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Mi Pensamiento Diario

骨抜き

他の人が見つけた日記ネタを無断拝借してしまう、そんな最近のムースです。今日の第1弾はネタをまたまた無断拝借しちゃいます。でも、書いたものは無断拝借していませんので。それは著作権等の問題でいろいろと大変だから。ネタは拝借するけど、ここに書く言葉はすべてムースの言葉だから、その辺は誤解をしないでください。
昨日のことかな?ある日記サイトさんにお邪魔した時に面白い記事が紹介されていたの。英語が読める方でしたら「ここ」をクリックしてその記事を読んでください。そうでない方のためにムースが辞書を引き引き、その記事を訳すことに挑戦したのですが、なにぶん英語の偏差値30台後半だったムースには翻訳作業というのがかなりの苦痛になってしまい、挫折してしまいました。でも、大雑把にだったらどういうことが書いてあるか、説明できるので、申し訳ございませんがそれで我慢してください。「スーパーヒーロー対物理教授」と題された記事で「スパイダーマンがビルからビルへと飛び移った時、くもの糸は本当にスパイダーマンを支えるだけの十分な強さがあるのか?なぜスーパーマンの故郷の星、クリプトン星は爆発したのか?フラッシュが80秒で地球を1周するためにどれくらいの食事をとらなければダメか?そう質問したのはミネソタ大学の物理教授、ジム・カカリオスであった」って感じの書き出しの記事なのです。ミネソタ大学で物理を教えてるジム・カカリオスって先生の授業なんだけれども、その内容が何ともおかしなものなの。マンガの中の世界って現実では起こりうることのできないことが多いよね。ここにも載っているんだけど、スパイダーマンの手から出るくもの糸の強度はかなりあるって想像できるよね。だってビルからビルへと飛び移るのに切れることがないんだから。もしかしたらバンジージャンプのゴムくらい太くて強力なものじゃないとダメなのかもしれないね。そんなことを考えるのはとぉ〜ってもバカバカしいかもしれないけど、ミネソタ大学の大学1年生用の物理の授業、いわゆる般教(一般教養課程)の物理の授業でそのことについての講義が行なわれてるの。マンガの中の科学って呼ばれているそうなんだ。それでね、さらに驚きなのが期末試験のではマンガを1つ選ばせて、その中の物理的な問題について考えるってものだったんだって。歴史を専攻してるクリスティーン・バービエーリさんって人はフラッシュが80秒で世界1周するのに何カロリー必要かっていうことを調べて、コンピュータ科学専攻のエリック・キャロンさんっていう人はマンガの中でフラッシュの体が包まれていた氷を溶かすのにどれくらい体を振動させたかっていうのを計算したんだって。その速度、おおよそ時速1万kmっていう速さで振動させたらしい。
日本の学校の先生だったら、「くだらない」と一喝して終わってしまいそうだけど、ムースはこれこそがよくムースのいってる興味を持つってことの第1段階だと思うの。ムースはあるときからマンガというものを読まなくなっちゃたので、もしムースの履修した授業がこんなようなものだったらちょっと困っちゃうけど、でもこれだと多くの学生が興味を持って物理っていうものを考えることが出来るんじゃないかな?高校時代のムースは理系だったから否応なく物理っていう教科を履修しなきゃいけなかったけど、どうも今1つ興味が持てなかったんだ。まぁ、受験のためっていう名のもとにイヤイヤ勉強したけど…。もちろん落ちこぼれのムースなので、赤点を取ることもしばしば。英語と物理の成績が悪くて危うく卒業できなかったところなので。もちろん、わからないから面白くないんだけど、わかるようになろうとするまでの興味は持てなかったんだ。どうしてもムースの持っているものと物理っていうものが結びつかなくて、いつも大変な思いをしていたの。でも、もしこういう感じの授業だったらとっても面白いと思うんだ。だっていつもは訳のわからない数式でやっている授業が、身近なもの、身近な話題へと変化するから。そして目で見えるようになるから。前にもこの日記に書いたことあるけど(4月17日と18日の日記を参照してください)、イメージを作ることができて、身近なものに置き換えることが出来れば理解しやすいっていったと思う。だからこのマンガを使った授業ってとってもいいと思うんだ。だって、どういう状態なのか最初から絵があるからわかるんだもん。誰しもがどんな状況のものについて語っているか一目瞭然でわかるんだもん。それも身近なところで。ムースはこれこそが教育の基礎だと思う。こんな感じの授業が日本でもあればいいのにね。そうしたらみんながいろいろなものに興味を持つようになるし、ゆとりの教育とかいってむやみに時間数だけを減らすような教育体系にならないのにね。興味を持っていることは時間が経つのも忘れて、打ち込めるんだから、勉強しなさいっていわれずに勝手に勉強するのに…。

そういえば、最近の日本人はすっかり骨抜きにされてしまいましたね。っていうムースは、骨抜きというよりは骨抜きにされるような骨もなく、なよなよして、くらげのようにプカプカと浮いてるだけだけど…。まぁ、そんな浮き草ムースのことはさておいて、今の人って詰め込み式の教育をされ続けたせいで、ものを考えるって力がなくなってしまってるみたい。昨日ムースも書いた瀋陽の日本総領事館の事件。ビデオに映ってた人は副領事さんという偉い人なんだよね。きっと子供のことから受験戦争に打ち勝つ術だけを習ってきたんでしょう。そして、これをやりなさい、あれをやりなさいっていわれたものはすべてやりこなしてきた真面目な人だと思う。でも、残念ながらこういうひとの多くは自分でものを考えるってことを忘れてしまってる場合が多いように思えるの。与えられたものをこなすのに一生懸命で、自分でものを考えてやるってこと忘れちゃってるんじゃないかな?ムースはそう思う。
よく○○ちゃんがやってるから…とか○○ちゃんと一緒だから…って話を聞くと思う。中にはそれが嫌いって人もいるだろうね。ムースは出来ればその仲間に入りたいんだけど、残念ながら性格の不一致でどうしてもそういう類の人に受け入れてもらえないの。だからいつもそういう個性を声高に主張しながら集団行動しかできない人を羨みつつ、ついつい辛辣なこといってしまう。世間でヤンキーとちょっとヤンキーくらいしか髪の毛を染めてない頃、ムースが初めて髪を染めたのね。当然、街を歩いていれば目立つよね。今は金髪だけど、あの頃はかわいくちょっと茶髪。ってこれもすごいかな?でも当時は目立った。変な目で見られることもしばしば。それでもムースの中ではこれでいいと思ってたの。うぅ〜ん、もちろん、どこかふてくされてたと思う。猫と一緒で、構われ過ぎるとイヤがって、どこかに逃げて行っちゃうけど、基本的には構ってもらいたくてしょうがないから。でも誰も構ってくれなかったから、あんな感じになっちゃったのかな?それでもムースはいつも蚊帳の外。一匹狼を気取って生きていかないとダメなところもあったんだ。そんな訳で○○ちゃんが…っていいたくてもいえず、いつも自分で考えて行動しなきゃいけなかったの。ただ、今思うとそんな生き方をしてきたので、時に楽になれるところも。だって自分ってものがあるから。ムースの友達は、「あんた、もっとしっかりしなさいよ。なよなよしてないで、もうちょっと骨のある人間になりなさい」といって叱咤激励してくれる。でも、ムースがこれ以上、自分ってものを持っちゃうと、ちょっと大変かも。一昨日、ムースの涙の話を書いたけど、何もいい返すことが出来なかった相手(ってムースの元同僚なんだけど)が、いつもムースにいってたの。あんたほどの頑固者はいないって。一見、なよなよして、何でもはいはいと聞きそうなムースですが、実は頑固者で骨があるらしいのです。こんなこと書くといろんな所から頑固者に1票ってメールが来そうだけど…。話がちょっとそれちゃった。でもね、今の日本人の多くは自分ってものがない人が多いと思う。考えることを忘れちゃった人が多いと思う。与えられたものを一生懸命こなしてきて、いい成績をとって、外務省のような人も羨むような職場に就職したことは凄いと思う。並大抵の努力じゃ入れないのはわかるけど、入省するまでに疲れ果てちゃってないかな?だから入省出来たっていう安堵感で骨抜きになっちゃったのかな。そして骨抜きにされたまま月日だけが流れて、今現在に至っちゃったのかな。だからことなかれ主義になったの?ことなかれ主義になったら、ものごとに無関心になったら、何も考えなくて済むから…。ムースは何となくそんな気がしちゃった。
今、多くの人が過去からの習慣と現代での習慣の狭間でもがき苦しんでるような気がする。中にはそんな日本の姿に嫌気がさして日本を飛び出しちゃう人も多くなったよね。でも不思議なことに、多くの人はまた日本に戻って来てる。それだけ日本って国はいいところなんだと思う。だけど、自分でものごとを考えることができないって人が多いなぁ、感情ってものがなくなって、すべてのことに無関心って人が多いなぁー、これがよくない部分だよなぁーって思ってる人が多いのは否めないよね。それが戦後の歪みで、今、顕著の現れただけなのかもしれないけど…。


2002年05月12日(日)




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