2004年04月16日(金) |
『天使と術師と探偵と』No2 |
お題No.2 「論点が違うー」
「ところで、葉書なんか、何に使うんだ?」 ふと気になって、ヤヒロがたずねる。 「何にって。困るなぁ、ヤヒロ。俺は情報屋だよ? 情報屋がそうそう、情報を口にするわけがないじゃないか」 大げさに肩をすくめられて、ヤヒロは思わず心の中だけで舌打ちをする。 聞くんじゃなかった。と、後悔したところでもう遅い。そんなヤヒロの心境も知らず、キタは事務所内をぐるりと見渡すと、納得したようにうなずいて言った。 「なるほど。なーんか気が利かないなぁと思ったら、そうか」 「何だ?」 「イザリ君が居ないんだな」 ソファーの上であぐらをかきながら、「どうりで茶の一杯も出ないはずだ」などと、勝手なことを言っている。 「うちは喫茶店じゃないんだ。依頼人でもないお前に、何で茶など出すものか」 「嫌だねぇ。そんなんだから、二週間も依頼が来なかったりするんだよ。まったく。道楽ってのはこれだから……」 なんで二週間という具体的な期間を知っているのだ。とやはり心の中だけでツッコミながら、ヤヒロのはキタの言葉を聞き流す。 キリエも、あえてお茶をいれる気にはならないようで、ただ、楽しそうにキタの言動を眺めている。時々、もしかしてキタのことが好きなのでは無かろうかと心配になってしまうほど、熱心な眺めようである。 「少しは俺を見習ってだなぁ、」 キタがソファーの上で独演会を開きかけたその時、事務所の入り口が、カラリンと音を立てて開いた。その軽やかな音色に、無意識にもヤヒロの眉間に皺が寄る。 「ただいま……」 落ち着いた、穏やかな声とともに、細身の少年が事務所に顔を出した。 「おお。お帰り、イザリ君。久しぶり」 顔だけで扉の方を向き、キタがへらりと笑う。 「あ、キタさん。いらっしゃいませ。お久しぶりです」 イザリと呼ばれた少年は、静かにほほえむと、「食材しまってきますね」とだけヤヒロに告げて、事務所の奧へと消えていく。途中、思い出したように振り返って、 「お茶出すの手伝ってもらえる?」 小さくキリエを手招きした。 「やー。もう、すっかりここの住人だねぇ」 二人の後ろ姿を見送りながら、キタがしみじみと呟いた。 「キリエちゃんもすっかり馴染んだみたいだし」 その言葉に、ヤヒロは少々渋い顔をした。 「馴染んで貰っても、困るんだが」 「でも、ご両親はいないんだろう? 養護施設に入るってのも、色々大変だろうし。どうせ金は余ってるんだ。親子三人、仲良く暮らすのが良いよ」 のんびりとしたキタの口調に、ヤヒロはさらに渋い顔をする。 「誰と誰が、親子なんだ」 イザリもキリエも、ともに、別々の時期にヤヒロの事務所に転がり込んでいた他人である。イザリに関しては、ヤヒロの私有地内で倒れているところを保護して連れてきた。色々とごたごたした事件を乗り越えて、やっと落ち着いてきたと思った頃、今度はイザリがキリエを連れてきたのだ。 「賑やかなのはいいよなぁ」 キタは呑気にそんな事を言う。 なぜそんなに呑気でいられるのだろうかと、ヤヒロは思う。 イザリはもともと、あまり自分のことを話したがらない性格だったが、キリエを連れてきた背景に関しては、ことさらに口を閉ざす。両親は居ない。警察に届けるのはまずい。学校には行ってないから問題ない。迷惑はかけないから、住まわせてくれ。いつかきっと、お礼はするから。それが、イザリの言葉だった。 十二歳と言えば、小学生、あるいは中学生だ。普通に考えれば義務教育だ。行ってないから問題ないと言われて、納得できたものではない。 しかし、ヤヒロは深く問いただせないまま、かれこれ二ヶ月ばかり、三人で暮らしていたりする。実際、今ではすっかり、三人での生活にも馴染んできた。 「色々と、問題があるだろう。主に、俺に」 大人としての責任というか、なんというか。人として。と、ヤヒロがぼやく。 「あんまり深く気にすることないって。だいたいお前、道楽で探偵やってるような、存在自体が非常識なやつがだよ? 責任とかなんとかって。なんつーの? ギャグ?」 俺、笑っちゃうよ。と、既に散々笑いながら言う。 キタの言うことは、さらさら話にならないが。イザリが連れてきた。という時点で、ヤヒロにとってはもう、そうするより仕方がないと思えてしまっているのは事実だった。 今更悩んでもなぁと、正直思わなくはない。責任とか、常識とか、そういうことを言うならば、イザリを拾ってきた時点まで遡って考えなければならない話なのだ。 「私、やっぱり迷惑?」 ふと後ろからした小さな声にヤヒロが振り返ると、小さなお盆にティーカップを二つのせて、キリエが立っていた。 「やっぱり、こういうのって、非常識?」 真剣な表情でそう問われて、ヤヒロは返答に困る。 非常識かと言われれば、非常識だろう。主に、ヤヒロ自身の行動が。 「ずっと不安だったの。聞かなかったけど。イザリは、ヤヒロはいい人だから、絶対に追い出したりしないし、いざって時は守ってくれるからって、言ってくれたけど。ねえ、ヤヒロ。ヤヒロにとっては、やっぱり、迷惑?」 ティーカップの中で、琥珀色の紅茶が小さなさざ波を立てている。 「迷惑ということは、ない」 不安定に揺れるお盆を、そっと受け取りながら、ヤヒロが答える。 「本当に?」 「本当だ」 しいて言うことがあるとすれば、事務所の扉に鐘をつけないでもらいたいということくらいだ。 ただ、迷惑ではないのと、30歳を過ぎた大人の行動としてどうか、というのはまた、別の問題で。その辺で、ヤヒロとしては悩むのである。 「……キタさんは、どう思う?」 不安げに、言葉を投げるキリエに。 「良いんじゃない? 女の子がいる方が、事務所も華やぐし、俺もうれしーし?」 どこまでも呑気な口調で、キタはへらりと笑って答えた。 呆れて立ちつくすだけのヤヒロの隣で、キリエが涙目になって笑っている。 「もう。キタさんってば、やっぱりおかしい。本当にもう。全然、論点が違うー」 笑って、でも片手で涙をぬぐうキリエの頭をそっと撫でながら。 ヤヒロは、今更常識とか責任とかってのも、ないよなぁと。やっぱり心の中だけで、こっそりと言い訳のように呟いた。
No.3 「春なんだよ、頭が」へ続く
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