「心の問題」と言われると、なんか釈然としないけどとりあえず「そーかなー」と思ってしまう一般庶民代表のワタシですが、他の人の日記で「そういえばそんな記事が昔あったような」とぼんやりと思い出しました。 首相の靖国参拝は違憲(政教分離に反する)と福岡地裁と大阪高裁で判断されていましたね。 新聞やテレビでこの点にあまり触れられていないのが不思議です。 違憲ちゅーたら違憲なわけですよ。こりゃいけん。(何弁?) なのに護憲派のはずの新聞でもこれに触れない不思議。
麻生外相の靖国非宗教法人化案をちらっと見ましたが、あれは要するに「国営化」案であり、個人的には賛成しません。 宗教法人でなくなっても「国のために死んだ人」を国会で審議して祀るというのでは、やっぱり政教分離に反するだろうし。 どうしても「国のために死んだ人」を国として特別扱いしないと気が済まないのなら、野球殿堂みたいなのを作ればそれでいいのでは。 靖国神社が宗教法人として存続するのは構わないのですが、なんというか、「特別な神社」でなくなればいろいろスッキリするのにな、と思います。 「特別な意味」があるから、行くの行かないの誰が祀られてるからいかんのという話になるわけで、たとえ「国のために死んだ人」を神社の判断で祀るにしても(勿論勝手にやっちゃあそりゃ信教の自由に反しますが)、「まあそういうところが1つくらいあってもいいかもね」みたいなポジションにならんのか、と思ったりもします。 しかし、総裁候補に「私はクリスチャンなので神社は行きません」といったコメントをする人はいないんですね。「行く行かない」の問題で「信じる信じない」は問われてない。無宗教を常態とする日本人なのに、何故か総裁候補が「人間が死んだら神様になるなんて信じてませんから行きません」と言うことは想像していない様子。 まあ、言うのも命がけかもしれませんが・・・。
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