向かい在った2人は、豪雪地帯の雪のように上部が所々白くなっていた。
互いに一歩半の距離にありながら、短髪白髪でライラック色の短めトレンチコートを着た左側の男は左ひざを右足の前で軽く曲げ、白帽子と乳房を隠す長さの白髪との境界が無くなっている女は右のブーツを垂直に立てていた。
日本家屋風の網竹で出来た大きな窓の左右に縛られるように見つめあいながら、女の一歩後ろの入り口からは燦々とした輝きが、あたかも2人の世界を、2人がまとわされたような白色を犯し尽くすかのようだった。
強すぎる眩みゆえに生まれた冥さが、時折、女のハーフコートに青みを加えて白以外へ散り去り、一層に全体の薄紫調を味わい深くしていた。
不都合な程に煌々と照り出すかのような男の白ズボンが腰下までのコートを無機質なものへと変え、喜怒哀楽をつかさどる表皮や表面を単純化し、ピーコックグリーンへと何段階も経ながら潰れていた。
照り出しで一部染められた女の大腿部と、帽子や長髪以外の部分は、薄くぼやけながらモスグリーンから孔雀色へとパーツごとにグラデーションしていた。
さらり、とした頬と決して低くない鼻の全てがコバルトブルーの単色に塗り込められ、感情を現しているようだった。
渇いていくような男の表情の後ろ側には、何倍かになった影をすっぽりと隠すようにオーキッド色が点描を打っていた。
男は窓の左端に左肩を寄りかかせているように体の向きを少し広げて、女は窓の右端に右肩をつけているだけのように左手を引いて平行になっている。
しっかりとコートに入れられた男の右手、ポケットから今にも出しそうな女の左手。
彼岸の静寂に交媾の名残惜しさが鏗鏗と鳴り渡ったのだった。
注記 「ライラック色::ライラックはモクセイ科の落葉低木。落ち着いた薄紫色」 「眩(くら)む:�ゞ�すぎる光で視界がなくなる。�△△詈�事に心を奪われてしまう。�,鉢△琉嫐�を架けて使用。」 「冥(くら)い:原義は死者に掛けた布の意を強く取って使用」 「オーキッド:洋蘭の意。ライラック色よりも少し赤み掛かった薄紫色」 「交媾(こうこう):男女、または雌雄がまじわることの意。性交。交合。」 「鏗鏗(こうこう):鏗は「金石を打ち合う音」の意で、鐘の音が響き渡る様。」
「RAMJA」の「月と遊泳」を聞きながら思いつきました。
執筆者:藤崎 道雪
いつからだろう、死、からしか世界が観えなくなっている。
人間の生産活動も、生殖活動も、自己保存活動も、社会体制や文化文明、学術智識、他人他者との関係も、それら全てが。
死、という色眼鏡がただ唯一のコンタクトレンズとして、この抉(えぐ)り出せる両瞳から抉り出せなくなった。
いつからだろう。死、からしか世界が観えなくなっている。
私が私を一番大切にしなくなった。
私の自己の欲求や衝動や構築した理性や自我までも、全体に共通する死の圧倒力によって踏み潰した。
だから、私が、世間一般的な意味での私を大切にしなくなったのだ。
その奥に隠れるように存在し、死、として世界を見つめる「私」が、気ままに、何時でも私が積み上げたものも私自身も破壊しつくす。
だから、世事に拘(こだわ)りなど無くなった。だから、他人や他者に褒められるようになった。どうでも良いのだから相手に合わせて上げればいいのだから。
死んでしまえ。死んでしまえ。死んでしまえば、世事など魂よりも軽い存在になる。葬儀に流す涙の原因になるのが精々なのだから。さらに重い魂も不可知の世界に消え去ってしまうのだから。
私が私を一番大切にしなくなった。
「私」という観念の結晶からしか発想出来なくなったから。
「私」という観念の結晶しか残っていないのだから。
観念の結晶へと刺激を与えるものは、もう、肉体の苦痛しかなくなってしまったのだろうか。
肉体的な死を超越し得ない「私」という観念だけの存在を認めない仏法も破壊していくのだから。仏法が破壊された五重塔の墓場に、物質をもった無名の小石を1つ1つ投げてきて、こんもりと一山(ひとやま)の新しい墓らしいものが出来上がった。質量と運動量をもった大洪水によって押し流される小石の墓が。
私の後に残る唯一の、私の分身。
追記:RAMJAの「分身」の歌詞に刺激を受けました。
執筆者:藤崎 道雪(校正H17.5.18)
「許してくれ 許してくれ 許してくれ」
突然、小さな店に響き渡った。
さる地方都市の栄えていない南口の場末の飲み屋街を少し超えていって、全然流行っていない店に、仕事が終わった8時過ぎに入った。
通り向かいの大型チェーン系居酒屋のお陰で、テーブル3つの12席、カウンター5席に5人以上居たためしがない。落ち着く色合いの小奇麗さと香辛料がアジアンチックなので、週に1回は夕食作りをサボりにきていた。縦3つ並びのテーブルの真ん中に、今時、肩甲骨(けんこうこつ)を隠そうとする黒髪と、その後ろに男声の主(ぬし)が座っているようだった。奥のテーブルに腰掛て木枠の入り口の方をちらりと眺(なが)めると、黒髪の踵(かかと)が貧乏ゆすりのような微(かす)かな震えが視界に入った。薄茶色のブラウスと墨色(すみいろ)のスカートだろうか、椅子の背もたれで隠れていてよく分らなかった。
黒髪に鬼の角を生やすかのように黒系長袖シャツの両手が広がって、閉じ、パチンと音を立てた。
「許してくれ。頼む、この通り!」
照明を少し落としているのに、キューティクルがありありと分るその裏で、男が頭を下げているような感じを、チェーン店のゴテゴテギラギラで間接的に照らし出された空気が、茶色のトーンに染まった空間に運んできて、吹き抜けていった。
40歳前の小柄で眼がちょっとクリクリした寡黙なオーナーシェフは、左手の視界からさらに奥まったキッチンにいるようだ。客は3人。とはいっても男の印象など全くない。入り口をくぐる様に進んだ時に右手のオーナーの方へ「いつものチキンチーズカレーと紅茶。ホットでアールグレーで。」と声を掛け、ススッと一番奥の座席に寄りかかり、職場のビルの1階コンビニで買った雑誌を開いたのだから。
パラパラと30頁もめくった新作のブランドものの特集を、突飛な大声でテーブルの上に横たえさせていた。すでに欲しかったブランドものなど、豆鉄砲を食らった鳩のように消し飛んで忘れてしまった。ポカ〜ンと口が半開きになり、目だけがぐいっと大きくなった気がすると、
「ほんとーにごめん! もーしないから、許して」
今時、黒髪にワンレン。心の怒りが治まっていないのだろう、またまた、鬼の角のように両手が広がった。まるで黒髪の内なる怒りを、黒シャツが外に出して表現しているようで、クスリ、と声をたてそうになってしまった。多分、もう何度も男は女を蔑(ないがし)ろにしてきているような感じを、さっきと同じ角度で上がった両手が現しているようだった。
女と男、不倫と結婚、セレクトショップとブランド、主体的にする仕事のような非主体的な労働、そしてそれと疲労を拭(ぬぐ)い去る装置としての旅行や映画。何だか10年も同じ職場にいると飽き飽きしてきていた。時代に乗らないダサ目の黒髪と大きくて大げさ声は、何だか何もかも払拭(ふっしょく)してくれそうでワクワクした。
直ぐに深い茶色の木目調の右の壁側へ黒髪は顎(あご)を少し上げた。ワンレンでオンザ眉毛っぽいのが、黒絹のカーテンが揺れるような反対側にあった。サラサラと揺れると同時に、さっきまでの毛先の振動がブラウスの奥の両肩に写ったようになった。
「ごめん! ごめん! ごめん! 悪かったよほんとに・・・」
「じゃあさ、今度、一緒にドライブ行こう。前に行きたいって言ってた雑誌の特集にあった料理店に行こうよ」
料理店か、ちょっといいな、美味しそうだな、なんて思っていると、オーナーがこっそり横になっていて、囁(ささや)くようだ「アールグレイですよね?」と聞いてきた。あーあ、と右に反射的に向いた視線だけを黒髪の戻した。髪から写ったさっきまでの肩の怒りは、もっと下って下半身に移ってしまい肩は静かになった。換わって腰が、バーンと爆発して飛び上がり、可燃物や爆発物のように新鮮な外の空気を求めて立ち上がった。右のイスに置いてあった、これまた古風な女性物の小さくてクリーム色のショルダーバックを手に掴(つか)むかと思ったら、ツカツカと勢い良く木枠の入り口に脚を進めていった。視線は、むっちりとし乱れた重尻(おもじり)に釘づけになっていて、「あ、ロングスカート」くらいは判った。男の方はピンボケになっていたけれど、黒シャツと長めの黒髪とホッソリした顔は、動揺したそぶりを全然見せずにいた。これもいつも通りで、部屋にでも戻って仲直りでもするんだろうか、なんて思って、ちょっぴりだけ、羨(うらや)ましくなった。
顔はボケて全然見えていないし、立っていないから背丈も仕事も性格も判らない。経済力も分るわけないし、浮気性っぽい。友達と会えばいっつも話す芸術や服装や音楽のセンスなんかも、めんどくさい向こうの親とか遺産とかそんなんも全く知らないけど、なんだか黒髪を、きちんと女を捕(つか)まえているみたいで羨ましくなった。
デートで全く奢(おご)ってくれなくったって、結婚してたって不倫になってしまったって、ちょっとくらいギャンブルしたって、仕事場じゃー嫌だけど煙草をベッドで吸われたって良いかもしれない。
だから、黒髪はきっと彼の下に戻るんだろうな。
だから、黒髪はきっと彼の下に戻ってしまうんだろうな。
何だかかなり淋しくなって、何だかすんごく悔(くや)しくなって、何だかすっかり仕事の疲れが取れてしまった。
あっ、と気がついて「そうそう、アールグレー、ホットね」とオーナーの方も見るともなしに答えた。
追記:題名は、アーティスト「RAMJA」の曲名「ブランコと嘘と」を聞きながら出来た作品なので付けた。緑は、植物、黒髪、女性の隠喩(いんゆ)の意味でつける。女性の強(したた)かさやしなやか(:柔軟、優美の意味)は5月の緑豊かな植物に通じ、ブランコはその合間を行き来している意味で。他方、女性のこうした態度は男性から観ると論理の一貫性がなく嘘に映りやすい、という意味で。
執筆者:藤崎 道雪(校正H17.5.6)