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■ 偽りの裏側 −5−
「てな感じで、後はもうされるがまま」 絶句。その経緯を聞いて口を開く者は誰も居なかった。いや、正確には開ける者が居なかったのだ。レネダンと男に至っては、未だラワが男だったと言う事実を受け入れきれていないようだ。 「そんなことより、本題に入るけど」 アワラの言葉で今の状況を思い出す。今一番の問題はアワラが女装してまでここに居る理由(わけ)だ。そして先程のレネダン達の会話。 「レネダン氏、コレに見覚えは?」 そう言ってレネダンの前に翳されたのは黄金色に輝く鍵。先端には銀糸で編み込まれたストラップ。ソレを見てレネダンが息を呑むのが分かった。 「コレは先日、スズロがこの屋敷から・・・正確にはこの部屋から盗み出した物だ。何の部屋の鍵かを、俺は知っている」 その発言に、ルヒトが言葉を挟む前に一発の銃声が鳴り響き、ポタリと床に血が滴り落ちた。 驚いてルヒトがレネダンへと視線を向ければ、銃を構えていたのはレネダン本人ではなく男の方で、銃口は真っ直ぐアワラへと向けられていた。 ポタリ、また一滴血が落ちる。 動体視力の優れているアワラは、瞬時に判断して銃弾を避けたため頬を掠る程度の傷しか負っていない。それでも、完全に避けきらなかったことに対して短く舌打ちをすると、乱暴に頬を袖で拭う。 ルヒトは応戦しようと自らも所持していた銃を取り出し男に向ける。すると男の方も標的をルヒトに移す。が、今度はレネダンがアワラに銃を向ける。ルヒトがレネダンを撃てば、男は迷わずルヒトを撃つだろうことは容易に想像でき、八方塞になる。 そんなルヒトの思考を止めたのは、第三者の乱入だった。 「アワラ!」 声と共にアワラの足元にゴトッと鈍い音を立て、一丁の拳銃が落ちた。アワラはそれを素早く拾うと、ハッとしたレネダンが引き金を引く前に彼の右腕に一発の銃弾を貫通させた。 その右手に握られていた拳銃が、持ち主の手から離れ、落下する。 「うっ・・・――――っ」 押し殺すような呻き声を上げ、右腕を抱え込むように蹲る。 アワラはそんなレネダンに一瞥をくれると、我関せずと言った態度で拳銃の飛んで来たと思えし扉の方へと声をかける。 「ナイスタイミング・・・スズロ・・・・・」 「まぁな。伊達にアワラに付き合って来たわけじゃないからな」 「「お前は!」」 レネダンとルヒトの声が重なり合う。 驚きの連続に、ルヒトの心臓は悲鳴を上げる寸前だった。 何しろ、確かに警察病院で死亡が確認されたはずのスズロが立っているのだ。そして右手にはしっかりと握られた拳銃。 「説明してくれ」 混乱する状況の中、ルヒトが言えたのはその一言だけだった。
コツコツと、階段を下りる音が響く。時折、カチャカチャと手錠の擦れる音を混ぜながら、4人は歩いていた。 後ろ手に手錠をかけられているレネダン。男はロープで縛られ、部屋に取り残されている。 レネダンの部屋にあった隠し扉に、地下に続く階段。階段を下りながら、ルヒトは不躾かなと思いつつも、先頭で階段を下りるスズロを見遣る。 普段から非科学的なことは殆ど信じることのないルヒトだが、スズロの正体は疑わずにはいられなかった。何度見ても普通の生きている人間としか思えないスズロ。 頭を掻き毟りたい衝動に駆られつつも、ルヒトは必死に耐える。 そんなルヒトに気付いたスズロは、暇だから、と前置きをして話を始めた。 「俺が今生きているのは“アワラの両親が作った”薬のお陰だ」 「薬?」 「一時的にか状態になって身体の回復を速める薬だ」 そして、スズロの言葉をアワラが引き継ぐ。 「俺の両親は政府からの依頼でいろんな薬の研究をしてるんだ」 風邪薬や胃薬などの一般的な薬は勿論、果ては毒薬や火薬、爆薬までだ。 たった2人で家の隣の研究室に篭っていて、何週間も会わないことなんてしょっちゅうだ。記憶を手繰り寄せても、顔が霞がかっていてはっきりと思い出せない、とさらりと言ってのけるアワラ。 「俺は、その薬を事前にアワラに貰っていて、アワラが気絶してすぐに飲んだ。追って来たやつ等は最後に放った銃弾で俺が死んだと思っただろうが、俺は当たってない。その後は、他聞刑事さんも良く知ってると思うけど、ひとつ間違ってる。霊安室は自分で抜け出した」 「じゃぁ、アワラが病室で取り乱したのは、全部偽り・・・・演技だったのか?」 信じられないと言う顔で食ってかかるルヒトを、アワラは曖昧な笑顔で受け流すと、ピタリと歩みを止める。 「全ては3年前、丘の上の教会から1人の修道女(シスター)が連れ出されたことから始まったんだ」 目前に広がる重厚な鉄の扉。その中央にある小さな穴に先程の鍵を差し込む。ガチャリと重たい音を立てて開く鍵。外観を裏切るかのように無音で開く扉。 中は真っ暗で、足を踏み入れた感触から地面が土だと言うことが分かる。 点された照明に目を細め、漸く慣れたルヒトの瞳に、1本の木が映った。見たこともない、真っ黒な幹に真っ黒な葉。そして夜よりも深い黒に輝く、おぞましい実をつけた1本の木が。 「コクカ・・・この木が修道女の成れの果てだよ・・・・・・」 アワラの声が静かに落ちた。
2003年06月22日(日)
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