○プラシーヴォ○
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2001年07月29日(日) 何を話したの

寺の門をくぐると、
少し高いところにある本殿に向かって
太い道が真っ直ぐ続いている。

その道の左手に、木でできた小さな入り口がある。

「水子供養」の看板が目にとまる。
ハム男と当然のようにそっちへ入る。
1年前と同じ。デジャヴュ。

こじんまりとしたスペースにお地蔵さんが立っていた。

ファッション雑誌からフラリと出てきたような
流行を1ミリもはずしていない服装をした
若い女性二人が、そのお地蔵さんに向かい、手を合わせている。

その後ろに男性が1人順番を待っている。
女性二人が顔をあげ、立ち去ると、
男性がお地蔵さんに静かに水をかけ、
きっちりと目を閉じて手を合わせる。

次は私達。

いざ手を合わせると、何を話し掛けていいのか分からなくなった。

「愛してる。愛してるからね。
天国のおじいちゃん、おばあちゃん。
私の子をもう少し見ていてあげてください」

と何度も何度も繰り返した。
ハム男もいつまでも手を合わせている。
何て言っているのだろうか。

そして、1年前と同じように寺の中を散歩して帰る。
広い寺の敷地の中に、なぜかもう1箇所、
「水子供養」とかかれた場所があった。
ハム男が何も言わずにそちらへ入る。

そこには、まったくさっきと同じ光景があった。
手を合わせる女性二人。その後ろに並ぶ男性。

ハム男とこれまた同じく並ぶ。
そこのお地蔵さんのよこには、立て札がしてあり、文字が刻まれていた。

『闇から闇へ葬りさられた水子の魂を癒すため
祈りましょう』

なんて嫌な表現だろう。
と、少し不快になった。

もし、これから先、子供を授かっても、
このお寺で安産祈願なんてしてやるもんか、と
心に誓った。




2001年07月27日(金) そして去年の今日

どうしてあんなに感覚がなかったんだろう。

悲しいとも
苦しいとも
怖いとも
違う。

ただただあなたを早く帰そうとあせっていた。

あなたが意識を持つ前に
あなたに神経細胞が宿る前に
あなたがただの細胞の塊であるうちに

なんてことを考えていたのよ

そう思っていたんだけど

違うね

あなたはもう完全に私の子供だったんだよね
可愛い可愛い天使だったんだ
せっかく、何十億もいる女性のなかから
私のお腹を見つけてくれたのに

ごめんね
ママはまだ準備ができてなかった

痛かったのは、手術前の筋肉注射だけだったよ
ありがとう

ママはね
もう決めたの

今度はどうしたって
あなたの手は離せない

もう1年たったんだね
いなくなったあなたを愛するってどういうことかが
わかってきたよ。


2001年07月26日(木) 去年の今日

去年の今日、私はラミナリアを入れた。

痛くて痛くて、
辛くて辛くて
ただうめいていた。

去年はこんなに暑かったっけ?
去年はどんな髪型をしてたっけ?

去年はいったい
何を考えていたんだろう。


2001年07月25日(水) 違うってば

もうそろそろ花火大会だね

とハム男が言った。

去年の今ごろ、一緒に行ったよね。
今週末、花火あるかな?

とも言った。

「絶対違う。去年の今ごろ、花火なんて行ってない」
きっぱり、と私は否定する。

だって、去年の今週は中絶するので大騒ぎだったでしょ?
ひっそりと心の中で付け加える。

でもそれはやっぱり心の声だから、ハム男に聞こえるはずもなく、

「いやあ、8月じゃなかったと思う。絶対今ごろだったって!」
笑いながら大きな声でダメ押しをする。

もうやめて。
忘れるにもほどがある。

今週末、お寺に行こうって言ったらびっくりする?
27日が命日だったんだよって言ったら・・・。

せめて7月はずっと一緒にいてほしいと泣いた理由が、
去年の今ごろ、花火なんて行ってないと言いきれる理由が、

やっと分かるでしょ?


2001年07月20日(金) つまんなくなんてないと思う

この連休三日間を、
72時間という恐ろしく長い時間を、
ハム男を失くして
いったいどうやって過ごそうと途方にくれた。

すると、3ヶ月くらい連絡をとっていなかった友達から
電話がかかってきた。
映画でも見にいかない?と。

電車に乗って、夏休みになったばかりの
子供達を避けながら歩く。

映画を見て、遅い昼食をすませる。
私はそこで力つきてしまった。
まったく、何もしたくなくなってしまった。
まだまだ夕方の早い時間に帰路につく。
何度見ても携帯のディスプレイに変化はない。

どおでもよかった 
何もかも

早く夜になればいい。
まだ3分の2以上残っている今日を、
もうやりすごしたい。


2001年07月19日(木) 私をとめて

だけどハム男は来なかった。
22時ころ電話が鳴る。

「ハム男、迎えに来てくれるんじゃなかったの?」
「え?来なくていいって言ったやん」

無言。
私は怒ると無言になる。

「・・・がちゃ子、怒ったの?」
 
無言。

ハム男のため息が受話器から聞こえる。
これ以上話しても、私の機嫌は直らないと思っただろう。

「じゃあ、明日行ってくるな。おっさんの誕生・・・」

ハム男が全部言い終わらないうちに
私は電話を激しく叩きつけた。

とめて。誰か私をとめて。
怒る理由はないよ。

私が迎えに来なくていいって言ったから
こなかった。

誰も間違ってないじゃん。

とめて。とめて。

でも、私の指はメールを打っていた。

『ハム男は、私が会いたいって言わないと来ないの?
ハム男の意志は無いの?もう私、疲れたよ』


2001年07月18日(水) せめて今だけでも

せめて、7月くらい、

あの子を天国へ送った月くらい、
一緒にいてくれればいいのに。

そう思うと、涙がまた出てくる。

「・・・どうして泣いてるの?
そんなに俺と一緒にいたいの?」
電話の向こうでハム男が困ったような嬉しいような声で問う。

そうだよ。せめて今月くらいね。

「明日、会社が終わったら迎えにいくよ
俺の家に泊まりにおいで」

「ううん、いいよ。大丈夫」

口では拒否しながらも、
ハム男は絶対迎えに来てくれると思っていた。


2001年07月17日(火) きました

会社のトイレに入ると、少し血が出ていた。
生理が、きた。

『ドキドキさせてごめんね。
だけど、まだお母さんのお腹には帰らないよ』
っていうあの子の声が聞こえた気がした。

祖母と祖父が今年たてつづけに天国へいったので、
二人がひ孫をあやしてくれているのだろうか。

そうだね、こんな夢もなにもない
困り果てたお母さんのところになんて
まだ来たくないよね。

今妊娠してたら、とりあえず出産や育児をすることで
私の生きる理由ができるだなんて
貧困なことを思ってしまった。

あなたが産んで欲しいと思うような
充実した人間になるね。
もうちょっと待っててね。

そういえば、去年の今日に
私はあなたの存在を知った。
妊娠検査薬を持ったまま、
蒸し暑いデパートのトイレで途方にくれていた。

早いね。もう1年。


2001年07月16日(月) 緊張

お風呂に入る前、洗面所の鏡に映った上半身を見て
少し緊張した。

胸の乳首の色が、普段よりとても濃い。

ピルを飲んでいる私は、生理がとても規則正しくくる。
月曜日には絶対生理になっていたのに
今日はまだこない。

ドクン、と体中が大きくうずく。

マサカ?
ソンナハズナイ。

産むけどね。
と思った。

お金が無くったって
夢がかなっていなくったって
今度こそこの子の手は離さないけどね。

明日、検査してみようか?
いやまだ早い。

いつもよりそっと体を洗い、眠りについた。


2001年07月15日(日) 予約

早起きして、ハム男と
映画『パールハーバー』を見に行った。

見ている途中で頭が痛くなってきた。

映画館を出ると、ハム男も具合が悪そうだった。
久しぶりの人ゴミに二人とも酔ってしまったらしい。
「つくづく、都会が似合わない二人だね」
と笑いながら昼食を食べて帰路につく。

16時前ころにハム男の家につくと、どろりと睡魔が襲ってきた。
今朝、日曜にハム男とデートできるのがなんだか嬉しくて、
7時に目が覚めて1人ではしゃいでいたツケが今きたらしい。

汗で体に張りついた衣服を脱ぎ捨てながらベッドに倒れ、
「ごめんね、ハム男。ちょっとだけ寝させて・・・」
といいながら意識を失う。

19時頃、目を覚ますと、隣でハム男も寝ていた。
頬を軽く噛むと、顔をしかめて笑いながら目を覚ます。

ふと、聞いてみた。
「今週末の連休、日曜日はやっぱりサッカーがあるの?」
「うん・・・ある」
ぴきっ、と体が固まった。

まさかとは思うけど・・・重ねて問う。
「金曜日は?金曜日は無いでしょう?」

天井を見つめながら、ハム男はうなるように喉を鳴らした。
「ああー、金曜日はおっさん(ハム男より2歳上の友人)の
誕生日だから・・・」

ハム男を含めた3人の友達衆は毎年誕生日を迎えた人に、
他の二人がプレゼントをしたり食事をおごったりと、
1日中遊び倒すことになっているらしい。

ぱたぱたと涙が落ちる。
でも、ハム男はテレビの方を向いているので気付かない。
慌てて布団で顔をこすり、歯をくいしばって涙をとめる。

「せっかく、連休なのに。つまんないなあ」
と笑いながら言ってみる。

ハム男が私の方を見る。
そして、困ったように私の名を呼びながら抱きしめてきた。
あきらかに私が泣き顔だったらしい。
せっかく止めたのに、また涙が出てきてしまった。

お願いだから と私は私にテレパシーを送る
お願いだからこんなことでイチイチ泣かないで
面倒くさい女だと 思われたくないから
お願いだから・・・

「あはははは、嘘泣きできるようになってん。びっくりした?
なんせ、わたくし女優ですから」
と、笑いながら立ちあがろうとする私を
ハム男は柔道の寝技のように組み伏せたまま、
ゆっくりと話した。

「がちゃ子、ドライブに行こう。
もうすぐ九州の実家から俺の車を持ってくるから、
そしたら、どこにでも連れていける」

分ってるよハム男。
三日や四日会えないくらいじゃ、
私はハム男を嫌いになれないから
安心して遊んできて。

ただし、来週の土日は一緒にいてね。

あの子を天国に返した日の前後は
私といなくてはダメ


2001年07月09日(月) ぎゅうぎゅう

ハム男の出勤を見送った後、
もうひと眠りしようかと思ったのだが、
久しぶりの平日の休みに興奮し(笑)目がさえてしまった。

ワイドショーをひととおり見て、
13時頃お昼を食べに外にでる。

ハム男から電話。
「今日、帰るの?ウチにいるようなら、俺、早く帰るけど」
うん。いるいる。早く帰ってきて!

夕食を作ろう、と思った。
本屋でコロッケの作り方を立ち読みして、
記憶が消えないように鼻歌も歌わずに早足で帰る。

最近母が、お通夜や旅行で家を開けることが続いて
私も外食が増えた。(料理死ぬほど苦手)

母のおいしい手料理を食べつづけてきた私は、
毎日毎日、お弁当や出前だったら、きっと発狂してしまう。

ハム男はあんまり自炊をしない。
1週間に1回くらい、がんばって作ってあげよう。

コロッケを揚げたところで、丁度ハム男が帰ってきた。
料理をしている私を見て、目を丸くする。
そして、
「ただいま」
と、すごい笑顔で私の肩ごしにコロッケを覗き込む。
二人で熱々を食べる。

オイシイネー
の顔になる

『できちゃった結婚』というドラマが始まった。
「妊娠検査薬が・・・」「つわりが・・・」
セリフが苦しい。聞きたくない。
「私、違う番組がいいな」
といって、チャンネルを変える。

寝る時、いつになくハム男が強く強く私を抱きしめる。
「早く寝なさい」
と口でいいながら、私を隙間なく抱き寄せる。
幸せな圧力の中、私は眠りについた。


2001年07月06日(金) パパのママ

少し前から昏睡状態だった父方の祖母が
昨日の夜、亡くなった。

10年近く、顔を見ていなかった祖母。

時々かかってくる電話で、
「今、週に1回行っているデイサービス(介護施設)
で、がちゃ子と同じ歳の子が働いてて、
体を洗ってくれたり、遊んでくれたりするねん。
つい、間違ってがちゃ子って呼んでしまうねん」
と笑っていた。

60歳くらいまで私達の家の近くに住んでいたのだが、
祖父が亡くなり、1人暮らししているうちに
体もあまり丈夫でなくなり、
父の兄(長男)と同居することになった。

横浜という、言葉も食事の味も全く違う地に行った祖母は、
電話がかかってくるたび、こっちに帰りたいという。

悲しそうな声を聞いて、
「いつか会いにいくから、泣かないで」
というのが精一杯だった。

5月に亡くなった祖父といい、
私は安心しすぎていた。

もっと、皆と顔を合わせて、
悔いの残らないように話をしなくてはいけない。

『いつでも会える。いつまででも生きてる』
そんな人は、いないのだ。
皆、いついなくなってしまうか分らないのだから。


2001年07月05日(木) 姿

『依頼者が母親と撮った一枚の写真。
そこには、封印したはずの過去が写っていた。
それは、子供達の悲しい声』

心霊写真特集の番組でのナレーション。

5年ほど前に
「事情があって身ごもった子供を産めなかった」
女性が、番組宛に写真を送ってきたのだ。

その写真というのは、
女性の肩のあたりに、3人の子供(2〜3歳かな)の顔が
のぞきこむように写っていた。
光の加減とかそういうレベルではなく、
肌色をした顔がはっきりと写っていたのだ。
産めなかった子供は、双子だったらしい。
(流産か中絶かは分りませんが)

番組でコメントをしていた霊能者のおばさんが
優しく言った。

「・・・いろんなケースがあるのですが、
これは、まさにこの女性のお子さんです。
淋しがっているんですね。
辛いことだったかもしれないけど、
忘れずに私達のことを受けとめて、と言っているんです」

少し胸がチクンとした。

天国へ行ってしまった子供に名前をつけて、
ことあるごとにその子に話しかけたり、
何かあればその子が怒ってるからだの、悲しんでるだの言ってる人達を
私は、冷めた目で見ていた。


けど、それが自然なのかもしれないと
少し思った。

子供の話を彼氏としなかったり、
なるべく思い出さないようにしている私は、
あの子の存在を否定しているだけだったのかもしれない。

それこそが、1番楽な方法だったかもしれない。


2001年07月02日(月) なんなのさ

父と母が横浜から帰ってきた。
祖母は意識不明のままらしい。

このまま1ヶ月でも2ヶ月でももつかもしれないし、
今すぐにでも急変するかもしれない。

ハム男から電話。
「金曜日、どうする?(会社終わってから泊まりにくる?)」

怒っている母親に、自分のお菓子をおずおずと
差し出して機嫌をとろうとしている子供のように
上目使いな声。

まだ月曜日なのに、もう金曜日の話?

少し笑ってしまう。
金曜日はいつもサッカーで遅くなるから、
泊まりにいっても淋しいから
最近泊まりに行かなかったのだけれど、
サッカーを休んでくれるのだろうか。

しかし、昨日の日曜日のサッカーの話を嬉々としてする
ハム男には、やはりため息が出てしまう。

サッカーに行かないでと拗ねる彼女に対して
1番触れてはいけない話題じゃないの?

私は電話が苦手。
電話で深刻な話はできない。

金曜日、覚悟しろよ!


2001年07月01日(日) 手を握ってて

朝、目を覚ますとシンガポールから母が帰ってきていた。

「はい、これハム男くんにおみやげ。今日会うの?」
「・・・ううん。会わない」

−もう2度と渡せないかもしれないよ−
心の中で母に言う。

電車に乗って、1番好きな街に散歩に行った。
日傘を通して紫外線が私を焼く。じりじりじり。
頭がボウッとする。

落ち込んでる時って、楽。
しゃべりたくないのも、やる気がないのも
落ち込んでるせい。

生きてるだけでせいいっぱいだと言い訳ができる。
海の底辺でどろんと寝転がってればいいんだもん。

元気で、恋愛もうまくいってる時が大変。
充実していると、さらに上のことを考えなくてはいけないから。
波間を、太陽をあびながら泳いでいかなくてはいけないから。
物事が見えすぎて、鮮やかすぎて辛い。

夕方、家に帰ると母が玄関に飛び出してきた。
父方の祖母が危篤で、今から横浜へ行くという。

夜、ひとりぼっちで寝る。
クーラーの音が怖い。
鳥の鳴き声が怖い。
冷蔵庫のモーター音が怖い。
怖い怖い。

ハム男の声が聞きたい。


がちゃ子 |偽写bbs

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