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■ 【聖女の名前】ACT3書き出し(これも難儀中)
瀬能朔は両手で支えた湯呑みを口許に運ぶと、半分ほど残った玉露をひと息に喉の奥へ流し込んだ。 個人的には熱々の番茶のほうが好きなんだけどな――そんなことを思いながら、つるりとした萩焼を茶托に戻す。甘みの強い玉露の味も、まるみを帯びた上品な湯呑みの形も悪くないが、自分にはあまり似合っていない。それは卓の向かいに端座している女性に似合いのものだった。 真田香子〔きょうこ〕。 真田和義〔かずよし〕のひとり娘であり、真田麻里亜の母親である女性は、背丈も目鼻立ちも小作りな、どこか少女めいた雰囲気を持っている。娘と似ていないどころか、十七歳になる娘がいるようにすら、申し訳ないがとても見えなかった。 「お代わり、いかが?」 「あ、んじゃ」 ほとんど意味を成さない返答だったが、それだけできちんと伝わったらしい。 香子はおっとりと微笑むと、二煎目の準備を始める。用意された湯呑みが今度は三客、ひとつ多いのに朔は首を傾げた。和義は読みたい本があるからと早々に自室に引き上げていたし、麻里亜のほうは稽古のあとは汗を流して着替えてから現れるのが習慣だ。いくら玉露が低い温度で淹れる茶だとは言っても、冷めたものよりは淹れたてを飲むほうが数倍うまいだろうに。 だがゆったりとした、それでいてよどみのない手捌きで香子が3人分の茶を淹れおわったのとほとんど同時、廊下との境の襖を音もなく開いて真田麻里亜が姿を現した。 「へーえ」 朔は素直に感心した。 香子はにこりと得意げに笑う。そうすると元から若い顔が、更に少女めいて見えた。 「……なんだ?」 不審げに眉を寄せながらも、ごく自然に麻里亜は淹れたての玉露を受け取っている。 「やーなんか、おふくろさんーって感じだよな。いいなあと思ってさ。俺のお袋ちっさいころ死んでて、あんまり世話してもらったことなかったから」 「……そうなのか」 湯呑みを卓におろして、麻里亜は正面から朔を見つめる。戸惑うような表情に、へらりと朔は笑って見せた。 「あんま気にすんな? 古い話だしさ」
2003年06月26日(木)
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