘 廚函屐�1つへの衝動�検 廚鯀按鵑砲靴討�りますが、独立しても意味が取れると思われます
もうすっかり僕の中に社会構造が染み付いているんだよ
社会構造が生み出す観念は恐ろしいものだよ、聖戦と言って自分の首を真一文字に切り裂いて、鮮血の美しさを大地にぶちまけるほどにね
もうすっかり僕の中に生存本能を超越する観念が染み付いているんだよ
社会構造が生み出す観念は恐ろしいものだよ、観念と言っても僕の肉体から切り離せない、切り離せば心が崩壊してしまうほどさ
だから、強姦しても思いつく限りの鬼畜をしても噛んでも殴っても、開放したことにはならないんだよ
生存にとって有利だから他者と関わること、生存者であることは、他者からの関わりで、そうしたことと同様にね
あとはコントロールする方法を探すだけなんだよ、心の中に善を観ても悪を観てもいいし、どっちだって体験してしまえば同じことだったよ
これを開放と悟ると神に近づいたと言うのだろうね
コントロールの方法を会得したというだけなのに、社会構造が出て行かないというのに
これらの裏にあるものが今観え出しているんだよ
そこに行きたくてたまらないんだ
注記:「 1つへの衝動�掘 廚般篥�形式と考えて作りました
「大好きと愛しているの違い」とか「恋愛と結婚は違う」とか「君の事をずっと愛している」とか「悲しくて身が切られそうだよ」とかいう輩(やから)がいるじゃない。あなたはそんな人じゃないと思うの。
気に入ったのなら直ぐに名前を聞いて強姦をしたり、思いつく鬼畜の限りを尽くす喜びを知っている人だわ。
どうしてそうやってしないの? どうしてそうしないの? 私になら何をしてもいいわ。私なら殴られても噛まれても叩かれても、何年も放って置かれてもあなたが望むことならなんでも受け入れられる。
同じ趣味とか価値観とかそんなもので、安らぎとか安定とか安心とかそんなもので満足できないもの。そんな本性はただの売春婦でしかない一般的な雌の本能で満足できもの。そんなのは誰でもいいことだもの。私は生きていたいの。私は活きていたいの。
だから、殴って、噛んで、放っておいて、今まで抑えてきた喜びを全てぶつけて欲しいの。お願い、それが私の本当の喜びなのよ。喜びになるのよ。
注記:「街風」 SEEDA Feat. ILL BOSSTINO 曲名「MIC STORY」にインスピレーションをもらいました
回転寿司だけれど、TVで特集の組まれた高級店に行って、大きな車で行きつけのプールーバーに行ったら、何かの取材で入れなかった。
だから、甘渋苦の煎茶を入れてくれる日本茶房に寄ったの。
障子に竹の陰がゆっくりと揺れる柔らかな店内、少しお話好きの可愛らしいおばあちゃん、窯元に特注で作って頂いた茶碗のお話を聞かせて頂き、あなたの首もとの白い肌をちらっと盗み見るの。
壱煎目の少なさにびっくりして仰け反っているのをちらり、弐煎目の渋さにうなずいた後をちらり、参煎目とくるみ羊羹が美味しくて思わず両手と一緒に上下した時をちらり、と見たの。
おばあちゃんに窯元の話を聞いている横向きも見たわ。
初対面でもおどけながら明るく話せるのはあなたのとっても素敵なところ、私の好きなところ。
おばあちゃんは陶器販売でお商売をなさっているから、趣味の参煎はとってもリーズナブル。だから大抵、手土産を持ってくるの。
そういう説明をしても「商売は商売だろう」と不思議がって頭(かしら)を横に揺らした仕草も愛らしかった。
愛(いと)おしいのよ、あなたが、と伝えようと思ったけれど、またあなたはご機嫌斜めになるかもしれないので、慌てて口を噤(つぐ)んだわ
どうした、お茶が苦いの?と少し眉間に皺を寄せながら覗き込むあなたがこの世でとっても大切に感じたの。
ううん、と笑顔であなたを、ただただ、眺めるの。
注記:「 来られて 見られて 」 2007年08月15日(水)
「 来られて 見られて 敗れて 」2007年08月01日(水)
以上の2作品の完結作品です。
もやもやと降ってきた、ビシャビシャと落ちてきた春雨が真っ暗な新緑に
電車の改札口まで送ったら、華やいだ酒悦に
2つに当てられて、バスを止めて華やいだ雨夜に歩き出した
今告白している人がいます、断られたけれど
今告白されそうな人がいます、見ないようにしているけれど
今逢いたい人はあなただけです、断られないのだけれど
今逢いたがってた人がいたのです、見ないようにされてしまったけれど
春の暗い雨は、もやもやからザーザー、ぽつぽつからビチャビチャ
蛍光の水色の傘に当るまでは、どんな雨だか判らないのです
とんでもなく広い深い深い青色から、どんでもなく小さい浅くて光る傘に振ってきてくれるのです
そして地面に着けばもうすっかり一体になって雨ではなくなってしまうのです
誰がいいのだろう、4人の中から
どれがいいんだろう、4つの雨の中から
結局、恋愛という工程も相手の肯定も気分の高低も必ずあるのです
所詮、死に行く行程も婚姻という公定も長続きさせるための更訂もあるのです
なぜなら態度も観念も私という同一から発しているからなのです
心が躍ったり、落ち着いたり、自信を持ったり、叩きのめされたり、情念は暗い雨に打たれるのだけれど
この本性に基づく観念がなかったとしたら、けれどそこへ抜け出せないという、抜け出せないという
とぼ とぼ とぼ
と歩いていくのです
あなたの口を膨らませた頬、疑いの横口、さらさらと艶っぽい声、そして暗闇の先にぼんやりと死者のように浮かび上がるあなたの白い白い靄(もや)が真っ暗な新緑の先に感じられるようになってきたのです
黒いズボンの裾(すそ)が濡れるのも、蛍光水色の傘の重さも、印象に残っていたさっきの会話も、白い白い靄に吸い込まれてしまったかのようにカラッポになってきたのです
ぽつ ぽつ ぽつ
歩かされるのです
ぽつ ぽつ ぽつ
歩かされるのです
白い白い靄の後姿を追うように、です
光陰矢の如し
荒淫矢の如し
婚姻矢の如し
注記:「光陰(こういん)矢の如し」:意味は、月日が経つのは矢が飛んでいくように早い、という喩(たと)え 矢の運動に注目した言葉
:「荒淫(こういん)矢の如し」:意味は、激しい淫行は体を突き刺すように蝕(むしば)んでしまう、ということ 特に男性はこれが激しい 矢の用途に注目した言葉
:「婚姻(こんいん)矢の如し」:意味は、婚姻とは鏃(やじり)と木が蔓(つる)や膠(にかわ)で結びついて初めて実用性を持つ事から、男性女性が根本的に違いながら何か結ぶものが必要、ということ。また、羽がつくと射撃の成功率が上がるので羽の生えた、つまり天使のような存在があるとさらに婚姻の成功率が上がる、という意味。ただし、必要不可欠ではないことも含んでいる。矢の材料の注目した言葉
この3つから見えてくることは、注記せず。ただ、その点が結論なので3つ併記で1つの金言とする。
こうやって明日は何時に起きなくても良い安心感
左ひざを掛け布団の中にすっと入れ、立てていた右ひざを添え入れるその刹那(せつな)
深海に潜っていくと水圧で鼓膜が押しつぶされて聞こえてくる女神セドナの誘いが
それで
それで眠っていいのか
何も今日は残していないというのに
どんなに試合で大活躍して勝利の立役者になり瞼(まぶた)に1Kgもの重りが吊り下げられていようとも
どんなに仕事で賞賛され、いや罵倒され損害を出して、毀誉褒貶(きよほうへん)合い半ばな18時間であったとしても
どんなに伴侶や両親と諍(いさか)いが離婚や絶縁の危機に及んでいたのに、ちょっとした感謝の一言ですっかり仲直りした直後であったとしても
どんなに世界の最果てで、インドの猥雑さと達観の入り混じった国で、エペレストで、インドネシアの秘境に足を踏み入れた時のボロボロのテントであたっとしても
女神セドナがくらげが揺らめくような音で囁(ささや)きかけてくる
それで
それで眠っていいのか
何も今日は残していないというのに
追記:女神セドナはエスキモーでセイウチの女王と言われている。あるいは北米先住民の神話では海の女神で海の生物を支配し、船を沈める神でもある
きみの弱さ醜さグロさ愚かさがきみを生きにくくしている
そんなことに気がついている、と言いたげだけれど、心の底からは分かっていないよね
だって、そんなに苦しんでいるよ、と見せ付けているじゃないか
猫がじゃれるように振舞って、心の最下部では可愛いでしょ、と言っているのが見え観えなんだよ
きみは気がつかないようにしている、気がつかないようにダイエットやぬいぐるみやリストカットや鬱(うつ)や社会的不適合に、タバコに酒に異性に薬という名の麻薬に逃げているだけ
だって、それらを続けたって楽しくないでしょ?
最高級の銀座の料理までは行かないにしても美味しくないでしょ?
安心するだけなんでしょ?
自分が可愛いって確認しているだけの安心作業なんだよ
そういうタイプに類型化できる人間は、この国にこの時代に沢山いるんだよ
どうして高級だからといってうんこ色のバックをもつのだろう
その精神がうんこなのに
どうして流行っているからといってそんなゲームや化粧をするんだろう
その精神が流されていくのに
もう類型化されて流されていくだけの普通の、どこにでもいる者だって自覚したらどうだろう
そんな者ばっかり観ていると、自分が偉くなった気がするんだよ
まるで富士山に登ったかのようなさ
誰も尊敬してくれないんだけれど
尊敬してくれない理由も判ってきたよ
類型化して人を小馬鹿にするやつもまた、沢山いるんだよね
あなたの声が届かなくなって久しいのに、数えてみればまだ2日しか経っていなかった
寝てもさめても、何も手につかない、のではなくて、かんかん照りの木陰で休んでいたら、いつの間にか汗をかいていたというような
じわり、と気がつけば考えている、気がつけば気に掛かっている、というような
だから、汗をすっと他の社会生活でふき取ってもまた、汗が浮かび上がってキラキラと肌を綺麗にしてくれる、そんな感覚
そういえば、あなたの肌は私の肉が蕩(とろ)けていくようだった
汗をそのままにしておけば体臭がするから、と理性はタオルを差し出すし
汗は所詮化学物質に過ぎないのだから、社会的規範はシャワーを浴びさせる
けれども、それでも一向に治まらない
内臓から、心の奥底から染み出してくるから
人間の根源にある聖なるものに嘔吐(おうと)しかしないサルトルは薄っぺらかったし、社会活動もコンプレックスの裏返しとしか見えなかった
けれども、ハートナーとの関係を思い出してしまった
そんな恋
いや恋でさえない
君という汗
汗疹(あせも)のことなど気にしない
望みすぎていた、そんな当たり前のことが私の身に降り注いできた
マキアヴェッチが人間の本性を善悪に分けられないと考えて生の人間を見ようとした、ルターは人間の本性を善悪に分けられないのは中間搾取があるからだ、という遠い国、遥かなる時代で分かっていた当たり前のことが
あなたと善も悪もない素敵な世界を作りたかったのに
善をあなたにもわたしにも持ち込んで、さらに悪も罰さえ持ち込んでしまった
数千年間、人間の本性は変わらない、と知っていたのに
理想は理想で大切で、けれど理想でしかないのに
わたしはあなただけを見ていたわ
あなたと1つになりたいと
けれども目をつぶれなかった
けれどもあなたを観れなかったのね
けれどもわたしを観れなかったのね
二元論ではなくあなたとわたしは一元論になれなかった
あなたと1つになりたいという衝動しかなかったのだわ
どうして どうして どうして
最初のどうしては、毎日電話したり逢ったりしたい、と言わないどうして
中央のどうしては、目をつぶれば思い出してしまうほど素敵な人、というどうして
最後のどうしては、この先のあなたの未来を想うと涙が溢れてしまう、というどうして
どうして どうして どうして
レオナルドは「己の肉体を支配する以上の、以下の支配力も持てない」と言った
この支配する肉体から、エロスや妥協や強い怒りがあふれ出てくるようになった
狭い理性で簡単に押さえ込めたのに、理性の対象範囲が広がるに従ってか、ホルモンのバランスが変わってか、奔流(ほんりゅう)するように頭の中を埋め尽くすようになってきた
濁流の中で浮き輪のように流れてくるのが、あなたの絵の、台詞の、そして情念の断片なのです
狭い理性の頃には、芸術性が無い絵として一瞬でページをめくっていたのに、なんと大いなる作品群なのでしょう
変化し続ける己の肉体を支配しようとする時に、どうしても浮かび上がってくるあなたの成果
見たい、知りたい、分かりたい、というのがルネサンスの精神だとしたら、まさにあなたはルネサンスの精神を体現しているのではないか、そんな風に感じられてならないのです
もう遭うとは思わなかったけれど、街中でばったり遇うのも仕方のないくらいの街だからね
あの時、あなたが他の女に目だけじゃなくて、心も体も行ってしまったのは分かっていたわ
けれど、それって悔しいし別れを切り出された時もすんなり受け入れたのも、もう取り戻せないって思ったからなの
何も聞かなかったけれどあなたのコンプレックスやねじれや頑固さが消えた笑顔が見られただけで、いえ好きな人の心からの笑顔が一瞬でも見れて良かったと想うようにしたわ
だから知らない振りをして、別れた後からやっぱりと独りで落ち込んだわ
あなたはあなたの行動に責任を取ることになるでしょうね
裏切れば必ず報いが来るのだから
それがあなたの子供に来るか年老いてくるかは分からない
神罰や仏罰のようにはっきりしたものじゃあないと私は想っているの
もっともっと幸せな人生が用意されていたのに、それを捨ててしまった、という責任を取るのでしょう
生まれ変わった後でも、子供にも、奥さんにも、素敵だったご両親にでもなくあなたの心の中の幸せが減っていくだけなのでしょう
あなたに出来る事は、そこで目一杯の嘘を吐(つ)くことだけ
どんなに幸せが感じられなくても「幸せだよ」と嘯(うそぶ)き、幸せな笑顔をするの
「私は幸せなんだ」と自分に思い込ませる、という嘘も用意されているわ
あなたはあなたの行動の責任を一生を掛けてとっていくの
そしてわたしはあなたに、そういう行動をとらせてしまった責任をとっていくの
止まらぬ君への想い
ちっぽけな頭でちんけな心で落ちぶれた肉で
止まらぬ咳を想う
何時か終わりを告げるのだろうか、頭でも心でも肉でも
互いの人生を他者に頼らず生きてきたから、決して後戻りできない堅牢さが観えてしまった
それはまるで、一般的ではあるが特殊な性質を持つ水と、溶け込む化学物質のような関係
2人の気持ちという温度上昇で溶解度が甚大になる硼酸(ほうさん)、気持ちでも殆ど変化しない食塩
私たちが溶媒と溶質という絶対的な差異があるのなら、せめて互いに理解しあえる硼酸のような関係でありたい
清明の風が無理なく見せ付け、さらには最も美しいとさえ洗脳する白い人工的な花弁と煮出したどす黒い幹のグロテスクさ
瀬戸内の白い砂浜に打ち寄せる穏やかな波のような可憐な微笑み
軍艦島の廃墟のように合理的な目的のためだけに構築されて廃墟になってしまったプライド
奄美大島の年中暖かくてそれで居て自愛に満ちた天候のような、時折の台風が逆に感謝へと繋がる母性
濃霧で視界を塞(ふさ)ぎ、激風で青函連絡船さえ沈めた厳冬の吹き荒(すさ)む大間海峡のような誠実
幕張ではなく極端に収縮した少女趣味には補修や羞恥(しゅうち)が詰まっている女性性
千光寺の三大桜で垂れ流されている生得的な開放性の煮出した匂いと、後天的なプライドの繊細な声の相反
客体化できない私の同じものども
互いにぶつかり合い、求め合い、後ろを向き合い、先に希望を願望さえ込めていく
けれども、女性性の媒質と男性性の溶質という決して融和しえない本性ゆえに、日本全国を造りあったイザナキとイザナミが最後には憎しみ合い殺し合おうした
だから、本性でもプライドでも経歴でも現象でも表象でも共有空間でも悠久の流れであったとしても、ただ見つめるのを止めないでおこう
ただ、あなたへと溶けていきたいから硼酸でありたいし、せめて再結晶、そして析出硬化でありたいと願う
注記:
「再結晶」結晶を溶かし、その溶液を再び結晶させること。結晶中の不純物が除かれるので物質の精製に利用される
「析出硬化」鋼の中にTi(チタン),Nb(ニオブ),V(バナジウム)などの炭窒化物を細かく析出させて転位の移動を妨害することにより強化する手法。
けだし、半身を失ったような寂しさ
そして、逢せを求めての狂おしさ
つとに、交わり尽きての温かさ
ゆえに、この性の捉われに
根源的に世界は矛盾しているし、最適化して生き残ってきた生物は矛盾を内包している
10の0乗から1乗のスケールでは個別性の優性によって、つまり個人の心理に内包されるやり方に
理や範に一元化する几帳面のA型、情や性に一元化する我道のB型、忘却や誤魔化しの0型、そして本来の矛盾した二面性を二面性のままとするAB型
AB型?と聞かれる瞬間、聞かれる生物に戻れる瞬間
牛丼の肉がのったカレー、野菜ジュース、たこ焼き6個、おにぎり3個を叉焼饅(チャーシューマン)2個をおかずに、飲み物はお茶2種類1��
お腹が脹(ふく)れたので、夜道を散歩がてらにトボトボと
夜のネオンがさらに閉じるように視界が狭まり、共感と嘔吐(おうと)、幼児、散歩、絶景、錯覚、感謝に患者、金魚に欣欣(きんきん)、苦闘と空転、嫌悪と絢爛(けんらん)、個別と固陋(ころう)
が疲労で空っぽの頭の中に、闇夜のプールに小石を投げ入れるように、放り込まれていく
底が見えないプールの中へ名月が光を差し入れ、清明の風が飛沫(しぶき)をすぅ、とすくい取っていく
冬の気まぐれな寒さが消え行く、夏の刺さるような狂うような暑さがそっと忍び入る清明の季節は、染井吉野が散り行く季節でもある
薄く葉も殆ど無い畸形のような、ゴツゴツとして濃い麺つゆを煮詰めたような幹や枝が海岸の岩を連想させる染井吉野のグロテスクさ、果敢(はか)なさ、白さを散らせてしまう清明の風
ゆったりとした足下から脳天へと体内も吹き抜けていくように感じられた
清々しい錯覚が、止まらない歩みを引き出したのだった
注記:「清明」:1 清く明らかなこと。2 二十四節気の一。4月5日ごろ。このころ、天地がすがすがしく明るい空気に満ちるという。《季語 春》
「欣欣(きんきん)」非常によろこぶさま。
「絢爛(けんらん)」1 華やかで美しいさま。きらびやかなさま。「豪華―」2 詩歌や文章の表現が、豊富な語彙(ごい)や凝った言い回しなどで美的に飾られていて、華麗な印象を与えるさま。
「固陋(ころう) 」古い習慣や考えに固執して、新しいものを好まないこと
「染井吉野(そめいよしの)」バラ科の落葉高木。エドヒガンとオオシマザクラの雑種といわれる。葉は広い倒卵形。4月ごろ葉より先に、淡紅色から白色となる花が咲く。広く植栽され、木の生長は早いが寿命は短い。名は江戸末期に染井の植木屋が広めた吉野桜に由来。《季 春》
以上はYAHOO辞書を参照引用
ほろり、と涙の別れの後、図書館でいつもと違うソファーに座って読み出した
読み終わって時間を持て余したけれど、これ以上の深い海の音色は聞こえないだろうから、本屋にもカフェにも寄らず、
地下のスーパーで、健康と表示された卵を1パック買った
少し異なる階段を上がり、ゆっくりと春祭りの会場後へと足が向いた
乗り出してくる太い黒い幹に沢山の白い花弁が積乱雲のように、もこもこと
けれども、雲の端が所々散っていて、もうすっかりと夜の闇に沈みだしていた
お参りの後、振り返れば橙に色づけされた積乱雲の、この地上のものではないかのような、深海で音が完全に絶たれたような、息も呼吸も止まるような
忙(せわ)しなく歩く幾つものスーツに抜かれながら、それでも今日はすっかりと穏やかな気分だった
10年前、いや2年前で感じられなかっただろう、深い海の音色が体内から闇夜にあふれ出し、まるで橙の積乱雲を喰らっているかのような気分だった
注記:『ルームメイト』(4) 近藤ようこ著 小学館を読み終えて