今だけだろうから - 2003年08月29日(金) たぶん、今だけなんだろうから、 まだもすこし、たぬき、に浸らせてもらいます。 どうせ、年月が経ってしまえば画像の圧縮保存みたいに鮮明さを失ってしまうのだろうから。 駆け足よりは、道草食いながら、通り過ぎようと思います。 家族で、写真を漁っています。 あいつが来た頃は、まだ我が家にカメラが普及していなくて、 何かの行事があった時や親の仕事で使った時だけ、 余ったフィルムの消化の為に猫を撮ってたくらいでした。 故に、まだ生後1、2ヶ月くらいの、いちばんかわいい時期ってのの写真が少ないんですよね。 あってもネガが行方不明だったり。 今は家族が一人1台、デジカメ持ってるような時代です、我が家。 携帯にもカメラがついていますしね。 その、年月を感じたり。 他人が見たら可愛いとは言わないだろう姿も愛しく、可愛いんです。 あいつらしくて。仕草が素直で。 愛すべき馬鹿猫です。 猫がいなくなって、仕事や面倒が減ってしまったのも寂しいです。 これから、少なくともしばらくは、猫のいない生活、ですから。 そのうち慣れるんでしょうねぇ、まず間違いなく。 たぬき、がいない。 いるにはいる。でももう掘り返してもそれはたぬき、じゃ、ない。 なんか残酷ですねー。 明確な、激しい、哀しみってのは、実感してないんですよ。 それで、こんなぼんやりした日記書いてるんでしょうけど。 喪失に対して抱く感情が、『不思議』っていう疑問なんでしょうけど。 日常生活や、猫を考えない時間、は実は結構あるんですけど。 むしろ実際はいつもどおりの怠惰なんですけど。 それでも、夜になるとこういう想いを記してしまいますね。 だいじに、とっときますか。 -
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