宿題

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2004年04月30日(金) ANGEL/カーネーション
なんで空にむかって 吠えてばかりなんだろう?
 
もっとタフになれると想っていたよおれは
 
なんで君にむかって うまく喋れないんだろう?
 
もっと傍にいたいとおれは想っていたのに

迷うこともないね
 
この胸を撃ち抜いた総てにはなびらを

ボートが繋がれた浜辺を歩いた
 
高層ビルの向こうに 花火があがるよ

 
なんで波にむかって 逃げてばかりなんだろう?
 
もっと楽になれると想っていたよおれは
 
なんで君にむかって 合図を送れないんだろう

もっと幸せについてわかりあえてもいいのに

閉じることもないね
 
この胸を撃ち抜いた総てに星屑を

モノレールの交差する堤防の上に居る

高速道路の向こうに 花火があがるよ


まるで夢の中の幻
 
ここはどこなの?
 
君は
 
眩しく
 
優しく
 
おれの手に舞い降りた ANGEL

繋ぎとめた どんな一言も 消えないように
 
見つめて
 
彷徨って
 
おれの手をとって 踊れ

まるで夢の中の幻

ANGEL


★ANGEL/カーネーション★

2004年04月29日(木) 舌鼓ところどころ/吉田健一
焼きものの料理が極上に旨いと何か菓子のやうに思はれ、

菓子が旨いと必ず何か菓子でないものを聯想する。


★舌鼓ところどころ/吉田健一★

2004年04月28日(水) 舌鼓ところどころ/吉田健一
支那のワンタンでは、うどん粉は皮で、その中に豚肉が一杯詰り、

はち切れさうなのを皮の上から又指で押し返した跡が幾つもついてゐて、

恐ろしくでつぷりした莢豌豆のやうな形をしたのが、

支那でしかない匂ひが立ち昇る汁の中に互いにぶつかり合つて沈んでゐる。

そしてその一つを口の中に入れた瞬間が大事なので、皮が破れると同時に何とも言へない、

ただ食べることを誘ふばかりの匂ひがする汁が豚肉と一緒に流れ出て、

後はその通り、ただもう食べるだけである。


★舌鼓ところどころ/吉田健一★

2004年04月27日(火) 自己紹介/串田孫一
みんな次々を壷を心得て

恥ずかしがらずに

うまいことを言うものだ

感心してはいられない

順番はいよいよ

隣までやって来た

内緒の深呼吸をしても

いやな気分である

雲が一つ

窓から覗き込んでいる

自己紹介など考えたのは

一体誰だ


★自己紹介◇音楽の絵本/串田孫一★

2004年04月26日(月) 仮面/串田孫一
今日は鬼の面をかぶって

君に会うことにしよう

それは君を

威嚇するためではない

私があまりに元気がないからだ

君のかぶる仮面の

こちらからの指図はできない

よく考えて

充分に選んで

君の今日の仮面をつけてくれ給え

お互いにその方が

話が楽に出来る


★仮面◇音楽の絵本/串田孫一★

2004年04月25日(日) 音楽の絵本/串田孫一
軽やかなものと、重く光るもの。明るく輝くものと、影を憧れるもの。

それがいつまでも二つであって、決して一つにならないために、麗しい踊りが生まれます。

穏やかな対話が聞こえ、連れたって行く野の道が、何処までも続くのです。

砂浜の波打ち際を歩けば足跡が残ります。雪の丘を越えて行っても、足跡は残ります。

奏でられた二つの音が鳴り止む時、浜辺には波が寄せ、丘には風が吹いて、

足跡は消えるでしょう。


★古い楽器のお喋り◇音楽の絵本/串田孫一★

2004年04月24日(土) 悩む力/斉藤道雄
殺される、死ぬーっと叫び続ける息子。

だいじょうぶだといいながら病院めざして車を運転しつづける父親。

このとき本人には自分を殺しにくる悪魔の姿が見えているわけではない。

迫ってくる悪魔は得体の知れない不気味なものが、

いままさに自分の体の中に押し入ろうとしている、その感覚が実感として感じられたのだという。

そいつが入ってしまったら、殺されてしまう。

「ほんで、くるくるくる、あの殺しにくるやつがくるって、車の中でさけんでたら、

親父が『だいじょうぶだ、ターッ!』っとか、いいだしたんだよね」

剣道で打ちこみをするときのように、父親の気合が走った。

「俺がそんなやつ追っ払ってやる、ターッとかいいだして。

でもそしたらほんとに、気が楽になって。

その、殺しにくる威圧感みたいなやつがすっと取り払われたんだよね」

父親が大声で気合をかけたとたん、霧が一気に晴れるように、

あれほど強かった恐怖が吹き飛んでしまった。

ふとわれにかえる本田さん。

けれどしばらくするとまたあの「殺しに来る」という、悪夢のような感覚がよみがえってくる。

悪魔が、自分の身体に押し入ろうとしてくる。

そこで「親父、きたきたっ」と叫ぶと、すかさず父親が「ターッ!」と気合をかける。

悪魔が消えていく。そんなことをくり返しながら、日赤病院にたどりついた。


★悩む力/斉藤道雄★

2004年04月23日(金) 悩む力/斉藤道雄
自分の病気がわかりかけてきたのは、入院してから一週間目くらいの時だった。

ベッドでひとり悩んでいたとき、まわりの仲間が「あんたはバカだ」と

歯に衣をきせぬ辛辣なものの言い方をしてくれる。

エスパー?テレパシー?そんなのだれにだってあるよ。

バカだなぁ、なにいってんだよ、いまごろ・・・・・・。

悪意からではない。あきれた感じでそういわれると、清水さんは混乱した。


同情されてばかりいたら光は見えなかった。

精神科にきたら、バカといわれ少しは目が覚める。

励まされるより、ののしられる方が効果があるとは思わなかった。


けれど、バカだといった患者が次の日には「風邪、よくなったか」と、

声をかけてくれる。

浦河にきてはじめにそういう「人との関わり」があった。

そうしてきついもののいわれ方をしているうちに、清水さんのなかにわきおこった疑問は、

「あたしは性格が悪いんだろうか」ということだった。

以前だったら、絶対そんなことを認めたくはなかった。


★悩む力/斉藤道雄★

2004年04月22日(木) 悩む力/斉藤道雄
浦河に来たばかりのころをふり返って、清水さんにはもうひとつ思い出すことがある。

それははじめて川村先生の診断を受けたときのことだった。

この人なら話してもいいだろうと思い、

涙を流しながら七年間のつらい気持ちや苦しい経験を話し続けていたときのことである。

思いのたけを聞いてもらったと思いながら先生の顔を見あげると、

くちびるの端がヒクヒクしている。

おかしいなとは思ったけれど、そのときは考える余裕もなかった。

いまにして、それがなんだったかよくわかる。

「もう、あのときの先生ったら、必死にこらえてたんですよね、おかしくて笑い出すのを。

人がぼろぼろに泣いてるっていうのに」


★悩む力/斉藤道雄★

2004年04月21日(水) 悩む力/斉藤道雄
「松本君、どこに落ちればいいかわかんないんだ」

分裂病になって間もない松本さんは、

調子が悪くなったときどうすればいいかがまだよくわからない。

どこかぐあいが悪くて疲れて混乱しているのだが、

そんな松本さんを悦子さんは”落ち方”がわからないんだとからかっている。

そうなのかなあ。じっと下を向いてあられを食べている松本さんの横で、中村さんが笑う。

「ハハハ。ああ、どこで落ちるかわかんねんだ」

「落ちようかな。落ちないかな」

リフレインのように悦子さんがくり返すと、松本さんが顔を上げていう。

「ひっかかってんだよ」

落ちるって、そうかんたんなことじゃないんだから。

「アハハ。ひっかかってるんだ」

「そうなんだ」

こんどは鈴木裕子さんも加わって悦子さんと中村さんと三人で松本さんの評定がはじまる。

「落ちるとこまで落ちたら、あとははいあがるだけだからね、いいよね」

「うん」

「そうだ、落ちな」

「いってみないか」

「見ててあげるから、バイバーイ、って」

「ワハハハハハ」

分裂病で弱っている青年を相手に、いいおとなが三人で冗談をいいあっている。

早くまた病気になってしまえ、落ちるところまで落ちてしまえとけしかけている。

知らない人が見れば、なんというやりとりかと思うだろう。


★悩む力/斉藤道雄★

2004年04月20日(火) 悩む力/斉藤道雄
「僕は、むかしよりは思いやりも少ないし、優しさもなくなった医者になりました。

障害者がこの世で幸せをつかむためにはですね、

とくに私の思いやりや善意だけではなんともならない、

むだなことはしなくなったということです。

むしろそんなところに(患者を)囲いこんで、せまくるしいところに追いつめていくような、

そしてそんなことをしてしまう自分も(また)追いつめられていくということから

卒業したいなというのが、最近私たちがいちばんこころがけてやっていることです」


講演会場のまんなかにはべてるのケンちゃんがすわっていた。

肝心なやりとりの最中にケンちゃんは大きなあくびをしていた。

横の方にすわっている早坂さんは眠さのあまり、頭をかかえて傾いている。

会場の外では働き者の浜長さんがしっかりべてる「根昆布」を売っていた。

今日もまた「治せない医者」がこむずかしいことをいっているという顔をして。


★悩む力/斉藤道雄★

2004年04月19日(月) 悩む力/斉藤道雄
岡本勝さんは「今の俺」という題で書いている。

自分は精神分裂病で「人との不和に悩んでいる」という。


◇◇
いつも人生のことを考えている。

岡本勝、生きていて良かったか悪かったか。

金はない。家はない。女にはもてない。無い無いづくしで寂しくなり、

この世がいやになり、泣けてくる。
◇◇


じっさい、岡本さんは泣きながら浦河の町を歩いている。

笑っている時や歌っているときもあるが、ほとんどは「人生のことを考え」

ながらベテルの家と大通りの三田村商店とのあいだを行ったりきたりしている。

あるとき向谷地さんが、泣きはらした目をしている岡本さんに心配して声をかけると

「岡本勝がかわいそうで・・・」とつぶやいたという。


◇◇
俺はベテルに来て二度死んだ。一度は絶望して「家族にすまないから俺、海に入る!」

とベテルから出て港に行こうとしたら、向谷地さんにバッタリあって「死ぬ必要ない」

と言われあきらめた。あのとき止められなかったら今はこの世に居ない。

二度目は、夜寝ていて急に不安になり、体がかたくなり

「岡本勝!四八歳でこの世を去った!危篤状態!」

という言葉が頭に渦巻いた。本当に「もう死ぬ!」と思った。

そしたら母の声が聞こえてきた。

「まだ生きていたら楽しいことあるどー楽しいことあるどー」

という声だった。そして必死で叫んだ。

「岡本勝!危篤状態!医者を呼べー!」
◇◇


隣の部屋にいた早坂さんが飛んできて、川村先生もかけつけて

岡本さんは危篤状態を脱することができた。

ひどい幻聴があったのか、せん妄状態におちいったのか。

救急車をよべという患者はいるが医者をよべという患者はめずらしい

と川村先生は感心しているが、結局なにはあったのかはだれにもわからない。

そんな経験を重ねてきた岡本さんは、

「俺はじいさんだか青年だかどっちだろうと考えている」

という。考えてわかるような問題でもないだろうが、

やはりそんなことを考えてしまうのだろうか。


★悩む力/斉藤道雄★



■◇の中は岡本勝さんの文章。

2004年04月18日(日) 悩む力/斉藤道雄
彼らははじめておとずれた精神障害者の住処に一抹の不安をいだきながら玄関をくぐり、

台所に落ちているネズミの糞や破れたソファを見て見ぬふりをしながら、

「得体のしれないところに来てしまった」と身を固くして席につく。

ぎこちなく、どこか波長のちがう目の前の人びとにどう対すればいいのか。

白々しい時間のなかで上滑りなことばが口をついてしまう。

けれどしばらくするうちに、場を開くのはだいたい彼らなのだ。

「オラ、アッパラパーで・・・・・・」という早坂節や、

「あ、ども、みなさん、ども」と笑顔でひたすら気を使う佐々木さんや、

ぶすっと押し黙って時々悲しそうな目つきをしている岡本さん、

それにみんなのあいだでなにかブツブツいいながら

かいがいしく器を運ぶ高橋さんの姿を見ていると、

いつしか訪問者は身構えていた気持ちがやわらぎ、

どこかでほっとする思いを感じている時がある。


★悩む力/斉藤道雄★

2004年04月17日(土) 悩む力/斉藤道雄
それはいまふうに言えばワークシェアリングだろうが、

ワークシェアリングと決定的にちがうのは、

みんなが仕事を分けあうのではなく、できる人が仕事をする、

つまりできない人はしなくてもしいという明白な不平等が貫徹されていることだ。

その不平等を担保しているのが彼らメンバーの生き方の正直さであり、病気なのである。


★悩む力/斉藤道雄★

2004年04月16日(金) 悩む力/斉藤道雄
けれどここでたいせつなのは、幻聴をどう理解すればいいかというようなことではない。

あるいは、分裂病患者にどう接すればいいかということでもない。

たいせつなのは、ともに笑うという精神なのだ。



それは狂気を排除するのではなく引きよせ、

恐れるよりはむしろ人間存在の一部として認めようとする人びとが、

その日常の中で生み出す笑いなのである。


★悩む力/斉藤道雄★

2004年04月15日(木) 煙か土か食い物/舞城王太郎
もちろんこれは感情的に揺さぶられて行ういっときだけの容赦なのだろうが、

それはともかくたぶん野崎博司に襲われた時に

丸雄が俺達四人兄弟全員の名前を呼んだことに俺はうっかり感動したんだと思う。

「一郎、二郎、三郎、四郎!逃げろーっ!」。

俺はこの台詞を憶えて一生を生きていこうと思う。

このいい間違いにすがりついて希望を構築していこうと思う。


★煙か土か食い物/舞城王太郎★

2004年04月14日(水) 煙か土か食い物/舞城王太郎
でもそれが事実だろうと俺は構わなかったのだ。

俺は結局マリックを許しただろう。

それも俺が今思うよりもずっと簡単に俺はマリックを許しただろう。

なぜならマリックは俺の友達で俺の分身で俺はマリックのことが好きだったからだ。



事故の現場にはブレーキの痕もちゃんとあった。

だから自殺したのではない。あいつは俺にシートベルトを締めろと言った。俺を守るためだ。

俺は助かった。あいつが俺にシートベルトを締めろと言ってくれたせいかどうかは判らない。

スピンが始まったらシートベルトを締める余裕なんてないと思う。

だから俺は言われなくても最初からシートベルトをしていて助かったのだろう。

もちろん俺が問題にしているのは俺がどのようにして助かったかではなくて

マリックがどのように死んでいったかだった。

マリックは俺に確かに言ったのだ。

「奈津川シートベルトを締めろ!」


★煙か土か食い物/舞城王太郎★

2004年04月13日(火) 煙か土か食い物/舞城王太郎
全てを預けてしまえるような種類の親密さが。

これまで持ってきて作ってきて溜め込んできたものを

一度に全部投げ出してしまっても平気の余裕の楽勝の親密さが。


★煙か土か食い物/舞城王太郎★

2004年04月12日(月) 煙か土か食い物/舞城王太郎
違う。三郎、おめえは自分のこと小説に書けや。

おめえの小説がリアルじゃねえのはおめえが自分のこと書いてねえからや。

小説読んでてもおめえがどんな奴か判らんからや。

おめえは人のことばっかり書いてるであかんのや。自分のこと書け自分のこと。


★煙か土か食い物/舞城王太郎★

2004年04月11日(日) 煙か土か食い物/舞城王太郎
でも怒りよりも悲しみの方が大きくて俺はうまく怒れなかった。

俺はもう本当は犬のことなんてどうでも良かった。

それよりも二郎が俺を挑発して俺を怒らせようとしていることのほうが悲しかった。

二郎は俺を拒絶したのだと俺は思った。

二郎はそのノートにたくさんあるはずのもっとまともな詩を読まずに

その馬鹿げた詩を読んだりでっち上げたりすることを選んだのだ。

俺は泣きたくなって立ち上がって二郎の部屋を出た。

走って飛び出したかったが俺の動揺をそこまで見せてやるのは癪だったので

ゆっくりと歩いて部屋を出た。二郎は俺の背中に下品な高笑いを浴びせた。

最悪の二郎。俺のクソ兄貴。

でも俺を拒絶している。

俺は捨てられたのだ。俺は俺の虚しい試みを悔いた。

あの二郎を捕らえなおそうなんて馬鹿げてた。俺はやっぱり阿呆だった。


★煙か土か食い物/舞城王太郎★

2004年04月10日(土) 煙か土か食い物/舞城王太郎
俺は歌を思い出す。

あんなこといいなできたらいいなあんな夢こんな夢いっぱいあるけど・・・・・・。

俺はかつてマンガの王様として君臨したことがあって

その当時は本棚に千二百冊のコミックススを揃えてあった。

『ドラえもん』『のび太』『しずか』『スネ夫』『ジャイアン』は

一時期俺のイマジナリーベストフレンドだったのだ。

俺は≪どこでもドア≫が欲しかった。≪タイム風呂敷≫が欲しかった。

何よりドラえもんが欲しかった。

ドラえもんのいいところは押し入れをベッドに使っているところだ。

隣で寝ているんじゃなくて押し入れに控えているなんて非常に愛らしいじゃないか?

俺はドラえもんが寝た頃を見計らって押し入れを開けてドラえもんの寝顔を

眺めるところを想像する。

ドラえもんが自分の押し入れの中で寝ている。

素晴らしい。

ホンワカパッパ・ホンワカパッパ・ドラえもん。


★煙か土か食い物/舞城王太郎★

2004年04月09日(金) 煙か土か食い物/舞城王太郎
ルパンは俺の忠告を冗談だと思ったらしくて少し笑ったが

俺はコンクリートみたいに真剣だった。

こいつはとんでもない間違いを犯しながら取り返しのつかないところまで来てしまっても

まだそれに気付かなそうな馬鹿だぞ。

まともな奥さんとそのお腹の中の赤ちゃん。

馬鹿なルパン。しかし俺は溜め息をつく他なかった。何を言っても無駄だ。

ルパンは果てしない大馬鹿だからだ。


★煙か土か食い物/舞城王太郎★

2004年04月08日(木) 向田邦子の恋文/向田和子
邦子は年賀状、やっぱりやめることにしました。

メンドクサイヤ。─これが私のキャッチフレーズです。


★向田邦子の恋文/向田和子★



■「向田さんの恋文」の一節。
向田さんはその人のことを「バブ」って呼んでた様子で、
これはなんだか意外。

2004年04月07日(水) 向田邦子の恋文/向田和子
終戦後、満足に食べ物がなくて、ナンキンマメは貴重品だった。

姉の大好物でもあった。夜遅く、姉が1人で勉強している時、

そっと、そっと襖を開けて、

「お姉ちゃん、これ、あげる」

ひとにぎりのナンキンマメを私が手渡したらしい。

「その時、あんたって、いい娘だな、って思った」

姉は照れくさそうにポロっと言った。私が日本橋の会社に勤めていた頃の話だ。

姉にお昼をごちそうになり、高島屋の呉服売場をのぞき、

ペットショップで犬や猫に声をかける。

交差点を渡って、丸善に行くのが姉のお決まりのコースだった。

信号待ちのほんのわずかな間だった。

「それ以来、ずっといいやつと思っているのよ。じゃあね」

声をかける間もなく、姉は人ごみのなかに消えていた。

なんだって!

今度はこっちが覚えてない。

あげたというなら、靴下やセーターを編んであげたじゃない!

あれはきっとダサくって、気に入らなかったんだ。

それにしても、かれこれ三十年も、ひとにぎりのナンキンマメで、

いいやつと思い続けている姉。


★向田邦子の恋文/向田和子★

2004年04月06日(火) ふくすけ/松尾スズキ
チカ「あんたの子供、やけくそで産むわよ!

やけくそで産んで、やけくそな名前つけて、中途半端な言葉教えて!

変な風に育てて!社会でまったく通用しない人間に育ててやる!」

コオロギ「そりゃ・・・・・俺じゃねえか」


★ふくすけ/松尾スズキ★



■コオロギ役は初演も再演も松尾さん。

2004年04月05日(月) ふくすけ/松尾スズキ
なァ、フタバ。俺が物書きを辞められない理由が、わかるか?

人の、触れられたくない部分を掘り起こすとな、必ず、宝物が出てくるんだ。

俺だけに価値がある宝さ。


★ふくすけ/松尾スズキ★

2004年04月04日(日) ふくすけ/松尾スズキ
映画を観て現実を忘れる人もいるが、俺は逆だった。

俺は、人とは違うってことを、密室に居ながら一つ一つ思い知らされたのさ。

その度に俺は考えた。

フットボールのヘルメットが頭に入らないとき、人はどう生きるか。

ディズニーランドの乗り物に乗れないとき、人はどう生きるか。

生まれてこないほうが良かった時、人はどう生きるか。

それでも宗教も未来も来世も信じることが出来ない時、人はどう生きるか!

(フラッと倒れるふり)・・・なんつって・・・あんたは、俺がここで倒れたらどうする?

親切にするだろう?俺がいつも考えてるのは、あんたの親切からどうやって身を守っていくかさ。


★ふくすけ/松尾スズキ★

2004年04月03日(土) 宗教が往く/松尾スズキ
わたしは泣いていた。涙が止まらなくなった。

泣き続ける私にカオリがキスをした。

それと同時にカオリの背後に直径60センチはある向日葵が突然花開いた。

生まれて初めて見る幻覚だった。

絶対これは自慢だが、ただ一介の劇作家だが、わたしは自信がある。

この世で一番きれいなものを見た。

この世で一番きれいなものは俺の物だ。


★宗教が往く/松尾スズキ★

2004年04月02日(金) 宗教が往く/松尾スズキ
「狂っちゃうかも知れないよ。松尾ちゃん。このまま狂っちゃうかもしれないね。

八人前食っちゃったもんね。あたしもいろいろいろいろやってきたけど、一気に8ヒットはないよ。

頭壊れちゃうかもね。でもね、でも、あたし、全然平気だよ。

松尾ちゃんと狂えるんだったら全然平気だよ。1人で狂うのは淋しいけど。

一緒に狂うんなら大丈夫だよ。だって、言葉通じるもん。松尾ちゃんにだったら言葉通じてるもん。

あたし、学校でも家でも実はね、言葉通じてるって思ったことわりとないよ。

でも、松尾ちゃんには最初から言葉通じてるって思ったし、

こんなてんぱってても会話になってるし、最強のカップルだよ。

わあわあわあわあって聞こえないもんね。ねえ、狂わなかったら、儲けもんだけどさ、

狂ったら狂ったであたし松尾ちゃん好きなこと変わらないし、狂ったなりの世話ができるよ。

トイレがさ、おもしろくなってから、凄い凄いあたしも訳わからなくなってるけど、

全然叫びだしたりとか、そういう不安ないよ、楽しいもん。

この楽しさがずうっと続くっていいじゃん。

松尾ちゃん、ほら、失うもん多いから不安になって叫んだり物壊したりとか、

そういうことし始めるかもしれないけど、あたしがこういう風に頭撫でてあげるから、

ね、したら落ち着くでしょ。明日まで我慢して元に戻ってなかったら、千葉に行こう。

電車に乗ってる間がちょっと勝負だと思うけど。酔っ払ってるふりしてさ。

千葉に行ったらしめたものだよ。お父さんの前でわあわあ言ったらあの人絶対

あたしたちのこと病院なんかにやんないから。部屋に閉じ込めるから。

そしたらもう、ずうっと安心して狂っていられるからさ。

ね、変になっても松尾ちゃん優しいしさ。あたしも全然優しくしてあげられるし。

松尾ちゃん、安心して狂っていいんだよ」


★宗教が往く/松尾スズキ★

2004年04月01日(木) 宗教が往く/松尾スズキ
「ねえねえ松尾ちゃん」

「何よ?」

「聞き飽きただろうけどさ」

「はい」

「大好きだよ」

「うん。知ってる」

「あたしはずっとあんたの味方だよ」


★宗教が往く/松尾スズキ★

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