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「 ガシドラ 」
2003年10月16日(木)



いきなり白い粒が眼球に突き刺さり、黒い闇を連れてきた。
遅れて右ひじを顔面の前に差し出して、ビョィ と顔を狭めた左肩へ逃げ出させた。
ゴツゴツと大きな左手を眉毛(まゆげ)から垂れ降ろすと、手の真ん中に瞼(まぶた)重なった。
暖かくなったお陰で白い悪魔が溶け出して、風邪の汗と頬骨の上で交じり合ったのだった。

眉間に皺(しわ)を寄せながら薄目を開けると悪魔たちの死骸(しがい)が燦々と光り輝いていた。
神のように虹色のオーラを背負いながら、気まぐれに飛び立って遊んだりしながら。

曲げた背中のまま、顔面を左肩から右ひじへゆっくりと向けてつつ、さらに薄目に磨きをかけた。
どうやら風の精霊たちは過ぎ去ったようだ。
手袋の両手で服の氷を払いながら背筋をはり、
悪魔と精霊の世界から抜け出ようと、無意識に左ももが踏み出たのだった。


注記;「ガシドラ」は、京都の東山ドライブウェイの略語 

執筆者:藤崎 道雪 


「 軽い軽く 」
2003年10月15日(水)


 「浮気してるでしょ?」って言葉に、気軽に「してるよ♪」って返した彼。
 最初に冗談で言ったから、言葉と反対の意味でとっちゃった。

 冷静になって感情が盛り上がってくるのに1分とかからなかった。
 「いったいどういうこと?」って言うと、「よく分からないんだ」って。
 「じゃあ相手には浮気って言ってあるの?」って聞くと、「君がいることは言ってないし、それに前、冗談まじりで「別れる」って言っただろ」だって。
 私は途端に悲しくなった。
 だって、だって。
 
 「じゃあ彼女には毎日会いたくて、でも私には会いたくないのに会ってる?義理だから?お金目当てなの?」
 って探ると、
 「それが。相手に毎日会いたいわけじゃないし、君も同じなんだ。よく分からないんだ。」って。
 別々に並べてある蒲団の向こうで、暗闇だから見えないけど涙を流しているかもしれない。
 だって、声がしわがれているから。
 何だか老人ぽいのに子供なのね、って。
 でも真剣に答えてくれたのは、1年もの付き合いで分かってる。分かってるわよ。

 全く分からなくなっちゃったけど案外冷静な自分がいたのに、ちょっと驚き。
 冷静な私はどうしたらいいんだろう、って神様に聞いてみた。「止めなさいって」
 親友も同じだった。
 私は世間様にも、両親にも聞いてみる。「止めなさいって」
 
 彼からも神様からも世間様からも親からも親友からもはなれちゃって、ぽかんと独りぼっちになっちゃった。
 まるで、真夜中に、空も見えないほど暗い夜に、落とし穴に落ちたみたい。

執筆者:藤崎 道雪 (校正H15.10.16 )


 

「 鬣(たてがみ) 」
2003年10月01日(水)



 輝きが、漆黒の根底から白馬のたてがみのように優雅に揺れながら流れてきた。
 流れ出した奔馬のように、見ると見る間に嘶きを残して過ぎ去っていった。
 そそり立つような山林に、間接的に照らし出され幽かになびいたコバルトグリーンに、甘い十五夜を吸い取ったような平面上のような繊月に、残影が浮かび上がった。

 長袖の厚手へと浸透する深い森の冷気が細面な眼鏡の形状を肉体から分離した。
 白い輝きのように、あの人の許へと飛び出していけたのなら。

 質量という物理が、染色体の知識が、人間の定義という余分さが夢想を打ち砕きまくる。
 輝きを認識する根底が知識だ、夢想が裏切られる心底も知識だ、と反対意見すら、まくし立てる。

 ペダルは流れているのに、左右の足首は開いて連動しなくなった。
 ぽっかりと空いた体に残ったのは、あの人へ髪の毛だけになってしまった。
 嘶きの驚きによって消化吸収されず、内臓の空洞によって腐乱せず、
 形見として切り取られてきたそれを、両手で握りなおして大きく開けた口へ飲み込んだ。
 情動を誘う残香と、透明を感じる無味だった。
 
 とても長くて長くて、口元の手を漆黒の天へと向かわせると、
 グィとお尻へ排泄された黒髪が引き戻されてしまった。


「奔馬(ほんば):勢いよく走る馬。あばれ馬」
「嘶(いなな)き:馬が声高く鳴くさま」
「幽(かす)か:ぼんやりの意味」
「繊月(せんつき):造語。新月に近い細い月の意味」
「長袖(ながそで):洋服で手首までの長さの袖。」

執筆者:藤崎 道雪 (校正H16.11.24)


 


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