[ 天河砂粒-Diary? ]

2004年04月15日(木) 『天使と術師と探偵と』No1

※初めて読まれる方は、<プロローグ>からお読みください。

お題No.1 「一円玉で五十円ってのは酷じゃないか?」

 カラリンと、軽やかな鐘の音をさせながら事務所の扉が開いた。
「いつの間に……」
 そのハードボイルドとはほど遠い音に、ヤヒロが呆然と呟きを漏らす。
 つい先日まで、扉にあんな鐘はついていなかったはずだ。探偵事務所の扉を鳴らすのはノックの音であるべきで。決してあんな、喫茶店のような音であってはならない。
 苦い顔で隣を見下ろすと、キリエは得意げに「いい音でしょ?」とほほえんだ。
 ドアのてっぺんで、くすんだ金色の鐘がゆらゆらと揺れている。あの高さに、キリエが自力で鐘をつけたとも考えにくく、ヤヒロは取り付けの手伝いをしたであろう同居人の顔を思い描いて、心の中でため息をついた。
「よお、道楽探偵。どうした、渋い顔しちゃって」
 にやりとした笑みを浮かべながら、軽い挨拶とともに、男が一人顔を見せる。
 短い髪をほとんど金色に近い茶髪に染め上げているその男は、勝手知ったる足取りでヤヒロの前を横切ると、遠慮無くソファーに座り、手際よく靴を脱いで、当然とばかりにテーブルに足をのせる。
「キタ。お前は少し、行儀というものを身につけたらどうだ」
 あまりにも傍若無人な客人の振る舞いに、ヤヒロが思わずたしなめる。
「細かいこと言うなよ。靴、脱いでるだろ」
 キタと呼ばれた男はそう言って、沈むようにソファーにもたれたまま、ショッキングピンクの靴下に包まれた指先を動かして見せた。その様子に、キリエが「キタさんって、相変わらずね」と笑う。
「で。何のようだ。カルトマニア」
 靴下の色は見なかったことにして、ヤヒロが正面のソファーに腰を下ろす。その隣に、キリエもちょこんと座った。
「残念だけど、依頼じゃぁないんだな」
「そんなことはわかってる」
「おや。なぜ?」
「なぜ、だって?」
 意外そうに体を起こすキタに、深く深くため息をつきながら。
「お前がまともな依頼を持ってきた事なんて、一度もないからに決まってるだろう!」
 ヤヒロは半ば自棄になって言い切った。
「だいたいお前、情報屋だろう。情報屋が探偵に何かを依頼してどうする」
「情報屋は情報屋であって、探偵じゃないからなぁ」
 へらりと笑いながら、ヤヒロの言葉をすりぬける。
 キタはヤヒロの友人であり、そこそこ腕の良い情報屋であった。ただ、情報に少々偏りがあったり、本人の興味の幅がかなり限定されていたりするため、ヤヒロにとっては「情報屋」というよりは「カルトマニア」という認識の方が強い。
 そう。キタにとって情報屋は、趣味であるカルト教団調査の副産物にすぎないのだ。趣味と実益という言葉は、この男のためにあるのだと、ヤヒロは思っている。
「あらかじめ言っておくが。ネツァフの情報なら俺は持ってないぞ」
「あー、大丈夫。期待してないから」
 ひらひらと手を振って見せながら、やる気なさげに答えるキタに、
「じゃあ何のようだ」
 我ながらよくこんなマイペースな男と友人関係を保っていられるものだと、ヤヒロは自分の寛容さに関心する。
「はがきをね。売って欲しいのよ」
「葉書?」
「そう。はがき。往復じゃなくて、普通のね。五十円のやつ。金なら払うから」
 言いながら、テーブルから足を降ろすと、ポケットから裸銭を取り出して、ちゃりちゃりとテーブルの上に小銭を広げた。
「……葉書を売るのは構わないが。一円玉で五十円ってのは酷じゃないか?」
 十枚ずつの山にしながら、ヤヒロが静かに抗議する。
「それっきゃないのよ。細かいこと言うな」
「しかしなぁ。一円玉ばかり五十枚も、使いようがないだろう」
 しぶしぶと受け取って、黙って座っているキリエに葉書を持ってきて貰うよう頼みながら、ヤヒロは今日何度目かのため息をつく。
「何言ってんの。一円玉を笑うものは、一円玉に泣くって言うだろう?」
 まったく気に留めてない様子で、微妙に間違ったことを言う。その様子をやっぱり笑って眺めながら、キリエが葉書を取って戻ってきた。
「ありがとな。ほれ、葉書だ」
「サーンキュー」
 嬉しそうに受け取って懐にしまうキタに、それまで黙っていたキリエが口を開いた。
「ねえ、キタさん」
「何かな?」
「目の前に郵便局あるのに、どうしてヤヒロに頼むの?」
 その言葉に、ヤヒロがそう言えば、とキタを見る。
 言われてみれば、この事務所の目の前には確かに、小さいな郵便局があった。郵便窓口は土日も営業しているはずであり、葉書が欲しいのならば、そちらに行けば済むことである。
 何か意図があるのだろうか。探偵のサガで、興味深げにキタを見つめるヤヒロに、
「そーんなの!」
 キタは満面の笑みを浮かべると、
「一円玉五十枚で買い物なんて、恥ずかしいからに決まってるだろ!」
 鮮やかに言い切って、ヤヒロを深く落胆させたのだった。 

No.2 「論点が違うー」へ続く


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