酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
DiaryINDEX|past|will
| 2005年07月13日(水) |
『夏の吐息』 小池真理子 |
「パロール」 1年前、叔母夫婦の居酒屋で亜希子は「古賀」という男と知り合った。付き合っていた男と別れたばかりの亜希子は古賀と話すことに興味を感じていた。ある夜、ふらりと入ってきた男が古賀に「センセイ!」と声をかけ、古賀が詩人であることを知り・・・
この『夏の吐息』はどれもトテモよくて、なにを選ぼうか悩んでしまいました。どの物語にも自分の心の欠片を見る様で。その中でこの「パロール」をチョイスしたのは、テーマが‘言葉’だったから。 言葉というものは難しくて、たった一言を読み違える事もあれば、何げない呟きを邪推されることもあります。言葉が通じ合うというのは、とても感性の近い人、もしくは言葉をやりとりしあって信頼を得た人に限るのかもしれないなぁ、なんて思ってしまうほど。自分のサイトで好き放題言葉の洪水をダダ漏れさせているけれど、私を私として受け止められているかどうか、不安だったりしますね。 話している時に、ピンッvと心に響いて通じ合える人とめぐり合うこともあります。そういう人ばかりだといいのだけれど・・・
自分が語りかけたのと同じ量、同じ質の言葉を相手に求めても、戻ってくることは少ない。ならば沈黙を受け入れるしかない、と思っていても、沈黙の中に意味がある以上、やっぱりそこには言葉が続々と生まれ、出口を見失って膨張し、破裂しそうになってくる。
『夏の吐息』 2005.6.15. 小池真理子 講談社
|