│←不登校が何。リスカが何。境界が何。鬱病が何。→│
全て、正しいのは、あたしも知っています。 自分が特別だとは、思いたくはないし、思って欲しくも無いのです。 誰でも、なる事・なってしまう病気です。 自分が苦しいのは、百も承知。 自分が一番大切で、好きじゃないけど守りたいのは自分で。
治したいのも判ります。自分だけが本当に苦しくて死にそうで、 何もしたくないのも判ります。 でも。「あたしの不登校は一生治りません。」なんて在り得ない事だと思うのです。 学校は、いつまでも無いのです。あたしは、学校や教室にいる人や雰囲気が とても嫌いで、ほとんど保健室にいて、保健室の先生も 時には嫌いになったけれど、学校は、自分を守っていてくれたような気が しているのです。 勿論、その名前もあったでしょう、無職や病人という言葉から守ってくれていたのです。 あたしのリスカや鬱病や、そんなものはいつしか治っているのでしょう。 今は安定しているからこそ言えますが。 守ってくれる学校は、いつまでも無いのです。辞めてしまえば、じんせい終わり、ということもないけれど、通信制も大丈夫だし、…でも、あたしは卒業してから、学校には守られていたのだと強く思いました。 担任の先生は、あたしを守ってくれていたのだと。 不登校の人の気持ちは、あたし如きに判りません、判ろうと努力しているのに判らないのです。ごめんなさい。不登校は、カウンセラーも苦労する重大な病気だと知っています。 少しだけ、物の考え方が、汚い大人のようになってしまったかもしれないので、あまり信じないでください。 被害妄想が激しいのはあたしのほうです。冷めていると、言われても良いです。 あたしの為だけに走ってくれる人がいるなら、心から感謝します。 あたしは、まだ、あたしを助けてくれた人に恩返しをしなきゃいけない。 それは、 あたしがお返事も書かないでその人から来たメィルを読むだけなのに いつも送ってきてくれたり、 心配してくれて声を、一声でも掛けてくれる人や、 この日記を見て投票してくれた人や、 Hpにある文章を読んでくれている人や。
数え切れない感謝を返さなければならないのです。 「恩返し」などという言葉ではなく、「仕返し」のような言葉で。
弟はもう、中三。 彼は甲子園に出たいという一心で、小学一年生から野球を続けてきました。 でも。ただ、野球が好きな野球莫迦なだけかもしれないけれど。 最近になって、判った病気。弟の 右肘の骨の5分の4が壊死してしまっているのだ。 MRI(CTスキャンのようなもの)をとって、初めて判った。 これでは、手術しなければ治らないし、手術後も6ヶ月間の投球禁止。
あたしの心の闇に光は届かなくて。 自分の腕を切ってあげるわけにもいかなくて、自分の期待を 大いに賭けて来た父も、悲しんでいる。そうして、 他の病院・他の病院・と、病院を駆け回っているようだ。
あたしは、こんなときに死ぬことも許されない。
§2003年04月09日(水)§ |