ものかき部

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桜 咲く?
2002年03月25日(月)

「ごめんなさい。荷物まだできていないんです。」
女の子のすまなそう声に迎え入れられ、ドアの中に入る。

石沢楓志、静鳳大学薬学部在学の22歳。
大学は春休み中。バイトでやっているバイク便の荷物を受け取りにきたところである。

宅配便業者が、翌朝、しかも早朝配送もOKというサービスを打ち出し、各社競合して値下げしている中で、わざわざバイク便を頼むくらいであるから、1分1秒を争う荷物が多い。そのため、バイク便の会社からは時間厳守を言い渡されている。
きょうも、指示された時間ぴったりにオフィスに到着した。


「客先からの依頼で急な修正が入ってしまって、あと30分くらいかかりそうなんです。待ってもらえます・・・・よね?」
言葉では尋ねているが、ダメだと言ってもらっちゃ困るというような、早口のいいわけが続く。

「えっと、ちょっと待ってください。今、本部に確認してみますから。」
携帯のボタンを押しながら、いったん廊下に出る。
確認といっても、次の予定が詰まっているわけでもなく、本部に事情を説明して了解をとるだけ。話が違うからと荷物を受け取らずに帰ることなどはできない。


「お待たせしました。本部の了解をとりました。30分ですよね。」
ドアの中で待っていた女の子に、待ち時間の念を押す。
「よかった。あたしバイトなんです。断られたらどうしようかと思って・・。あ、そこに座って待っていてください、今コーヒー入れますから。」
聞かれてもいないことをしゃべり出したのは、緊張が解けたせいであろう。

「下の公園で待たせてもらいます。荷物ができたら、窓から怒鳴ってください。」
締め切り間近でばたばたしている連中を前に、何もせずに座っていられるほど図太い神経を持ち合わせていない楓志は、軽く会釈して外に出た。
「そういや彼女、全然目を合わせなかったなあ。俺って、そんなに怖い顔しているのかなあ。」
階段を降りながら、ふとそんなことを思ってみた。


オフィスが入っている雑居ビルは、小さな商店街の中程にあり、その前には猫の額ほどの公園がある。近所に小学校があり、児童が通学路代わりに公園を横切ったりもするらしい。
以前バイクで通りかかった際、公園から飛び出してきた女の子を危うく轢きそうになり、冷や汗をかいたことがある。怒鳴りつけたいところだったが、自分より更に青ざめて、何度もごめんなさいを繰り返す姿に、「気を付けて」としか言えなかったのは記憶に新しい。

春休みであるからか、時間帯のせいなのか、公園には人影もなく、楓志は桜の下のベンチに座って待つことにした。

3月とは思えないほど暖かい日が続き、例年より10日以上も早く桜が咲き始めた今年、この公園の桜も、ほぼ満開に近い。
「春がくるのが早いってことは、その分夏も早くやってくるってことかな。それとも、単に春が長いってことか?」
桜を見上げながら、どうでもいいことを思った楓志であるが、己の春は、2年前に終わったきりである。女っ気がなかったわけではないが、ひと月と続かないのは、一方的に別れを宣言された傷が未だに癒えていないということなのか。

久々に見る青空、みごとに桜の花が映えている。
誰もいないのを幸いに、ベンチにころがり、そのまま空を見上げる。

「まだ彼女できないの?」
女友だちの声が蘇る。友だちといっても、正確には先輩の彼女だった人である。先輩と別れた今でも、楓志を弟のように可愛がってくれ、ときには食事を奢ってくれたりもする。
たいがいは、仕事の愚痴の聞き役だったりするが・・・。
先日かかってきた電話も、その大半は彼女の一方的な愚痴であった。ひとしきり愚痴をこぼし終えると、前述の質問が投げかけられたのである。

「いないっすよ。バイトも忙しいし、それどころじゃないっす。奈緒さんは?」
「ふふふ。」含みのある笑い声が、新しい恋人の存在を告げていた。
詳しく聞き出そうとした矢先、
「あ、いけない。友だちに電話する約束があったんだ。ごめんね。」
かかってきたのと同じくらい唐突に、電話は切れてしまった。
「奈緒さんらしいや。」
約束といっても、夜中の2時である。きっとそのまま寝てしまうのであろう。


「・・・・・・ました。」
ふと我に返ると、目の前にオフィスの女の子の顔があった。
あわてて飛び起きた楓志に、女の子は書類の袋を差し出した。
「お待たせしました。これお願いします。」
「あ、すいません。怒鳴ってくれれば取りに行ったのに。」
「ええ、そうしようと思ったけど、寝ているように見えたから。それに、名前を聞いていなかったような気がして・・。」
言われて見ればその通り、名乗った記憶はない。
「俺、石沢と言います。確かにお預かりしました。届け終わったら、連絡を入れさせていただきます。」

と、彼女の携帯が鳴った。
「はい、かなです。はい、マイルドセブン2つですね。すぐに買って戻ります。」
オフィスの誰かにたばこを頼まれたらしい。
「じゃ、石沢さん、よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げ、彼女は商店街の方に歩き出した。

「かなちゃん、か・・・・。かわいい目をしていたな。」
楓志の頬の色がほんのりピンク色なのは、満開の桜のせいばかりでもなさそうである。



                          次回の更新は4月4日頃です。

冷たい シーツ
2002年03月15日(金)





「あとで電話するね」




そういったまま、奈緒からの電話はなかった。

私は電話をベッドまで引き寄せ、なぜだか一晩中、ベルが鳴るのを待っていた。



『ケイタイにすればいいのに。便利だよ』

ケイタイを持たない私に、奈緒は口癖のようにいう。



便利なケイタイを持ってるのに、何でかけてこなかったのかな・・・



喉に刺さった小骨のように、

何かが私をイライラさせる。



高校から一緒に過ごしてきた。

しつこいくらいに纏わりついてきていた奈緒が、正直うっとおしかったこともある。

私が他の子と親しくするとあからさまに不機嫌になったりした。

それでも奈緒と過ごすのは楽しくて、卒業後もこうして一緒に過ごしてきたのだ。



最近、私たちの軸は、少しずつずれてきている。

自分は変わらないのに、彼女だけが変わっていくような焦燥感。



シャワーを浴び、身支度をする。

今夜は彼と会う約束。



鏡の中の私。



「・・・化粧で隠せるかなぁ」



目の下のくまを、指でそっと撫でてみる。

年老いてはいない。でも、もうそれほど若くはない。

曲がり角を曲がり始めた肌。



私はそっと目をつぶった。










マンションの階段を小走りに駆け下りると

同じマンションに住む少女が友達と一緒にしゃがんでいた。



「・・・千香ちゃん、なにしてるの?」

「あ、チガヤさん。あそこにね、猫がいるの」



隣にしゃがんでみると、車の下に年老いた猫が丸くなっている。



「この猫ね、うちのおばさんの猫なんだよ。」

「ふーん、ずいぶん年とってるみたいだね」



たまに見かけるが、てっきり野良だと思っていた。

瞳に、野良の強さと孤独が滲んでいる気がしたから。



「そうかー、飼い猫だったんだ、お前」



猫はこちらに一瞥くれると、また目を閉じた。



「おばさんは北小のセンセーなんだよ」



千香ちゃんが通う学校のすぐそばに、もうひとつ小学校がある。

一時期子供が増えたからと学校をもうひとつ建てたのだが、

それ以降子供の数は急激に減ってしまった。

すぐ近所に住んでいても道路一本隔てただけで学区が変わってしまうので

小さい頃一緒に遊んだ近所の子とも

学校が違うということで自然と疎遠になってしまったっけ。



腕時計を見る。もうすぐ8時だ。



「千香ちゃん、学校、遅れちゃわない?」

「あ、いけない。チガヤさん、またねー」



私にも、あんな頃があったはず。

好きなアイドルの事や学校の事だけ考えていればよかった。



でも、それだけだったかな。



あの頃はあの頃なりに、何か悩んでいたかもしれない。

走っていく千香ちゃんたちの後姿を見ながら、ふとそう思う。










「なに考えてる?」

「・・・ん?なあに?」

「お前、なんか他のこと考えてただろ」

「そんなことないよ」



彼の体の下から這い出す。

下着は何処だろう。



「・・・他に、好きな男でもできた?とかいって」

「そんなの、いるわけないでしょ」



彼のキスをうけながら、

家で鳴っているかもしれない電話の事をぼんやりと思っていた。






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