風呂上り、流行のポップスをパソコンで聞きながら、その言葉が頭の中をグルグル回っていた。疲れているとき、「自分よ!今日1日お疲れ様でした」と言えるほど疲れているとき、その言葉は最初からはっきりとはしていなかったが、さらに溶けてきて、ボールでバターをかき混ぜるように適度にねっとりとして、その他の思考を引きずっていく。そうして彼女に関する事が泡のようにポコポコと、バターのどろどろの中から浮かんできた。バターも気持ちよくてどっぷりと浸かれる。風呂の後にはいるバター風呂だと思った。
ラジオで聞いたウタダさんの新曲は最初、「へぼ!もう才能終わったの?」とか思ったりした。全ての青春が自分のものであるように、恋も勉強もバイトも心を楽しませるためにあった時期だから、そう思った。
新曲がヒットチャート100から落ちて、もう2ヶ月が過ぎた。
この曲しか持っていないから、パソコンをする時に聞き流していた。1人きりの哀しさを歌う曲は、自分が変わったのか、聞き込んでそのよさがわかってきたからか、毎日のお供になった。
まるで、彼女との空いた間を埋めるように…
みさきは、ジーンズこそ履かなかったが、いつもチノパンとシャツのラフな格好だった。それは彼女のほとんどない胸にぴったりしてキュートだった。
「なんで女の子っぽい格好をしないんだ!」
言った時、最初キョトンとして、次にだだっこを見るように観音様の笑いをして答えてくれた。
「あなたがそれほど望むならしてもいいわ」
僕はなにも答えなかった。
すぐ、ロフトのあふれ出す目の前にある品物の話に変えた。
丁度、向かいのエレベーターですれ違った女の子の、今時の茶色のストールが羨ましかった。ついでに欲情して、その苛立ちをみさきに当ててしまったのだ。
それを包み込むように彼女は笑った。いや合わせてくれたのか・・・
みさきに出会ったのは大学の同じクラスという事だったが、仲が良くなったのは1年後のみさきが6人グループに入ってきた時で、グループが三角関係とかでごたごたして、残った2人だったというのが、デートのきっかけだった。最初は優しいだけの目立たない存在だったが、仲良くなってみると静かさの裏に隠れた女性らしい強さに目がいくようになった。物事を決して否定的に見ない強さというものに、徐々に引かれていった。
全てを受け止めようとする態度は大人びて見え、自分が持っていなかったためだろうか、彼女が欲しいと思った。
数ヶ月後、みさきに「なんでジーンズはかないの?」と聞いたことがある。前のことでまったくもって彼女を尊敬するようになり、そして彼女は「女」から「母親」なった気がした。「母親」は言い過ぎかもしれないが、女の人を尊敬する表現が日本語には「良妻賢母」くらいしかないので、心の中で「母親」に保留しておいた。
「それをしたら、私もおわりでしょ(笑)」
「女としての最低ラインなのよ」
と言った。今度の笑いは女性としての笑いだったが、解ったのは別れて大分経った、数週間前の風呂上りの時だった。
まったく、風呂上りは悟りの時間だと思う。
どんどん、うたださんが入ってくるように、彼女は離れてからより一層、自分の中に入ってくる。風呂上がりはみかんを食べるのが大好きだった。2人でダンボール一箱を1ヵ月で食べた事がある。ラーメンも好きで、味はとんこつの太い麺で、たばことパチンコが嫌いな2人だった。
季節は、晩秋に替わろうとしていた。昨日の風呂を思い出しながら忙しく大学に向かった。
大学生最大のイベントである学祭は、さし迫っていた。
それより前の晩春になった時、俺らの格闘技研究会では出し物を企画していたが、プロレスのようなショーになるのか、空手の演舞ようになるのかで揉めていた。格闘技研究会の部員は4年生6人、3年生4人、マネージャーが3人。
マネージャーというが、洗濯物など決まった仕事はなかった。
4年程昔は、飲み会のお酌が主な仕事だったという。
今の自由の謳歌している怠けた世代では、お酌という社会制度に参加するか否かが個人にまかされていた。「だるい」という反自由的な理由で自由を享受して、お酌など誰もしなかった。
「格闘」と名は付いていても、体を動かして練習している分けではない。ましてや他大学のように新しい技の研究や、「格闘技の本質」などという自分の知識のひけらかしをしたい奴は少ない。K1やプロレス好きが多く、希望者で見に行ったりするくらいで、集まるとなんともなしに飲むのが恒例のクラブだ。後輩がいないので来年で終わりだろうと、ひそかに誰もが思っていたクラブだ。
「寂しいよなー」とか言ってそれを酒の肴にする安藤は、人が良くてこのクラブの部長。彼の持ち前の熱血と正直さがクラブの求心力となっていた。ちょっとでしゃばったのを愛情ゆえに皆におちょくられたせいで、すねて新入生勧誘をしなかったから、マイナーな研究会に新入生が1人も来なかった。安藤はちっぽけなプライドも含めて「寂しい」と悔いているのかもしれない。よく皆で飲んだ酒は、ビールだった。気取った時や高級感を出したい時にはウイスキーだった。日本酒や焼酎が好きな北陸・九州沖縄人は、最初困ったようだ。ただ、皆そんなに酒は飲みつけてはいなかったので、すぐにビール党になった。
安藤は学生最後になる学祭で、何かを残したかったのだろう。
その情熱はあるものを動かし、怠惰に過ごしてきたものの反感を買ったりした。何をだすかでもめたり、そもそも出さないのが良いとか思っている奴もいて、深夜に及んだり、時々お酒が入ったりして、梅雨の憂鬱な2週間が過ぎた。
俺はといえば「梅雨からやるところが安藤の賢明さなんだよな・・・」「大体、他のクラブは直前になって考えてそれで時間がなくて、でも壮大なものをぶち上げてくだらないものを出すか、小さいものに絞って自己満足で終わるかどっちかなのにな・・・」「あーみさきの家に帰ろーかな・・・」とか、真剣な態度で上の空に議論を聞いていた。
深夜になると議論なんてどうでも良かったし、酒が入るといつもののりでみんな本性が出てくる。マネージャーに格好いい所を見せようとして、「そもそもさー・・」で議論を大きくしてみたり、「ねー菜緒子ちゃん彼氏いんの?」となんの前触れもなくマネージャーに聞くやつがいたり。。。。
議論はそれで終わったりする。最後はジャーマネに行く。異性話がしたくて、議論に耐えているという者もいたくらいだ。
さすがに3,4年になると女の子も慣れていて、そんな気分ではない時は帰ったり、「えーラブラブ♪♪♪ な彼氏がいますよー」とか、年中言う。副部長にありがちな醒めた俺は、恋愛相談を受けることが多くて、実情を知っていても知らん振りしている。そうやって自分が特別だと思いたいのだ。
そういうどこにでもあるクラブ、人間関係。