感想メモ

2003年03月31日(月) ももこの21世紀日記No.1  さくらももこ

幻冬舎 2002

 このところさくらももこづいている感じ。

 この本は絵日記みたいなもので、あっけなく読み終わってしまった。確かに読みやすく面白いのではあるが、1回読んでしまっても家に置いておきたい代物かと言うとそうでもないような気がする。気楽に読めるけど、だからといって、一生楽しめるわけでもなく・・・。図書館で読むので十分かもしれない。

 家族に起こった出来事を日記にしているんだけれど、確かに家族のことって結構終わってしまうとすっかり忘れてしまうことが多い。すでに数年前のことになるといつ何をやったのかがわからない。こういうことあったよなーとは思うけれど、それがいつだったのか、詳細な日時が思い出せないこともしばしばだ。その意味でもこういう風に書き記しておくというのはよいことだろう。自分たちでもこういうのなら作ったりできそうだ。案外楽しめそうだ。家族新聞みたいなノリだろうか。

 でも、さくらももこだからそういうのを本にできるわけだな。普通の人は作ったとしても親戚や知り合いに配るという程度なものだもん。

 確かにつまらないわけではないし、時間つぶすのにはいいけど、あっさりすぐに読み終わってしまって(1時間もかかってないと思う)、ああ、終わっちゃったという感じでは、お得感もないしなあ。売れているからいいのかもしれないけど、こういう仕事を続けていっていいのかなって、時々思うことがある。せめてもう少し文章を多くするなり、絵を多くするなりしてほしいよなー。



2003年03月30日(日) 女優  春口裕子

幻冬舎 2003

STORY:
名門私立女子高・大を卒業し、一流の化粧品会社の広報担当として働く平川佳乃。彼女には何もかもが与えられているように見えていた。広報部から異動させられてしまった佳乃は自分が広報部にいるという見栄のために嘘をつき、その嘘がさらに嘘を呼び・・・。

感想:
 私が春口裕子を知ったのは、朝日新聞のサイトの「もやしのひげ」というエッセイを読んだからだ。彼女は新人の作家で、この作品が2作目となる。1作目は残念ながらまだ読んでいない。

 読む前からストーリーを聞いていて、面白そうだなと思っていたのだが、実際はもちろん面白いことは面白いのだが、この主人公のあまりのすごさにものすごく読むのが疲れてしまった。

 佳乃はあらゆる人に認められるために見栄を張りつづける。見栄というか演技である。みっともない姿を見せてはいけないということ、人からちやほやされたいということ、そして、友達に勝つために。でも、これが普通のレベルじゃない。たとえば高校時代には後輩からラブレターをもらう自分を演出するために、自らが人目をしのんで自分の下駄箱にラブレターを置いておいたり、友達を出し抜くために英会話教室の外人講師をお金で雇ったり・・・。もう普通の世界ではなくて、びっくり仰天。こんなことをしてまで??と思うけど、本人は至って真面目である。

 しかし、外見が華やかであるからか、家の中は散らかり放題荒れ放題である。ゴミを捨てることもしてないらしい。いわゆる汚部屋?? 着た洋服はその場に山積み、気に入らない服も床に散乱していて足の踏み場がない。

 佳乃は広報部からの異動が不本意だったのでそのことを認められず、名刺も2種類持ち歩き、いまだに広報部であるかのような態度を取りつづけているが、そこから破綻していく。

 また佳乃の友達は整形の失敗から(失敗ではなく本人がそう思い込んでいるだけなのだが)引きこもってパソコンに一日中向かっている。ネットの世界のちょっとした怖さが十分に描かれていたと思う。

 佳乃にはあまり共感はできなかった。けれど、迷子の子供を助けたり、道に迷っている人を助けたりすることは、たとえ打算があったとしてもなかなかできることではないような気もする。そういう人に声をかけてあげられるようなところはすごくいいところなんじゃないかなーと思った。

 なんだか佳乃の生活はとても疲れそう。読んでいるこっちがとっても疲れたもの。最後がまあよい終わり方だったのが救いかなー。でも、女の友情って時には怖いのね。私だったら、きっとはじめから疎遠になってしまうんだろうなーって思うんだけど。



2003年03月28日(金) 北京ヴァイオリン(ネタバレあり)

 映画「北京ヴァイオリン」の試写会に行ってきた。もちろん自分がバイオリンを習っているからでもある。中国映画はほとんど見たことがないのだが、なかなか味のある映像で、中国語の響きもまたよい感じがした。

 実際のところ、不思議な話ではあった。感動する話、親子の絆の話という前評判であったが、なんだかちょっと違ったような気もした。でも、会場に来ていた人は結構泣いていた。私はじわっと来るところはあったが、泣くまでには至らず。

 チュンは13歳の少年だけど、女性に夢中。そういうお年頃なのかもしれないけどね。大人の女性を好きになってしまう(?)ところが、なんだかよくわからない気もした。結局彼女が買いたがっていたコートを買うために(彼女を元気付けようとしたのもあるんだろうが)大事なバイオリンを売ってしまうんだよね。私としてはこの部分がもう納得いかなくてしょうがなかったよ。これだけバイオリンが弾ける少年。父親のちょっと異常なくらいの愛を一身に受けて、バイオリンを弾かせてもらっている少年がだよ、大事な大事な愛器を売ってしまうんだよ。たかが女がほしがってたコートのために!! はっきり言って、本当に音楽を愛していてバイオリンを愛していたらできない行動だと思った。ここの部分、この映画で一番納得がいかなかったな。実際バイオリンをやっている人なら、そういうことってできないと思う。確かに映画上では父に怒って腹いせにバイオリンを売って悪かったと謝るシーンがあるから、女のためというわけでもなかったのだとは思うが・・・。

 中国では先生を大切にするというようなことを聞いたことがあったような気がした。チュンの父はチュンを男手一つで育て上げ、チュンを一流のバイオリニストにすることが生きがい。そのために自分はお金を稼ぐ毎日。そして、チュンを少しでもいい先生につけようと、先生の元に通い、あらゆる手段を使ってチュンを見てもらおうとする。チュンにとってはありがた迷惑な父親。多分過保護的愛を受けすぎて反抗したいような気にもなるのだろう。でも、お金がない苦しい生活の中、自分のためにやってくれている父の愛情に戸惑いつつもそれを無視することもできない。結局無視したのは女のためだったわけだが・・・。

 チュンがついた2人の先生。1人目の先生も2人目の先生も私は含蓄のある言葉を言っていたなーと思った。1人目の先生は「嫌々弾くな。もし嫌なら弾くな。弾くんだったら楽しんで弾け」と言っていた。これはあらゆることにも当てはまるような。特にバレエをやっているのでそれに当てはめるとしっくりくる。本当にそうだ。嫌なら踊るな、踊るなら楽しんで踊れ・・・。まあ、それが難しいんだけどね。簡単そうでいて難しいことだ。何か一つの道に進もうと思ったら、時にはどうしても嫌になることだってある。そういうのがない方が少ないだろうし。

 2人目の先生は「音楽には感情が大事で、それは先生には教えられないものだ。自分で考えるものだ」と言う。が、この先生、いい人なんだか悪い人なんだか最後までわからなかったな。バイオリンを買って隠しておくとは・・・。極めつけにはチュンは父の実の子ではなくて、音楽家の血筋を引く捨て子で、それを父が育てたのだという話をする。チュンはショックを受ける。でも、どうもそれは本当のこと。多分チュンもそれを薄々感じていたんだろう。

 チュン役の少年は確か本当にバイオリンが弾ける少年で、それで選ばれたとか聞いたような覚えがある。だからなのか? 演技の方はちょっとわかりにくい気もした。というか、感情の表現が少なすぎてわかりにくい。女に対する気持ちとかもいまいちわからないまま、高価なコートを買ってきたりするのである。でも、最後の演奏シーンで泣きながら演奏しているのは、そういう感情表現の少ない子だからこそジーンと来るものがあったような気もするが。チュン役の子は多分本当にバイオリンを弾いていたのだと思うのだが、やはり吹き替えのような気がした。というのは、どうも弓と音とずれてる感じがすごくしたから。

 バイオリンの音色。この映画の最大のよいところはこれに尽きる。もちろん話も悪くはないが、もしこのバイオリンの音色がなかったらきっと味が抜けたみたいな感じになっただろう。本当に素晴らしい演奏。誰が弾いているんだろう? 本当にチュン役の子の演奏を使っているのかな。

 最後の結末が結構面白かったのだけれど、少女にとっても少年にとってもユイ先生にとっても悪くはない終わり方だったように思う。きっとこのあと、少年は絶対に有名になって成功するんだろうなーと思わせる終わり方だった。弓の毛が1本切れながらも激しく弾き続ける姿はすごかったなー。チャイコフスキーの協奏曲、聞きたくなってきた。

 あとお父さん。実の子でないのにここまで一生懸命やるとは、なんと素晴らしいのだろう! 本当の親子でもここまではできないかもしれない。一体どうやって子供にバイオリンを始めさせ、ここまで育てたのか・・・。13歳以前の映像はないのでわからないけど、きっと大変だったんだろうな。この父があるから感動があるというのは確かである。

 色々書いたけど、バイオリンの音色がすべてカバーしている。中国の風景、中国語の響き・・・哀愁を誘うような感じ。泣くことはないかもしれないが、それなりに胸を打つものが何かはあると思う。バイオリン好きな人には是非お勧めしたい。



2003年03月24日(月) ももこの宝石物語  さくらももこ

集英社 2002

 雑誌non・noに連載されていたさくらももこの宝石に関するエッセイをまとめた本。またもやどういうものなのか知らずに借りてきてしまった。さくらももこが宝石を解説するというか、エッセイしているのである。宝石に興味がある人には面白いかもしれないけど、そうでない人はあまり面白くないかもしれない。

 さくらももこは青系が好きみたいで、中に出てくる宝石は青いものがほとんどである。私はピンク系の色が好きなので、スタールビーとかアレキサンドライトなんかにはひかれたけど、青い石にはあまり興味が湧かなかったかも。

 中に出てくる宝石の写真の構図がすごく凝っていてかわいい。ただのお菓子とか植物とかと組み合わせているだけなんだけど、本当にその宝石にすごく合った写真で、さくらももこらしいセンスが出ているなーと思う。ちょっとしたところに普通の人にないセンスがあるのは、やっぱり才能というか天賦のものなんだろう。

 昔、中学生の頃、漫画家を目指していた私の友達は、さくらももこの色鉛筆の漫画を非常にバカにしていた。(当時「りぼん」は私たちの愛読書だった) 私はその当時、まだテレビアニメ化される前からさくらももこの世界は好きだったのだが・・・。(その時の友達が漫画家になったという噂はついぞ聞かない・・・。やっぱ才能ある人は色鉛筆でも何でも味があるんだと思うけど・・・)

 このエッセイを読んで思ったのは、やっぱりさくらももこは相当金を稼いでいるらしいということだ。宝石の単価がやっぱり違うよ。桁が違うって感じ。あと、ここに出てくる宝石店の人は、さくらももこをお得意にしたのは本当に幸運だよね。こうやって宝石の宣伝もしてくれてるわけだし・・・。宝石って高価だから絶対に好きな人で金持ちのお得意様を持って、そういう人を大切にしていって成り立っているような気もする。普通の人が宝石を買うときなんて本当に何かの記念とかだし、一生にそう何度もあるわけではないように思うから。本当にさくらももこは一体いくらくらい稼いでいるんだろう・・・。

 読み終わってついついうちにある宝石を調べてしまった・・・。やっぱりそんなにたくさんあるわけじゃないんだけど・・・。母親に聞くと説明をしてくれた。やっぱり宝石って一つ一つ案外思い入れがあるものなんだよね。中に「たとえ親子といえども一度宝石を手にしたらそれをもらえることはないといっていい」みたいなことが出てくるけど、確かにそうだろう。本当に気に入ったら手放したくないものね。私の母も指が太くてもはや入らない指輪を持ってるけど、私にくれと言ったらあげないと言い張っていた。それは自分のだって。でも、つけないのももったいないよと言うと、父も同意してくれ、母はしぶしぶ「あげるんじゃなくて貸してやるんだからね」と言って私に指輪をよこした。そんなことを思い出した。



2003年03月19日(水) メイの天使  メルヴィン・バージェス

石田善彦訳 東京創元社 (1992)1997

STORY:
タムは両親が離婚し、母親と暮らしている。ある日、第二次世界大戦中にタイム・スリップしてしまい、そこでメイという少女と出会う。3日間を過ごしたタムは現代に戻るが・・・。

感想:
 うーむ。あまり面白くなかったというのが正直な感想かな。最後の方で少しだけ続きが気になるところがあるけど、終わり方もあっけないという感じだし。一体何の意味があってタイム・スリップしたのかも謎だったし・・・。イマイチだった・・・。



2003年03月14日(金) ハコイリ娘。<ピンク><黄>  さくらももこ×モーニング娘。

2002 新潮社

 いや〜、実は内容を良く知らずに図書館で予約してしまった。多くの人がリクエストしている本だったし。だから、こういう本だとは思ってなくてびっくりした。私はモーニング娘。のファンでもないし、それどころか、実際モーニング娘。のメンバーでわかる人って数人くらいしかいなかったりするくらい、全然知らない。

 この本はさくらももこがモーニング娘。の一人一人と打ち合わせをして、メンバーがやりたいことを一緒にやってその様子をさくらももこが文章にするという本。さくらももこが撮ったという写真つきだ。ということは、人気があったのはモーニング娘。のファンの人が読みたいと思ったからなんだなーと思う。私はファンではないが、せっかく借りたので読んだら結構面白かった。でも、一体誰が誰なのか文章を読んでも全然わからなくて、写真を見てもぴんと来ない人も多かった・・・。

 相変わらずすぐに読めるのがこの人の文章のいいところだ。息子さんの描写とかも出てくるんだけど、息子さんは8歳だそう。そろそろさくらももこが自分の母親だってわかったのかな。そうじゃないと、おかしいということに気づいてもよさそうだけど。そのことについては触れてなかったのでよくわからなかったけれど・・・。



2003年03月13日(木) 孤独のグルメ

久住昌之原作 谷口ジロー作画 扶桑社 1997

 この本は異色のグルメ(?)漫画である。主人公の井の頭五郎がおなかをすかせて、見知らぬ町で昼飯を食べられる場所を見つけ、その店でご飯をかきこむという、何とも言いがたい内容が延々と続くのである。

 ただ風景の描写はかなりなもので、どうも実際の店を描いている部分もあるらしく、ネットで見ていたら、実際に出てきた店に行ってみた体験記みたいなのがあった・・・。

 井の頭五郎は取引相手の元へ行った際に、話が長引きいつも昼飯時を過ぎてしまう。知らない町で一人で勝手知らないお店に入るのって、確かにすごく勇気がいる。私もぶらぶらと歩き回って思わず適当に入ってしまい後悔したりということもあるし、延々と歩きつづけてやっぱり店に入るのをやめて何かコンビニで買うかーなんてなってしまうこともあるから、そういう気持ちってよくわかる。

 またグルメ漫画だと食べた後に美味しさの説明などがものすごく長く入ったりするが(それもかなり大げさな表現だ)、この漫画では「この組み合わせはまずかったかな」とか「〜にしておけばよかったかな」とか「うまい」など、あくまでも独り言の範囲である。

 まあ、つまりは一人で店を探し回り独り言、店に入ったら店の中の様子などを独り言、出てきた食事を食べながら独り言・・・とただそれだけなんだけど、なんかよくわかるかもなー、その気持ち・・・なんて思ってしまう。

 ところで気になったのは中に出てきた中国人留学生(?)を雇っているらしいお店だ。結局店主がバイトを怒鳴りつけてご飯がのどを通らなくて、井の頭五郎は店主と争いになってしまうのだが・・・。本当にモデルがあったんだろうか?



2003年03月11日(火) 続 ハリー・ポッターと炎のゴブレット  J・K・ローリング

 昨日書くのを忘れたことを思い出したので追加です。(もちろんネタバレあり)

 マッドアイ・ムーディのこと。彼は結局クラウチの息子だったわけだけれど、すごくわからないことが一点あった。それは、彼が闇の魔術に対する防衛術の授業でハリーたちに決して使ってはいけない3つの呪文を教えたこと。特にハリーには服従の呪文を打ち破る方法を教え、その実習を何度もやらせている。

 もし彼がこの授業を行っていなければ、ハリーは最後のヴォルデモートとの決闘の部分で服従の呪文を簡単には打ち破ることはできなかったはずだ。そして、ヴォルデモートの腹心の部下としては、ハリーに服従の呪文を破ることを教えるということは、自分の主人の呪文を効かなくするのと同じことで、本来なら教えないでそのままにしておく方がよかったはずだと思うのだ。この部分は最後まで疑問だった。

 こういう術に対する対処の方法などを授業に取り扱い、味方だとばかり思っていた人が敵だった、さらに、無実を訴えてアズカバンに入れられたけれど、やっぱり無実じゃなくてヴォルデモートを信奉していたというのも、とても恐ろしいんだけどね・・・。



2003年03月10日(月) ハリー・ポッターと炎のゴブレット  J・K・ローリング

松岡祐子訳 静山社(2000)2002

STORY:
夏休み中のハリーは以前よりは虐げられない生活を送っていた。クィディッチのワールドカップがイギリスで開催されるということで、ハリーはウィーズリー一家とハーマイオニーとともにワールドカップを見に行く。試合終了後、死食い人が行進をし、かつてヴォルデモートが死をもたらしたときに打ち上げたという闇の印が打ち上げられた。ハリーはヴォルデモートの力が強くなっていることを感じる。新学期が始まり、三大魔法学校の対抗試合が行われることになる。参加資格は17歳以上なのだが、なぜか14歳のハリーが4人目の代表選手に選ばれてしまう。週刊誌に中傷記事を書かれたり、学校のみんなに卑怯だと思われたり、様々な困難の中、ハリーは3つの課題に挑戦していく。

感想(ネタバレあり):
 ハリー・ポッターシリーズ第4作目。全7作の予定だというから、ちょうど半分に辿り着いたというわけ。3冊目までも分厚くて重いハードカバーだったけれど、今回はなんと上下巻で、前に比べるとさらに分厚いような気が。でも、お話はやはり面白く、夢中になって読んでしまった。

 最初の方でクィディッチのワールドカップの模様が出てくる。私はどうもスポーツ好きではないのもあって、ハリーが出ているわけでもないクィディッチの試合の部分はあまり面白くはなかった。この小説の特徴として、登場人物の会話に伏線が貼られていることが多いということが挙げられると思うのだけれど、クィディッチの部分とか、それ以外のところでも、気をつけて読んでいないとわからないことも多く、私は前に戻ってその描写を探したりしてしまった。本来はこういった本こそ図書館ではなく自分で買って何度も何度も繰り返して読んだ方がいいのだろうなと思う。

 上巻では、ロンとハリーが仲たがいしてしまう。ハーマイオニーは3人の間に立っていることは立っているけれど、二人をわりかしそっとしておいている。この部分の描写は自分の子供の頃などを思い出してしまうのに十分だった。本当はお互いに気になっているのに意地になってしまって仲直りができない。そんなじれったいような気持ち。自分の味方が一人でもいれば人間って本当に強くなれる。自分の言葉を信じてくれる人がいればそれだけでいい。そんな親友ロンと話すことができなくなってハリーは孤立無援のような状態だったと思う。仲直りしたときは本当によかったと思った。

 ところで、ハリーも14歳となって、ダンスパーティに出たりするお年頃なのである。今まではそういった恋愛沙汰のような場面はほとんど出てこなかったと思うのだけれど、さすがにこの年になってくると色々とあるものなのね。前巻あたりからハリーはチョウ・チャンという女の子に好意を持っていたわけだけれど。ハリーとハーマイオニーは全く何の恋愛感情もないみたい。ハーマイオニーはハリーには尊敬のこもった友情みたいなものを抱いているのかな。それに引き換えロンは実はハーマイオニーのことが好きであるようだ。ハーマイオニーはどうなのか? ロンのことが嫌いではないような気はするけど、好きというほどでもないのかな。今後もこのあたりの恋の行方が描かれていくのだろう。

 最後の部分でついにヴォルデモートが復活してしまう。このシーン、ものすごい怖さ。この本は子供向けのはずだけれど、実際に人が死ぬ。たった1つの呪文を唱えられただけで人が死んでしまうのだ。セドリック・ディゴリーは一気に殺されてしまう。あまりのあっけなさに、え? 嘘? という感じだ。ヴォルデモートの手下となっているのがマルフォイ、クラッブ、ゴイルの3人の父親たち。やはりこのスリザリンに入っている3人とハリーはいつか対決しなくてはならないのかもしれない。

 この巻ではかなり大人の内容が多く、実際のところ小さい子供にはわからないことも多いような気もする。昔の裁判の様子もそうなのだが。裏切ったり寝返ったり、味方だと思っていた人が敵だったり、敵だと思っていた人が味方だったり・・・。もう誰も信じられないようなそんな展開。さらに魔法省のファッジの対応にもびっくりさせられる。保身に走る大人の典型。リータ・スキータもすごい。あることないことでっちあげて記事にする。マスコミの悪い面の典型という感じ。

 次回5作目も原書では発行が決まったようだ。翻訳版はさらに時間がかかるんだろうけれど、すごく楽しみ。というか、原書がほしい気がしてしまっている。原書で読んだらどういう感じなのかなと思って。でも、そんなことしてしまったら、一つも他の本を読めなくなってしまうから、やっぱりやめとこうと思うけれど。



2003年03月09日(日) 007/ダイ・アナザー・デイ(ネタバレあり)

 初日に見てきた。実は007は初めてで、どういうのかは何となくしかわかっていなかった。でも、すごい・・・って感じ。はまる人がいるのもわかるなと思った。

 まず最初のシーンからすごいアクションの連続。前の方で見たのもあってあまりのド迫力に度肝を抜かれる。普通ならここで死ぬだろうーと思うのだが、もちろんボンドは生き延び、捕虜となるのだった。で、ザオという人と交換で開放されるんだけど、このザオという人はもしかしてシリーズで前に出てきた人なのかな? 実はよくわからなかった・・・。

 その後、00の称号を剥奪されたボンドは単身調査に乗り出す。(ボンドって金持ちなのかな?とちょっと思った) そして、ついにダイヤモンド王グレーヴスがあやしいとつかむ。このグレーヴス、めちゃくちゃ面白い人物で目立ちたがりや。フェンシングでの決闘シーンはかなり白熱する。

 その後、このグレーヴスの氷の宮殿でのデモンストレーションに透明になる車で乗り込むボンド。この車はすごい仕組みになっていて、ミサイルとかいろいろと出てくる。敵方の車もジャガーという高級車でこちらも改造済み。同じくミサイルが飛び出す。この2台のカーチェイスシーンがすごかった。

 イカロスというあやしいネーミングの宇宙兵器で氷を溶かしてボンドを殺そうとするグレーヴス。氷が溶けて海へ落ちていくボンド。誰もが死んだと思ったがもちろん死ぬわけはない。この落ちていくシーン・・・初めてこれってCGだなってすごいわかった。今まで映画を見てCGって気づくことがあまりなかった単純な私にも海がおかしいというのは感じられたのである。撮影シーンを考えるとおかしいんだけど・・・。まあ、そんなことは映画の大筋に問題はないんだけど。

 最後の方でも思ったけど、ボンドは最後まで生きることにこだわっている。あきらめない男だ。そして冷静沈着に状況判断を行っている。普通の人なら見過ごすようなものもチェックしてそれを最大限に生かしているところがすごいと思った。(しかし、最大の疑問は拷問を受けてよわよわになっていた直後なのに筋肉もりもりでハードなアクションをこなすことは可能なのかということだった・・・。普通の人なら多分無理だよ・・・)

 ボンド・ガールというのだろうか? 今回はハル・ベリー。すごい肢体美。かっこいいという形容がまさにぴったり。こういうスタイルならなーとか変なことを思ってみたり。

 それから舞台が北朝鮮。噂によると韓国などではこの映画は放映禁止だとか? 確かにこの内容では・・・。とりようによってはこの人はあの人?と思えるわけだし。(でも、顔は断然映画のほうがかっこいいと思うんだが・・・) この映画でまた米朝関係が悪くなったりしないといいけど・・・。

 あ、そうそう、殺しのシーンが多いんだけれど、あまりにもどぎつい描写がなかったので大丈夫だった。その直前のシーンを考えるととても痛そうな残虐な殺し方なんだけど、もろに死ぬ場面は映らない。私の友達は死の場面になると目を覆っていたが、別に覆わなくても大丈夫だったと思う。今時の映画はそういうシーンももろに描写しているのが多くていやになるんだけど、この映画はそういう点はすごくよかったと思う。


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