夢見る汗牛充棟
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2000年02月28日(月) 月の碑

月の碑






この宵 わたくしはそっと

ひとつのたましいを棄てるのだ

薄ら笑む唇と半眼のまなこで


こうやって吹き荒ぶ風の先端に昇り立ち

夜に浮かぶ 冴え冴えと白い月のおもてに

尖った骨で鉛と水銀のまがごとを刻む


いつか遠くの君が 倦み疲れたように

何処かに旅に出たならば 誰知らぬ町で

黒々とした地に佇み 月を見上げるその夜に

暗澹とした妄執の碑文に気づくだろうか


重く錆びた身体と うしろを向く眼が厭わしく思う

それゆえに この胸からとった一本の骨を研ぎ

深く深く月を穿つ 穴には穢れた血を注ぎ

君の名が刻まれた細胞の一粒一粒を棄てる


吐く息と君が塗りあげた色合いの

たましいを滅ぼしゆけば

いまや胸はがらんどうになり

薄ぼんやりと闇に融けてゆく 歓喜


刻み終えたわたくしは最後に残った右腕で

借りものの骨を空に放す

天の高みにさらわれ 凍りついた骨が

塵芥や砕けた硝子のように散り失せて行く


ただ漂いゆきながら空は高々と笑うだろう


2000年02月27日(日) 魔物

魔物






なんだか我慢して
もやもや堪えて
腹に力をこめて
眼差しがきつくなって
憤りながら唇が笑み
泣きたがる喉を嘲る
偽りの手順にしたがって
器を動かしているうちに
いつからだろう
せかいとわたしとそとづら
すれ違って調わない
そういえば
朗らかな空に笑うこと
世界に泣くこと
幽霊を怒ること
無駄だからここから
不法投棄しました
叫びたいのも喚きたいのも
迷宮の内のできごと
分けて隔てるのが卑怯なやり方でも
今日をやり過ごして
明日立っていられるなら
目を瞑る 嵐は嫌いだし
明日は生きられるんだし
たましいに棲む魔物を眠らせ
無数の衝立で封じこめる
平和と安息とハーブの香り
ここは神の手 精霊の隣
けれど眠り続ける魔物が
目を覚まして吼えるから
かたくかたく耳を塞ごう



懐かしいんだ
かなしいんだ
戻れないんだ
飢えているんだ
欠けているんだ
拾いたいんだ
ひとになるんだ
ひとにしてくれ


2000年02月26日(土) 一巡

一巡






もうひととせの環が回ります

回転度数は増し速度をあげて

どこかに転がる世界のうえで

わたしたちはおそらく一時の

灯りのように明滅してゆくのですね

ふと消えた灯りに気づけば

眠ってしまったあなただとしても

櫛の歯が抜け落ちたほどにも

世界は困ってくれないのでした

恨めしいほど静かに転がっていく

その一巡は瞬く間のくせに

なにも損なわないまま

生き抜くのはあんがい大変です


風の匂いは埃っぽいのです

ますます色が褪せ寒々しい

強い風になぶられる世界

枝ばかりの眠る樹木と

艶やかな濃緑の樹木

枯れ果てた下草も

根は呼吸しているのでしょう


いのちは春になればまた生まれてくる

あなたはまた産声をあげるでしょうか

幸福を味わったり苦痛に泣くために

その気になったあなたがどこか遠くで

おぎゃぁと泣く所を想像します


あるくわらうおこるかなしむ

つかれるたおれるねむる

ひととひととひとと

すべてのさいわいをいのる言葉は

さむいほどうつろです


街並みの灰色が凍るようです

向かい風を歯を食いしばって往きます

五色の電燈で飾る家に帰りますか

温もりに融けあう家に帰りますか

誰でもあたたかな橙の光が欲しい

あなたはいまあたたかな何処かにいますか

泣いていませんか傷は癒えましたか


わたしは運あって今日も歩いています

寂しがったり寒がったり

自信を失ってばかりいます

天に恥じても構わないけれど

たましいに誇らかにいるだろうか

いきたいけれどいきているのか

本当にわからなくなるのです


自然はとてもうつくしい

ひとひとは自らが抉り出された

故郷を懐かしむようにそれらを愛しむ

空の色を忘れても樹木の色を忘れても

あらゆる色彩を手放して

ついには灰色しか残らなくても

この環の中に暮すのです


ひととせの環の継ぎ目に立ち

そろそろ新しい月暦を用意しようと

ぼんやり考えています

もう一巡りのための乗船切符です

なぜあなたは船を降りたのか

答えの無い問いは鉛です

おおきな世界は血を流さないけれど

ちいさなひとは己の知る灯りを

ちいさな消えた灯りをいつまでも

痛みのようにこころにだけ灯します


わたしもこんな夜に

あなたの灯りを思い出しています












(2002.12.23)


2000年02月25日(金) 雨の夜

雨の夜






そとは雨だろうか

水のおとがするようだ

滴は何処をめぐるだろうか

長い旅をするのだろう

やがてここに戻る日には

優しいしるしを残してすぎる

小さくても 揺るぎないちからづよさ



わたしは雨になれるだろうか

水のにおいを呼び起こし

わたしはなにかを潤すだろうか

ふわふわ旅をしているけれど

いつかここに還れるだろうか

乾いて迷いはしないだろうか

小さくていい 揺るぎない強さよ


2000年02月24日(木) 白い手


「白い手」






焼きあがった肉を食らえば

テレビから遠い悲しみが流れこむ



かつて爺さんが獲ってきた

鴨の頭には散弾がこびりつき

田んぼの側の用水路に腰掛け

羽根をむしりとる爺さんを

わたしは責めた

用水路に白い羽毛を散らばしながら

爺さんは淡い笑いを浮かべていた

「あがらっしゃ。うめえがら」

わたしはなんて愚かだろう



わたしは白い手で

肉を

絵空事の死を

咀嚼して汚れる







(2002.12.17)



2000年02月23日(水) あお

「あお」






海に住む人はあおいうたをうたうだろうか

すべてを生むような果てのないうたを

山に住む人はあおいうたをうたうだろうか

静謐な空と深い樹木と移ろいのあおさ





街に住む人はあおいうたをうたうだろうか

彼の腕の短さと沈みゆく孤独のあおさ

すべてを倦むようなあてのないうたに

希を隠し抱き続けるその祈りの深いあお











(2002.12.17)



2000年02月22日(火) ふわふわ

「ふわふわ」






薄暗い路地裏も

群集ひしめく街中も

君はふわふわ歩いてゆく

やわらかな新緑しきつめた

野原を行くように

踊るような足取りで

歩いてゆく

同じだけの年月を経て

雑多な添加物にまみれた世界に

汚染されない君を

僕は美しいと思って

その背中を見ている

羽根が生えてるみたいに

ふわふわな君

やわらかな君







(年月日不明)





昔書いたもの。


2000年02月21日(月) 一日


「一日」






今日が終わりました

お疲れさまでした

大丈夫?



今日一日

自分の仕事をやりました

少し笑いました

むかむかしました

自己嫌悪しました

浅はかでした

失敗しました

怒られました

悲しくなりました

誰かを嫌だと思いました

大切に思いました

いいことがありました

それなりに頑張りました

感謝しました

なんかもう疲れました

いろいろな事がありました



今夜も生きて寝床に入ります

布団の温もりが幸いです

朝は多分すぐに訪れます

うん、大丈夫 まだ走れます







(年月日不明)





昔書いたもの。


2000年02月20日(日) 融解

「融解」






身体に頭をよせてみる

そうしたら

わたしとあなた

ひっついてる訳だけど

二つの生き物のまんまね

撫でる手のひらは

優しさだけを伝えるから

心がとけて

流れこめばいいのに

何考えてるの?

言葉にしたくてできない

もどかしさや

さみしさもろともに

あなたの心臓に届いたり

もしかしたら

あなたも一緒なんだと感じられれば

何も怖くないのに







(年月日不明)





昔書いたもの。出土したので。
くはぁ。


2000年02月19日(土) ごめんね

「ごめんね」






君たちは好きで生まれてきたわけじゃない

けど生まれたのだから息を吸うし飯も食う

君たちは人のやくそくなどわからないまま

規則を守れと責められるんだよね

君たちの駆け回る野原は 知ってる?

そこには「公園」って名前がつけられてる

君たちは悪いことしたのかな

言葉の決まりごとが君たちを悪者にする

もとはといえば君たちがそこを

住処と決めたのも人のせいなのに

君たちを野放しにした責任を取るためか

人は毒入りの餌をまいたんだそうだ

君らの命はなんなんだろうね

用済みの玩具と君たちとの違いは何処にあるのかな?

そんな風にしかできないならば

人は人だけで生きるべきなのに

君らの死骸は転がったしりから清掃され

人はここに憩うている

今日も人はたくさん来ているし

君たちが減ったことは誰が知るんだろうね


2000年02月18日(金) 行先

「行先」






どこに行こうか

ここは だだ広い荒野ではないのに

目印がみつけられない

無益な看板や極彩色の矢印

脳をかき回すネオンサインの明滅

偽りの道標に人は

くるくる回転してばかりいる

道祖神は鉄とモルタルに埋もれ

変わり果てた大地の放浪者は

勇ましく面を上げて進みゆくが

こころはどうにも変わらないままだ

未熟で荒々しいたましいを大地に放り投げ

どこなりと行けと誰かは言ったらしい

自由を求めて飛び出したのだと胸を張るが

本当はどうだか自信がないのだ

ずっと歩き続けているとは妄想なのか

ここは円環だろうか

いつも同じところに戻るのだろうか











(2002.12.12)


2000年02月17日(木) ふつう

「ふつう」






普通の人が普通にしていることができない
普通じゃない

そういわれれば普通とは何かと考える
大多数の人に当てはまる事と定義するなら
一人ごときが知る範囲を大多数というのか
隣近所を含めて十数人であなたを測ろうか

わたしはごめんだ

その口が普通などと大言を吐くならば
全人類或いは全存在の過半数以上について
訪ね歩いた結果なら甘んじて受けてやろう
晴れ晴れと傷ついて泣いてやろう

だが
彼を表す言葉を知らないお前が無知なんだ

意味も考えず投げられた靄の言葉

だからそんなつまらないことで
傷つくな










(2002.12.05)


2000年02月16日(水) 万華鏡

「万華鏡」




終らない広がりがあるようだ
無数の輝きが揺れ捩れ
いかようにも咲きながら
円のかたちに調う
水のように流れ
絶え間ない呼吸にしたがって
きらめきは模様を描いている

うつくしい不思議
筒の内側にある果てのない
深淵の先に向かって人は
手を伸ばし続けるもののようだ
その遠さに怖れを覚えながら
掴もうと足掻かずにいられない

さまざまの悪戯と
熱さと風が混じりあい
次に見せるかもしれない
淡く儚いかたちを求めて人は
しきりと器を揺さぶるのだ
しきりとふちを覗くのだ

どのように咲こうとも
どのように散ってゆこうとも
うつくしいであろうと思うのは
こころ

その円環の内に踊るのは星だからだ

それは内と外にひらけゆく宇宙だからだ









(2002.12.05)


2000年02月15日(火) 雲と風

「雲と風」






おじいさんが雲を食べている

おばあさんは立っている

斜光と枯葉が遊ぶ岸壁の舗道で

海から来る強い風を受けながら

くの字のおばあさんは車椅子の背に

手を置いている

金網をへだて丸太が転がる黒色の岸が見える

その向こうは青灰の海だ

小さい肩は重なり合って

ひとつのもののように動かない

色褪せない絵の中で

おじいさんは

だまって雲を食べている

ときおり風を吹く









(2002.12.03)



2000年02月14日(月) 冬の朝

「冬の朝」






冬は赤がきれい

斜光をまとった果実の赤は

深い緑に映えて逞しい

こんな風の日は

寂びた枝先から

金の粒が降る

朱色の温もりが積もる

乾いた音を踏みしめてゆく

いつもの道は

金や朱色が転がり歩くので

ほんの少し明るい

景色の中を切って流れる

ひととひとと風と自転車









(2002.11.30)



2000年02月13日(日) 不思議

「不思議」






やわらかさといたみ

左手と右手にもつ

そのひとは誰?

おだやかでいたい

しなやかではかなく

つよくあきらか

かたまりとたましい

両の眼に宿る陽と闇

おぼろげな影 集束した点

うすいうすい幾重の膜が

生まれると剥がれると

いろがかわる かたちがかわる

そのひとは何処?

柔らかな掌で小さいものを撫で

固めた拳で打ち壊す

そのひとは何?

きれいな一枚









(2002.11.30)



2000年02月12日(土) 散歩

「散歩」






ちょっと

散歩の途中だから

あの角まで行ってみる

角を曲がってしまったら

その先の電信柱まで

もうほんの少しでいい

明らかな見晴らしの可能性や

うつくしかろう空のことや

摘みたい花のすがたを思う



満開の花を摘もうか

それなら走らなければ

遅すぎるのかもしれないが

のんびりゆけば

種が拾えるかもしれない

どちらも素敵じゃないかと

時間に耳打ちされて

迷いながら歩く



青い鳥は見えないし

目指してゆける銀の星は

わたしの天にはないけれど

迷子になって疲れたら

そこにへたりこめばいいだろうか

その時は多分

椅子を借りることもできるし

温かな飲み物もある

一息つけばそこにずっとあった

草花だって見るだろう



空の下は混じりあい

複雑ないろだけれど

清む空が唯一のきれいで

ないことだけは信じる



踏む足元には時々

仄かに光る小石を見つけたりする

嬉しくてポケットにしまうけれど

ふと重たくなって捨ててしまったりする



この道のどこかで

後ろに放った石や見られなかった花を

惜しむのもたのしい



散歩の途中だから

もう少し歩いてみる

走ってもいいのだけれど

どちらにでもいいけれど

くりかえしうたいながら

強いるように歩く



あの角は 尽きない







(2002.12.01)


2000年02月11日(金) 好い匂い

「好い匂い」






小路の途中のお稲荷さんには

大きな木が寄り添っています

鈴の音がして枝と風が戯れている

光と葉は頬擦りしている

五段の石段は静かに

路と空気を繋げています

お稲荷さんと大きな木には

ちいさなひとが寄り添っています

砂利を敷いた土のうえを

ひとが歩いては笑いを刻みます

石段の脇には折りたたみの椅子が

置かれています

春も夏も秋も冬の朝にも

折りたたみの椅子は

おばあさんの場所でした

社の神と木霊とひとつになったように

おばあさんは忙しげな人人と時間を

じっと見ていました

一画は柔らかな空気を着ています

そこの空気は好い匂いです

行きがけにおはようといい

帰り道に疲れたねといい

今日はいい天気だったと呟く

ひとはここで荷物を下ろします

そこは変わりなく思える場所です

ひとはせかせかと去来します

そこは時間の底にある空気です

かなしいけれど安堵するのです







(2002.11.25)


2000年02月10日(木) 繋ぐ

「繋ぐ」






紐が上手に穴を通らない

小さな黒点が凝視するほど

散り失せてゆくからだ

紐が上手に結べない

力んだ右の親指と人指し指が

痙攣を止めないせいだ

充分な時間を丸めて放り

血が踊り出そうとした時

何してるの、と聞かれた

投げ遣りに紐を落とし

薄ら笑って砂だらけの地面を見たが

答えは落ちていなかった

なんだか一人で立っていた







(2002.11)


2000年02月09日(水) 午後


「午後」






用事を思い出し

歩いて出かけていった

道の端には白い花が項垂れていた

弱弱しく背を丸めて

時を間違えたと呟いていた

隣には木が在った

艶やかな紅い実を震わせ

彼女は胸を反らしていた

草叢には濃灰の猫が沈んでいた

猫は腹の下に時間をやっつけ

目を光らせて雲を佩いた空を見ていた

風のない午後のことだ







(2002.11.19)


2000年02月08日(火) わたしの中

「わたしの中」






何処まで歩いても

わたしはわたしの中に居る

硬質の外殻はあつらえたように馴染み

かけ続けた眼鏡と同じようで

違和感がない

家を出て仕事をしても

街に買い物に出ても

猫のからだを抱きしめても

ひとと舌を絡めていても

わたしはわたしの中に居る

∞を覗くためのフィルターの果ては

常に無造作にそこにあり

かたちのない群れを整理整頓して

あつらえた世界で

ラジオの放送帯を選ぶつまみを絞って

ひとの言葉を聞いている

継ぎ目のないわたしの中で







(2002.11.19)


2000年02月07日(月) 途の向こう

「道の向こう」




あなたは

七時四十分に家を出る

同じ道を自転車で走り

同じ時間に会社へ至る



それを一月繰り返し

それを一年継続した



知らなかったが

誰もがするように

あなたも戦っていたのだね



あなたは

七時四十分に家を出る

同じ道を自転車で走り

曲がり角で自分を試す



その道を曲がらなくてもいいのに

その場所を目指さなくてもいいのに



それを二年繰り返し

それを五年耐え抜いた



あなたが七時四十分に家を出た後

「欠勤ですか」と電話を受けた



どうだった?

案外簡単なことだっただろうか

道なんかいつ変えたっていい

「お稲荷さんの大樹に誘われたから」

六年目にあなたは呟いた



行き先を決めるのは自分の足

約束に絡まるのは自分の意思

毎日通る稲荷の大樹に問いかけていた

あなたは今日行かなくていいと知った

大樹は風にざわめいていただけだろうが

あなたの耳は答えを聞いた



あなたはもうじきに

ここに帰らなくてよいことも

知るのだろう









(2002.11.17)


2000年02月06日(日) 壊れた機械

「壊れた機械」




その機械は壊れていました

愛してる愛してる愛してる愛してる

愛してる愛してる愛してる愛してる

どこを押しても繰り返す

銀のボタンも金のボタンも

黒いのも  白いのも

どこにも正しく繋がらぬ

配線ミスの不良品

あたしは日曜の夜おそく

それを街角に捨てました

月曜の朝には もはやかたちはそこになく

あたしは笑って仕事に行った



そのあたしが壊れていました

ここにいてここにいてここにいてここにいて

ここにいてここにいてここにいてここにいて

どこを押されても口にした

緑のボタンも橙のボタンも

黒いのも  白いのも

ぜんぶ男に繋げたかった

配線ミスの粗悪品

男は火曜の明け方に

それを路上に棄てました

月曜の朝には もはやかたちはそこになく

鉄くずと螺子は錆びながら

むかしを思ってただ濡れた



あの機械は壊れていなかった

あたしが捨てた優しいあれは

誰かが拾っていきました







(2002.11.15)


2000年02月05日(土) 黄金の樹

黄金の樹



冬の黄金は空の下

すくと立つ樹の上にある

茶けた芝生と鈍い空に

きらめいて耐えている

荒くれ風と刃の空に

はらはらと輝き散らす

冬の黄金は空の下

寒さに萎えた眼に

ちりちりりんと

一粒の微熱を落とす

際だってうつくしい光





(2001.12.14)


2000年02月04日(金) その日

「その日」




●月●日

太陽が昇りかけたとき

あなたは出かける人を見送った

太陽が一番高くなるのも待たず

あなたは鼓動を止めたらしい

太陽が沈んだその夜

駆けつければ

静かで騒々しいその家で

あなたはひとり布団に寝ていた

きれいな顔で眠っていた

「唇を湿らせてあげて…」

あなたのお母さんはそういった

水を含んだ脱脂綿

あなたは息をしていない

あなたの傍らに肩を落として座り込む人

彼は今日で一人になった

力のぬけた肩の線を騙された気持ちで

わたしはみていた

かける言葉はなにもない

わたしが唇を湿らすと

あなたのお母さんはひどく泣いた

けれどあなたは動かない

裏切られたような気持ちだったよ



翌日から

あなたはすでに儀式のために

花に包まれ箱のなかに横たわる

見慣れたあなたが箱の中で

じっとしている どうして

たくさんの人が訪れる

誰もが日常をおっぽりだして

あなたのためにかけつけたのだ

こんなにこんなに

洗い物やらで奇妙な忙しさに

なんとなく救われた

祭壇の写真のなかのあなたが

とても見慣れたあなただったので

わたしは箱の中のあなたを

本当は見たくなかった

焼香、そして線香の煙を絶やさぬよう

箱の傍らに立つ人々

わたしよりもっともっと近しい人たちが

思い出話をしている

眠れぬままに見守って 迎えた朝

あなたのお母さんが たった一度さけんだ

「かえってきて おねがいだから かえってきて」

崩れるようにして泣いていた

今も耳をはなれない痛い声

あなたには聞こえなかったのか



そして 儀式がはじまった

重ねる儀式と読経の声と

絶えない煙と 香のかおり

少づつあなたをこの世から

消してしまう手続きがすすむ

精は空に 名は虚に

臓物は 灰になり

きよらかな 白が残った

奇妙にきれいな 白を

わたしたちは一片づつ壺に納めた

一番上に 頭の骨

上の歯並びが見えたとき

ああ、これはあなたなんだなと感じた

大きな長い箱に入っていたのに

終いに人の胸の中におさまるだけの

小さな箱に入ってしまった

あなたはどこにいったんだろう

儀式はあなたを送ってしまった

箱と写真と板切れがのこった

それらをおこなうのは

もうろうとした夢の中にいる

ような気分だった

夢から覚めれば日常が戻る

たった一人の小さなあなたが消失して

大きく変わってしまった世界を

日常にしなければならないらしい

とまどいをならすための

細い煙は今日も絶えない



家に小さな箱がある


2000年02月03日(木)





折れそうな足首に巻き付けた

銀の鈴ひとつ 音たてた

りりん りん

さみしい 唯一の銀色が

汚れなく 貴く震えれば

りりりり 告げる

わたしは ここよ

わたしは ここよ

わたしは ここよ

りりりり りりり

繰り返す ささやき

鈴に合わせて 共鳴りし

唱え続ける そのこころ

虚しい腕に抱くもの 待つ

空のこころ満たすもの 欲し

うつくしい 我欲に導かれ

歩み続ける 踊るように

髪は背にはずみ

孤独を鈴の音が追う夕闇の道

天遠く 大地は遥か

どこへゆこうか

銀の鈴

りりりり りりり…


2000年02月02日(水) ひだまり

ひだまり



朝と昼の中間に

ごどろろんと踊るねこ

二階のベランダ

窓ガラスのこちら側

お日さまを吸い取って

ぬくぬくの畳の上で

三角形に

ながあく伸びてる

なまけもの

ちょいとつつこう

白い腹

知らないよって

無視された

心地よさそに細めた目

だらだらんとしたしっぽ

先だけ一度ちょんと振る

ねこのひらきの日なた干し


2000年02月01日(火) ともだち

「ともだち」


君は悪い人じゃない

そうだね

僕も悪い人じゃない

おそらくね



始めにきっかけがあって

それからそれなりに長い時間

のんびりわがままに

友達同士だった

たぶん



君と僕はぶつかったね

その時こころから

いくつかの棘が生えて

僕らはお互い少し

痛かったと思う



痛みがひかない傷をかかえて

もういいや

見捨てよう

そう思ったかもしれないね



時に比例して

育った筈の何かは

しょせん幻で

うまくかみあっていた

気がした歯車が

一つずれた時

軋みの耳障りは耐え難かった



僕はといえば

もう駄目かな

どうでもいいや

繰り返しても日暮れには

ここに戻ってくる



君がいないと寂しいよ

当たり前に一緒で

ずれや煩わしさを含めてみても

君がいないと寂しいな



僕は君に言葉を投げてみる



またゆっくり

友達になれたらいいな


恵 |MAIL