鶴は千年、生活下手

2003年07月31日(木) 案外近い

今日は、11時から1時間半くらい出かけた。
行き先は、小田急相模原駅の近くのヨーカドーさん。
歩いてみてびっくり。
なんと、東林間駅に行くよりも近いではないか。
小田急相模原駅までだともう少しかかるのかもしれないが、店ま
でゆっくり歩いても約10分で行けた。

東林間駅方面には商店街も有るので、実際には野菜や果物などの
日常の買い物はそれほど歩かなくても済むのだが、普段着が欲し
いとかマタニティー用品が欲しいならヨーカドーだな。
今日の目的は、妊婦帯の購入。
腹巻きタイプのものを購入した。
これは、ゆったり過ごす妊婦さん用にと書いてあった。
それほどサポート力が強いと言うものではなくて、付けていても
割と楽。やっぱりあるとないとでは違うものだと感心している。
一応、出産予定日は12月31日(汗)なので、ほんとに残すと
ころ、あと五か月。
マタニティー用品売り場で、新生児用の肌着などをみていると、
姪や甥の産まれたばかりの頃を思い出した。
ほんとに、ちっちゃかったなぁ。
暗めの色ばかり来ていた姪とは反対に、黄色やオレンジのタンク
トップなんか着ていた甥。
男の子だったら、あんな感じかなぁと思い出しながら帰ってきた。

あの売り場にいると、とても不思議な気持ちになる。
子どもが出来なかった頃は、遠くから眺めているだけだったけど、
今でもほんとに不思議な気持ちになる。
何がどうって言えないのだが、未だに現実味が無いというか、こ
の売り場で赤ちゃん用の帽子とか肌着を見ているのが、自分自身
のことなのだというのが、不思議で仕方ないのだ。
もぐちゃんが動いたら、実感できるようになるかなぁ。

せっかくだから、食品も買ってきた。
なんだか久しぶりに冷や奴用の豆腐を買ったりしてね。
大豆製品に食指が動かなかった(豆乳も飲めなかった)ので、ほ
んとに久しぶりだ。
でも、まだ生卵が買えない。調理済みのものは帰るので購入。
ネクタリンも買った。(すでに2個食べた。)
相変わらず両手に荷物で、ぎゅっぎゅっと歩くわたし。

が、暑中見舞いを出し損なってしまった。
通り道にポストが無かったからか。
気付いたのは夕方だ。(涙)
明日は絶対に出さねば。(って、今からでも出しに行け?)
出しておかないと、田舎からスイカが送られて来ない。
スイカが来ないのは、ほんとに悲しいことだからねぇ。
サクランボみたいにもらいに行ったり持ってきてもらったりでき
るものではないから。(笑)

明日は夏らしくなりそうだ。

 グーの手がちょうどおさまる小ささの帽子ひとつに夢を見ている
                          (市屋千鶴)



2003年07月30日(水) 梅雨明けを待って

梅雨明けを待って暑中見舞いを出そうと思っていたら、もうすぐ
7月も終わってしまうではないか。
どうも8月1日には、梅雨明しそうだということで、本日、暑中
見舞いを作成した。
新しいプリンタは、静かでいい。
テレビの音量を上げなくても聞こえる。(涙)
ただ、印字の濃さの調整とかで、はがきを二枚無駄にした。
行き会ったりばったりで印刷しようとするわたしがいかんのか。

昨日の朝、京都から、美味しいものが届いた。(ありがとう)
伊予柑蜜(伊予柑に入った伊予柑のゼリー)。
昨日、今日と一つずつ食べた。ふふふ、美味しい。

昨夜は、23時過ぎに眠くなってしまって寝ていたら、夫が帰っ
て来てからも、布団から出られなかった。
眼鏡すらかけずに、布団から夫に愛想を振りまいた。
うちは、リビングと和室がふすまで仕切られているだけなので、
いつもふすまは開けっ放しで、リビングから布団が見えるのだ。

パンダの映像を見たからか、やたらとわたしをパンダと比較する。
そんなにかわいいもんじゃないのだけどねぇ。(汗)
3時近くになって、目が覚めたら夫はまだ起きていて、わたしに
「寝ろっ!」と言われて床についたのだが、わたしより先に寝て
しまった。
そして、暫くしての寝言。
「もきゅっ」・・・・・・「あい(はい)」
いったい、どんな夢を見ていたのだろうか。(笑)
きっと、パンダ、出てきてるんだろうなぁ。
夫よりも眠りが浅いわたしは、たま〜に寝言を耳にするけれど、
引っ越してすぐの頃には、「ちーちゃん、いくぞーっ!」と言っ
てたこともある。

夫の夢のなかでのわたしは、いったい何者なんだろう。

 伊予柑のゼリーとスプーン持ちながら裸足で歩く子どものように
                          (市屋千鶴)

夫から「子どもみたいだぞ」と笑われたのだった。



2003年07月29日(火) くしゃみ

昨日の「世界丸見えチャンネル」で、パンダの映像があったので
夫のために録画した。(夫はパンダ好き。)
夜中の1時近くに、二人してパンダの映像を見ながら笑った。
パンダのお母さんが、好物のパンダだんご(大豆と竹のフレーク)
を食べていると、お母さんの前で寝転んでいたパンダの赤ちゃん
が突然くしゃみをする。
その音にびっくりして、大きく体をびくつかせるお母さんパンダ。
その様子がかわいいので、笑ってしまうのだ。
他にも、裏の山で遊んでいたパンダの赤ちゃんが、木登りしたの
はいいけれど、降りられなくなって職員に降ろしてもらうところ
とか、パンダってなんであんなにかわいいのかねぇ。

今日は、変則4回食にしてみた。
したがって、夕食はまだ食べていない。
なるべく、20時過ぎくらいに食べられればいいなと思うのだが、
なんといっても、食後3時間でお腹が空いてしまうのでねぇ。

今日も金八先生でもらい泣き。
まったく、最終回まであと何回もらい泣きするのやら。(汗)

そういえば、「ぷらむ短歌会」の8月のお題は「船」だ。
今月の暑気払いのときにもみなさんと話していたのだが、どうも
山育ちのわたしには、船といっても浮かんでくるのは青函連絡船
とか最上川の舟下りとかばかりで、歌にできるのかどうか。
今度の日曜日まで、なんとか作らなくては。
8月は、お茶当番である。おやつは何にしようかなぁ。(笑)

 仰向けでくしゃみするときヘルニアの傷跡辺りがズキリと痛む
                          (市屋千鶴)

妊娠してから、脱腸の手術痕がどうもこんな感じなのだった。



2003年07月28日(月) よく乾く

今日はお天気が良くて、洗濯物がよく乾いて嬉しい。(^_^)

どうしても、夕方はお腹が空いてしまって、夕食をすでに食べて
しまった。(はやっ!)
本日の摂取カロリー1689kcal。 塩分は3.27g。
昨日の分を考慮しての減塩体制。
自宅で調理している分には、それほど不自由でもないものだ。
夫が帰ってくる頃には、お腹が空いてしまって、何か食べるかも
しれないので、余裕を残しておくことに。(汗)

毎日、暗いことばかり考えているわけではないのだけど、今日の
金八先生では、桜中学の校長先生も勤めたお年寄りが亡くなった。
入院中に肺炎でという設定だったが、同室にいた心臓の手術をし
た生徒が最後をみとった。
その生徒が、教室でみんなに最後の時の話をする。
息を引き取る様子は、とても静かで、怖いとも思わなかったこと。
しかし、握っていた手がどんどんと冷たくなっていくことで、死
というものを実感したのだと言った。
そして、生きているということは、暖かい血が流れていることだ
と思い、暖かい血が流れているのだから冷たい心を持っていては
いけないと教えられたような気がすると言った。

後半は、さすが金八先生と思える話では有るが、本当に死を納得
するのは、体温が冷えていくその時だとわたしも思っている。
実際、あの冷えていく早さは、想像以上だった。
連れていかれる感じ。
有無を言わさぬ早さと言うのだろうか。
これが死の瞬間なのだと実感したのだった。
祖父母の時には、すでに横たわっている状態を見たのだったが、
母が亡くなった時のあの感触を、わたしはずっと忘れないで生き
ていくのだろうと思う。

夫は、亡くなった両親のことを思い出話として話したりしない。
わたしは聞けば答えるくらいのものだ。わたしもあまり聞かない。
わたしは、結婚したら相手の親を大事にしようと思っていた。
おとうさん、おかあさんと呼べる相手が、その人達しかいないの
だからと思っていた。
が、二人とも親がいないなんて、まったく不思議なものだ。
こんなわたしでは、嫁として勤まらないからかもしれないね。(笑)

親としてもどうかと思っていたが、子を宿したしなぁ。
子どもと一緒に育っていくものなのだろうね。

決して、悲観的な気持ちで毎日を暮らしているわけではなくてね、
一日のなかでも波が有るし、気持ちの切り替えもまあ大体できて
いるとは思う。
けど、まだ、いまひとつ行動的になることが出来ないでいるので、
そろそろ行動的になっていかなくちゃなぁと思う次第。
外食しないで外出するには、昼寝の時間を削らなくてはならない
のがやや不満ではあるが。(笑)

 急速に失われゆく温もりに亡くしたものを教えられたり(市屋千鶴)



2003年07月27日(日) 夫の誕生日と反省

夫は、両手にボックス型扇風機をぶら下げて出勤していった。
夫の会社の作業場所には換気扇が無くて、狭い部屋に30人近く
が働いているそうで、二酸化炭素濃度が通常の倍以上あるらしい。
換気扇を早急に取付けるのだが、それまでの対策として扇風機を
買って来てくれと上司に言われたらしい。(なぜ夫が?)
昨日、二人で家電量販店でいろいろ検討した結果、場所をとらな
いという理由と、高い棚の上とかにも置けるという点を考慮して、
ボックス扇にしたのだった。
一つでは心もとないので二つにし、置き場所を工夫すれば空気の
流れを作ることができるのではないかと、それに決定。
本日、それを持って会社に出かけたのだった。
もちろん、それだけのためにいったわけじゃないけど。(笑)

午後四時半ごろに夫に電話してみると、もうすぐ帰れると言うの
で、帰ってきてから夕飯の相談をして、焼き肉に決定。
すっかりお気に入りになった近所の焼肉屋さんに出かけた。
わたしはたれをつけずに肉を食べ、夫は中ジョッキの他にクッパ
も注文していた。
すでに、昨夜、日付けが変わった時点で「おめでとう」と言って
はいたのだが、改めて乾杯などしてみた。
この夕飯のために、朝食昼食と塩分を控えておいたわたし。
が、計測はできないので、明日は、もっと塩分控えめな生活に。

洗濯をするには今ひとつな天気で、黒い雲があちらこちらに見え
る日だった。
食事の後、ゲームを買いにいったのだが、結局は買わずに帰って
きた。
満腹感というのは、別の購買意欲も失うものなのか。(笑)

帰ってから、録画した仮面ライダーを見ていたら、きわみちゃん
から電話が有った。
彼女の飼っている雄猫くんが、具合が悪くなってしまったという
ことだった。尿失禁しているらしい。垂れ流し状態だって。
これから病院に連れていくのだけどと電話をくれたのだが、彼女
のこの状況に対して、わたしはなんとフォローしていいのか分か
らなかった。
あれこれ言ってはみたものの、所詮わたしは飼い猫が具合が悪い
からと病院に連れていくような飼い方をしたことがない。
田舎の猫は、具合が悪くなるとさっさと姿を消してしまい、家の
ものには何もしてあげることがなかった。
だから、間近でそんな猫を見ていたことが無いのだ。

きっと、不安だったり、病院に連れていくまでの時間がとても長
く感じてしまったりしての電話だったのだと思う。
だけど、わたしは猫の話から飛躍した親の老後の話の方に気を取
られ、ムキにならなくてもいいようなことにムキになっていた。
やっぱり、それは親のいない人に対していってはいけない一言だ
よという気持ちが抜けきっていなかった。
親を亡くした人にしかその本当の気持ちは分からないのと同じよ
うに、年老いた親を見ていかなければならない人の気持ちは、親
を持っている人にしか分からないのだと後になって思った。
夫にもたしなめられた。

きわみちゃんは、わたしに反論して欲しくて電話をしてきたので
はないのに、わたしはまったく猫とは関係のないところで反論し、
きっと彼女に不快な思いをさせてしまったのだ。ごめん。

人のことを思いやれなくなっていたのは、従兄だけではなかった。
自分も同じだったのだ。

 聞く耳を持たないわけじゃないけれど耳を塞いでいたと気が付く
                          (市屋千鶴)



2003年07月26日(土) 何が怖いのか

夫と話をしていて、自分は子どもを産むにあたって何が怖いのか
が少し分かったような気がした。
出産そのものが怖いなんて思ったことは無い。
痛みには強い方だからね、たぶん。

わたしが怖いと思うのは、産んだ後のことなのだ。
産んだ後で、自分の体の調子が良くなくて子育てが出来なかった
らとか、夫の身に突然何か起こったらとか、そういうことなのだ。
夫の身に何か起きても、一人でなんとかやっていける体ではなく
なっていたら、ということなのだ。

二人で生きていくと覚悟を決めていた時は、お互いに何かがあっ
ても、なんとかしていけると思っていた。
それに、夫よりも先に死なないように、自分の健康にも気をつけ
ようと思って暮らしてきた。
しかし、妊娠・出産というめでたいことが、自分の体を痛めつけ
ることになることを考えた時、自分がどれくらい生きていけるの
かということをうっすらと考えずにはいられなくなってしまった
ことが怖いのだと思った。
夫を残して死ねないと思っていたのに、一歩近付いてしまうこと
の不安と焦りがあるのだと思った。
せめて、透析まで10年持ってくれればいいのにと思う。
子どもが小学校の高学年になるまで、なんとか持ってくれればと。

そんなことを夫にぽつりぽつりと話していると、夫はいつもと変
わらず考え過ぎるわたしをたしなめてくれる。
起こっていないことをあれこれ考えても仕方の無いことだと。

自分でもそれはわかっているし、気持ちを切り変えることもでき
ていると思っているのだが、漠然とした恐怖をちゃんと考えてみ
ることも必要だと思ったし、夫にこの恐怖を知っていてもらうと
いうことはもっと大事なことだと思ったのだった。
楽観的な考え方をする夫だからこそ、考え過ぎのわたしが何を考
え過ぎているのかを知っておいて欲しかった。

まあ、最終的には、夫に習って楽観的に考えるようにしているの
だけどね。楽しいことがいっぱい待っているはずだから。

妊娠・出産は、母体が健康なうちにするのが一番だよね。
だけど、どんなに大きなリスクを抱えていても、産まれるべき命
はちゃんと産まれてくるのだから、産まれた命は生きさせてやら
なければならない。
だけど、わたしは自分の命を捨ててまで産みたいとは、まだ思え
ないのだ。
だから、自分の体(母体)を大切にしなくちゃね。
今日から、食事での塩分6グラム、カロリー1800で生活中。

 考えてばかりいるのはすることの無い身だからかゲームでも買おう
                          (市屋千鶴)

妖精が出て来るほのぼの系のゲーム購入予定。



2003年07月25日(金) 内科と産科の日

一昨日の夜に、24日は水天宮様からいただいてきた「鈴乃緒」
を巻きたいので、早く帰れたら早く帰ってねとお願いしていたが、
昨日は半休だったのだから早くは帰って来れないだろうと思って
あきらめていた。
22時35分に夫から携帯メール。「帰るから、腹帯用意せよ。」
なんとか日付けが変わらないうち(23時35分)に帰ってきて、
腹帯を巻くのを手伝ってくれたのだった。
帯祝いというような特別なことは何もしなかったのだが、二人で
ああだこうだといいながら腹帯を巻いているのは、我ながらママ
ゴトのようで、子どもっぽいなと思ったりもした。(笑)

一夜明けて、今日は内科と産科の日。
内科は、今回から女性の医師に変わった。
はっきりといろいろ話をしてくれて、とてもいい感じだった。
次回からは、先に採血と採尿して検査結果を見ながらの診察にす
るとのこと。今回も、採血と採尿をしてから産科に行って、その
後で再び内科に行ったのだった。
塩分について、もう1グラム減らしましょうということで、1日
7グラムに。
処方されている重曹に合計1グラムほどの塩分が含まれるので、
実際に食事からとる塩分は、6グラムを目標にと言われた。
塩分は少なめ少なめにして、乗り切りましょうと。
次は4週間後なのだが、何か変わったこと(血圧が上がったとか、
体重が急激に増えたとか、むくんできたとか)があったら、予約
にかまわずにすぐに来なさいと言われた。
金曜日は内科専門外来にいるし、水曜日は総合内科にいるからと。

産科の方では相変わらずで、子宮頸がんの経過観察のための検査
は9月でいいということくらいで、何も言われなかった。
内科の先生は、産科の先生以上に、妊娠による腎臓への影響を慎
重に見てくれる。まあ、腎臓内科の先生だから当たり前か。
産科では、わたしより大変なケースをたくさん見ているので、び
くともしないのでしょうと言い、でも市屋さんは市屋さんだから
しっかりやっていきましょうねと言われた。

出産で、すぐに人工透析ということもないだろうしと、高をくく
っていたのだが、ごく稀に一時的にせよ透析しなくてはならなく
なる人もいるということだったので、やはり、慎重にやっていか
なくてはと思った。
しかし、どんなに慎重に塩分を控えて暮らしていても、人間、な
るときはなるものだから、そのときはそのときだ。
やけくそではなく、実際、そう思うのだった。
人事を尽くして待った結果の天命がそうなのであれば、そうなの
だから、うだうだ言っても仕方ないのだ。
と、湧き上がる不安を、押し込めてしまったわたしだ。(笑)

全て終わった時には、もう14時だった。
病院のカフェテリアで昼食をとり、ちょっと贅沢してタクシーで
相模原南警察署に免許の住所変更に行った。
今度は大丈夫だった。夫の分と二人分、変更完了。(笑)

明後日は、夫の33歳の誕生日。
土用の丑の日と重なるので、うなぎにしようか、それとも焼き肉
にしようか迷うところだ。
もちろん、焼き肉の場合、わたしはたれをつけずに食べるのだ。
うなぎの場合は、わたしうなぎはそれほど好きではないので、別
メニューだ。

 心音を聞いたら泣くと思ってた わたしの母性はまだ目覚めない
                           (市屋千鶴)

今回は、胎児の超音波写真はもらえなくて、心音確認されただけ
だった。心拍数、162。どきどきしてるの?



2003年07月24日(木) 憤り?

夫から、いろんなこと考え過ぎだとよく言われる。
昨日の日記を読んでみても、自分自身そんな気がする。

さて。
昨夜なかなか寝付けなかった夫は、今日は半休を取って昼に出か
けた。大分疲れがたまっている模様。
夫が帰って来る夜中になると、やっぱり調子が悪くなってしまい、
疲れた夫に面倒をかけてしまうこともたびたび。
これでは、夫を起こすというわたしの任務が全う出来ない。
なるべく夫に面倒をかけないようにと、気合いを入れた。

で、今日は運転免許の住所変更をするべく、出かけたのだった。
相模大野からバスに乗って5個目のバス停が、南警察署前。
そこで降りて変更手続きをするつもりだったが、バスに乗った途
端に住民票を忘れたことに気が付いた。
う〜〜んと考え込むこと2分あまり。
そうだ、このまま乗っていけば、市役所の本庁に行けるのだし、
そのそばには相模原警察署があるではないか。
そう思って、警察署前(南警察署前とは違う)までバスに乗り、
市役所まで数分歩き、住民票をもらうのに10分。
そしてまた数分歩いて相模原警察署に行ったのだった。

ところが、受付で住所変更の用紙をもらおうと思ったら、住所は
どこかと聞かれ、東林間だと答えたら、その地域だと南警察署で
ないと変更手続きが出来ないと言われた。
「そうなんですか?同じ相模原市なのに駄目なんですか?」
「管轄区域が違いますので。」
わかりましたと言い、帰りのバスに乗るために近くのバス停へ。
わかったといいながらも、頭から湯気が出そうなくらい頭に来て
いたのだった。
確かに運転免許証はとても大事なものだろうが、住所変更の手続
きくらい、同じ市内の警察署ならできないのかしら。
免許の更新は、ちゃんとしなくちゃいけないだろうけどさ。

既にとっていた住民票を忘れた自分が悪いのだが、打開策として
とてもいい案に思えて実行したことが、全く意味をなさないこと
だったなんて、すこぶる悔しい。
胎教にめちゃくちゃ悪いなぁと思いながら、自分自身の憤りをど
うしようもなかった。

まあ、帰りのバスが順調に来て、帰り道の南警察署で手続きがで
きていたら、この憤りもなんとか納まったのだろうけどね。

バスで相模大野に戻ってから、食べ物を仕入れてタクシーで帰っ
てきたのは、自分自身へのご機嫌取りだった。

明日は、内科と産科の日。
明日こそ、病院の帰りに、免許の住所変更するぞと意気込む。

 妙案と思えばそれば無駄足でさらにお高い足まで使う(市屋千鶴)



2003年07月23日(水) 何回見ても

3年B組金八先生5「ガラスの少年1」。
再放送を入れるともう既に3回目かになるのだが、この回の放送
を見るといつも泣いてしまう。

クラスのいじめっ子、影のボス的な存在だった少年が、引きこも
りの兄が怪我をしたことによって、初めて金八先生に泣きながら
本当のことを話す回。
兄の引きこもりを隠し続けてきた2年間。
引きこもって暴力的になっている兄。
家のことはほとんどかまわない父親と、少年に頼り切って暮らし
ている母親。
金八先生は、門の前から少年に電話をかける。
それに気付いた少年は裸足で駆け出し、先生にすがって泣いてし
まうのだ。いつも、ここでもらい泣きしてしまう。

が、よくよく考えると少年に同情しているのではなくて、つまり
もらい泣きではないのだ。
わたしは、確かに少年に、家のことを誰にも話せなかった自分自
身を重ねて同調しているのかもしれないが、涙が出るのは、羨ま
しいからなのかもしれないのだ。

わたしは、母に「置いていくから」と言われた小学五年生のあの
日以来、両親がけんかしていても泣いたりしなかった。
どこかで一人泣いているということも無かったように思う。
ただただ、見なかったように無神経になって暮らしていた。
父が失踪したことを知った時も、母が枕元で泣いていたあの雪の
日も、わたしは泣かなかった。

だれかに話してしまいたいと、本当に思っていたのだろうか。

人前で泣いたのは、離婚を決めてから、母の実家で祖母に言葉を
かけてもらっていた時だけだったかもしれない。
わたしは、その頃、従兄の言葉に、ショックを受けていたのだ。
従兄は、わたしがラジカセを持っていることに不満を漏らした。
自分達に借金をさせておいて、なぜあいつはラジカセなんか持っ
ているのだと、従兄は言っていた。
翌日だったか、祖母はわたしにこう言ってくれた。
「父ちゃんが、何をしても、子どものお前まで悪いわけではな
 いのだから、気にしないでこの家にいろな。」

ほっとしたとき、肩の荷が下りた時、人は泣けるようになるのか
もしれないと思った。

夫と暮らし始めた頃、一人で母の実家に行った時に、従兄はまだ
わたし達への恨みをなくしていなかった。
二十年以上も経つのに、今自分達が苦労しているのは、わたし達
のせいだと、従兄は思っているように見えた。
他の従弟が止めてくれたが、わたしはこう言った。
「かあちゃんとこの家に世話になっていて、ラジカセのことを
 言われた時から、この人はそう思っているんだもの。
 仕方ないんだよ。」

母の実家は、たしかにわたし達の父の借金の保証人として、借金
を背負わされたが、伯父は家族や家を守るために、出稼ぎをして
暮らすことを決めたのだ。伯父は必死で働いていた。
だから、住むところは離れていても、家族は残ったし家も残った。
わたし達はどうだろう。父は家族を捨てた。わたし達は家を出た。
家族はバラバラになった。祖父母は二年後に相次いで亡くなった。
家は跡形も無くなってしまった。わたしは、帰る家を失った。
父は確かに悪いことをしたが、わたし達はそれなりの酬いは受け
たとは言えないのか。

本当はそう言ってやりたかった。
でも、そう言ったところで、それに納得するような従兄ではない
ということもわかっていた。だから、言わなかった。
相手の境遇や心境を思いやることが出来なくなってしまった人と
いうのは、いるものだから。
一つのきっかけで、人間は変わってしまう。
優しい従兄だったのにと思うと、せつなかった。
母方の他の身内は、みな優しいままだったのに、従兄をそうして
しまったのは、やはりわたし達だったのだろうかと。

いつも、放送を見た後は、こんなことを考えてしまうのだった。

 肩の荷をおろしていいと気付くまで泣くことさえもできないでいる
                          (市屋千鶴)



2003年07月22日(火) 分岐点

人生の分岐点なんて、たくさんあるようにも思えるが。

両親の離婚という出来事は、自分ではどうしようもない分岐点で
はあったのだが、高校受験というものが自分で方向を決める最初
の分岐点ではなかっただろうか。

わたしは、生家を出る前から志望校はずっと同じだった。
母子家庭になってから、高校の先の進学か就職かを考えて志望校
を変更しようと思っていた。
が、担任の先生は、それは入学してからの三年間で考えればいい
と言い、それもそうだなともともとの志望校で受験した。

前の中学の仲間は、皆ランクを一つ下げて、安全圏を狙っていた。
成績やその後の先学のことを考えると、もしかしたら1ランク下
げて推薦を受けられるようにしていれば良かったかとも思う。
だって、1ランク下げていたらだいぶ成績が良かったはずだから。
進学した高校では、盲腸で入院する前までは中くらいだったが、
入院後はなかなか追い付けなくて、ずるずると下位の方まで下が
ってしまった。
もともと努力型で成績を維持してきた人間ではないので、それは
それで高校生活は楽しんではいたのだが。

結局大学には進学しないで、浪人してアルバイトをし、専門学校
に入学して、みんなより一年先に社会人になった。

が、本当のところ、あの高校に入っていなければ、いつまでも楽
をしたままで社会人(たぶん教師)になって、勉強がわからない
のだという生徒の気持ちを理解できないでいたかもしれない。
わたしの人生の分岐点で、中くらいにおさまるはずの高校に入学
し、授業についていけないという辛さを体験して、初めて中学校
までのクラスメイトの気持ちがわかったと思うのだ。
わからないところは聞けと教師は言うが、何がわからないのかも
わからないのがついていけないということなのだ。

高校の時、そこをきちんと把握して教えてくれた同級生は、北大
の医学部に現役で入学した女子生徒だった。
彼女は医者の娘で三人姉妹の真ん中。三人とも医学部だ。
彼女の患者にならなりたいなぁと、そのころ思ったものだった。

どの分岐点もその時々でその選択をしなければ、夫との出会いは
なかったわけで、今が良ければそれでいいのだと思うのだった。
夫と出会ってからは、二人の分岐点になるのだけれどね。

 いくつもの分岐の先に君がいた 我より少ない分岐持つ君(市屋千鶴)



2003年07月21日(月) 休日ひとり

いつもと同じように、10時出勤で出かけた夫。
携帯でメールしても、電話してもいっこうに返事が無かった。
やっと電話に出たのは、19時になってからだった。
別に急ぎの用が有るわけではなく、ただちょっとという気持ちで
かけた電話だったが、出ないとなると何回もかけたくなってしま
うものだ。(わたしだけか?)

夫はその辺のことがわかっているのか、ずっと気付いてはいなか
ったが、しょっちゅうかかってくるのは大問題ではないと思って
いたらしい。
確かに、会社にいることが分かっているのだから、大問題とかの
急ぎの用事だったら、携帯で出なかったら会社にかけるものね。
彼の分析は正しかった。(笑)
「どうかね?」と訊くと、あとはバックアップを取ったら帰れる
とのことだった。

今週こそ、免許証の住所変更届けを出しに行かなくては。
もうすぐ、二か月になってしまう。いかん、いかん。
変更届に貼る写真を用意しなくてはならない。
その写真は免許証に使うわけではないのだから、デジカメで撮っ
て写真印刷してしまおうかと相談中。

ケーブルTVで、映画「ホワイトアウト」を放送していた。
観たいと思いながら、観ていなかった映画だ。
レンタルで借りて観るのも忘れていたので、ちょうど観ることが
できて良かった。
面白かった。佐藤浩市の悪人ぶりも良かったし。
「TRY」も観たいなぁ。

でも一番観たいのは「踊る大捜査線2」だよね、やっぱり(笑)。

 雨宿りしている人の自転車のサドルも濡らす驟雨の角度(市屋千鶴)

我が家の軒先で雨宿りしていた奥様に、傘をどうぞと進めたが、
小振りになった頃を見計らって、立ちこぎしていったのだった。



2003年07月20日(日) 鈴乃緒(すずのお)

水天宮まで行ってきた。
隣駅の中央林間から、東急田園都市線に乗って一本。
急行に乗れば、約一時間で着く。
お祓い済みの腹帯を買って、本殿に昇殿して安産のご祈祷をして
いただき、お札をいただいてきた。
戌の日だとかなりの混み具合になるらしいのだが、今日はそれほ
どでもなく、暑さもほどほど、雨も降らず、いい日和だった。

水天宮では、腹帯のことを「鈴乃緒」(すずのお)と呼ぶ。
社殿の鈴から下がっている鈴紐を「鈴乃緒」と言うのだそうで、
その昔、古くなったお下がりを頂戴して腹帯として用いた人がい
て、安産を祈願したところ、ことのほか楽なお産ができたという
ことに由来するそうだ。

「鈴乃緒」は、戌の日の早朝にご祈祷を済ませたものが売られて
いるので、それとお守りだけ買って、普通に参拝して帰ってもい
いらしい。
そういう参拝客が住所と名前を書いていくと、後できちんと安産
祈願のご祈祷をしてくれることになっているのだとか。
わたし達は、せっかく遠くから(といっても一時間半くらい)来
たのだから、安産祈願のご祈祷をしてもらわなくちゃと、二十分
ほど待ってご祈祷していただいた。

「鈴乃緒」は、戌の日に最初に身に付けるのだが、その最初に身
に付けたときに、ご利益が授かるのだそうだ。
だから、一度、身につければ、後は手持ちの腹帯等で過ごせば良
いのだと、ガイドブックに書いてあった。
ガイドブックを読んで、なんだか知らないことばかりだと思った。

お宮参りにしていた方もたくさんいて、生後一か月ほどのぷにゅ
ぷにゅとした赤ちゃんがかわいらしかった。
ここでも夫と二人、こういうところに来ることになるとはねぇと
微笑みあったのだった。

久しぶりの遠出だったが、ずっと電車に座りっぱなしだったので、
楽なもんだと思いきや、帰ってから足がだるくなっていた。
ゲームしている夫を急かして、一緒にお風呂に入った。
やっぱり日本人は風呂だなぁ、などと言われながら疲れがとれた。
夫曰く、自分の一番の仕事は、わたしをお風呂に入れることなの
だそうだ。
暑がりなので、シャワーで済ませてしまいがちなわたしを、湯船
に浸からせることが仕事なんだって。ふんふん。

「デビル メイ クライ 2」。
二人めのキャラクターで戦い始めた夫。
こちらの方が、戦闘時のアクションが派手である。
あのキックを身に付けて、襲って来る犬に立ち向かえ、などと、
とんでもないことを言い出す夫に、「はいはい」と答えるわたし。
夫の妄想は、今に始まったことではない。(笑)
明日は、出勤する夫。

 落ち込んだわたしを救い出すことも入浴指導の一環だと言う(市屋千鶴)



2003年07月19日(土) 仲良く昼寝

昼食だと言って夫を起こして食事をした後で、二人そろって昼寝
をした。
したというか、してしまったというか。(笑)
疲れきった夫は、約二時間後にわたしが起きてからも寝ていた。
更に二時間ほど経った頃、夫を起こして買い物に出た。
といっても、便秘でお腹が苦しかったので、ゲーム屋と少し遠め
のコンビニまでなのだが。
本当はもっとちゃんと散歩すれば、便秘のためにもいいのだと思
うのだが・・・・

ゲーム屋で中古ゲームを買ってきた。
「デビル メイ クライ 2」。
これの1が結構面白かったのだ。
2は昨年の夏に販売されたのだが、あまり評判にならなかったと
記憶している。
確かに、ミッションが淡々と進行していくのだが、1の時のよう
なストーリーとしての面白さがまだ出て来ない。
これからなのかなぁ。
それと、ディスクが二枚入っていて、別のキャラクターで進むこ
ともできるのが面白そうでは有るが。

と、あれこれ言っているが、実際にゲームしているのは夫であっ
てわたしではない。
わたしは、相変わらずナビなので、出口や行き先の指示や、アイ
テムの場所の指示なんかをするだけだ。
でも、1の時だって、一応ストーリーは追っていたんだけどねぇ。

明日は、水天宮様に行く予定。
まあ、これも便秘の具合次第なのだけど。(笑)
普段、毎日きちんと出ているものが出ないとなると、なんとなく
お腹が苦しいような気がしてねぇ。(汗)

 泣きながら歩く子どもの声を聞きカーテン越しに様子を覗く
                          (市屋千鶴)



2003年07月18日(金) 突然襲って来るもの

昨夜、夫の帰りを待っていた時、突然襲ってきた不安。
24週くらいになったら、育児用品の手配とかしはじめなくちゃ
ならないと思った時に突然不安になったのだ。

一人の人間の命が、自分達の手に任されるということ。
これは恐いことだと思ったのだった。
そりゃあ、子どもを産んで育てるということは、ずっと女性達が
やってきたことなのだが、いざ自分がと思うとやはり不安なのだ。

わたしは、家事全般がそれほど好きではないし、夫と二人であれ
ば済んでしまうことだって、子どもがいたらそういうわけにはい
かないのだろうと思うし。
母性本能だけで、乗り越えられるほど若くないのだ。
いろんなことを考えてしまう。いやでも考えてしまう。

もんもんとしているところに、夫が帰ってきた。
夫はちゃんと話を聞いてくれる。
ずっとこんな調子で毎日遅いのかなぁ、産まれる時に仕事ってこ
とになるんじゃないのと、わたしは言ってみた。
すると、意外な答えが返ってきた。
「そのために今のうちからがんばってるんだよ。
 12月になったら行方不明になるからねとみんなに言ってるし、
 育児休暇もとろうと思っているんだ。」
育児休暇とれるのか、君。
といっても、産後の何週間かなのだと思うが、そりゃあ、とれた
らそんなに嬉しいことはない。
一番不安で肉体的にも大変な時期に、夫がいてくれたらとっても
ありがたいことだもの。
まあ、本当にとれるかどうかは、仕事次第なのだろうが、それを
目指して日々がんばってくれているのかと思うと、不安も消えて
いくのだった。

明日からの三連休、一日くらい出勤になるのだろうか。
昨夜はなんとか大丈夫そうだと言っていたが。(笑)

今日はこれからきわみちゃんと食事をする。
と、ここまで書いたのが、19時半頃。

その後、食事した。
きわみちゃんは、わたし達が先日行った焼肉屋さんに行きたいと
言っていたので、そこにした。
それほどたいした量は食べられないのだが、空いているのをいい
ことにずいぶんと話し込んでいた。
20時過ぎに入って、出たのは22時過ぎだった。
うちに寄って、アイスを食べて「金曜ロードショー」を見てから
帰っていった。

どうも我が家に来ると、みんなリラックスしてしまって、眠くな
ることが多いらしい。
今のアパートに限らず、我孫子の時も、その前の東林間の時も、
きわみちゃんや姉や姪や義兄や、遊びにきては眠くなってしまう。
そんなにリラックスする家なのか。
それとも、空気、淀んでますかね。(笑)
酸素、不足してますかねぇ。(更笑)

 自らの不安にのまれていく妻に浮き輪を投げる最重要任務
                          (市屋千鶴)



2003年07月17日(木) 中学生の恋心

今日の金八先生(再放送)で、金八先生に息子が恋に悩み、他に
も担任のクラスの女子生徒が、好きな男の子の推薦入試の学校に
ついていってしまって、自分の行くべき学校に行っていなかった
りというようなことが展開されていた。

中学生の頃の恋心、久しぶりに思い出した。(笑)
同じ高校へ進んだ仲間二人のうち、一人は彼女がいた。
転校したときに、クラスのみんなが教えてくれた。
あいつは三組に彼女がいるんだよって。
休み時間になると、彼女はその子に会いに来ていた。
廊下で話す二人。
わたしはふ〜んという気持ちでそれを見ていた。

好きな子に好きな人がいて、それが自分の友達だってこと。
そんなことがよくある話で、初恋(小学五年生)の相手は、わた
しの友達が好きだと言った。
わたしが打ち明けた時にそう教えてくれた。
悲しかったけど、その友達は女のわたしから見てもとても素敵な
女の子だったので、それは納得するばかりだった。
かえって、好きな子の片思いに同情さえした。
わたしはどちらとも友達でいたかったから、好きなことは友達で
いようと思った。

転校した先の中学校で、彼女と廊下で話していたその人は、入試
を前にして、彼女と別れることになったらしかった。
特別講習の教室は能力別に分けられていて、同じ高校を目指す彼
とわたし、それに同じ山形市内の高校を目指す女子生徒などと共
に勉強していたのだった。
そうするうちに、やはり目指すところが同じ高校同士と言うのは、
どうしても仲良くなるし、他にも生徒会の役員仲間の女子とも仲
が良かったりして、彼女の方はずいぶん焼きもちを焼いたらしい。

交際をやめることにした時だったか、わたしと生徒会役員仲間の
女子生徒に向かって、彼をよろしくと、彼女は言いにきた。
言われた方のわたし達は、どうしたもんかと思ったりもしたが、
別に言われなくても、同じ仲間同士だ。大事に決まっていた。

この彼は、この先ずっと20歳ごろまで好きだった相手だから、
よろしくと言われるのは、満更でもない気持ちだったか、それは
こちらの気持ちだけの話で、彼本人は受験に集中したかったのだ
と思う。
なにしろ、合格発表の時に、泣いちゃったやつだからね。
わたしなんかと違って、高校仲間二人は本当に一生懸命勉強して
合格したんだもの。
記憶力だけで、合格したわたしとは大違いなのだった。

好きな人には結構まっすぐに好きだと告白してしまう質なので、
かなりの確率で当たって砕けてきた。
学生の頃には、必ずと言っていいほど、友達としては最高なんだ
が恋愛の対象として考えてことが無い、と言われた。
わりと気軽に好きなんだよねと言ってしまうところが、いっそう
友達感覚の延長みたいな気持ちにしか見えなかったようだ。
そのうちに、自分自身の気持ちでさえ、友達の延長だと言い聞か
せるようになっていき、いつしか好きだった男の子はいい友達に
なってしまったいたりした。

だけど、そうやって気軽に好きだっていってしまうから、仮にこ
のわたしを好いていてくれた人がいても、言い出せなかったのだ
ろうし、気がつきもしなかったのだろう。
もしかしたら、惜しいことをしたということだって有ったかもし
れない。
その辺の観察眼が鋭くなるのは、すっかり大人になってからだっ
たからねぇ。
片思いをし続けて、やっと見えるようになってきたのだと思う。

相手の気持ちが少し見えるようになっていなければ、夫がわたし
を好いてくれているということも気づかずにいたのかもしれない。

いや、中学生並みの恋愛なんかじゃないんだけどね。(笑)

 「女って残酷だよ」という彼の言葉にとまどう金八先生(市屋千鶴)

この台詞は、金八先生に息子の言葉だった。
すまん、こんな歌で。(汗)



2003年07月16日(水) 翻弄される水曜日

別に対したものに翻弄されているわけではなくて、お天気に翻弄
された水曜日。
洗濯物を外に出すタイミングがつかめなかったのだった。
天気だと思って洗濯を始めたら、干す頃には雨が降ってきた。
天気が良さそうだと思っても、昼寝の時間に外に出すのは勇気が
いるし。(笑)
つい今し方までは、ざーざー降りだった。
結局、今日も部屋干しってことになったのだった。
部屋に干す時は、窓を開けて(雨の時は天窓だけ)換気扇を回し
て、扇風機の風を当てるようにしている。

未だに、夫が帰って来る夜中には、空腹のためかげぇっとなって
しまうことが多いのだが、朝は絶好調である。
朝ご飯もちゃんと作れるようになったし。(嬉)
家での唯一の食事である朝食は、夫にとってとても大事だったの
だが、今まで台所になかなか立てなかったから。

ご機嫌な朝のわたしを見ては、ニワトリみたいだといつも言う。
そりゃあそうだよね、三年寝太郎の嫁だもの。
朝、夫をきちんと起こすことが一番大切な任務なのだから。(笑)
夜中の1時近くに帰って来る夫が、床につくのは2時過ぎのこと
だが、それが3時とかにならないようにふとんに引き込むのも、
また大切な任務。

今日で16週。五か月目かな。
いわゆるさらしの岩田帯を巻く時期なのだろうが、いつが戌の日
なのかもわかっていない。(^^;
マタニティ売り場で売られている腹帯(腹巻きタイプのもの)と
かにしようかなと思っている。
姪がお腹にいる時、姉にさらしの腹帯を巻いてあげたことを思い
出す。
姉が言うには、赤ちゃんが大きくなり過ぎなくていいのだとか。
逆子を防ぐとかいう理由も有るらしいのだが、北里大学病院では、
しめすぎて圧迫することの悪影響を考えて、積極的に薦めていな
いらしい。
実際、出歩いたりする時には、やっぱり支えが有った方がいいだ
ろうとは思うのだが、どうなのだろうか。

 安産の祈りを込めた帯を巻く女の腹は別の生き物(市屋千鶴)



2003年07月15日(火) ちょっとひと休みな火曜日

タイトル通り、ちょっとひと休みな感じの火曜日である。
先週後半からの好調と、週末のお出かけ二連発だったから、ここ
でちょっとひと休みだ。
温度の上がらない日に部屋干しすると、室温は下がるし湿度は上
がるしで、体によくなさそうだよね。
特に神経痛持ちにはきついものが有る。
というわけで、予定してた洗濯は・・・・・・
近くのコインランドリーの乾燥機を使うのもいいが、濡れた洗濯
物を持ってそこまで行くのはどうかと思ったりもする。
ちょっとずつ行くか。なんにせよ、明日だ。
だって、今日はひと休みな火曜日だから。(笑)
こんなことを言っていられるのも、今のうちだしねぇ。

が、やっぱり洗濯乾燥機が欲しくなったりもする。
夫は、上に開くドラム式の洗濯機の、あの開閉部分がすごくメカ
っぽくていいと言っていた。値段を考えなきゃね。(笑)

げえげえというわけではないが、時折ふとしたはずみにげえっと
なったりすることはする。(言い回しが変?)
それでも、やっと牛乳を飲みたくなってきたから良しとするか。
宅配の牛乳(森永カルダス)は飲んでいたのだけど、その他にも
牛乳を買うという気になれなかったのだ。
やっと買うようになったのだが、まだ卵は買えないなぁ。
なんとかせねば。

本来の食生活にもどれば、基本的に野菜メインの食事になってし
まうので、動物性タンパク質をもっと積極的にとらないといけな
いのだろうな。
麦茶にすると必要以上に飲んでしまうことがわかり(笑)、水分
は牛乳と水で補給するようにしようと決めたのだが、COOPで
麦茶を三本買っていたのを思い出した。明日届く。
血圧は、自宅で測っていて、120弱と80弱。
あんまり上がらないようにしなくてはね。

それにしても、トマト好きで良かった。
小腹が空いたらトマトをかじるのだ。丸ごとかじるのだ。
トマトは100グラムで19キロカロリー。
少し大きめで200グラムくらいだから、低カロリーなおやつだ。
ギリシャ人並み(年間平均約141キロ摂取)とはいかなくても、
イタリア人並み(年間平均69キロ摂取だったかな?)くらいは
行きそうな勢いだ。一日平均200グラム弱。
他にも食べなくちゃ行けないものが有るのは分かっているのだけ
れどねぇ。

さっき、叔母から電話が有った。
明後日にはアメリカに行くと言う。
アメリカで二人めを出産する娘のために行くのだ。
その前に声を聞いておこうと思って、と叔母。ありがとう。

 「元気ならそれでいいのよ。」
         受話器から聞こえる声は母に似ている(市屋千鶴)



2003年07月14日(月) かもめーる

土曜日に、我孫子のアパートの不動産屋さんから、速達が届いた。
アパートの修繕費用の見積りと、借り主負担分の連絡。
まあ、そうだろうなという程度の金額だったので、月曜日振り込
むとすぐに連絡を入れた。
なにしろ、立ち会いもしてもらわずに、掃除も全てお願いしてき
たのだから、そんなもんだろう。
敷金が家賃一か月分だったのだが、当初の予定のGWの引っ越し
だったら、五月分の家賃を修繕費用に充ててくれるようにとお願
いしてあったのだ。
それが五月も残り一週間というところまでいたので、少し足りな
くなってしまったのだね。
見積書を見て、大家さんの負担分を見たら、これは大変と思った。
というのも、床材の沈むところが有ったりして、そこはわたし達
の入居時に既にそうなっていた。
もとの貸し主が、修繕しておくべき部分だったのだ。
今の大家さんは、昨年貸し主になった人なので、それはちょっと
気の毒だった。
が、うちが負担するものでもないし、たばこで色が変わってしま
った壁紙とふすまや畳の張り替えを折半ということになった。
厳密に言ったら、借り主保護のもとに負担しないでも済むのかも
しれないが、争うほどの大金でもないので。

ということで、その金額を振り込むために駅前まででかけた。
昨日購入した、ジャンスカを着て出かけた。
う〜ん、妊婦らしいぞぉ。(笑)
いつも行くラーメン屋さんで昼食を食べていると、お店の女性が
寒くないですかと聞いてくれた。
入り口の真ん前の席だったので、冷たい風が入るのではと心配し
てくれてのことだった。(今日は寒かったからね。)
帰りに八百屋さんにより、トマトやインゲンとともに、ソルダム
を購入した。好きなんだよね、ソルダム。赤い肉のすもも。

家に買い物を置いてから、コンビニの近くの美容院に行ってみた。
若い女性が一人でやっているとこのと。なので、予約優先。
感じのいいお店で、伸び放題だった髪の毛もさっぱりした。
また、部活する女子中学生みたいになったと、夫には言われるの
かもしれないけどね。わたしは気に入った。
ここを行きつけの美容院にしようと思った。

郵便局で「かもめーる」はがきを買ったら団扇をくれた。
ちょっと手提げ袋にも入らないので、傘を持つ手に団扇も持って
帰ってきたけど。
昨日、夫が宛名職人をインストールしたり、プリンタで試し印刷
したりしていてくれたので、さっそく「かもめーる」はがきを買
って転居のお知らせをかねた暑中見舞いを作ろうと思っていたの
だが、このお天気ではやる気も無くなってしまった。
もっと暑い日に、暑中見舞いは作るべきだよね。感じが出ないよ。

 暑い日が続きますねと書いてから長そで姿の我にがっくり(市屋千鶴)



2003年07月13日(日) ぷらむ、犬の歌

今日はぷらむの日。
早めに家を出て、南大沢のイトー○ーカドーに立ち寄った。
マタニティ売り場に行ったらば、あるあるLLサイズ。
それに、よそでは9号と11号までなのだが、13号があった。
わたしは肩幅も広いので、13号でも肩がきついくらいなのだが、
ジャンパースカートタイプで、肩が出るものであれば、13号で
ちょうどいいのだった。うれしくて、2着買った。
他にも、らくちん前開きブラとか、サポートショーツとか買った。
プーさんの母子手帳入れまで買ってしまった。
購買意欲を煽られた感じ。(笑)
なんだか、よそでちょうどいいサイズがなかった不満が爆発した
感じだった。
やっぱり好きだな、イトー○ーカドー。(ほめとこう)

さて、ぷらむ、今月の歌。
絶不調とヒステリーの状態で、なんとか作って送った三首。

 吐瀉物の牛乳色を確かめて負け犬のようにトイレに向かう(市屋千鶴)

 サイレンに誘発された犬達は遠い祖先を思って吠える(市屋千鶴)

 飼うことの出来ない犬を眺めつつ猫の気配をまといて過ぎる(市屋千鶴)

一首目は、先週の日曜日のわたし自身だ。
牛乳を飲んだ直後に、吐いてしまった。
たまたま手にしていたキッチンタオルにプチゲロが出てしまい、
ふと見たら、牛乳そのものだった。
おまけにその時は、ヒスを起こしてもいた時だったから、下の句
の「負け犬のように」という言葉が浮かんだのかもしれない。

二首目は、我孫子にいたころ感じていたこと。
消防車や救急車のサイレンがなると、そこら中の犬が遠ぼえをし
始めるのだが、犬は普段遠ぼえなんかしないなと思ったのだ。
遠ぼえ=オオカミ、という感じがあって、サイレンを聞いた時、
犬達はオオカミだったという血が騒ぐのかもしれないと思った。
結句の「思って吠える」が、いまひちで、あれこれ考えたのだが
あの日はこれが精いっぱいだった。
東先生の助言で改作すると、こうなる。

 サイレンに誘発された犬達は遠い祖先に向けて吠えおり(市屋千鶴)

そうだこれだよと、感心した次第。

三首目は、これも我孫子にいた頃のことで、日記にも書いたと思
うが、我孫子ではよく犬に吠えられた。
犬がめちゃくちゃ嫌いと言うわけでもないし、小学生の頃には家
で飼ってもいたのに、なぜか犬に吠えられてばかりいた。
アパート暮しで飼えないから、横目で見ながらも猫のようにそし
らぬ振りをして犬には関心が無いかのように行き過ぎる、という
ような感じに読んでいただいたのだが、実際のところは、やたら
と犬に吠えられるので、飼いたいけれどきっと自分は猫の気配で
もまとって歩いているのかもしれない、という気持ちが有った。
が、みなさんが、素敵な解釈をしてくれたので、嬉しかった。

今月から新しく若い方が二人、入会された。
一人は通信会員ということで、来られる時に参加されるとのこと。
もう一人の方は、その後の暑気払いの食事会にも参加された。
若いっていいですねぇと、人生の大先輩と話しながら食事をした。
いつものことだが、今日もわたしはマニアぶりを発揮してしまい、
特撮の話とかガメラの話とか、漫画の話とか、してしまった。
夫に話したら、あきれられた。(笑)

みなさん、マニアックですみません。
でも、楽しかったぁ。
「まだ入会して一年しか経ってないんですねぇ。」と言われて、
どこに行ってもそう言われるんですよと答えるわたし。
初めて会った気がしないとか、一度会ったら忘れないとか、まあ
いろいろ言われてきたから、そういうキャラクターなのだろう。

そうそう、妊婦の話題も、ちゃんと話してきたのだよ。(笑)

 このごろの歌はいいわねと人生の大先輩に言われる喜び(市屋千鶴)



2003年07月12日(土) 外出

夫は、昨夜2時過ぎまで仕事をしていて、帰ってきたのは今朝
だった。
7時過ぎに帰ってきて、昼過ぎに起こしてもいいと言ってその
ままバタンと寝てしまった。
なんとか昼過ぎに起こして、昼食をとり、夫と町田に出かけた。
出かけたといっても、ソフマップに行っただけなのだが。
帰りに、相模大野で伊勢丹に寄って先日の買い物代金を支払った。
伊勢丹までの道に、里親を探す捨て猫が並んでいた。
かわいい猫達だが、今のアパートでは飼えない。
夫は、飼える環境ならば、猫ではなく犬を飼うと言う。
そうなのか。
やたらと犬に吠えられるこの妻を持っていても、犬がいいのか。
たしかに、毎日めくっている犬ごよみの犬の写真はかわいい。
猫は、昔の家猫のような飼い方ができるのであれば、それが一番
いいのかもしれない。
部屋から出さずに飼われている猫は、少しだけかわいそうな気が
してね。

この辺りに、大きいイトー○ーカドーは見当たらない。
マタニティウェアも、そこならLLサイズがありそうな気がする。
明日のぷらむの日に、少し早めに出かけて南大沢にその店を見て
みようと思っている。期待してるよ。

すっかり疲れ果てた夫は、20時には眠くなってしまい、わたし
を誘って寝てしまった。
わたしも一緒に寝たのだが、約2時間後に目が覚めた。
昨夜は、わたしもなかなか熟睡できなくて、1時間おきくらいに
目が覚めていた。
いつもは真っ暗にして寝るのだけど、なんとなく豆電球をつけて
寝たら余計に寝られなかったみたいだが、トータルで寝ていると
いうことはこういうことなのかと思った。

 この部屋で初めてひとり寝る夜は豆電球さえ明るすぎたよ(市屋千鶴)



2003年07月11日(金) つわり、終わりなのか

水曜日からずっと調子がいい。
今日はお天気だったから洗濯もしたし、晩ご飯も作れたし。
もう、つわりが終わったのだとしたら、ほんとに嬉しいんだけど。

明日は、夫と町田に出かける予定。
MACーOSX用の宛名職人を買うのだ。
なぜって、それは転居のお知らせをまだ出していないから。(汗)
暑中お見舞いを兼ねて、新しい住所のお知らせをしたいと思う。
明日も調子いいといいなぁ。

ついさっきまで、歌人の持つ雰囲気とかなんとか、書いていたの
だが、かなり勝手な思い込みだと思い直して消してしまった。
知らないことを書くものではないな。

昨夜は、風呂上がりの夫を、デジカメで激写してやった。
フラッシュにかなり驚いていた。(ごめんごめん。)
そんなことができるのも、調子がいいからなんだなぁ。(笑)
それでも、夫とわたしのスキンシップ(足さすり)は続く。
なんだかいいんだよね。
夫は本を読みながらわたしの足をさすっている。
わたしは、ぼちぼちと夫に話をする。
一日のなかで、一番幸せな時間だ。
子どもが産まれるまでは、甘えなさいと言ってくれるので、遠慮
なく甘えている。

夫の帰りを待つ間に、昨夜は、もぐちゃんを相手に自作の童話を
話したりしていた。かなり自分勝手で、あやしいね。(笑)
日曜日は、ぷらむの日。
明日、あまり無理しないようにしておこうと思う。

胃の辺りがだいぶ出ている(肝臓にものう胞があるので大きい)
ので、もぐちゃんの居場所の膨らみが目立たない。
ゆえに、妊婦に見えず、ただの太った人に見えてしまう。(汗)

 おっぱいの下から始まる膨らみは胎児ではなく肝臓のう胞(市屋千鶴)



2003年07月10日(木) 定例報告

昨日、夫が携帯メールで様子を聞いてきたので、今日はこちらか
ら報告した。
「さっき、駅前まで行ってきたよ。今日は元気みたい。」とかね。
駅前までの十数分を、ぷらぷらとゆっくとした歩調で歩くのだが、
何人かに追い抜かれる。
途中に有るお店や神社などを眺めながらの散歩気分だ。

駅前まで行くと、新しくお弁当屋さんができていた。
前は写真屋さん(現像してくれるところ)だった。
このお弁当屋さんはお惣菜屋さんもかねたようなお店で、我孫子
の夫の事務所の有った駅の駅前にも最近できていた。
そっちのお店には何回か行ったことが有って、おかずを買ったり
したっけ。
今日オープンした、駅前のお弁当屋さんの向かいには、持ち帰り
のお寿司屋さんやマックやコーヒー屋さんが有る。
競争が激しくなるんだろうなぁ。

銀行のATMに寄って、スーパーで買い物。
行く時とは違って、帰りは買い物袋を下げているので、散歩気分
というわけにはいかない。
ぎゅったん、ぎゅったん、歩いて帰った。ふーっ。

「踊る大捜査線」の再放送を見ている。やっぱり面白い!
本放送から再放送、スペシャルに映画と、みんな見ているのに、
やっぱり見てしまう。どの役も好きなんだよね。
前の映画は、姉と姪と三人で観に行ったんだった。
来週末封切りの映画も観たいのだが、観に行けるかなぁ。
「踊る大捜査線」から「金八先生」という流れで毎日テレビを見
ているの。ちょっと変わってるかなぁ、やっぱりわたし。(笑)

あんまり内容の無い日記なってしまったが、長崎の事件のことに
はいろいろと考えさせられる。
本当にいろいろ考える。

 ヒーローに憧れているだけでなく志にも共感してくれ(市屋千鶴)

特別な意味はない歌だ。



2003年07月09日(水) 言葉にすること

言葉にすることはほんとに大事。

イライラや、もやもやをそのまま持っていたのでは何も解決しな
いし、余計に大きくなるばかりだものね。

夫は、わたしが泣いていると、我慢しないで泣きなさいと言う。
たとえそれが、夫に対する不満であったり、夫への自分の態度に
対する怒りであったりしても、我慢しないで泣きなさいと言う。
夫には、わたしの激しい気性が分かっているのだろう。
そして、わたしの怒りが自分自身に対してのものが大半で、一番
大きいということも分かっているようだ。
だから、泣きたい時は泣きなさいと言ってくれるのだと思う。

我慢して、ただただじっと涙を流しているだけだとだめらしい。
泣きながらでも、訳が分からなくても、自分が感じていることを
言葉にしながら泣いた方がいいらしい。(経験者。)
泣きながらでも話しているうちに、自分が何に一番怒ったり悲し
んだりしているのかがわかってくる。
やみくもに泣きたい時にも、言葉にすることは大事なのだろう。

昨日、一昨日と、携帯メールで自分の状況報告をしていたのだが、
今日はしていなかった。
そしたら、17時過ぎに「元気かね?」というメールが来た。
心配してもらっていることに感謝する。
「風呂に入ったよ。まあまあ。」と返事した。
携帯のメールは、ほとんどが夫との間で交わされたものだ。
面白い会話は削除せずにとってある。(変?)

昨日、姉と電話で話していて気付いたことがあった。
姉は、先週から薬が変わって、気持ち悪い時間が多いらしい。
食事の後も気分が悪くなって、冷や汗をかきながら寝てしまうと
いうこともしょっちゅうらしい。
そういう時には、必ず家族の誰かが足をさすってくれるのだ。
気持ち悪いのだけど、さするのは「足」なのだ。
最初のくも膜下出血の手術の時からそうだった。
家族の誰かが姉の足をさすっていた。

なぜだか分からないと姉は言うが、実はわたしもそうなのだ。
つわりで気持ち悪くて横になっている時に、夫に足をさすっても
らうと楽になるのだから不思議だ。
なぜ「足」なのだろうか。
夫に言ったら、姉妹だから同じなのかねぇと感心された。
そうなのか?

デジカメで、夫はわたしを撮影している。
その写真を見て愕然としたこと。
常日頃、いかにわたしがけったいな(面白い)顔をしているのか。
面白いだろうとは思っていたが、これほどまでとは・・・・・・

 つつきたくなるという君 寝姿の写真を見れば納得する我(市屋千鶴)

いや、まったく。ほんとに。(しくしく)



2003年07月08日(火) 週末からのこと

金曜の夜、帰ってきた夫は、40分ほどのスロットでちょっとし
た儲けになったとテーブルにお金を置いた。
最寄り駅ではなくて途中の乗り換え駅で、おまけ夜の10時過ぎ
に入って閉店までの間だそうな。

そんなあぶく銭が手に入った翌日は、またというのが人情だろう。
土曜日の午後3時過ぎに儲けの半分を持って出かけて行った。(^^;
3時間も持たなかったようだ。(笑)
その半分になった儲けは、わたしの財布に入った。
夕方、コジ○電気でデジカメとプリンタを購入。翌月一括払い。
デジカメは、隣のお店から取り寄せてくれると言うので、日曜に
受け取り。

日曜の午後、デジカメを受け取りに行った後に、夫は散髪に行き、
ついでにお米を買ってきてくれた。
その間に、わたしは「ぷらむ」の歌をかろうじて作り、メールし、
デジカメの試し撮りをしていた。
ちょっとだけなら動画もとれる。(ほんとにちょっとだけど。)
デジカメとプリンタを同じメーカーにして、ダイレクトプリント
できるものにした。

先週の前半は、結構調子が良かったのだが、後半はいまいち。
土曜日はまずまずだったが、日曜は三回も吐いた。まいった。
月曜はそのままの状態を引きずったように調子が悪かった。

そして本日。
洗濯したのに、雨が降り出した。
カボチャは煮たけど、それ以外ができずにいた。
今が最後のつわりになるといいなぁ。
今朝、もう子どもが産まれていて、産まれたばかりのはずの子ど
もと会話しているのだった。なんか、大人びた子どもだった。

日曜に、ちょっとヒスを起こしたわたしは、一年分くらいまとめ
て泣いてしまった。
原因は、お互いのちょっとした行き違いなので、普段なら少しば
かりむっとして終わりだったのだが、これが妊婦の情緒不安定か。
夫からは、一年分だから、もう産むまで泣かなくて済むねと言わ
れた。

今日は、歌はお休み。



2003年07月04日(金) 手術の記憶

掲示板でコーラのカフェインを指摘してくださった方は帝王切開
で出産なさった。
その方の日記を読んでいて、自分の手術の記憶がよみがえった。

わたしの腹部には、切って縫った痕が四か所と切った痕が三か所
ある。
小学校に入る前に手術した、そけいヘルニア。(これ、脱腸ね。)
両方一度に切った。これで二か所。
小さかった頃のことだから、嗅いだ麻酔が苦かったということし
か覚えていない。

高校一年の時に、虫垂炎の手術をした。三か所目。
下半身麻酔の注射をするのに、手術台の上で丸くなれと言われた。
が、すでに太めだったわたしには、狭い手術台の上で丸くなるの
は至難の業だった。
それで背骨が出なくて、なんども針を刺された。
翌日から歩いてトイレに行くのだが、病室の真ん前がトイレだっ
たのが救いだったなぁ。

33歳の時、胆石で胆のう摘出手術をした。
医師の配慮(未婚だったので帝王切開で三度目の開腹手術という
ことも考えてくれていたらしい)で、開腹手術ではなく腹腔鏡手
術(いくつか穴をあけて内視鏡で見ながらやる手術)だった。
それでも、覗いてみて癒着とかが有った場合には、即、開腹手術
に切り替えられるように全身麻酔で行う。
全身麻酔で手術をする患者には、手術前に深呼吸の指導がされる。
麻酔からさめる時に、酸素がたくさん必要になるからだと教えら
れたのだった。深呼吸=腹式呼吸は、優等生だった。
麻酔から覚め始めて、気持ち悪いとうめいていた時にも、看護師
(当時は看護婦)さんの「○○さ〜ん、はい、深呼吸してー。」
という声に反応して必死に深呼吸していた。
それと、お腹を切る患者さんのために「補助ひも」の指導。
これは、ベッドの足下にひもを付けておいて、起き上がる時にそ
のひもを頼りにして起きるというもの。
わたしはあんまり使わなかったけど。(笑)
この手術で、胆のうの一番近くに2センチほどの傷痕と、お臍や
腹部の右側に会わせて三か所に傷痕ができた。

こうして思い出してみると、結構手術はしてるんだけど特に大き
な手術ではないのだった。
(姉の傷はすごいけどね。十文字に切れてるから。(笑))

一概に手術を比較することはできないし、痛みに対する感覚とい
うものは個人差があるものねぇ。
が、帝王切開って、傷も大きいから、痛いだろうなぁと思う。
虫垂炎の手術後だって、結構痛いもの。

開腹手術は、何度もやればその都度癒着することもあるし、胆の
う摘出の時に医師が配慮してくれたのは、三度目に開腹手術をす
るときは、術後の回復力が少し衰えると考えなくてはならないっ
ていうことでもあったようだ。
姉は、虫垂炎、腎臓全摘出&肝臓一部切除、十二指腸潰瘍の手術
とこれまた三回の開腹手術を経験している。(頭は二回。)
十二指腸潰瘍の手術の時には、前回の手術後の癒着が有ったって
言われたっけ。
人間の体の中を空気にさらすと言うのは、やはりかなりのリスク
が有ることなんだよね。
改めて思い出したことだった。

 痛みより麻酔がさめる不快感に音を上げていた10年前は(市屋千鶴)



2003年07月03日(木) だめだめな感じ

掲示板で教えてもらって気が付いた。
コーラにはカフェインが入っているってこと。
いやぁ、すっかり忘れていた。(汗)
コーヒーや紅茶などは控えていたのに、ほんとにうっかりだなぁ。
教えてくれてありがとう。

食欲は無いわけではないのだが、食べたいものが週ごとに変わる
ようだし、本来大好きだったものが食べたくなかったりする。
もう少ししたら、ちゃんと食べられるようになるだろうか。
なんにせよ、来週末くらいには、納まってくれるといいなぁ。

今日は今ひとつな体調なのだけど、19時からの「ムリョウ」と
19時半からの「TVチャンピオン ダンボール王」は見るのだ。
昨日は、「トリビアの泉」を見ようと思っていたのに、野球延長
の間に寝入ってしまった。
目が覚めたら、23時半だった。(汗)
今日は、ちゃんと見たい番組を見逃さないようにしないとね。

だめだめな感じの本日、歌はできるのだろうか。
歌はいつもだめだめな感じだけどね。(笑)

 日替わりで楽しみにする番組のような彩り 井の頭線(市屋千鶴)

井の頭線の正面顔の色は、何種類か有って楽しいのだ。
やっぱりだめだめ。



2003年07月02日(水) お天気だった

天気予報は曇りだったが、そこそこいい天気だった。
洗濯日和。
洗濯するのはOKなのだが、かごを床においてかがんだり立ち上
がってピンチでとめたりしていると吐きそうになるので、かごの
そばにちんまりと座って作業する。
夫がそれを見た時は、笑っていた。
そして、手渡してやるからかがまないでいいぞと言ってくれた。
夫がいる日はそれでいいけどねぇ。(笑)

うちから一番近いお店が弁当屋で、その次に近いのが薬屋さんだ。
調剤薬局というやつで、処方せんで薬を出してくれるお店だ。

このところ、調子のいい時間が長いので、すたすたと買い物に出
かけたりするのだが、お店に入ると吐き気が襲って来る。
姉が言うには、お店とか匂いの有るところに行ったり、じっと物
を見たりするところは避けて、純粋に散歩だけをすると気が紛れ
ていいのだそうだ。
確かに、お店に行くまでは快調だものなぁ。
帰りはいつもゲロゲロで、玄関に入った途端にプチゲロまで出て
しまったりする。
まあ、それも大分慣れてきたので、散歩するようにしたいと思う。

最近嵌っているのが、コンビニの100円ラムネ菓子。
程よい甘酸っぱさがいい。
それと、ペプシツィストダイエット。わたしはペプシ派なのだ。
CMでは、ペプシマンではなくペプシウーマンが出て来る。
それも、黄色いレモンのようなかぶり物を被った格好で。
あのCM、結構好きである。
ペプシマンと言えば、プレステのゲームが有った。
町の中で困っている人のところまで、ペプシマンが走って行くと
いう単純なゲームなのだが、だんだん難しくなっていくあたり、
かなり楽しめたゲームだった。
ゲームのオープニングとエンディングに、太った男性がピザを食
べながらペプシコーラを飲むシーンが出て来る。
このシーンを見ていると、ピザが食べたくなるしペプシコーラが
飲みたくなる。その点が困ったゲームだった。(爆)

まあ、我が家では、そんなゲームにも手を付けているってことで。
やらないゲームは、スポーツものとシミュレーションものだなぁ。
ロールプレイングゲームはわたしの担当で、アクションゲームは
夫の担当だ。
微妙な感じで担当分けがなされている我が家である。

そうそう。「短歌研究」の「うたう☆クラブ」への応募は、六月
もできなかった。七月は応募するぞぉっ!
今週末は「ぷらむ」の締め切りだ。
今月のお題は「犬」。 「犬」って、むずかしいなぁ。

 大型の犬に向かって吠えるように我に吠えたり勇敢なシーズー
                           (市屋千鶴)

我孫子に引っ越した最初の日、駅前でいきなり吠えられた。
それ以降、ずいぶんと我孫子の犬には吠えられていたのだった。



2003年07月01日(火) 半年かぁ

もう今年も半分が過ぎてしまった。
あと半年もすると、三人家族になる予定だが、まだまだ不思議な
気持ちではある。

今日は、COOP神奈川の人に説明に来てもらった。入会。
もらったカタログを見ていたのは、ちょうとお昼直前の11時。
見るもの全て、美味しそうに見えるのだった。(笑)
最初に注文するのはいったい何だろうか。

その空腹の体の望むまま、近くのお弁当屋さんの茄子入り天ざる
を買いに行った。
なぜか、夫と食べた時のものよりも美味しく感じられなかった。
その後、少し休んで、いつものコンビニよりも少しだけ遠い方の
コンビニまで行ってみた。それは、銀行ATMがあるコンビニ。
駅前の銀行のATMコーナーまで行くのがちょっと面倒だと思い、
食料ゲットを兼ねて行ったのだが、おにぎりやサラダのメニュー
が異なるので、予定外のものまで買ってしまったりした。

夫の会社からの引っ越し代関係は、今月末に支払われるとのこと。
ずいぶん時間がかかるものだ。
まあ、もうすぐボーナスだから、いっか。
ボーナスはたいして多くはないけれど、住宅ローンとかも抱えて
いないので、出産費用のために大半は貯金する予定。
他には、マタニティウェアがちょうどその時期の支払いだという
ことくらいだからなぁ。
我が家は収入が多くないので、債務だけは作らないように生活を
している。
子どもができることで、この生活がどう変わるのだろうか。

昨日から、また金八先生を見始めてしまった。
前にも見ていたのだが、最後の方ばかり覚えていて、前半はあま
り覚えていなかったのだ。
一回目から見たのは、初めてかも知れない。
説教臭いとかいろんな意見もあるのだろうが、わたしが好きだ。
対象が、わたし自身の転換期でも有った中学生だからだろうか。

金八先生で、それぞれの生徒たちの家庭の事情などが明らかにな
って行くに連れて、家の状況がひどくても学校ではまったくそぶ
りすら見せなかった自分のことを思い出してしまう。

 学校の顔が全てでないことを知って欲しくて出すSOS(市屋千鶴)


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