管理人の想いの付くままに
瑳絵



 偽りの裏側 −6−

 一冊の本に書き記された木、名をコクカと言う。
 その由来は、その気に真っ黒な花が咲くことから取ったと言う説や、木に真っ黒な果実が生ることから取ったなど様々ではあるが、その木は“金の生る木”と云われていた。
 そうは云っても実際に金が生るわけではなく、木の持つ特性からだ。
 本によれば、その葉は夢と快楽、幻覚をもたらし、その花はどんな傷でも癒し、また天へと供えれば望むままの天気となった。極めつけはどんな病でも治してしまうその果実。
 木は、たったの一年で3mほどまでに成長し、葉を茂らせ、次の一年で花を咲かせる。更に一年経てば花は果実へと姿を変える。その為か、別名を“3年樹”と云った。

 
 信じられない、とルヒトが呟く。だが・・・と。
「それと修道女がどう関係あるんだ?それに、成れの果てって・・・・・」
「この木には苗があるわけじゃない。銀髪に黒目を持つ者の屍から生えるんだ」
「そんなことがあるわけ無いだろ!?」
 アワラの言葉をルヒトが即座に否定する。
「でも、実際、今目の前に存在してるんだ・・・」
 強く拳を握り締め、哀しみを堪えた、絞り出すような声。俯いているため、アワラの表情は確認することが出来なかった。
 ルヒトはもう一度木へと視線を向ける。毒々しい色の木は持ち主の心を表しているのかもしれない、そう漠然と感じた。
 ふと、レネダンを見る。忘れていたわけではないがあまりにも静か過ぎて逆に不安になったのだ。
 見れば、口元に浮かべられた不気味な微笑。ルヒトの頭の中で警笛が鳴った。
「君達に一つ、訊いておきたい」
 静かで、よく通るレネダンの声。
「ラワ・・・いや、アワラ君と言ったかな。君はどうやって神父に紹介状を書いて貰ったんだい?あの紹介状は確かに本物だった。これは、私が神父に裏切られたと取っても良いのかな?」
「モチロン。第一裏切るも何も、神父は最初っからアンタを信用してなかったんだから」
 ピクリ、と揺れる肩。そんなレネダンの様子を気にした風も無く、アワラは言葉を続ける。
「殺された修道女を神父は愛していたんだ。それに、修道女を守ろうと殺された前神父は現神父の父親。アンタに忠誠を誓うなんてあるわけ無いだろう?もう一つ付け加えるなら、俺等が持っている銃の提供者は神父だよ」
 懐に入ったフリをして復讐の機会を待っていた神父。来る途中立ち寄った教会で、何も言わずに、全てを悟った表情でアワラに二丁の拳銃を差し出した。
 フッ、と鼻で笑う。その笑いを漏らしたのが、アワラなのかレネダンなのか、ルヒトには分からなかった。
 スズロは、少し離れた位置からその様子を見守っていた。
「他に質問は?もう終わり?」
「もう一つ、スズロ君はどうやってこの屋敷に入った?莫大なセキュリティーシステムが働いているはずなのだが」
「そんなモン、俺が解除したに決まってるだろう。何の為に潜り込んだと思ってるんだよ」
 さも当たり前だとでも言いたそうな口調に、顔面蒼白になったのはレネダンではなくルヒトだった。
 何度か訪れたことのあるこの屋敷のセキュリティーの解除の難解さは重々承知している。そして、それが容易に解除出来るものではないことも。
 スズロは、霊安室から抜け出した後、レネダン邸近くで待機し、アワラが隠して行った銃や火薬の入ったバックを回収して、セキュリティーが解除されるのを待っていたのだ。
「ありがとう」
 不自然なほど、穏やかに告げられたお礼の言葉。素直すぎるレネダンの態度には3人とも訝しがらずには居られなかった。
 次の瞬間、目前で広げられる信じられない光景。音を立てて滑り落ちる手錠。
 逸早く状況を察したのは、傍観していたスズロだった。
 聞き慣れた銃声に、人の倒れる音。全てがスローモーションの世界。
「アワラ!」
 スズロの叫び声のお陰で、現実へと意識を引き戻したルヒト。微動だにしたい人形のような美しい顔の持ち主は、本物の人形になってしまったかのようで、駆け寄り呼びかけるスズロの声にも、何の反応も見せない。
 胸元から流れ出る緋色の液体。銃弾で倒れてしまったアワラを見て、ルヒトは血の気が引いていくのを感じた。
 レネダンの掌には、しっかりと握られている手錠の鍵。一体いつの間に盗られてしまったのか、自分の失態を呪わずには居られなかった。






2003年06月28日(土)
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