カンラン 覧|←過|未→ |
旅立つ前に私が思い描いていたトウキョウ色に近い。 TVでは夕方から雨が降ると伝えている。 それでも時折差し込んで来るのは,すでに高い位置にある太陽の光。 ・・・3日目。 私の旅もそろそろ終盤。 今日は友人宅から弟宅への移動が待ち受けてる。 もちろんひとりで,だ。 ルートは二通りあるらしく, 昨日から「どうするの?」と友達に何度か訊かれるも・・・ どうするの?ったって,私にはわからない。 結局弟が教えてくれた方の道で行くことにした。 (友達曰く,こっちのルートの方が近道であるものの, 断然人が多く,乗り継ぎがやや複雑なのだそうだ。) 弟の住む町に行くまでの間,したこと・・・ ・品川へ行く。 かねてから訪れたかった美術館。見事に閉まってた。がっかり。 ・友達宅周辺までとんぼ返り。 表参道を少し入ったところにあるカフェでランチ。 この日は出鼻を挫かれ,少々力の抜けた一日。 その後,部屋に荷物を取りに帰る。 実家に帰るという友達と一緒に駅まで歩く。 が,突然彼女が忘れ物をしたことが判明して, 簡単にお礼を言った後, 私たちは結局,何てこともない小道の出口で, 何てことなく別れた。 またいつでも会えるような感じで。 昔の頃と同じような感じで。 さて。 ここから先はひとり。 どうしよう。 母から託された首都圏路線図ハンカチではなく, (母さん,ごめん。) 先日,東京タワーにて入手した小さな路線図を おしりのポッケから取り出して再度確認。 二駅先の乗り換え駅には難なくたどり着く。 これはひょっとして大きなカバンさえなけりゃ, 私だってちょっとした東京人に見えちゃうかも,なんて 調子にのっていたら・・・ どうも反対方向の電車に乗ってしまったらしく,ひとりパニック。 変な汗をかきながら引き返す。 反対方向に来ちゃったんだから, 今度はまた反対方向に乗らなくちゃ,と簡単なことではあるけども, 頭の中はもういっぱいいっぱいで。 そこから先のことはあんまり覚えてない。 待ってる弟を心配させないようにただただ必死で何度か乗り継いだ。 友達が言ってた‘人が多くて複雑な乗り換え’地点も 知らない間に何とか成し遂げたようだ。 たしかにひとつだけ, めちゃくちゃ混んでて荷物を肩から下ろせないまま ぎゅうぎゅう詰めになった電車があったなぁ,とぼんやり思い出せる程度。 怪我をした瞬間,痛みを感じないのと似てる感覚。 その時は緊張やら何やらで感じる機能が一時停止してる。 回路がぷっつり切れたみたいに。 やっとのことで弟の住む町にたどり着いたものの, 長ぁいホームのちょうど真中ら辺で右に行くか左に行くかしばし迷う。 出口はどっちだ。 決して大きくはないであろうこの駅に出口が少なくとも2つある。 しかもホームはとてつもなく長い・・・ そう。 この街の電車はとてつもなく大きく長く, ものすごいスピードでホームに滑り込んで来るのにも驚いた。 まるで通過してしまうような勢い。 広島でいう電車とはまったく別の乗り物だ。 ・・・とりあえず右の方へ進み,連絡を取るべく地上に上がる。 「駅に着いたら電話するね。」と伝えておいたはずの弟は すでに駅まで来てくれていて, しばらく動かずに待っていたら何てことない感じで現れた。 (ちなみに私の選んだ出口はどうやら一番遠いところだったらしい。) 私の知らない道をひょうひょうと歩く弟の背中を 軽く叩いてやりたい気もしたけど, それはやめておいた。 今日は泊めてもらう身だ。 弟にいれてもらった冷たい麦茶で生き返ってから, 大家さんのところにおみやげを持って挨拶に行く。 これは親からしつこく言われていたことだ。 弟と私が似ていないことから, 「変な女が出入りしていた。」と勘違いされないように,と 何度も何度も釘をさされていた件だ。 心配しなくても‘変な女’は多分既に何人か出入りを目撃されているだろう。 ・・・と思ったけど, とりあえずは親の言う通りに 広島空港でちょっとばかし高級げなふりかけ詰め合わせを買って持って来た。 挨拶から帰ってみると狭い部屋で弟と二人。 特にすることもなく,ちょっと早いけどご飯を食べに出掛けることにした。 都市部に出ればいいお店があるのだろうけど, 結局駅前の焼肉店に行くことにした。 店先に出されたメニュウを眺めて弟が, 「結構ジョイな価格設定だけど,あんた大丈夫なん?」と 気遣いのことばをくれた。 憎たらしいような気もしたけれど, 大人になったな,優しくなったな,と思った。 そう大しておいしいというわけでもなかったけど, 炭火に焼かれた鉄板を挟んでふたりでいろいろ話をした。 家族のことや,その他しょうもないこと。 私を待ってる間にお菓子を食べていたという弟は, 思っていたより小食だった。 ・・・家族で食べに出掛けると,これでもか!ってぐらい食べるくせに。 部屋に帰ってふたりで『世界ウルルン滞在記』を観ていると, 家から電話がかかる。 弟に代わると, 「・・・うん,うん。焼肉食べさせてもらった。」 なんてことばのやりとりが始まった。 TVと半々の集中力で聞いていると,ふと思い出すことがあった。 数年前,私が(多分,今までで一番)好きだった人のことだ。 と同時に,はなっから私の手の届くはずもない人だった。 時々酔っ払うと口をついて出る,私のと同じような言葉が好きだった。 その人にもお姉ちゃんがいて, 田舎から出て来たときには弟である彼にご馳走してあげたり, 高そうな参考書を買ってあげたりしてたようだ。 そんな話を嬉しそうに話してくれたその人のことを思い出したんだ。 当時まだ子供っぽさの抜けきらない私たち姉弟とはかけ離れた すごく「いいこと」としてぼんやり憧れたのを覚えている。 たいしたことはしてあげられてないけれど, 私も今,あの頃の彼のお姉さんみたいにお姉さんしてるんだなぁ,と ふとせつなくなった。 ちょっとだけ目がじわっとした感じがして驚いてTVに没頭しているふりをすると, ちょうど画面には悲しいシーンが映し出されていたので助かった。 去年のちょうど今頃, 自分のことで流す涙は使い果たしたと信じていたので, まだまだ泣けるもんだなぁ,なんてひとごとのように思った。 さぁ。 明日はこれまた久しぶりの友達との再会だ。 旅の疲れがないと言えば嘘になるので, 早く休もうと思ってはいたんだけれど・・・ アスファルトを叩く深夜から降りだした大雨と 風に踊る蛸のような洗濯物干しが窓にぶつかる音で その後,何度も目を覚ましてしまうことになるんだな。
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