ものかき部

MAIL │ BBS

「 私とは行為である�掘 蕊郎ぁ�病弱、犯罪者という出発点ー 」
2020年10月01日(木)



 幼年より、人を蔑(さげす)む気持ちが強かったようである。
 貧困に生まれ、病弱で、犯罪者の家に育ったからであろう。

 青年期に入って抑鬱になるのも当然で、優れた他者を蔑もうとしても、己の小ささが浮かび上がってくる。
 であるのに、努力もせず、才能もなく、社会背景が優れている訳でもない。
 抑鬱になるのは当然であった。

 貧困、病弱、犯罪者を内在化しつつ、客体視によって人を蔑まないことを自ら学習していく、青年後期。
 どこにでもいる私、それが当たり前、それが社会の視線。
 やっと、どこにでもいる私のうちの一人が私である、と体感していく。

 小説を書きながら、詩をさえずりながら、その中に活きる私を客体化する視座になれていく。

 私にとって小説や詩は、内在化の旅路であり、社会の考えを理解していく手段であった。

 それらから、代替可能性を持つ行為というものが立ち現れてきたのである。


BACK INDEX NEXT

複製、無断転載、二次配布等を禁じます。
All Rights Reserved©ものかき部

My追加