白痴日記
白痴



 退屈しのぎ

退屈しのぎが余計虚しくさせる.
袖すり合うも多生の縁,とはいうけれど
今は袖をすり合うお道具が多すぎて
胸焼けがするの.

そして
結局は
身体であったり
性器であったり

求めているのが心でも.

手っ取り早く手にいられる物を.

2006年01月31日(火)



 三年前

三年前二回だけ逢った人を未だに思い出す.
探してみる.当ても,たいしてないのに.

向こうも恋しければ
連絡が来ているだろう.

それはわかっているのに.

ただ,優しかった.
一緒にいる時,とても優しかった.

一緒に,ハムスターを埋葬した.
その時も本当に適した言葉を彼は使った.

一生忘れないだろう.


2006年01月30日(月)



 笑顔

私には笑顔がないという.
面白くないと,笑うことはない.
うれしくないと,笑うことはない.

毎日がそれほど面白くないか?
うれしいことは一つもないか?

違う.

持っていかれた.
笑顔.

此処から,数時間かかる人のところへ.

2006年01月29日(日)



 011:柔らかい殻

私はいっぱいの人と寝る.
そういう商売ではない.
そういう性癖?
それも違う.

痛みが欲しい.
痛みが.

でもそんなことはおくびにも出さない.
面倒だからだ.

それに別に寝るだけだ.

今日,こいつはいきなり来た.
こいつは私と付き合っていると思っている.
来る時は電話をしてね,なんて言わないから.
もし来て,誰かがいたらクスクス笑いで共犯者.
居留守を使う.


それにしても
今日のこいつは態度が悪い.
寝るだけ寝て帰ってほしいのに.
ヒモとして暮らしている家に.


やっと乗りかかってきた奴の性器を収めながら考える.
ヒモと暮らして楽しいのかしら.
セックスがたいして上手でもない.ううん,下手.
動き方は頓珍漢だし,芸術家ぶった言葉も笑いを堪えるのに苦労する.

ピントのずれたピストンを受け入れる膣の中は
痛みに満ちている.
私は満足して声を出す.痛みに満足して声を出す.

そして終わる.


気怠くなって冷蔵庫から,コーラを出して飲む.
帰り支度を始めない男に苛立ってくる.

精神衛生上悪い.

「コンビニ行って来るから,鍵はポストに入れておいて.」

空気の悪い部屋のドアを開ける.


2006年01月04日(水)



 010:トランキライザー(抗鬱剤,精神安定剤)

「魚にするか,肉にするか」
佐野がレストランに入ってから聞いたのはそれだけだ.

次々と綺麗な皿に,美味しい料理が乗ってくる.
折られた私の携帯電話も,佐野が持っているであろうそれも鳴ることがなく
雨音だけが聞こえている.

そろそろと私は思う.
「何故?」

エスプレッソを一口飲んで,私は訊く.
佐野をじっと見る.

佐野は私の目を見る.
何か冗談を言おうとしたのか,首を軽く振る.

「好きだったから.」
「好きだから.」

「いつ,いつの私が.いつから,だからブランドも?」

あとの問いかけには笑うだけだった.

「このデザートは美味しいな.」

私は笑った.もう少しで声がでるところだった.
笑ったのは久しぶりだった.
とても久しぶりだった.

今日はいつも食後に飲む薬を飲まずに済みそうだ.

2006年01月03日(火)



 009:かみなり

佐野に言われるまま,タクシーに乗る.
若者がギターを弾く広場を通り過ぎる.
そこは私が男と出会った場所だ.

その日は天気が悪く,買ったばかりのコートを気にして
私は早足で歩いていた.
紙が一枚足元に飛んできて,避けきることができず踏んでしまった.
慌てて,手に取ると,とても綺麗な空が描かれていた.
靴の跡が取れるだろうか?,と困惑していると
その絵を描いた人がきた.それがパチンコ屋にいるであろう男だった.

「ごめんなさい.」
私は靴跡を消そうと絵を擦りながら言った.

「いいです.売れ残りだから.」
男はそういい,苦笑いをした.
背が高く痩せていて,スニーカーの中は裸足だった.

「この絵,私が買うわ.綺麗だし.」

そう言っていると,とうとう雨が降り出した.
近くのコーヒースタンドに避難して,私はもう一度言った.

「この絵,私が買うわ.綺麗だし.」

男は笑った.
笑顔はとても清潔で,少し濡れた髪は魅力的だった.

かみなりが鳴っていた.
コーヒースタンドの窓硝子がビリビリと共鳴した時
私と男は恋に落ちた.

こういうのはいいと思った.その時は.
こういうものを本当の恋というのだと思った.

肩書きもなにもなく,男自身にだけ,惹かれた自分が誇らしかった.



「本当はどうだったのかしら.」
無意識に呟いていた.

佐野は黙っていた.

タクシーが小さな,一目で高級とはわからない上品さを持った
レストランに着いた.


2006年01月02日(月)



 008:パチンコ

鏡の中の私に店員は話しかける.
「やっぱり似合いますね.」

ここの店の店員は皆落ち着いていて,語尾上げなど決してしない.
そのようなレベルではないのだ.

店員が値札を切り出して,私は慌てる.
持ち合わせがない,と言おうと振り返った時,佐野がレジにいるのが見えた.靴まで揃えたのだ,安くはない.
写真を撮ったお詫びだろうか.

その後,化粧品でも同じ事が起きた.
美容室でも.
佐野はどこでもにこやかで,違和感がない.

そして私はできあがった.
佐野の腕には化粧品の手提げ袋.
古い服は棄ててしまった.それを私は見ていた.
止めなかった.むしろ嬉しく,そして怖かった.


その時また携帯電話がなる.
「やっぱり早く帰る.」
さっきより騒がしい音,おなじみのアナウンス.
パチンコ屋からだ.
当たらなかったのだろう.

一気に現実に引き戻されそうになる私を佐野が止めた.
携帯電話を折ったのだ.
ストラップがパチンコ玉のように弾けた.

2006年01月01日(日)
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