酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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| 2005年05月21日(土) |
『傀儡奇談』 椹野道流 |
USJに遊びに行った敏生(森さん抜き)は、かつて関わった事のある少女ふたりに再会する。当時、女子高生だったふたりは美しい女性に成長していた。森さんに淡い思いを抱いた桐枝(森さんの亡き恋人・霞波に生き写し)は、ライブハウスでプレイをしていて、ファンからあるものを預けられていたのだが、そのものがものだけに不気味な影を落とし・・・
夏には滅法弱い森さんを置いて敏生がUSJでヴァカンス。そこで厄災の種を拾ってしまうあたり、さすが敏生クンであります(笑)。今回はファンというもの、表現をするものの責任感を強く訴えかけられました。 まずはファン。ファンと言ってもさまざまで傍迷惑なストーカーなのにファンと勘違いしている人たちもいる! 本当にたくさんいる!! ファンならば好きな人を困らせたり、付きまとったり、わずらわしくすべきじゃないのに、お構いなし! ま、結局あんまり程度の良くない人間がなりがちなのですねぇ。ファンならどう応援すれば好きな人が喜ぶかを考えるべきであって、自分の好きな思いをぶつけるもんじゃなーい。声を大にして言いたいね、私ゃ。 そしてこれは感心したのですが、椹野道流さんの表現者の覚悟をひしひしと感じ取れますよ。自分が発したものへの反応を受け入れる覚悟がいる。それがなければ表現者でいられない・・・素晴らしいプロ意識だ! だから好きなんだなぁ、椹野道流さんのこと。
・・・・・・あるいは、どんな形であれ表現者であり続けるつもりなら、自分の言葉や行動が引き起こすすべてのものを受け止め、立ち向かう覚悟が必要だ。
『傀儡奇談』 2005.1.5. 椹野道流 講談社
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