ぼくのあさはきょういくがかりのマーミンがはじめる。 「おうじさま、あさですよ。おきなさい」 マーミンのくちぐせは、「いつまでもねているとろくでなしになってしまいますよ」だ。おこっていうのだから、きっと「ろくでなし」というのはよくないものなのだろう。 まだろくでなしでないぼくは、しばしばするめをこすりながらおきて、かおをあらう。 ぱじゃまをきがえてかいだんをおりると、あさごはんがよういされている。メニューはたいてい、ハムエッグにキャベツをつけたものとトーストだ。たまに、じかんがたりなくてぼくは、「だめだよ、いらないよ」ということがある。そうするとマーミンはこわいかおをして(マーミンはきょういくがかりけんりょうりちょうなのだ)「おうじさま、だからはやくおきなさいといったじゃありませんか。せっかくわたしがおうじさまのためにうでによりをかけてつくったあさごはんなのに、たべないなんて」というので、ぼくはとけいをちらちらみながらトーストをおおいそぎでくちにつめる。だいたいいつもそこへぎょしゃのダーディーがきちんとせいふくをきてあらわれて、「おはようおうじさま。ほんじつもくるまをだしましょう。なにしろもうあと10ぷんでちこくになりますから」という。 「そうしてもらいなさいおうじさま」とマーミンもいう。「ちこくをするのはろくでなしですよ。あなたはりっぱなおうじさまにならなければいけないのだから、ちこくをしてはいけません」 そうしてぼくはダーディーのくるまにのって、がっこうへいく。ほかのだれも、くるまではがっこうにこない。 「しっかりべんきょうしてください」とダーディーはいって、じぶんのしごとばへいくのだった。 ぼくはりっぱなおうじさまになるために、がっこうでべんきょうをしなくてはならない。がっこうにはぼくのほかにおうじさまはいないようだった。「しょうらいなにになりたいですか」ときょうしがしつもんをしたときに、「りっぱなおうじさまです」とこたえたのはぼくだけだったからだ。きょうしつのみんなはわらっていた。きっとおうじさまということばをきいたことがないからだろう。ぼくはすこしはずかしかった。あとで、ともだちがきいてきた。 「おまえ、おうじさまになるのか?」 ぼくはこたえた。 「いいや。ぼくはおうじさまだから、しょうらいは“りっぱな”おうじさまになるんだ」 「おまえがおうじさまだって? じゃあ、おまえのおとうさんがおうさまでおかあさんがじょおうさまなのか?」 「おうさまもじょおおうさまもいないよ」とぼくはおしえてあげた。するとともだちはへんなかおをした。 「だって、おうさまのこどもだからおうじさまなんだろう?」 「ちがうよ」とぼくはくびをふる。 「ぼくはさいしょからおうじさまなんだ」 がっこうがおわっておしろにもどると、サルがどうぶつえんからかえってきていた。サルにはなまえがあったのだが、だれもよばないのでわすれてしまった。むかし、サルはぼくのおとうとだったようなきがするが、マーミンは「あれはサルですよ」という。「サルだからおうじさまとはちがうんですよ」と。そうか、とぼくはおもってサルのことをじいっとみていた。 サルはあちこちにあそびにいって、おおごえでおやつおやつとさけんだり、あばれたりしてマーミンをこまらせた。そんなことをしてはろくでなしになりますよ、といわれたはながみをぜんぶとりだすあそびをしても、サルだからおこられないのだ。「あらあら」とマーミンはいって、「だめでしょう」とにらむ。でもサルはうけけ、とわらっていて、なぜかマーミンもそれをみてわらってしまうのだ。サルだからおこってもしかたないのだろう。 あるひ、ぼくはともだちに「まちへあそびにいこう」といわれた。ぼくはまだまちをみたことがない。それでよろこんでかえってきたら、マーミンはまたこわいかおをした。 「だめです。まちはとてもあぶないし、わるいひとがたくさんいるのです。おうじさまがいくところではありません。」 「でも、ともだちがいっしょにいこうっていうんだよ」 「そんなともだちはわるいともだちです。もうあそぶのはよしなさい。きっと、あなたがりっぱなおうじさまになるのがねたましいのですよ。だからあなたをまちへつれていってろくでなしにしようとしているんです。だまされてはいけませんよおうじさま」 そうしてマーミンはぼくのめをじっとみる。 「おうじさまのみかたはこのおしろのなかにしかいないのですよ」 ぼくはびっくりした。でもマーミンがうそをつくはずがないし、おうじさまがぼくのほかにいないこともたしかなので、きっとそれがただしいのだろうとおもった。それで、もうそのことはくちをきかないことにした。 つぎにはべつのともだちが「としょかんにいこう」とさそってくれ、としょかんはいってもよいことになった。よんだことのないほんやおとなむけのちょっとこわそうなほんなんかがたくさんあって、ぼくたちはずいぶんながいこととしょかんにいた。ふときがつくと、としょかんのいりぐちからダーディーがはいってきて、「おそいですよおうじさま、もうおしろへかえるじかんです。マーミンがゆうごはんをよういしてまっています」とぼくのうでをひっぱった。ともだちとわかれてゆうごはんをたべていると、マーミンとダーディーがふたりしていった。 「こんなじかんまであそんでいるのはろくでなしですよ。あのこはきっとあなたがおうじさまなのをしらないのです。こんどから、『ぼくはおうじさまだからはやくかえらなくちゃ』とはっきりいいなさい。それもりっぱなおうじさまにひつようなことですよ」 けれどぼくはとしょかんがとてもたのしかったので、もっとながくいたかったなあ、とおもい、りっぱなおうじさまになったらきっと、もっとおそくまでいてもおこられないにちがいないとかんがえた。 よるのがっこう(ぼくは1にちに2かいがっこうへいく。りっぱなおうじさまになるべんきょうのためだ)にいくときには、ばあやがくるまをだしてくれる。マーミンのおかあさんで、おしろのすぐちかくにすんでいて、ぼくにたくさんおかねをくれる。 「おうじさまだから、たくさんおかねをもっていないといけませんよ」とばあやはいう。 「ばあやがあげますからね。がっこうでいいせいせきをとったら、もっともっとたくさんあげますからね」 あるばん、よるのがっこうからかえってきて(ばあやがおくってくれた)みると、マーミンとダーディーはサルとあそんでいた。サルはダーディーやマーミンのまわりをぐるぐるはしりまわっていて、「うるさい」とおこるかとおもったら二人ともとてもたのしそうだった。マーミンもダーディーもわらっていた。サルもわらっていた。ぼくは、ぼくのわらったかおをみたことがない。 それで、ぼくもサルになってみることにした。サルのあとをくっついて、ものをこわしたり、きたないことばをつかったり、いいつけをやぶったりした。 ものすごくおこられた。マーミンはないた。 「そんなにわたしをこまらせたいですか。こんなにわたしはおうじさまをたいせつにしているのに、あなたはおんしらずですね。」 おんしらずとろくでなしではどちらがわるいのだろう。ぼくにはわからなかったが、マーミンがなくとダーディーがおこり、そしてぼくがなくことになるのでもうやめたほうがいいとおもった。 サルはわらっていた。 あるひ、べつのともだちがいった。 「おまえはしょうらいりっぱなおうじになるっていってたけど、じゃあいまはおうじじゃないんじゃないか? だっておうじさまはしょうらいおうさまになるんだぞ」 ぼくはまたびっくりして、おしろにかえってからマーミンにたずねた。 「ぼくはりっぱなおうじさまになるためにべんきょうしているんだよね? じゃあいまぼくはおうじさまじゃないの? それと、しょうらいなるのはおうさまなんじゃないの?」 するとマーミンはいった。 「それはへりくつというものですよおうじさま。おうじさまはいま、ただのおうじさまです。だから、このうえりっぱなおうじさまになるひつようがあるのです。おうじさまはずっとおうじさまで、おうさまにはなりません」 「どうしてぼくはずっとおうじのままなの?」 マーミンはにっこりわらってぼくのあたまをなでた。 「おうさまになったら、わたしがきょういくがかりとしておせわをするひつようがなくなってしまうじゃありませんか。ダーディーも、ばあやも、みんなおうじさまのためにいっしょうけんめいなのですよ。おうじさまがりっぱなおうじさまになってくれることが、わたしたちみんなのねがいなのです。」 そうか、とぼくはおもった。 やっぱりぼくはおうじさまだ。そしてゆくゆくは、「りっぱなおうじさま」にならなくちゃいけないんだ。たくさんべんきょうをして、たくさんおかねをもらって、りっぱなおうじさまになるんだ。 でも、おうじさまがろくでなしになることってあるんだろうか。 ろくでなしになったら、もうりっぱなおうじさまにはなれないんだろうか。 そこでぼくはかねてより、よるのがっこうをさぼるということをしてみたかったので、なんかいぐらいでろくでなしにかわるかなあ、とおもいながらやってみたのだったが、べつにとくにへんかはなかった。そのかわり、よるのがっこうからでんわをもらったマーミンがおとくいのこわいかおをして、 「べんきょうしないのならあなたはおうじさまじゃありません。おふろをそうじして、せんたくをして、だいどころのしょっきをあらいなさい」とどなり、ぼくをへやからつれだしてぞうきんをもたせた。べんきょうをしないとろくでなしになるのではなく、おうじさまでなくなるということらしかった。 ぼくはじぶんのへやをそうじしたこともなかったし(「おうじさまはべんきょうがしごとです」とマーミンがやってくれていた)しょっきをあらったこともなかったので(だいどころはマーミンのしごとばだった)すぐつかれていやになってしまって、これだったらべんきょうしているほうがらくだなとおもった。 そんなわけでいまもぼくはおうじさまだ。
END
・・・日記に書くネタがないからといって小説で誤魔化すな早瀬・・・。
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