│←我流整形C→│
彼女を変えた薬は、間違いなく、以前、あたしを変えたものと同じものだ。
あたしは高校に入ってから、顔の一部分を変えた。勿論、未だその顔だ。 整形ほど、お金のかかることでもなく、あたしは自分自身でその顔を選んだ。 あたしの顔を変える、魔法のような薬。
昔からずっと、この一重瞼が嫌いだった。でも あたしと仲良くしてくれるのは、一重の子に限って良い子だ。 都合の良い子でもなく、 調子の良い子でもなく、 どうでも良い子でもなく、 頭の良い子であり、性格の良い子。
その魔法の薬はある日、平然と、化粧品売場の棚に置かれていた。
二重瞼にする薬。
眼の上に塗るボンドのような白い液。 乾くとあらふしぎ、透明に。 彼女を変えた薬は、間違いなくアイプチ。
しかしながら あたしは、一重瞼が嫌いだった。 「腫れぼったく、睨んでるつもりでなくても人を睨み付ける意地悪な眼」 「人に嫌われそう」 そぅとしか考えたことはない。 マイナスイメージばかりが目立ち、プラスの部分など、ひとつもない。 一重の頃、あたしはそこに居るだけで嫌われると思ってた。
水曜日。病院の後、学校へ行くと何よりも先に、隣の席の子 彼女の眼が、いつもと違うことに気付いた。あたしの席には女の子が座って後の子と話をしていたから、あたしは立った儘、いつも通りに彼女の眼を見て、笑顔を作りながら話した。
「輝いてるね。今日も」
いつもより多めに日常的な会話をした後で、この言葉だけ言ったのを覚えている。あたしには、この言葉しか、彼女の変わってしまった眼に言える言葉は無かったから。正直、輝いて見えた。
この言葉しか言えなかったのは、少なくとも 彼女の眼に少しの嫌悪をおぼえたから。
二重になったことで、魔法の薬を使ったお蔭で、二重の友達も できるようになった。 けれど、そんなことは、どうでもいいのかもしれない。
あたしは自分が何故、二重にしたかったのか、考えてみた。 一重でも、良かったんじゃないか?って。 高1の時、二重にしたての頃は、毎日、瞼にボンドを付けるのが鬱陶しくて、やめようかとも思った。 でも、日に日に、魔法の薬を付けなくとも、朝になって眼が覚めると 自然に二重になっていて、それがとても嬉しかった。 高1の時に付き合っていた人に、 あたしの何処が好き? と訊いたら、 たまちゃんの大きい眼 と即答された。 泣いて泣いて、次の日学校へ行った時に、一重になっていたりすると、
「今日は怖いで」
とか、男子に言われたりした。 もう、一重にはなりたくない。心の奥からそう、思った。 その人には、魔法の薬を使ってあたしの大きな眼を手に入れたことは 最後まで言えなかった。 一重だったあたしや、魔法の薬を使ったことを知られても好きでいて貰える自信が あたしには、なかったから。
あの時は。
でも、今なら、一重だった自分も、 一重だって、二重だって、あたしは あたし。 そう思えた。
彼女の眼を見た瞬間に。
変わって欲しくない。でも、変わろうとするならば、 あたしには、あなたを、とめる権利はありません。
水曜日。 泣きながら帰った。 平気だった。学校へ行くまでは。 先生は、あたしが 帰りたい といったら、すぐに、休み時間に早退届とりにおいで といった。みんなが輝いて見えて、あたしにはこの日記すら誇るチカラもないのに、皆は机に向かって単語を覚えたり数学や化学の問題を解いたりしている。必死で頑張っている。自分の為に。 皆が居る前で泣き叫びたかった。
どぅしたらそんなに光を放てる?
って、訊きたかった。 あたしが日記に先生への気持ちをどれだけたくさん綴っても、先生へは少しも届かなくて。前から 判っているはずなのに、あたしのしていることはとても無意味に思えて。 学校へ行って、普通にしておけば、 先生と眼が合う瞬間だって、先生と言葉を交わせる瞬間だってきっとあるのに。 自分の手でチャンスを潰してる。 日記を書くことは、無意味だとは思わない。けれども、 先生への気持ちを綴るのは、無意味なことのよぅにおもえる。 日記を先生に見せようかと何度迷ったことか。 あたしの書いてきたを、先生に曝け出す時は、死ぬ時と思っています。 自分の言葉で自分の声で伝えなければ、文章ではダメなのです。
午後からは先生が担当してくれている総合学習があるし、友達と共同作業だから迷惑をかけるし、放課後は事務員のお兄さんと走る約束をしたし。
どうして早退したのだろう。§2002年11月23日(土)§ |