Dance日記帳
モクジ|キノウ|ヨクジツ
| 2004年06月01日(火) |
(自分≠他人)当然ながら |
6月にはいりましたね。 皆様、こんばんは。
新しい振付けが今日のオープンクラスからスタートしました。 「間の取り方」が難しいのか、静まり返ったアトリエの空気が重かった。
悩むよね。ああいう振りは。私も「どう教えよう・・・」と悩む。
正しいパッセの位置だとか、アームスの軌道だとか、そういうのを的確に指摘してゆくのは、ある意味、簡単。 そうじゃなくて、心の底のほうにある、普段は表に出さず、隠している、そういう感情を動きにのせてゆく方法を伝えるのは、途轍もなく困難。
例えば、掲示板やメール。 掲示板には恥ずかしくて書き込みできなくても、私にだけなら・・・とメールでレッスンの感想や日々の近況を伝えてくれる作業をしてくれているのなら、まだマシ。 「えーっ、掲示板に書き込みするなんて、みんな読むし、恥ずかしいから無理っっ!!」 だとしたら、踊るのはもっと「無理っっ!」ってコトになるよ。だって、踊ることは「自己表現」なんだもん。掲示板に一言メッセージを書くことも、一種の自己表現なのだから。自分を現すことが恥だと思うのならば、ダンスなんて大恥もいいところになっちゃうよ。 しかも、舞踊というのは、何より難しく、限られた自己表現法。 なんたって、肉体のみを使って自己表現をするんだから。自分を表現するために必要とされる身体を準備させておかなきゃならない。言葉をひとつひとつ身体のムーブメントで現すことをしていかないとならない。 まずは「私は○○子です。○歳です。○○が好きです。○○がキライです。私は○○です。私は○○ではありません。」という自己紹介だけでもハッキリできるようになってもらいたい。言葉でできないのなら、それを身体で表現するなんて到底無理ってことになってしまう。 兎に角、仕事とか、職場などでの利害関係のない場所での自己表現は、どんどんやっていくべきだと考えを改めて欲しい。
普段、社会人の皆さんは、周囲の人から悪目立ちしたりしないように、「ヒト」という群れの中で静かに生活をしていることだろう。 だが、そういう中にいれば、いわずと、ストレスを溜め込むことになる。 何故。 それは、自分という存在が群れの中の無個性な1個体ではなく、そこには感情も思考もある、特別な存在であるということをどこかで我慢しているからだろう。自分の感情、思考を押しとどめ、抑制し、そういう生活を自ら強いている。ストレス発散を求めてダンスを始めた人も多いはず。 自分を解放すること、それがストレス発散につながり、ダンス上達につながるのならば、一石二鳥ではないか?
自分が他人と違うことを怖がってないか? 自分が他人と一緒だったら、そのほうが恐ろしいということを知っているだろう。広い世界の中で、自分はたった一人しか存在しないのだから。貴重な存在なのだから。 普段、他人の目を意識して生きているのならば、尚更、ダンススタジオという隔離された場所においては、自分を解放し、自分を表現していって欲しいと思う。
今月は、「上手に美しく踊る」なんて表面的なことよりも、「立ち姿ひとつで自分の半生を語る」ってことにこだわって踊ってもらいたい。 踊りながら自分を表現して、自分を露にしていってもらいたい。 そして、ここに、舞踊本来の楽しさが隠れていることに気付いてもらえたらいいと思う。
自分を表すことを怖がらないで。 自分が他人と違うことを怖がらないで。
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