酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
DiaryINDEXpastwill


2005年09月30日(金) 『禅定の弓 鬼籍通覧』 椹野道流

 大阪府高槻市O医科大学法医学教室の大学院生・伊月崇は、高槻市内で連続する小動物殺害事件に憤っていた。幼馴染で刑事の筧と共に拾った猫をししゃもと名づけ、可愛がっている崇は小さな命を慈しむ優しさがある。そこへ解剖が入り、焼死体と思われていた老人の遺体が死んでから火災に遭ったことに気づく。全く関係のないと思われていたふたつの事件がクロスした時、見えてきた真相とは・・・

 さてさて“今の段階で”出ている鬼籍通覧シリーズはここまでです。噂では年内に鬼籍通覧を出せと担当さんから椹野道流さんは言われているとか、いないとか(笑)。これって1年以上前に出たんですものねぇ。果たして年に一度のインターバルを守れるか、否かっ!? 早く出して欲しいのはファンの心でありますが、生み出す苦しみは大きそうなので、あまり言えないかしらん。でも読みたい(本音)v
 この『禅定の弓』を初読みした時に、肩透かしだった記憶があります。今回鬼籍通覧シリーズを通して読んで、その勝手な肩透かしの訳がわかりました。ひとつには鬼籍通覧にオカルトものを求めすぎていたこと。最初がそちら路線だったのでインパクトが強かったための思い込みでした。もうひとつは伏野ミチル姉さんが脇すぎて、伊月崇と筧が全面過ぎると感じたこと。これは本当に私がミチル姉さんを主軸に捉えすぎていたせいでした。はじめからこのシリーズの主は崇なんですよね。間をあけて読むと自分の勝手なイメージ膨らませすぎてだめだわ〜。反省。
 今回の物語にも人間の抱えている闇が浮き彫りにされています。犯人たちの姿や動機が見えてきたとき、やっぱりなんとも胸に苦しいしこりが残りました。崇や筧のような心優しき人間ばかりじゃないからなぁ・・・。
 前作に続き、ダイスキな都筑教授はタイトルの意味を崇に教えています。都筑教授とミチル姉さんと龍村さんに鍛えられて崇は本当に幸せものだわー。

「そういうこっちゃ。智恵言うても勉強だけとは限らん。人間は生きていくうちに、色んな経験をして、その人なりの『慧の矢』を手に入れるんやろう。けど、今の世の中、その智恵を正しゅう生かすための『禅定の弓』を手に入れるんが、ホンマに難しいんかもしれへんな」

『禅定の弓 鬼籍通覧』 2004.7.5. 椹野道流 講談社ノベルス



酔子へろり |酔陽亭酔客BAR
enpitu