2004年01月06日(火) |
20話 『コモナの昔話』 |
コモナは慣れた手付きでホイールキャップの真ん中を外すと、 現れた銀行の金庫ドアーのようなハッチをギイと開けた。 中はがらんどう。ちょっときな臭い。 コモナが目で合図するので、キームは背伸びして中を覗きこんで見た。 内側ぐるりにフイゴアンコウの歯のような物がびっしり並んでいた。 なんだかゾクッとした。
「ミキサーさ」
コモナは背負っていた籠を降ろすと、中身をアンコウの口に放り込んだ。 ガサガサと音を立てて虫ガラが流れ落ちる。 キームはポンチョの下から伸びる逞しい腕に見とれた。 そんな自分に気付いてちょっと赤くなる。
「だいたい1ヶ月で良質のパウダーになるよ」
さっきと逆の手順でホイールキャップを閉める。
「そんなにかかるの?」
とキーム。
「ねえ、キミはどうして海へ逃げなかったの?」
質問に質問で答えるところが不器用な青年らしい。
「…どうしてって」
キームは家族と共に居たかったからとしか答えられない。
「ねえ、もっと昔のこと教えて」
はぐらかす。
「うん。歴史の流れのなかにおいて何時でも迫害されてきた部族がいた。 僕等のように丘で旅の生活をしている者は、 海民からしたら正気の沙汰ではないんだ。 でもね、僕等のような者がいるから彼等の文明は成り立っているんだよ。 貴重な木材に代る建材として、このパウダーは無くてはならないのさ」
いつのまにか自慢話に変わっているのが可笑しくなってキームはクスと笑った。
「あ、話が逸れちゃったね」
コモナも照れ笑いした。 白い歯がこぼれた。
「そうそう昔の話だったね。 ここら辺一帯はその昔ジェル状の湖だったんだ。 気候も穏やかで。当時湖に繁殖していたクラゲの一種が、 乾燥化に適応して今でも生き残っているんだよ。 こんな砂と岩だけの世界にね。彼らはね、 雨季になると一斉に地表に現れるんだ。 そして体積を100倍にも膨らませて水分を体に蓄える。 そうして翌年の雨季になるまでまた地中深く潜ってしまう。 砂クラゲは見た事あるかい?」
「いいえ」
そう答えるに決まっているのに意地悪。
「そろそろ夕食の時間だね」
二人はお腹をさすって笑い合いながらタラップへ向かった。 あと数日でこんなやりとりも出来なくなる。 "駅"に着いてしまったら陽気なコモナともお別れだ。 キームはコモナとの別れが淋しかった。
つづく
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