ものかき部

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「 大寒のような 」
2005年01月20日(木)



 全長50Mとはあろうか、という新幹線もまたぐ大橋には、ビュウビュウと風が吹き荒(すさ)む。
 大型トラックが通ろうものなら、ゴロゴロゴロと上下運動まで加わる。
 大寒の中、さらに寒くなるのが冬の大橋の上で、荒ぶる風が灰色の手袋までも剥(は)ぎ取ろうとしていく。

 つゥーん と眉間による鈍い冷たさが、鼠色の歩道から闇夜へと視界を吹きつけた。
 巻き広がる、そして強風で散らかる視界に、キラキラと雪色の蛍光灯たちが薄靄(うすもや)のように左から流れて遊んでいく。
 その奥底には、揺(ゆ)るぎなく静かな星達が、 ポツリ  ポツリ  と老齢さを遥(はる)かにしている。

 駆け上がってきた呼吸が険しく、胸中から紅色の霧が飛び出すような錯覚が襲ってくる。
 前後左右に振ってきた首が激しく、口腔から富士山の雪が撒(ま)かれるような錯覚が見えている。
 轟音と暴風音でつんざまれた耳が苦しく、鼻先から駿河湾の深水が入り込むような錯覚が包み込んでくる。

 行きしなに逆さ方向から観た富士山の、宝永火口まで掛かる積雪の艶(あで)やかさ。
 相も変わらぬ闇夜の方向を望みながら、冥界(めいかい)の裁判官オリシスにぞっとするのであった。
 

注記:オリシス:エジプト神話の神の名で、後に閻魔(えんま)大王に変形する。

執筆者:藤崎 道雪

「 小正月のような 」
2005年01月15日(土)



 「誰にも秘密よ」と言ってくれた
 けれど部屋に沈黙を友人が持ち込んできた
 少しだけでもばれそうになったから、こっそりと取り乱していたよ
 その後に、この上なく、今までになく取り乱していたよ〜

 話を聞けなかったから、2人の秘密が持てなかったから、意地悪をしちゃったんだ
 その人なんだね
 その恋なんだね
 恋なんだ〜ね〜

「 お年玉のような 」
2005年01月03日(月)



 その瞬間にだけ、彼女は、彼女自身ではないような表情を浮かべていた。
 ディオニソスに取り付かれた狂乱の顔から、阿弥陀仏の静寂とたゆたう顔へと移り往くその瞬間に。
 露天温泉上がりのほんのりと山の深緑が色づいたような彼女にこそ、彼女の性も業も欲も老も醒も洗い流されたような渾然一体があった。
 
 彼女の首を絞めなくても良かったかもしれない。
 私は彼女に嫉妬しただけだったから。
 彼女の黒髪を押さえつけなくても良かったかもしれない。
 私は彼女になりたかっただけなのだから。
 彼女の人生を抉り出さなくても良かったのかもしれない。
 私は彼女が欲しかったのではなかったのだから。
 彼女の個体性を抹殺しなくても良かったのかもしれない。
 私は彼女の奥底に潜む、そして彼女全体を構築した何かを打ち壊せないのだから。

 その瞬間にだけ、彼女は、彼女自身ではないような表情を浮かべていた。
 ディオニソスに取り付かれた狂乱の顔から、阿弥陀仏の静寂とたゆたう顔へと移り往くその瞬間に。
 露天温泉上がりのほんのりと山の深緑が色づいたような彼女にこそ、彼女の性も業も欲も老も醒も洗い流されたような渾然一体があった。
 
 幸多き晴天の正月三箇日 死者を鎮魂する山中他界 浄土と仏の世界の混合錯覚
 永劫を願う死生観は、個体死を永遠へと願掛けするためなのに。
 その瞬間、彼女は個体死を乗り越え、生物学的な遺伝子の連鎖を飛び越えたようだった。
 
 彼女への嫉妬、他人への関わりそのものが既にインプットされた性でしかない。
 気づきは苦しく、種と個体は常に変化を義務付けられ、完成や完璧の次に新しい課題が付与される。
 その瞬間すら打ち壊す生物学的宿痾(しゅくあ)
 気づかせたのも絶望させたならば、けれどそれによってだけ。
 禅方向の、いや全方向の隘路(あいろ)、それが必ず壊される平路の渾然一体。
 彼女を見通す両目を静かに閉じ、嘔吐し、狂喜し、諦観(ていかん)には決して至らぬ。

 嗚呼、まただ。
 嗚呼、また繰り返す。
 ループを一周すれば、一蹴しても御褒美の潜り輪が。

執筆者:藤崎 道雪

「 初詣のような 」
2005年01月01日(土)



地図は古来から征服者の王侯貴族の、そして金を産む物であった。
ショーウインドウの中でそれらしい扱いを受ける眼前の古地図には、所々の切れ目と黒い染みと重厚感が備わっている。
不正確さが分かり情報性を失ったロードス島の在所、広大すぎるアフリカ大陸への恐怖心、新大陸がその命名のままという哀愁が、紫のフェルト地に調和している。
 
仕事熱心だった、やつの唯一の趣味で最も切望した一枚。
子供3人と家事労働と親戚関係と日常生活と、そしてそれぞれに欺瞞と正統を見つけ出した、そのやつの一枚だ。
値段は年収1年半分。
たったそれだけが紡ぎ出せない。
たったそれだけでも己のために使うのは許さなかった。
人に植え付けられた衝動が、雁字搦(がんじがら)めの社会的道徳が、男性的自尊心の脆弱さが、たったそれだけでも受け入れらないようにされてしまった。

やつは、その情報的価値の無い、単なる転売目的の、純粋な愛好心で、その地図を欲しがったのではないのだろう。
最下級の居酒屋で、接待の広間で、師走の晩酌でのネタ話のためだけでもないだろう。
やつは、その古地図だけを切望したのでもないのだ。
やつは、地図そのものを購入しようとしなかった。
やつは、地図という物体すら求めていなかった。
ましてや、ロードス島の巨大な銅像を作り出した戦争後の複雑な心境にすら染まっていなかった。

目の前には、少し橙色がかった白色光がガラスで反射して、中心部が見えにくい羊皮紙の地図が腰の高さに水平に横たわっている。
やつと同じ道を辿(たど)るのか。
それが問題の気がしてきた。
もう1年も見にきていると、気も漫(そぞ)ろになってきた。
何と浅はかな、だが、人生最大の問題の気がしてきたのだった。

執筆者:藤崎 道雪

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