少しだけ大掃除をしたよ
相変わらずの、本、マンガ、服が散乱した部屋を 少しだけ
慌(あわ)てて出て行ったから、忘れてしまった小熊の人形
ピンクのハートに彩(いろど)られたキスプリの、はにかんだ半分の微笑
何種類もの化粧瓶から、ホワイトやパールやクリーム色の液体を、台所の排水溝に
大好きだったアーティストのサインCDも、東京タワーで一緒に写した銅版も
少し落ち着いてから初詣にいって一緒に買った縁結びのお守りを、白い和紙の袋ごと
古い小さなタンスの空っぽのスペースには僕の夏服を、もう入れてしまったよ
この白いシャツを着ていた時、見たことのなかった東京を色々案内してあげたっけね
笑顔で 楽しくて楽しくて エロくて 暑くて 歩いて 初めて一緒に寝たよね
少しだけ大掃除をしたよ
幸せに気づくことが幸せである
冬至は太陽が最も短い日です。今年は満月も重なりました。
雨上がりでまだ雲が残る夜空に、テラテラと輝く満月が美しい。
中秋の名月も好きですが、少し妖艶すぎたりもします。冬至の名月は、シャンと透き通ったような、日本一の滝の側にいる時に浴びる水しぶきのような、そんな心の穏やかさがあります。
洗剤が切れたので買いに出たら、なんとも冬至の満月の見事さに惹(ひ)かれてしまいました。
裏の公園に行くことにしました。
ふらふらと、まだ雨でやわらかい土の上を自転車でヨロヨロとしながら、ベンチに着きました。ペットボトルのお茶と無添加に近いポテトチップを取り出して腰掛けました。
上を見上げれば、秋のように揺れない名月です。すっと透き通るような恐ろしいようなまっすぐの満月です。公園は落ち葉を先に落とすために剪定(せんてい)されたので木々の枝が殆どなく、月まで一気に見通せます。丁度木々の一番上と遠くのビルが一直線に並んでいて、まるで、遠くの名月を支える台のような感じです。 本当に美しい。美しすぎて怖いくらいです。全く他の事が浮かんできませんでした。
少し凍えるなか、ポテチをパチパチ、お茶をチョビチョビ。すると少し浮かんできました。「人と人とを結ぶ道は本当に細くて、だから眼を常に凝らしていないと見つからないし、ないと思ってしまえば消えてしまう」という台詞があります。楽しく会話したりビジネス上の会話ではない、もっともっと深い心のつながりの話です。みんな子供の頃はしていたつながりで、大人になるとオブラートを包んでしまう深いつながりの話です。あの人とはつながりが持てなかった、あの人とは持てた、家族でも持てない人もいたし、家族でなくても持てた人もいました。そんな深いつながりを考えると、どうも冬至の名月の透き通りは私には強すぎて、ベンチを立ち上がり、まだやわらかい公園内を散歩し始めました。
何度も何度も思い返してきた気持ちが出てきました。
何度も何度も
けれどももう時間が経ったからでしょうか、名月の美しさに打たれたからでしょうか、不思議と苦しさが出てきませんでした。
電灯に照らされている木々はすっかり葉も枝さえも落としてしまったのです。けれども、この冬を越せば、つまり冬至を越していけば、また枝を出し、芽吹き、葉をつけます。満月の透き通る強さは欠けていきます。けれども満月が最も美しくて三日月が醜いわけではないことに気がつきました。満月も美しく、三日月もまた別の美しさがあるのです。私は満月の美しさしか見なかったのです。私は眼を凝らさずに自分の考えだけを押し付けてしまったのでしょう。道が途切れてしまったのです。
グルッと小さな足跡を残してベンチに戻ってきました。
冬至の満月の美しい理由も、夜の公園に立ち寄った理由も、もろもろもやっと解ったような気がしました。自転車のハンドルを握り、足をまたぎ、漕(こ)ぎ出しました。
ものすごいスピードで、脳内を常識が満たしては、非常識に取り交わる
人間の真実の喜びと2日間の空腹、捕獲の喜びとインモラル、家族の愛と32時間の眠気
打ち付ける大粒の雨のように私の体にぶつかっては少しずつ体温を奪っていく
いく滴もの取り変わりが生そのもので、補給し続けなければ干からびてしまう
そんな連鎖の中でただ根拠の永劫、得られない判断を下しつづけている
大雨は止まない 止められない
判断も止まらない 止められない
曖昧な判断を塗り固めて社会的名誉に結びつける
判断の結果に価値を見出して家族や金銭や家系などしか観なくなる
雨音に耳をすまし己を、ただただ、空っぽにする方法もある
ふふふ、と微笑むことにしよう
今は取り合えず 赤子は微笑むように