遠距離M女ですが、何か?
井原りり



 ビョーキですっ!

アナの周りに違和感が、非常に不愉快な感覚が、椅子に座るとき、そおっと腰を沈める必要がある。


これはもしかして?



↑エンピツ投票ボタンです。よろしく


夫に見せる。

○▼医院へ行けという。そっか、近所にあるじゃん。



お医者いはく「何か、こころあたりは?」

夏休みに、ビー玉いくつも入れましたなんて、そんなこと申しませんってば。


「飲み薬と塗り薬で、まずいってみましょう。手術となると一週間の入院ですね」



ついでに家庭の話題。

男の子がいう。


「ねえ、おかあさん、ボクの名前は誰がつけたの?」

「おとうさんだよ」

「なんで? ぼくがおとうさんのものだから?」

「▼○くんは、おかあさんのものだよ」

「なんで? おかあさんが産んだから?」


まあ、そういうことになりますかね。



* * * *



自由表現の方でそこそこ順位が上がってきたから、登録サイト数がほぼ4倍もある「成人向け」ジャンルに変更することにします。


どのジャンルに登録してあっても更新状況がよくわかるように My Enpituへの追加登録をお勧めいたします。

マイエンピツに追加



2002年10月31日(木)



 ためらい

やるからには、あえいでほしい。

書く以上は、反応が欲しい。

先月からエンピツを利用して、こないだようやくボタンを押すと続きが読めるタグを発見した。

デリエロも今まで知らずにいて、数日前からおじゃまして勉強させてもらってる。

おかげさまで、このタグたちはランキング向上に貢献してくれて……。

それより何より押してくださる読者さまあってのwebモノ書きではあるのですが……。

めるまが『おきものだもの』も昨夜めでたく100号突破しましたし、あらためてここで深く感謝の意を表したいと存じます。


ありがとうございます。


そう、今日のタイトルを「ためらい」としたのは、自分のやってることって高順位をねらってるだけのいやらしい行為かなってふと思ったりしたからなんだけど、マニュアルにも載ってるんだし、気にすることないか。


タグとか、わかるようになっててよかった。
全部ソフトにおまかせだったらこうはいかない。
タグ手打ち職人めざしてたもん。


↑エンピツ投票ボタン



2002年10月30日(水)



 おうちでえっち

半裸で夫のベッドにもぐりこむ。


ゆうべ自宅の洗面所で抱き合った時「続きはあした」と予告されていたから。


乳首をちぎれるほどひねられるのが好き。

肩に噛みつかれるのも好き。

指でクリトリスをいやってほど、ぐりぐりされるのも、好き。

勢いで「もっと痛くして……」と言ってしまう。


夫は「主人」で「ご主人さま」じゃないから、あれして、これしてって頼んでも叱らない。

サービスのSかもしれない。


「おまえ、だんだん可愛くなるなぁ」

え? そんなあ!
ちょっと、どぎまぎ。


いや確かに。
夫の指の動きひとつひとつに反応してこんなふうに声上げて思いっきり感じてる妻がカワイクなかったら、どうせいっちゅうんじゃ。


「もっと痛くして……」


あたしがそう言うと、デパートの袋を開けて買ってきたばかりのベルトを取り出し、それでお尻と背中をぶってくれた。


あたしってなんて幸福なオンナだろ。

涙が出そうだ。




2002年10月29日(火)



 性行為の描写


官能小説の目的は一つらしい。

字で書いた「おかず」ってこと。

そうかあ。ふむふむ。


今まで、こういう裏日記を書くにあたり、あたしが注意してきたことは、まずはのろけない、次にあからさまに性行為について書かないってことだった。


自分らの惚気噺を他人である読者さまに読んでいただくなんぞ論外だ、と思う。
たまにはあたしも書いちゃってるかもしれんが、抑制はしてるつもり。


とにかく他人さまが読んでくださるということを考えると、ひたすら個人的な性行為について公共の場にさらしてしまうのは、どうもちょっとね、って思う。

ひとに読ませるなんて、もったいないんだ、はっきり言って。
大切な想い出がすり減っちゃいそうなんだからさ。


だがしかし、ここみたいに、日記も成人向けカテゴリだと、逆に読者さまの期待に反してるんじゃないか? という気もしてきたのだなあ。
もっとサービスしなくちゃいけないんじゃないかしらん?


そこでだ。

別路線の開拓っていうのも、いいかもしれないと思ったのね。

今度は「官能小説」だから虚構でいいんだし、嘘で塗り固めた物語を仕立てたっていいんだし、なんにも恥ずかしがることはない。

官能小説を標榜するからには、性行為の描写をメインにもってこなければならないっていうのも、いいストレス解消になりそう。
って別に普段からストレスレスでのびやかに暮らしているんですけれども……。


じゃあ、執筆体勢に入ります。



2002年10月28日(月)



 官能小説って?


とあるところで官能小説コンテストがある。

で、応募するつもりだ。

ところが、普段この手の作品を読みつけていない。
ひょっとしたら考え違いをしてたかも?


質問。

官能小説って、まずは「濡れ場」っすか?


なんか、きっとそうだ。

じゃあ、作戦変更。


たぶん、あたしのアタマの中には、あたしなりの理想の濡れ場描写がある。

それを脳内に手を突っ込んで、かきまわして、ずりずりと引っ張り出せばいい。

うふ、うふふ。

この場合、自分はこうは言わないが、定番の言い回しっていうのが広く出回ってるな。
ありゃ一体どうなんだろう?

売れてるってことは、定番の言い回しがみんな好きなのか?
そうなのか?

ようわからん。


ま、いいや。
基本はいつも、読者としての自分を一番よろこばせるものを目指すってことだ。

* * * *
 

ところで、いはらが新しい奴隷を物色している。


今度はきりきりしたり、いらいらしたりせずに、上手にやろうと思う。
まだ見ぬ彼女と仲良くなれるだろうか。

あたしに似てない人ならいいと、思う。
もしくはむちゃくちゃ若い、うぶで何にも知らないようなコ。

でも余裕でにっこり笑えるようなのも、なんだか拍子抜け。


愛憎は表裏一体。

 

2002年10月27日(日)



 M女たちのねじれた友情

あたしとMrs.秋葉は長続きすると思う。

なぜかって彼女はMじゃないから。


ここから先にあたしが書くことで、何人かの友人をなくすかもしれないが、去っていくならそれまでの仲。

跡は追うまいぞ。


M女の連帯なんて「嘘」だ。

お互いがつらい状況にあるから、寄り添って慰めあいたいっていうのはほんとだろうか?

あたしが思うにそれは、自分の幸福を相手の不幸で計測したいだけだろうよ。

あたしもつらいけど、○○ちゃんはもっとカワイソー。

じゃあ、まだあたしの方が幸せなんだわ、うふ、よかった、ご主人さま大好き、らぶらぶう〜。

あほか!


それから、M女日記の読者は圧倒的にM女なんだろうけど、これもまあ、自分の境遇とよその境遇を比較検討して、自分を納得させたり安心したりしたいんじゃないだろうか。


あたしも、よその日記読みますが、あ、ちょっと文体的にご遠慮つかまつりたいのが多い。

って、あたしが特殊なのだ。

自分のS男氏に文中で敬語は使わないし……。

ま、これについてはかつて書いた。
が、しかしあれだな。webで日記つけるようになってからは書いてないから再掲してもいいかな。

他人さまが読んでくださるのだから、身内に敬語はおかしかろう?

平社員なら普段は社長に敬語を使うが、外から電話かかってきたら「ただいま社長は席をはずしております」っていうだろが。

SMの主従だとて、一般会社の主従と同じじゃないのか?

ま、いいや。


ねじれた友情ネタを、もいっこ。

う〜、月曜日は大学の同級生@開業医夫人、金曜日は高校の同級生たちとランチした。はかったわけじゃない、みんな年に一度あうかあわないかっていう仲だ。
偶然、今週そうなったんだ。

高校の同級生ってのはビミョ〜。

院長夫人、勤務医夫人、売れない絵描きの第二夫人、それと働く主婦二人(うち一人があたし)。

子どもの話題、塾の話題ばかりでランチタイムは終了。


去年の九月の日記にも書いたのだけど、まだこの5人のうち、誰の子どもも自分たちの母校に入っていない。

自分の子どもが自分の出た高校に入ったら「勝ち組」って、バッカみたいだが、みんなそう思っている。


あああ、なんて田舎なんでしょう。




2002年10月26日(土)



 Mだからって何?


女三人噺濃い恋談義 その参


昨日分の日記への補足。

つまりその〜、異性との交流において、ノーマルからアブノーマルへの移行にあたり、自分自身の中身には全然変化はないと思っているから、すごく言いにくそうに質問されたわりに答えの方はあっさりしたものだったわけ。


最初から……、うー、なんていおう。
処女だったころから自分が「ノーマルなままで一生終わるわけないじゃん」っていうのは思ってた。

だからカラダの関係ができて、ちょっと興が乗れば「縛ってみて」みたいなことは言った覚えはある。

いや、そういう相手はむしろ一夜限りの関係の奴が多かったかも……。
今はむかしなんで覚えてない。


普通に恋愛して、普通に性行為して、当たり前のように縛ってもらってれば、興奮してたはず。
精神的に服従しちゃうとかっていうのは考えず、性行為の一環として縛ってもらえりゃあ、よかったんだ。



「その〜、SMの世界に入るについてすごく勇気がいったとか、怖さやおそれがあったというのはないの?」

「ないね」

これはもう全然ないです。胸張って言っちゃう。

だって行くべき場所に移動するだけだったんだもん。

「ただね。SMとの出会いは都会でないとありえないと思い込んでたんだよ。あたしゃ田舎もんだから」

ところが検索してみるとうちの近所ってば、あふれんばかりの変態の溜まり場だった。
ああ、こりゃこりゃ、すっとこどっこい。

やろうと思えばすぐできるって環境にいるのに気付かないってこともあるのねん。



ああ、でもなあ。思い出すよ。

まだ駆け出しだったころは、一般的な恋愛との混同が激しくて、不安定で、揺れてばかりだった。

相手の未熟さばかりを責めるわけにはいかないが、こころの中まで縛られてなかったことへの漠然とした不安。

ただの不倫や浮気と全然違わないことへの不満。



それから、これはあたしの持論なので以前にも書いたことがあり、自分のを読む限りはさほどではないが、よそのオンナからことさら自慢げに標榜されると、カチンときてしまうんだが……。

その原因は、M女同士の近親憎悪のなせるわざなのでごぜーますだ。

もったいつけてすんまそん。

持論ってなにかっていうと、あたしは「Mになったんじゃなくって、もともとMだった」からそれを表に出してるだけってこと。




2002年10月25日(金)



 じゅるっと、下腹部が……



女三人噺濃い恋談義 その弐

「ねえ、自分のM性を自覚したのはいつごろなの?」と質問されたが、しばらくぽか〜んとしてしまった。

質問の意味を考える時間が必要だった。

そうだ。Mrs.秋葉と今はむかしのパソ通のフォーラムで知り合ったころ、あたしはただの恋するおばはんだった。
そんでもって、SMだとか、拘束だとか、服従だなんてまるで範疇外の位置にいたんだ。

彼女が不思議に思って、ついに今夜、意を決して質問をぶつけてきたんだってことを理解するのに、さんまの塩焼きと大根おろしをそれぞれ半分消化するくらいの時間が……。


「そんなの、ちっちゃなころからだよ。ままごとやったり、お姫様ごっこしてる時にさ、お姫様になってさらわれて縛られたいって、いつも思ってた」

「それは女の子なら、みんなそうよ」


ほげ? そうだったのか。

じゃ、なんていおう。

いやね、なんつか、その。
子どもながらに、じゅるっとね、下腹部が興奮したって自覚があるわけですよ。

ああ、恥ずかしや。


2002年10月24日(木)



 肌を見せる悦び

スタバのコーヒーを飲みながら青山ブックセンターで立ち読みならぬ座り読みまでできるなんて、東京は違うやねん。

で、官能ネットのkako嬢のあの日の装いは思わず息を呑む真っ赤なミニスカに、ブーツ。

インナーには黒のベアバックセーター。
ベアバックつったらあれよ。金太郎の腹かけみたく、背中全部見えてるわけだし、当然ブラジャーなんてつけてたら、無粋というものぞ。



じゅるっとよだれが出そうな肩とわくわくの脇。



ミニスカもごっくん、です。




2002年10月23日(水)



 身もココロも

お月さんが西から昇ったって、できない、と思うことってある。


どんなに好きな人があらわれ、とことんココロを奪われようとも、あたしはカラダまでそのひとのそばにはいけない。


身もココロも常にたった一人だけに所有されているのなら、それはそれでどんなに甘美なことであろうか。

だがしかし、出会いには時間のずれがある。

時間差をおいて二人の人に出会った、ここまでは同じだ。

それぞれと共有する人生に折り合いをつけられるあたしと、つけられない彼女がいる。


Mrs.秋葉は彼女なりのスジを通し、あたしはあたしで、あたしなりにスジを通して生きている。

あたしたちは、お互いの感じ方、生き方を「出来ない、理解できない、信じられない」と評しあうが、相手を批判はしない。

自分にはこれしかできないってわかっていて、相手がやったようにはできないからだ。


Mrs.秋葉はあたしのことを「不思議なバランス感覚がある」といつも評してくれるが、ひょっとしたらあたしはオトコに限らず、仕事や表現分野、世間との付き合い、すべてに DUAL MODE で自分を制御してないか?



親にも家族にも見せていない、見せられない、見せたくないあたしのB面。


あたしのB面は深く暗い。
そしてかなりの重さがある。


彼女にはC/WはあってもB面がない、とはいわないが、親も家族も知らない領域の範囲は狭いんじゃないか?
隠しファイルってとこかもしれない。

どこかをクリックしれば画面には出せるはず。まあ、開けないだろうけど。


あたしはアナログのレコードで、彼女はCDだ。




2002年10月22日(火)



 骨の髄までMなりき


新宿で恋する女が三人寄れば……。


「どうしてそんなに言われた通りにできるの? 言いたいこととか、悔しくなっちゃうこととかないの?」

Mrs.秋葉が憤慨していう。

いはらから「嫉妬しちゃだめ」っていわれて、あたしが「はい」っていっちゃうこと自体がもう納得できないことだらけだっていうんだ。

百歩譲って、そういうのがS男特有の深謀遠慮だとしても、全然理解できないという。

「だってフツー、女はそこで嫉妬するでしょう? しないわけないでしょう? あたしにはそんなことできないって話にはならないわけ?」
「ならないよ」
「……」

官能ネットのkako嬢はMっ気ありだから、うふふと笑う。

「だーりんに言われる事は絶対服従だよねん」

いはらは、だーりんじゃあないんですけど……。ま、いいです。

うん、言うこときかないわけにはいかない。

自分の主義主張より、いはらの意思は優先されてしまうのだ。


なぜなんだろう?

うんもすんもない。反射的に「はい」って返事して、納得してる。


見かけ上のあたしは威張ってて偉そうだ。
職場のオトコたちも、お伺いを立てこそすれ、誰もあたしに命令しない。


いはらと夫だけがあたしに命令する。

命令されるのはうれしい。
だから、いうことをきく。

命令に従うこともうれしい。

そうして気持ちいい。


どいつもこいつもわかっちゃいねえんだから、ほんとにあたしのことわかってくれてたら、それだけで感謝。

感謝してる以上は、いうこと聞くのは当然じゃんか。





2002年10月21日(月)



 東京だよ、おっかさん。


降水確率の高さにびびって、新調したお召しでの外出はあきらめたが、結局、パーティの会場から、新宿駅までは地下道をたどっていけばたどりつけてしまい、傘を一度も広げることなく帰宅。

なんだかがっかり。

去年、このパーティに集まった時、渋いこげ茶の着物に男物のような細帯を粋に締めて、ちょいと足元がご不自由なのか、杖をついて歩いてらした年配の女性は木版画の先生であられたよし。

なあるほど、今回も着物と同じ生地で羽織風の(でも襟の折り返しがない)上着をはおってお召し物は渋いのに、髪は緑色に輝いてて、目立つめだつ。

ああいうばばあになるのも、いいかもしれんな。

年寄り中心の会合は一次会で切り上げ、高層ビルの29Fへ……。



官能ネットのkakoちゃんたちと飲んだ。

そそる画像もあります。



2002年10月20日(日)



 降水確率 高い!


着物、しかも新品、しかもお召し。

いっくらスコッチガードしてあったって、無理ですな。

じゃあ、何を着て行こう?



2002年10月19日(土)



 一尺八寸


くじら尺のものさし(=\650.)を買ってきた。

呉服屋と話してたって通じないんだ。
もう、わけわかんないんだ。
らちがあかない。

こっちはもうずっと「cm」で生きてきたんだが、向こうは「寸尺」で生きてきてて……。

センチでいうなよって向こうも思ってんだろうけど……。
尺でいわれても、てんでわかんないわけで……。


ふう、やっとこれで腹に落ちた。

今まで「一寸は約3cm」って in put され自分もそう思い込んでて、子どもにもそう教えてきたが、3.8cmもあるじゃないか!

円周率3.14を「3」だと教えるのと同じくらい大きな間違いを、なんでこの年までほっておいたか。

一寸法師が3cmか、3.8cmか、この8mmの差は大きいぞ。



で、呉服屋が「裄丈が一尺八寸もあるのは、測り間違いじゃないでしょうか? わたしの今着てるのが一尺六寸五分です。そんなに大柄なかたじゃないのに八寸っていう寸法は……」

出来上がったお召しを実家でちょっとはおってみる。

洋服の袖丈はいつも手の甲に半分かかってしまうくらいの、チビなあたし。

いつぞや親が知らないうちに仕立てていた着物の袖がつんつるてんで、手首が丸見えだった反動かどうかしらんが、袖くらいたっぷり長くってもいいじゃないか。

まあ、妥協して一尺七寸五分で統一しましょうってことになった。

襟の抜き方とか、きちんと着て測るべき?

信頼してるお針のお師匠さんに測ってもらっての寸法なんだよ。

親がむかし着ていたキモノが、ほどいて洗い張りに出してあったのを発見したから、去年、この寸法で5枚も6枚も仕立てちゃったんだ。


めんどくさいような、わくわくするような……。

いやあ、幸田文とか、青木玉とか、読みたい。
読まなきゃ!。



* * * * *



夫は着るものに関してはプロである。

子ども服の高級ブランドなんて、いくらでもある。
お金さえあれば、どんな下品な夫婦の家の鼻たれ小僧でもこまっしゃくれた city boy にはなれる。

バブル期、夫は子ども用の着物にざぶざぶ、お金をかけた。

洋服じゃあ見栄を張るにも上限があるってことだろう。
着物で張る見栄には限りはないからな。



生後6日め。
産院を退院する時も真っ白なレースのドレスじゃなく、お宮参り用の背中に魔よけの縫い取りのある繭の色そのものの絹のおべべ。

当然、お宮参りも七五三の衣装も子どもそれぞれ別にこしらえた。

わたしはプロの前で自分が着物を着る自信がなかったから、お宮参りも七五三もスーツとかワンピースだった。

バブルがはじけて、子どもの着るものはみんなユニクロ。

ほんだば、わしもおべべを着るべ。

うちにあるものを着る。
よほどのことでない限り新調しない。
賢い節約。



* * * * *



子どもの視界からは死角の位置にわたしらはいた。

夫は立っていて、あたしはしゃがんで冷蔵庫に野菜をつめていた。

ムスメに声をかけながら、夫があたしの頬をなでなでした。

あたしは夫の足をすりすりしてみた。



犬みたい……。



あたしはこの人の犬でもあるんだって、思った。





2002年10月18日(金)



 トリビュートアルバム


今日、買ってきたスピッツトリビュートのほかにも何枚か持っている。

トリビュートつったって「夜はひっぱれ」的な芸能人カラオケ大会みたいなもんではあるのだが……。

ビートルズ、宮澤賢治、この2枚は古い。

最近は夏に出た、はっぴいえんどの2枚組。


タワレコの店内をぶらぶらしていたら、'60〜'70のいわゆるフォークね。
URCというレーベルがあったわけさ。

んで、団体でCD復刻されているのだが……。


しばらく考えて、あたしが出した答えは


ナ ニ ヲ イ マ サ ラ ……。


いや、あらためてCDで聞きなおさずとも、アタマの中にしっかり入ってるから、買う必要がないって思ったわけだ。




* * * *



ところでタイムスリップグリコ。

なかなかちゃぶ台でませんな。

もう、めげそう……とほほ。






2002年10月17日(木)



 なあにがレトロぞ


先週、ニュースステーションで「絶滅なんとか」という特集をたまたま見た。
その日取り上げられていたのは、8mmカメラだった。


今でも忘れていない、扇千景の「わたしにも写せます……フジッカ シングル エ〜イト」

8mmつったら、ほら、『転校生』のラストシーン。

などと子どもに話しかけていたら、案の定、大林監督登場。

デジタルビデオは「記録」を残すが、8mmカメラが写したのは「記憶」なんだって。


* * *


タイムスリップグリコが第二弾を出してきた。

前回以上のリアルさ。

朝ごはんのちゃぶ台をgetするまで買うつもりだが、果たして……。

鉄人28号はどうでもいいなあ、この際。


* * *


レトロだから、何だって云うんだ?

今の時代の視点で、あの時代の風物を見るから「レトロ」なだけじゃん。

当時はアメリカにあこがれるばっかりで、昭和という時代のキッチュさには気付かず、むしろ昭和日本をさげすんだり、恥じたりしてなかったか?


* * *


昭和歌謡でなぜ悪い?

欧米ポップスもどきをさんざん歌ってきて、ここ数年は昭和歌謡に路線変更したよな>桑田。

もっと早く気付けよ、といいたいところだが、もっと早かったとしても堀内孝雄になっただけ。


ま、人のことはいい。

レトロだから、どうしようっていうんだ?

「おきものだもの」をなんで始めたんだっけ?

どうしてわざわざ着物で出かけることにこだわるよ>わたし。

ゆくゆくは着物で出かけるだけでなく、着物で生活できないかな、と企てているということは、ある。


* * *


「レトロ」さをありがたがってるっていうのは、だめなんじゃないかって思う。

生活そのものがレトロだった時代の不便さ、その不便さに対してざんざん文句いってきたじゃあないかって思うから。


小樽や函館で、昔の銀行をホテルに改装したのとか、あるよね。

外見は、まあ、よい。

細かいところ、たとえば洗面所、お手洗いなどの水まわりはどうだ?

昔ながらの蛇口とかシンクを懐かしがるより、旧式の使い心地の悪さに辟易としてないか? 
メッキとかはげかかってても平気か?
不潔な感じとか受けたりしてないか?
 
やっぱり最新のぴかぴかしたホテルがいいわって、思ったりしてないか?


奈良ホテルに泊まりたいか?
箱根富士屋ホテルは?
日光金屋は?
東京駅ステーションホテルは?

考えちゃちゃうなあ、外からはずっと眺めていたいんだけどなあ。

東京駅とか、大好きなんだけどなあ。


* * *


今日は何が書きたかったんだろう?

たぶん、なんで着物着るのかっていう問いにうまく答えが出せないもんだから、堂々巡りをしてただけだと思われ




なんか……ま、いっか。




2002年10月16日(水)



 『最終兵器彼女』

恥ずかしながら、年がいもなく、VIDEO屋にあったものだから、わずか30分で、新作だから100円増しの、2泊3日しかだめなのに、借りてきた。

さっさとムスメが先に見る。

「まあ、ありがちな、想像通りの展開だったね。嫌いじゃない……。好きかもしれん」

なんつーか、生意気な物言いだな。中学生だってのによ。
さすがはうちのムスメだ。


わたしは、というと、返却予定日の閉店時間は過ぎたのに、見てない。

いいや、明日の開店前までに、店頭のポストに入れれば、延滞にはならない。

舞台は小樽?

地獄坂って言ってたぞ。
地獄坂の上にあるのは「小樽商科大」?
高校があるのか?
まあ、でもマンガだしい……。

その昔、現代国語の教科書に伊藤整の『ある詩人の肖像』が載っており、けっこう読み込んだつもり。

小樽って好きだ。
今年、2回も行ったし……、仕事でだけど。


『新世紀エヴァンゲリオン』の「第三東京市=箱根」って、設定にはのけぞったがな。
そうか、最近ってみんなこんな感じなのか?

だったら「ヤマモトヨーコ」もそうだったのか?
うー、すべてをおっかけるわけにはいかないからな。


こっちも年齢相応に、はまり込む作品を選ばねばならん。


夜中にビデオを見ながらマニキュアを塗る。

しかも10本ある指のうち、たった2本だけにマニキュアを塗る。


いはらに云われるまで、あたしの生活の中になかったもの。


できあがった習慣の中に割り込んでくる、新しい習慣やしきたり。


自分の生き方は自分だけで決める。
誰にも指図されない。

そう思っていたのは、子どものころのこと。

マニキュアが乾くまでは何もできない。

少し動いても何かに触れる。せっかく塗ってもぼこぼこになっちまう。


マニキュアが乾くまでの時間
ただじっといはらのことを考える


習慣も時間も自分の思い通りにならない幸福。


くすぐったいようなパラドクス。





2002年10月15日(火)



 おきものだもの


むかしからの読者さまはご存知でしょうから、なんだか宣伝みたいで、あれですが……。

『おきものだもの』というめるまがを出している。

去年くらいから着物で外出というのがマイブーム。

母親が着物をよく着る人だったし(故人ではないが、今は一切着ないので過去形)人が集まる場所で目立ちたいという欲があるので、マイブーム。

今年は何回、着たっけか?


1.組合の新年会……ウール、半幅帯、羽織。
2.画廊オープニング……更紗の柄、半幅。
3.職場でお祝い……付下。
4.子どもの卒業式……母の鹿の子、黒い羽織。
5.子どもの入学式……小紋、お太鼓。
6.子ども2号入学式……付下、お太鼓。
7.出版記念会……更紗、お太鼓。
8.歓送迎会……紅梅色の格子、半幅。
9.PTAお食事会……大島の格子ここから単衣、アウトレットの帯。
10.いはらと食事……薄物、半幅。
11.ライブ……浴衣。
12.家族で食事@hotel……浴衣。


率にすれば、月1回以上だな。

いまどきのフツーの奥さまはだなあ、どうだ? 

子どものお宮参り、七五三、結婚式への招待、子どもの卒業式、親の葬式。

一生に10回着るか、着ないか、だろうから、ま、こんなところでも充分目立つことはできてるな。


で、今月は白鷹のお召しが出来上がってくる。
これを着て出かける予定が2件ある。


紅葉柄の臙脂色の半襟をかけたセルの長襦袢が待機中。

が、しか〜し、問題は、帯! なんだよねえ。


本当のお金持ちは着物と長襦袢と帯もフルコーディネイトしてご購入なさるのであろうなあ。


まだ帯が決まってないのでござるよ。



2002年10月14日(月)



 ココロを責める人


「K」が帰ってしばらくたったある日。

「K」がいはらあてに出したような文面のメールがわたしのところに着いた。

あの日、肩とあごにはさんだあたしの携帯で「K」はいはらの声を聞き、声だけでいはらへの服従を誓ったのだという文面。

ん? 送る相手を間違えてないか? と発信者を確認するといはらからの転送である。


「声だけでねえ……」


これ、ほめすぎちゃう?
まあ、悪声ではないが、美声でもないし、あえていうなら話し方全般に不思議なチカラがある人なのだけどなあ。


でも、なんで、あたしに転送するよ?


翌日は、「K」から直接、いはらにあてた課題の報告があたしの方にも届いた。

なんだか、こころがざわざわしてきて、少しひらめいたものだから、いはらに問い合わせてみた。

やはり彼が指示して、あたしにも課題報告を送らせたらしい。

すごくこころがざわざわしてきた。


これには何かある。

はたして、来た。
こんな、めるだ。


「嫉妬ってしたことないでしょ?」と、いはらはいう。


いかにも、なんかミョーに寛大というか、わたしは本当の嫉妬をしたことがない。

そうか、そういうことか。
なるほどね。



「嫉妬するな」とはいうものの、あたしが嫉妬しないはずがないと知ってての仕業だ。

こんなふうにこころを責めてくるなんて……。

こんな責められ方をされたら、ますます……。


今までのことはすべてこのための伏線だったことを悟る。


かなわない。






2002年10月13日(日)



 残念無念



って別に今回が初めてではないのだが、着信があったのに出られなかった。

「生活」にはどうしても勝てない。

いや、勝とうと思ってはいけないのかもしれない。




2002年10月12日(土)



 「十月の帝国」


「十月はわたしの帝国だ」

と田村隆一は云う。


わたしの帝国は二つある。
A面とB面の帝国を支配する二人の男。


A面は空間に接し、B面は時間に接する。

A面は世間とも世界とも接し、B面は精神と宇宙に接する。


二人の皇帝は、あたしの帝国では独裁者か?

いや、彼らは君臨すれども統治せず。

主権はたった一人の国民であるあたしにある。


いやあ、なんという民主主義。


彼らは、あたしの進むべき方角を指差し舵を取る。

船に帆を張り、エンジンをかけ、水兵たちに指示を与えるのは、あたしの役目だ。



田村隆一は「詩は十月の午後」ともいう。

キンモクセイが匂いを振りまく十月の午後。

街路樹のけやきもそろそろ色を変え始める。

いはらの街のけやきはもうすっかり色づいてしまっているのだろう。

もうじき冬が来る。

まだすぐには来ないけど、そのうち、確実に、来る。










2002年10月11日(金)



 声でイク

電話のおかげで逢えなくても、声を聞くことはできる。


声は不思議。

魅力ある声の持ち主は、容姿以上の美徳を有する、と思う。


ムスメの要望でJazzのスタンダードの入ったアルバムを探していた。
貧相なCD屋で、売れ筋しかなかった。

見つけたのはケイコ・リーの『Voices』。


ケイコ・リーはまだ駆け出しのころ、うちの近所のJazz屋に来て歌ったのを聴いたことがある。

ふうん……って感じだが、美人なだけの阿川泰子より歌唱力はあるよな。綾戸智絵みたいに騒がしくないよな、っていう薄い印象だった。


スタンダードだから聞く側にはもう、それぞれの歌に固定したイメージがある。

それをいちいち裏切ってくれるところが気持ちよかった。


「Fly me to the Moon」はミョーに重い。
まさか、これがあの……”ふらーぃみーとぅざむー?”って感じ。

「What a wonderful world」にいたっては、なんてったってサッチモのそれにまさるものはない、と思っている脳天にどパンチ!!


サッチモも泣けるが、ケイコさん、あなたにも泣かされました。

女の深い声もいい。

深い声の男はもっといい。



以下、あたしの勝手な訳、ね。



* * * * * *



葉っぱは緑  バラの花は紅い

空は青いし 雲ってな白い

虹ってなんてキレイな色なんだ

みんな手を振っていっちまう


赤んぼが泣いてる

やつらもそのうちでかくなって

オレも知らないようなことたくさん覚えてくんだな


「はじめまして」って握手する

愛してるぜ みんな


あああ 生きてるってな いいな



* * * * * *



なんか文体はその昔かぶれた黒人の詩人ラングストン・ヒューズそのまんまやんけ、ですが。


映画『12 モンキーズ』が好きなんだけど、過去と近未来とを行き来するブルース・ウィリスがカーラジオから流れるサッチモのこれを耳にして「ああ、やっぱり20世紀の音楽はいいぜ」って云う。

この台詞があるから、この映画が好き。



2002年10月10日(木)



 偽姉妹の儀式


彼女は「犬」である〜13〜


東京の子どもらは「ビー玉」と呼ぶのだろうが、わたしらの子ども時代は男子も女子もみんな「かっちん玉」と呼んでいた。

地面に指でくぼみを掘り、陣地を決めて玉を取り合う、男子だけの遊び。

ついにルールも知らないまま、あたしはオトナになった。
今では「かっちん」をやって遊んでいる少年なんぞは絶滅種だ。


100円ショップで買ったガラス玉は虹色にコーティングされているのか、単純なラムネ瓶の色なんかじゃなく、とってもキレイ。

いはらに言われて最初の日は2個。翌日は3個。
このガラス玉をゴムで包んでアナに埋め込み、当日の予行演習をした。

なんとか数時間、入れたままで生活できることがわかった。

ただ、入れる時、いわゆる数珠つなぎ状態にはならず、カラダの中で3つのガラス玉が3角に接しあっているらしい。

となると、問題は出す時だ。

ひとつづつ、ひねるか結ぶかしてなんとか縦列に並んでもらわねばならない。


当日、体内に小さくってキレイな銃弾を仕込んだまま、パンツをはき、電車に乗って「K」に会いにいった。

あたしのカラダの中のことはさとられてはならない。

普通の顔してお話できるかな?
もぞもぞみっともないマネしないように……。


ふう。


スタバでコーヒーを買って、ベンチでお話してから、個室へ……。


縛りは……あはは、まだまだヘタですね>あたし。


烙印には憧れがある、と聞いていたので、線香を用意してきた。

4、5本並べて火をつけ、スタンプを押すように文字を書いていく。



一画め、横

二画め、斜め

三画めは逆の斜め

四画め、横棒の右上にちょん。



「犬」だ。



ふとももの内側にうっすらと小さく桃色で「犬」の文字の跡がついた。


文字の上から消毒液をたらす。



最後にぐったりと倒れている彼女のカラダを横向きにし、あたしのカラダの中からガラスの弾丸を出す。


そうしてそれを丁寧に消毒したあと、新しいゴムに包みなおして、今度は「K」のアナに埋め込む。


ひとーつ。

ふたーつ。

いかん、最初のが逆流してきた。
ぐぐっと押し込み、あらためてふたーつ。

最後、みーっつ。


ふう。

完了。

今度は仰向けにして、女にしかないアナの方にも小さなバイブを入れてやる。

びくんびくんとカラダが震えるから、怖いか? と聞くと首を振る。


「気持ちイイ?」
「はい」
「それはよかった」


時折、いはらに電話をして実況中継。

携帯を「K」の肩とあごの間にあてがって、いはらの声を聞かせてやる。

かすれる声であえぎあえぎ返事をしている。


本当に気持ちよさそう……。


あたしなんかが相手でよかったのかしらん? と思う。

わたしの指のさきに、オトコであるいはらがいるのだけど、あたしだったら相手がオンナだったらしらけてしまうかも?


とにかくビー玉の埋め換えもしたし、烙印も押した。



長兄の仕組んだ、偽姉妹の儀式はこれで終了。







2002年10月08日(火)



 あえて弱点を突く



彼女は「犬」である〜12〜


ぐるぐるぐるぐる堂々巡りの果てに、幸福な編集会議まで開いてもらって、あたしが書き上げたメールを要約すると……。


>リアルなプレイを渇望するのはわかるが、そんなに焦らずともよいのではないか。

刺激的な性行為をするために便宜上M女になったのではなく、先天的にM女であり、生涯その看板をおろさない以上、プレイの有無は問題ではない……云々。


いはらの検閲後、i-mode向けに250字以内に分割したりなんだかんだやっているうちに、送信したつもりになっていたが、これは「つもり」のままだった。


翌日、京都駅巨大階段の途中にあるカフェで在来線の待ち合わせ時間中、Zaurusでメールチェック。
送信簿をよくよく見たらば……が〜ん!
「未送信」のまんまじゃん。

あっちゃー。


昨日の昼でさえ「いつまで待たせるつもりだ」と怒ったいはらだ。

もし、いはらが「K」にめるして、わたしからまだ何の音信もないと聞けば、また叱られてしまう。


叱られるのがこわいからって、報告しないで黙っているほど、わたしはバカではない。
かねがね、りり@粗忽もの と認識されているのだから、まったく勘弁してくれよ、ではある。

まず、大急ぎで「K」に送信したあと、いはらにもお詫びめるを送る。


わたしが一人でぐるぐるし、いはらがいらいらとそれを我慢した一日。「K」は「K」で、わたしらから何の反応もないことに、はらはらして過ごしたらしい。
それは「K」の不手際ではないのだが、丁寧な言葉であっさり謝罪されると、逆に「むっ」としてしまう。


それはさておき、わたしのメールに「K」がどう反応したか、よく覚えていない。

一週間後に「K」がわたしに会いに来てくれることになっていたので、そっちの方に関心が移ってしまっていたからだろう。


「K」が来るならば、それなりの準備がいる。


いはらに「K」とプレイしていいか、と聞くと「向こうはそのつもりでくるんじゃないのか? きちんといろいろやってあげるべきでしょう」という楽しそうな返事。


準備も含めてこの一週間は、初めて経験することも多く、かなり淫靡でぞくぞくした。


まず、こんな課題が出た。

「「K」には今、ビー玉を尻に入れて生活させてるから、りりも同じことをしてみて」

ぎょっ。

うぬぬ。

わたしの弱点はアナだ。
それを尻ながら(知りながら)これか!

息がつまるほど縛られても、一本鞭でびしっと打たれても、痛さより気持ち良さを感じるわたしだが、あそこはだめだ。


ざざざーっ。


ちびまる子ちゃんの登場人物たちのように、あたしの額にもタテ線が入る音が聞こえた。





2002年10月07日(月)



 叱られて……

彼女は「犬」である〜11〜


「K」からメールが来てからほぼ36時間経過。
一向に文面が決まらない。

家族と県内一泊旅行がすみ、また翌日は上の子どもの総合学習の取材に付き合って京都まで行くことになっていた。


あわただしい夏休み。


ついにしびれを切らしたいはらは、自分から電話をかけてよこした。

いつもなら、メールで「電話」というのがまず来て、わたしからかけるのに、だ。


「で、返事はしたの?」
「まだです」

「なぜ?」
「なんて書いたらいいかわからないんです」

「まだそんなことを言ってる。どうして?」
「だって、ほんとに何をどう書いたらいいかわからないんです」

「じゃあ、なぜ聞かなかった」
「え? そんなこと聞いて、また叱られるのがこわい」

「へ〜え、叱られるのが怖いと黙っちゃうの? 都合の悪いことはなかったことにするわけ? わからないことを聞くのは当然でしょう。そこで黙っててどうする」


まあ、これ以上具体的なせりふは省略するが、いはら本人が「ひさびさに怒ったな。初期のころ以来かもしれん」というくらいこっぴどく叱られてしまう。


そのあと気を取り直して、返信文の編集会議。


今回の件について判明したのは、たとえいはらあてのメールであっても、こういう基本的な「躾」にかかわる問題は、直接の飼い主であるわたしが返事をしてしかるべきだ、といはらが考えているということ。

いはらが返事を書くのは簡単だが、それではM女二人のためにはならない。

なんのためにこんなややこしい上下関係を構築しているのか、ということ。


わたし一人が、つまらない(かどうかは、ここではひとまず置く)嫉妬をして目標を見誤れば、そこから先、わたしの幸せは生まれないということ。


そう、だから
「りりだけのいはらだと思い込んでいるふしがある。それは幸せをうむのか」
ということになるのだ。


いはらとわたしの関係に「K」が介在したとして、それはたぶん、わたしの幸福を阻みはしない。


むしろ「K」を通していはらに享楽を提供できれば、かならず、何かもっと別の愉悦が還元されるはずだ。


いつだったか、まだ「K」を飼いはじめて間もない頃、いはらからの刺激的な課題にどきどきしながら「りりさんに対して心苦しい……云々」というメールが「K」から来た。

テキトーに返信した覚えがあるが、「いはらが楽しければそれで、わたしはいいじゃないか」と思いもし、いはらにもそれは伝えた。


屈折はしているが、ベクトルは常に一定であるはず。

なぜに、それを忘れる?


やはり、感情というのが、あるからな>人間。



編集会議終了直前。
「K」に送信後、いはらに転送される文面であるにもかかわらず、送信前の検閲を申し出て快諾された時は、正直うれしかった。


今、思うに「リアルなプレイがしたい」ならわたしらに判断をまかせず、即実行に移せばいい話。
近所に住んでるわけじゃないから黙っていれば、ばれることもまずない。

判断をまかせる、といいながら、やはりこの場合「否定され、たしなめられ、叱られる」ことを書いた本人は望んでいたのだ。



もっと早く気付けってばよ>自分





2002年10月06日(日)



 M女のねじれた幸福


彼女は「犬」である〜10〜



「りりだけのいはらだと思い込んでいるふしがある。それは幸せをうむのか」


よく読む。

ノックダウンしたアタマで何度も反芻してみる。


りりだけのいはらだと思っているかぎりは幸せにはなれない、というのだな。

いはらを独占しようとしないほうが幸せになれる、というわけか。


どういう思考回路に持ち込めば、ストレートに幸せになれる方法が見つかるだろうか。


ノーマルな女は、相手の男を独占できることと幸福とが直結している。

わたしらM女は必ずしもそうではなく、ひとひねりもふたひねりも屈折した思考回路を有する。


まずS男氏が何を以って幸福とするかが最優先される。

S男氏の欲望や満足度が充たされることが、M女の幸福である。

直接的に自分のカラダを使ってS男氏の欲望を充足しようとするのは、「縛ってなんぼ」のご近所SMのみなさまがただ。


うらやましいような気もするが、現実性がない。


遠く離れた場所で暮らすわたしたちは、どうしても「頭脳派」にならざるを得ない。



* * * * *



今更ではあるが、自分の家庭について述べる。

めんどくさがりの夫は縄も鞭も使用しないが、わたしに君臨している。


夫は貪欲で、欲しいものもやりたいことも多い。
そのかわり、権力や名誉には見向きもしない。
世間体も気にしない。


仕事、「飲む・打つ・買う」、浪費癖、若くてキレイなおネェちゃん、仕立てのよい洋服、趣味のよい靴やべルト……、誰もが乗りたがるクルマ。

それらはわたしにとって何の苦痛も与えない。
勝手におやりなさいな。

無関心なのではない。
出来る限り夫の言動には注意を払い、彼の意向に沿う努力を惜しまないし、いつでも彼の役に立てる妻でいたい。

それは、そう言われたから、そう行動するのでなく、わたしが望んでしていることだ。

話し合うまでもない。
命令されずともよい。

夫のやりたいことが実現している限り、わたしのやりたいことも必ず実現するからだ。


関心を寄せつつ、不干渉を通す。

世界史でいうところの「モンロー主義」だ。



* * *



いはらの云はんとするところはきっとこれとはいろんな意味で違うのだろう。

が、しかし「わたしの幸福や満足感を、わたしの嫉妬心はさまたげてしまう」という答えなら93点くらいは取れそうだな。



アタマでは、わかるんですけどね……。


感情は処理しきれないまま、もつれにもつれる。





2002年10月05日(土)



 最終パンチ


彼女は「犬」である〜9〜


とにかく何か案を出さねば……。


「好きにしなさい、というのは逃げでしょうか?」
「逃げだな」


うーわ。そうきたか。

いはらはわたしにどんな返事を書かせたいんだろう?
いはらの意向に沿った返事をなんとしても書きたいのに、書けないもどかしさ。

それって質問してもいいんだろうか?

そんなこともわからないのか、って言われるのが怖い。


「K」に対して「そういうなりふり構わぬ欲情ははしたない」と、たしなめてやるべきなのか?

思いっきり煽って地獄へでも落としてやればいいのか?

この際、相手がいはらだという前提で返信してはならないことだけは、なんとなくわかってきたが、それにしても、何にも浮かばない。


わからない。

欲望にまかせて好き勝手にしろ、というのが「逃げ」だというなら、たしなめる方向が正しいのか?

こんなふうに、文面を考える前の段階でつまづいてしまうなんて情けないし、初歩的な質問をして呆れさせたくはない。


いはらがわたしにどんな返事を書かせようとしているのか、彼の意図が読めない。

なんでだ?
いつもなら、とっくに読みとれてるぞ。


人々が帰り支度を急ぐ、宵の口のフードコートで子どもにジャンクフードを食べさせながら途方に暮れるわたし。


追い打ちをかけるように、いはらは最後のパンチを繰り出して、わたしをノックアウトした。


「りりだけのいはらだと思い込んでいるふしがある。それは幸せをうむのか」


いはらは、りりだけのいはらじゃなかったんだ!

ってことは「K」にもそのチャンスがあるの?

いはらもまた「K」との行為を望んでいるの?

だとしたら、わたしは奴隷として主人の意を汲まねばならない。


振り出しに戻る。

いつまでたってもあがれない。






2002年10月04日(金)



 悪い夢


彼女は「犬」である〜8〜



暗い部屋のすみで、わたしはしくしく泣いている。

雨音が聞こえる。

しゅるしゅるしゅるっと、縄がこすれる音がする。


「泣いてないで、ちゃんと見て……」


いはらの声がする。

陶酔したような、呆けたような、とにかく尋常じゃない様子の女がいはらと一緒にいる。

縛られて、嬲られて、イっちゃってる……「K」がそこにいる。



悪い夢だ。



ずっとこんな妄想がアタマから離れない。
もうアタマぐるぐるで、何にも考えたくない。

でも返事を出さなきゃいけない。

めったなことは書けない。転送されちゃうからな。

「K」はいったい誰とコトに及ぼうというのか?
いはらとか?
それとも誰か別のお相手をまた探すのか?


「K」がいはらに、コロっと参っちゃう日がいつか来るとしても、ちいとばかし早すぎやしないか?
このわたしだって3ケ月かかったのに……。


いっそ直接きいてみようか?
いはらにはゼッタイ転送しないでねって念を押して「誰とプレイしたいの? いはら? それとも別の人?」って。

この答え次第で返信の内容は逆になるからな。
そこが一番知りたいのに、そんなこと聞いたら飼い主の威厳はまるつぶれだ。

聞けない。
聞いちゃいけないよ、そんなこと。
転送しないでね、なんて言ったっていつかばれる。

ばれて困るようなら最初からするな、だ。


もしも相手がいはらじゃないっていうのなら、もう何だってやっちゃって、どんなに破廉恥な行為だろうが、どんなに淫らな痴態だろうが、どんどんさらしちゃってもうイクところまで、落ちるところまでとことんヤリ尽くしてくれてかまわないって煽って……。


でも、いいのか? 
奥さん、それでほんとにいいの? 
無責任ながら少し不安にもなったりして……。


問題はいはらが対象だった場合だ。

いはらから誘うようなことはないから、いはらが「K」の誘いに応じるかどうかも気になるのだが、それは次の段階だからさておくとして、相手がいはらならば、だ。


1 ゼッタイに許さない

2 内緒でやって

3 あたしもまぜて


あああ、情けない。
この3つしか思い浮かばない。
ばっかみたいでくだらない。
でも何度自分に問い掛けても、こんな答えしか出てこない。

悪い夢が、ぐるぐるアタマをかけめぐる。


もしも、いはらから「返事かけたか?」って聞かれた時、この3つを見せたらもう減点もいいところだな。

なんで減点されるとわかっているような答えしか思い浮かばないんだ?

あまりにも通俗だ。


今、思うと、もっと冷静に朝のメールの内容を分析すれば、なんとなく答えは見えていたようにも思う。

あの時はダメダ〜メで、ぐるぐるだった。



あたし抜きで二人が会うようなことになったら、「K」の自宅に電話して夫に密告しかねないくらいに、あたしはフツーの女の感情でしか、モノを考えられなくなっていた。



チェックアウト後、夫は出勤し、わたしは子どもたちとイルカを見に行った。


夕刻。
「で、どうよ」
あ、いはらだ。


どうよって……。





2002年10月03日(木)



 怖れていたこと

彼女は「犬」である〜7〜


8月下旬、家族全員の遅いお盆休みがわずか1日だけとれる>なんて家だ。

電車で30分の県庁所在地にあるちょいと高級なホテルで、ぼけーっと夏休みの一日を消費したあと、眠る前にZaurusでメールチェック。

「K」からのメールを読んだわたしはベッドの上で固まってしまった。


再度受信トレイを開けて確認したりすると、アタマが痛くなりそうだから、引用などはしないが、だいたいこういう文面だったように思う。(抜粋)


>実際のプレイに対しての誘惑に抗えないと、いはらにメールを送ったところ、その返事はりりからもらうようにとのことだった。

>りりから返事が来たら、いはらに転送することになっているそうだ。


おい。どうする!
もう、来たよ。
来ちゃったよ。


うわーっと叫び出したいところだが、家族旅行(?)の最中だ。


どうするどうするどうするどうするどうしたらいいんだあああああ。


がたがたがたがたふるへだしてもうものがいへませんでした。(宮澤賢治『注文の多い料理店』より)


やっとの思いで、まずはいはらに宛ててなるべく短かめにメールを書いた。

>ついに、おそれていたものが来ました。

なんちゅうむちゃくちゃな書き出しだ! と今なら言える。
相当に動揺していたんだな。


とにかく、わたしでさえ滅多には逢えないいはらとプレイしたいだなんて、とんでもないことを言い出したものですね、みたいなことを書いてしまったわけだ。



翌朝、いつもは昼近くまで寝ている夫が早朝から目を覚まし、窓枠のでっぱりに座って(「あいれん」さんが正座してたりする窓のところです)眼下の街並みや駅のプラットホーム、線路を行き交ういろんな電車たちを飽かず眺めている。

実在の列車たちがまるでNゲージサイズに見下ろせるのだ。
本物なのに、Nゲージ! だなんて。

これにはハマる。

もしもまた高校生になれたなら、今度は鉄道研究会に入るのもいいな、と思うくらいだ。


そうこうするうち、いはらから着信。
メールじゃなくて、着信?! あ、すぐ切れた。


「着信でしたか?」とメールする。
「です。話すか?」
「家族旅行中でホテルにいます。このままお願いします」


わたしの返信には誤解があるらしい。

「K」はいはらとプレイしたいとは言っていない、という。


そんな……。
だって……。


ただリアルなプレイをしたがる自分=「K」を、われわれがどう見るか、と聞いているだけなのだそうだ。

そんな、バカな?


いはらと「K」の間では、逢う会わないという話題すら上がってはいない、という。

そりゃあ今まではそうだったかもしれないが、りりさえ許すなら、これからその話を進めて行きたい、ということじゃないのか?

メールをぷちぷち打つのもまどろっこしい。


いはらのいらいらが、怖いくらいに伝わってくる。


「最近、浮わついてないか?」
「何が順番か。何が一番大事なのか。よく考えよ」


どうしてわたしが「浮わついて」いるなんていわれなきゃならないんだ。
それは理不尽というものだ。

こんなにも、苦しいのに……。
泣くことさえできないのに……。


いはらも仕事が始まったとみえて、メールのやりとり@朝の部 は、ここで途切れた。






2002年10月02日(水)



 頭脳系のSM


彼女は「犬」である〜6〜


最初は「K」から毎日「今日の課題はこれこれで、今から報告する」といったメールが来ていたが、そのうちそれがなくなっていく。

ああ、もう二人は直でやりとりしてるんだな。


いはらの命令は短い。
むしろそっけない。

世間で流通しているような独特でミョーにいやらしいくせに全然官能からはかけ離れている「ご主人様コトバ」など、一切使わない。

でも脳天に届いてカラダを揺さぶる。

あたしたちが「頭脳系のSM」を標榜するゆえんはここにある。



「K」がどんなに前の飼い主に入れ込んでいたかを知っているので、よもやいはらに「コロっと参って」しまうようなことはあるまい、とわたしは自分に言い聞かせる。


いはらは自分に引き寄せられるMを「患者」とよく呼ぶ。
医者の思惑に関係なく、患者は医者に「コロっと参って」しまいがち。




そう。

「言い聞かせ」ていなきゃいけないくらい、あたしのココロの中に疑惑は芽生えつつあった。
アタマじゃわかってたって、感情は噴き出して来てしまう。



いはらにその気がないってことは、わかる。

でも「K」がその気になっちゃったら、あたしはどうすればいい?




嫉妬しちゃいけないってことは、すべて一切なんの口出しもできないってことじゃんか。

「オトコなんてわかったもんじゃないわよ。口先だけでなら、なんとでも云えるんだから……」とひとはいう。



いはらがいうように、わたしら奴隷姉妹が「よく似ている」なら、あたしがそうであったように「K」がいはらに逢いたいと願うのはごく自然ななりゆきじゃないのか。


「K」がいはらに逢いたいって言い出したら、あたしはいったい、どうすればいいんだろう?




2002年10月01日(火)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加