馬の嘶(いなな)くような声が、崖下(がいか)の夜景から響(ひび)いてきた。
ブランディーグラスの氷を一気に飲み込み、ガリガリと影往く五日月を観上げた。
一室から外出できない永遠のような倦怠(けんたい)が暮れ行く日常性を溶かしていった。
永遠の一瞬。
いつ、1人だけの2DKに入ったのかも覚えていない。
いくつ、スコッチを空けたなんかは最初の3杯目までも覚えちゃいなかった
慈(いつく)しみのように補充され続ける酒、食料品、同じ衣服、エアコンの温度。
歯ブラシさえも1回ごとに替えられて、時計もTVも電話もありはしない。
25度の温度で、移り往くのは天井から足元まである強化ガラスの窓だった。
飛び降り自殺すらも許されないことに腹が立ちだして笑ったものだっけ。
鉋(かんな)で鼻腔(びくう)を削られるような、骨盤に五寸釘を打ち込まれるような苦悩に殴られていたのだったから。
苦節も怒号も無限の中に微(かす)かに溶かされていったのだった。
怒りも苦しみも自我ゆえに起こりえる。
時間経過や他者によって自我が確認出来なくなって拡散してしまえば、何ということはなくなった。
自我認識が消えていた永遠、ゆえに消えていた時間。
重低音を聞いた途端、1つだけ忘れられなかった、響くような馬蹄(ばてい)があった。
眺めるだけの透明なガラス窓に、初めて触り耳を急いで当てると、ひとかきひとかき、近づいてくる。
何やら大群のようだ。
何やらやっと 永遠の一瞬からかき出でる、と拳(こぶし)が壊れんばかりに握(にぎ)られた。
注記 「ビリジャン」:色の名前。酸化クロムの水和物からなる青緑色顔料の色 やや鈍い青緑色
執筆者:藤崎 道雪(校H16.2.19 )