「だからでっかい船が無きゃどうにもならんて…」
スラムの長老が眉をひそめる。
「わしらは見捨てられたんだよ」
「だからって…」
若者が拳を握る。
その時押し黙ってしゃがんでいた中年の男が口を開いた。
「船なら、船ならある!」
人海戦術でサルベージに取りかかったのはその日のうちだった。 やがて環礁の沖合から、付着物に覆われた「巡視艇」が引き揚げられた。 幸い動力部は生きている。人工頭脳はやられていた。 操縦系統を手動のみで行える様に改造しなければ。 時間は無い。 スラムの男たちはこぞって船の改造に加わった。 スクラップ船の構造材を剥がし、 巡視艇のデッキに溶接して、トリマラン構造の生活空間にした。 それはあたかも優雅に翼を広げた海鳥に見えた。
「これを扱えるのはあんただけだ。 わしらはここに食い留まる。 その間北の町まで皆を送り届けてくれ」
「わかりました。」
男は沈みそうな元巡視艇を巧に操ると、遥か北の街を目指し出航した。 デッキには40人からの難民がしがみつく様に居並んでいる。 人口フィンが作る航跡の向うに、小さくなった人工環礁が見えた。 男にとって、そこは短い間だが古里と思える優しい土地だった。
3日3晩が経った。
目的の街まで後僅か。 そこは周りの街とほとんど接触を持たない寒村。 これだけの難民を受け入れてくれるだろうか。 果してどんな住人が待っているのだろうか。 残してきた仲間は今頃… 男は不安で一杯だった。 しかしそれを気取られぬよう歌を唄ったりして皆を元気付けるのだった。
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海賊の常習手段。 まず強襲揚陸艇のゲートバスターで乗り上げる。 ウンカのごとくなだれこむ賊。 物見台と高い建物を占拠してマシンガンを設置する。 投降がなければ、脅しの艦砲射撃。
今まさに雷鳴のような砲撃が続いている。 人工環礁の消波ブロックを木っ端微塵にした。 しかし人っ子1人出てこない。 拍子抜けした賊達は、すでに放棄されたものと思いこんだ。 めいめいがめぼしい物を漁っている。 そこへけたたましいサイレン音が鳴り響いた。 巡視艇から取り外された物だった。 驚いた賊達は、用心しながら音の鳴る中心部へ集まる。
その時、 ドーム状の天蓋で炸裂音がなった。 そしてガラスの雨霰。 賊達の頭上に容赦無く降り注ぐ。 悲鳴を上げて倒れる。 そこへ小火器を握った住民らが雪崩れ込んだ。 荒くれの海賊といっても、皆が皆接近戦に長けているわけではない。 ほうほうの体で逃げ出すのが半数近く。 住民らは執拗に追いかけた。
やがて揚陸艇が離岸した。 略奪は失敗。 住人の勝利だった。 しかし街はぼろぼろになっていた。
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(あれは…駅だ。)
男は呟いた。 この距離なら肉眼でもわかる。 海上駅が街として使われているのだ。 噂には聴いたことのある海底列車。 だがそこへ降りるための海上駅は、ことごとく海賊に破壊されてきた。 そしてオオガニの巣になった。 だから原型をとどめた本物を見るのはこれが始めてだ。
男は探照灯を使って合図した。 見張りの男(たぶん)が手を振って答える。 どうやら難民船と理解したらしい。 桟橋が降ろされる。 銃を手にした見張りの3人が、ゴーグルを外して手招きした。
(良かった。追い返されずに済んだな)
一同はふらふらしながらも我先に桟橋へ降り立った。 一刻も早くこの寒波から逃れたかったのだ。 見張りに案内されるままエレベーターホールだったような場所へ入った。 風が止んだ。 見張りが簡素な柵をどけると、そこはがらんどうの穴だった。 粗末なバスケットの釣瓶。 やはりエレベーターは使えないのだな。 一向は1度に5人ずつ降ろされた。 最後に生活物資が船から降ろされた。 それはホールに積んだままにした。 全部降ろすのはたいていではない。
男は見張りと共に深い奈落の底へ吸い込まれて行く。 時間の感覚が麻痺した頃、ようやくプラットフォームに到着した。 そこには200人程の住人が肩寄せあっていた。 住人に聞いた所によると、この街(駅)では寒期になる前に、 地下に海獣の干し肉などを蓄えて、こぞって引き篭り、 短い夏季が訪れるとまた外に戻るのだと言う。 どうりで周囲の町と交流が薄いわけだ。 しかし彼らとて好き好んでこのような暮らしをしてきたのではなかろう。 きっと住む土地を失って、流れ着いたに違いない。 今の自分がそうだ。
…さて、これからどうしたものか。
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