酔陽亭 酩酊本処
いらっしゃいませ。酔陽亭の酔子へろりと申します。読んだ本や観た映画のことなどをナンダカンダ書いております。批判的なことマイナスなことはなるべく書かないように心掛けておりますが、なにか嫌な思いをされましたら酔子へろりの表現力の無さゆえと平に平にご容赦くださいませ。
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2003年09月07日(日) 『殺人の門』 東野圭吾

 田島和幸は裕福な家に生まれた少年だった。父は歯医者。寝たきりの祖母がいるもののなに不自由なく生活していた。しかし、父が浮気をし、祖母が急死した頃から和幸の人生は見事なまでに転げ落ちていく。ただひとり倉持という少年だけが和幸と言葉をかわしてくれるのだった。しかし和幸は幼心に倉持に不審を抱く。そして長いその後の人生に置いて倉持はいつも和幸の転機に現れるのだった。いい方向へではなく、悪い方向への転機に・・・。

 山田宗樹さんの『嫌われ松子の人生』、重松清さんの『失踪』、そして東野圭吾さんの『殺人の門』は救いようのない物語だけどまんまと引き込まれてしまったたぞ〜本に、あらたに加わった一冊です。東野圭吾さんならではの展開とオチだったなぁ。東野圭吾さんが、なにかのインタビューで「どこに着地するかわからなかった」「しばらくこの物語のことは考えたくない」と答えられていました。その気持ちはとてもよく理解できます(苦笑)。
 主人公の田島和幸がとんでもなくお人よしの大馬鹿者。生まれ育ちのいいボンボンにありがちな騙され方、転落の仕方をしてる。それに対する小悪党から大悪党へのしあがる倉持の屈折した和幸への気持ちも理解できないではなかったです。
 でも自分の中の屈折した闇の部分や悪意の部分を恵まれた他者に向けるというのは、考えたくない非道な行為。でも意外とそういう人間は多いのかもしれませんね。世知辛いことです・・・。
 「人を殺したい」という思いを抱き、実行に移すにはなにが必要なのだろう。願わくば、殺したいと思うような人間と関わらないで生きていければよいのですけど。シリアスすぎず、重すぎず、でもうまい物語でした。和幸の馬鹿。

「人が死ぬっていうのは、そんなふうに理屈じゃ割り切れないものなんだ。とにかく、人の死には関わらないほうがいいんだ。自分のせいじゃないとわかっていても、ずっと嫌な思いをしてなきゃならない」

『殺人の門』 2003.9.5. 東野圭吾 角川書店 



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