|
|
■■■
■■
■ 改訂版らぶらぶ(そのうちどこかでお目見えするかもな番外)
セシル=カートネルがクリスタル=リーベル=スタインと同じ日の休暇を取ることができたのは、実に入隊半年がすぎた頃のことだった。
フェデリア騎士隊は入隊の基準も厳しいが入隊後の訓練はさらに厳しい。レイピア剣技は当然として、弓矢や銃をはじめとしたありとあらゆる武器の扱い、徒手格闘に馬術、王国の地理歴史に宮廷の勢力図に王族貴族の名前と顔と血縁関係、はてはダンスに礼儀作法に言葉遣いまで、ありとあらゆることを叩き込まれる。3年間クリスの個人教授を受けたおかげで同輩たちよりずいぶんと楽をした自覚はあるが、それでもこの半年間はひたすらにめまぐるしく過ぎたという感想しかなかった。加えてただでさえ仕事中毒の傾向のあるクリスは分隊長に昇進して以来ほんとうに仕事まみれといった風情で、せっかくの休暇も自分から潰して働いていることが多い。そんなふうだったから、会話といえば偶然顔をあわせたときにひとことふたこと言葉をかわすほかは、みな寝静まった隊舎をそっと抜け出して、月明かりの下でほんの一刻、声をひそめて語り合うくらいしか機会はなかった。 「騎士になれたのは、それはとても嬉しく思っているけれど」 並んで厩の壁にもたれながら、セシルはぽつりと切り出した。 「あんまり忙しくて、少し寂しくもありますね」 「……でも毎日会ってるよ?」 クリスは苦笑を唇に刻んだ。彼女はセシルにとっては直属の上官にあたる。新人はひとくくりに訓練所でしごかれるから、分隊単位での活動には参加しない日も少なくないが、それでも朝夕に召集されるたびこの恋人である女性騎士の顔を見られるのは確かだった。 ……顔を見る以上のことではないのも、また、確かなのだが。 「それはそうですけど」 言いながらセシルはクリスの蜜色の髪を指先にからめとる。いつもはきりりと束ねられている、女性にしては短い金髪はいまは肩をふうわりと覆っていて、それが彼女の印象を少しだけやわらげていた。 右手の指にくるりと巻いたその髪に、身をかがめてくちづける。夜目にもクリスの頬が染まるのがわかった。 「――こういうことをね」 ふふ、と息だけで笑って、セシルは上目遣いに見上げる。 「まさか仕事中にするわけにもいかないでしょう?」 「エーアー」 もう使われなくなった名を呼んで、抗議する語調はけれども弱い。そのまますっと顔を寄せて、ついばむように唇に浅いキスを落とすと、クリスは素直に目を閉じた。
「徒手格闘と、大剣と、槍と……あと、アゼリア古語」 指を折って数え上げると、クリスがひょいと片眉をあげる。 「あとそれだけ? ……がんばってるんだ」 「勿論」 貴方に追いつくためですから、そう言ってセシルはにっこり笑う。 入隊を果たしたと言っても、数多くある訓練項目のすべてに合格するまでは、騎士見習いのようなものだ。合格を増やすたびに実際の任務に加わる機会は増えはするが、それも騎士としての働きを近くで見て学ぶため。騎士のしるしである緋色のマントの着用も許されない。 見習いからひよっこ騎士に昇格するまで、平均すると1年と少しかかる。半年で残り4項目――その4項目もあとほんの少しで卒業というところだ――というセシルは、同期の中だけではなく、毎年の例を見てもかなり駆け足のほうだった。 ちなみにここ10年での最短記録はエドマンド=ウィリアム=カートネルの4ヶ月で、3番目がクリスのちょうど半年、二人の入隊した年はかつてない豊作といまだ語り継がれている。 「そうだ。がんばっているご褒美をもらえませんか?」 「……ご褒美?」 「ええ」 怪訝そうな顔のクリスの、月明かりの下では深い藍の色にも見える瞳を、微笑を絶やさないままにセシルは覗き込む。 出逢った頃には見上げていた瞳は、いまはほんの少しだけ低い位置にあった。 「貴方の一日を、私にください」
それから四半刻も言葉を並べて、そうしてセシルは、半年目にして2人で過ごす休暇を獲得したのだった。 ------------------------- 続いてます(笑)←さっさとひとつくらい終わらせんか
2003年06月27日(金)
|
|
|