2005年07月31日(日) |
角田光代『空中庭園』 |
「何ごともつつみかくさず」という平和でオープンな一家は、実は誰もが秘密のないふりをしながら幸福な一家を演じているだけだった。
作者はこの一家の不調和を、一人一人が主人公になった短編を描くことで執拗にあらわにしていく。 全体に軽い文体でありながら空気は重苦しく、団地とショッピングセンター(ディスカバリー・センター)を中心とした狭い生活圏のなかで何層にも重なる物語に息苦しさすら感じる。
「どうして誰も異様だと思わないのか。学芸会じみていると思わないのか。あたしはグラスのビールを一気に飲み干す。「オーイエー」タカぴょんはいつもふつうで、だからきっと彼は、このへんさを感じ取りながら、我慢してつきあっているにちがいないと思ったが、そうではないみたいだ。この家庭内にいるかぎり、タカぴょんも相違なくへんなのだ。 なんなのだこいつらは。全員珍妙で、おかしなくせに、なんでこうして集まるとふつうの顔をするの?これがごくごくふつうの日常で、ぼくらはごくごくふつうの家族ですって顔を。あたしはぴょん妻の手元を見る。さっきまで内臓で汚れていた指先は、白くつややかで、その手がまっすぐあたしに向かって伸ばされる。」
あんまり楽しい読書にはならないなあ。 私的には『対岸の彼女』のが好き。 同じように家族のそれぞれを主人公に一家の物語をかいた作品ならば村山由佳の『星々の舟』のが好き。
2005年07月24日(日) |
島崎藤村「桜の実の熟する時」 |
藤村は、徹底的に苦手だ。 薦められてえんやこら、うんとこしょ、と読み終えはしたけれど、苦手だ。
なにがこんなにだめなんだろう。 時代が違う? 文体が硬い? 思想が理解できない? 作者と私で共有するコンテクストがない? なんて、言っている私もよくわからず書き連ねているぞ。
きっと、藤村氏の青春時代の思いをつづったんだろうなあ。 繊細で、実直で、いささか真面目に過ぎる青春は、私にとっては興味のもてない異世界でありました。 藤村、また会う日まで、ごきげんよう。
中で唯一共感できた記述を。 「のみならず、黙って行き黙って帰る教師としての勤めをいっそう苦しく不安にしたものは、どうやら彼が学問の資本の尽きそうになってなってきたことであった。不慣な彼は、あまりに熱心に生徒を教えすぎて、一年足らずの間にわずかな学問をみな出しきってしまった。それ以上、教える資本がないかのように自分ながら危ぶまれてきた。ありついた職業も、それを投出するより外に仕方がないほど、教師としても行きづまった。」
はい。その空虚感に共感です。
携帯のメモリーから連絡先を削除して半年以上がたった今日、あの人に会った。 大学のOB会。 会うかもしれないなあ、というぼんやりとした予感はあった。 そして、会ったらどう振舞えばいいんだろうと考えてフリーズ。
とにかく出かけていった。 あの人は途中であらわれた。 ああ、困ったな。気まずいな、と思ったら、向こうのほうから話しかけてきた。 ごくごく自然な感じで。 私はその調子に合わせて軽口を叩いて自然な空気を醸し出した。
やっぱりあの人のそばにいることはきっと私をこの上なく平和な気持ちにさせてくれる。
またあの人との距離を縮めたい誘惑にかられる。
だけど、こういうことは前にもあった。 あの人が大学生の頃のように自然に接してくれたから、私は大きな期待を抱いて、好きでい続けてしまった。 あの人の優しさが、友だちに対するもの以上のなにものでもないということも知らずに。
あの人は私が友だちのラインを超えないかぎり優しいだろう。 だけど、私はその優しさの中にあれば、それ以上を期待せずにいられないだろう。 だから、私はいっそあの人の優しさに触れないことを望む。
幸いなことに、今の私はあの人の優しさにすがらずとも一人で立っていられるみたいだ。 あの人と同じ空間にいて、そのことに心を支配されないでいられる。 言葉を交わさなくても、目を合わせなくても、平気でいられる。 言葉を交わすときすら、ドキドキしない私を冷静に確認できている。 あの人が帰っていく後姿を見送るために、ほかの人との会話を中断する必要はないと思える。
傷つかないためにあきらめるという選択を上手にできるようになった私。 大人になるということは、つまんないもんだね。
♪出会った日の僕らの前にはただ 美しい予感があって それを信じたまま甘い恋をしていられた そして今音も立てず忍び寄る この別れの予感を 信じたくなくて光を探している
生まれたての僕らの前にはただ 果てしなし未来があって それを信じてれば何も恐れずにいられた そして今僕の目の前に横たわる 先の知れた未来を 信じたくなくて少しだけあがいてみる いつの日かこの僕の目の前に横たわる 先の知れた未来を 変えてみせるとこの胸に刻みつけるよ 自分を信じたならほら未来が動き出す MR.CHILDREN『未来』
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